力ではなく、対話による平和を。イスラエルのタイトルイメージ
2025.12.23

力ではなく、対話による平和を。イスラエル出身の活動家、ダニー・ネフセタイさんの願い

イスラエル出身で、埼玉県秩父郡皆野町で暮らしているダニー・ネフセタイさんは、木製家具作家であるかたわら、平和活動にも精力的に取り組む運動家だ。人権や反戦をテーマに20年近く講演を続け、日本全国を飛び回っている。周辺諸国との争いが絶えない祖国を、どのような思いで見つめているのか。軍務経験がありながら、すべての武力に反対する姿勢を貫くダニーさんに、皆野町の自宅で話を聞いた。

自宅のソファで微笑む、イスラエル出身のダニー・ネフセタイさん

国を守るために戦うことは当然の義務だと思っていた

1957年生まれのダニーさんは、イスラエルのリベラルな家庭で生まれ育ち、幼い頃から「戦争はいけない」と教わってきた。しかし、性別を問わず18歳で兵役義務が課されるイスラエル国民にとって、「軍隊」は学校の延長にある当たり前の存在。親もきょうだいもみんな軍の経験者であるため、子どもたちは軍隊への親しみや信頼を自然と持つようになるという。ダニーさんも高校卒業後、戦闘機のパイロットに憧れて空軍に入隊した。

「ここ数年で状況は少し変わってきていますが、もともとイスラエル国民のおよそ半数は、左派的な考え(武力より対話、人権を重視する立場)を持つ人が占めています。イスラエルでは国民皆兵制がとられているので、軍人の約半数も左派、つまり戦争に反対する人たちです。ただし、口では戦争反対と言いながらも、国を守るために近隣諸国と戦うのは当然の義務だと思っています。日本人には理解しづらいかもしれませんが、イスラエル人にとってはまったく矛盾していません。私自身もかつてはそう信じていましたし、最も栄誉ある死は戦死だと思い込んでいました。もしも私がパイロットになっていたら、何の疑問も持たずにガザやレバノンに爆弾を落としていたと思います」

自国を守るために、敵国の人を殺すのは仕方がない。イスラエル国民がそういった考えを持つ背景には、強烈な愛国心を育てる洗脳教育があるとダニーさんは指摘する。

「イスラエルの子どもたちは、小学校1年生からホロコースト(ナチス・ドイツによるユダヤ人の大量虐殺)の事実について教わります。600万人ものユダヤ人が殺されたあの悲劇を二度と繰り返さないために、今度こそ自分たちの力で守らなければならない。対話のできない敵(=パレスチナや近隣のアラブ諸国)に取り囲まれた中東で生き残るためには、強い軍隊を持つしかないと教え込まれます。そうした教育を受けてきた子どもたちは18歳になると、『これまでは先輩たちが頑張ってくれた。次は自分たちが国を守る番だ』という気持ちになり、誇らしげに軍隊に行くのです。イスラエルの人びとは、それが“平和教育”だと信じています」

木製家具作家、ダニー・ネフセタイさんの工房の様子。

皆野町にあるダニーさんの工房。ここで注文家具をつくっている。

3年間の兵役義務を終えた後、ダニーさんは22歳でアジアを放浪する旅に出た。1979年に初来日し、2度にわたって日本を訪れ、東京都内の飲食店でアルバイトをしながら日本語学校に通った。そこで現在の妻の吉川かほるさんと出会い、結婚。日本に腰を据えることを決意したのは、40年前だった。趣味の家具づくりで生計を立てるべく、注文家具メーカーで研鑽を積み、1989年に独立。埼玉に拠点を移し、かほるさんとふたりで木工房ナガリ家を構えた。

皆野町に手づくりのログハウスを完成させたダニーさんは、大好きな家具づくりに専念する生活を送るつもりだった。しかし、遠く離れた日本から祖国の非人道的な行いを見つめるうちに、かつて信じていた「イスラエルは正しい戦争をしている」という考え方に疑問を抱くようになり、自らの考えを発信するようになった。

「2008年12月、イスラエル軍がガザ地区全土に大規模な空爆を行い、300人以上の子どもを含む約1,400人ものパレスチナ人を殺害しました。自分が所属していたイスラエル軍が大規模な無差別殺戮を行ったことにひどくショックを受けた私は、考え方が180度変わり、軍隊は本当に必要なのだろうかと疑うようになりました。のちの世論調査で、イスラエル国民の多くがガザの攻撃を正当化したことが明らかになり、そのことにも愕然としました。ガザで多くの無防備な民間人が殺されたのに、なぜ『ハマスが先に襲ってきたのだから仕方ない』と開き直れるのか。このまま黙っているわけにはいかないと決心しました」

祖国の行く末を案じたダニーさんは、武力では何も解決できないことを訴えるために、2009年から声を上げ始めた。平和や人権の大切さを伝える講演活動を始めると、評判が評判を呼び、小中高校や大学、自治体、教員組合など、さまざまな団体から声がかかるようになった。しかしダニーさんの思いとは裏腹に、2023年10月、さらなる悲劇の連鎖が始まった。

「10.07」以降、ますます右傾化するイスラエル

埼玉県秩父郡皆野町にあるダニー・ネフセタイさん自宅の庭

ダニーさんの自宅の庭には、「May Peace Prevail on Earth(世界人類が平和でありますように)」と記された杭が立っている。無宗教のダニーさんとかほるさんに、友人がプレゼントしたもの。

2023年10月7日、ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスの戦闘員がイスラエル南部に突入し、一般市民を含む約1,200人を殺害、約250人を人質として連れ去った。この奇襲攻撃を受け、イスラエル側はハマスへの報復として、ガザへの軍事作戦を開始。約2年間で2万人余りの子どもを含む、8万人以上のパレスチナ人が殺害された。

2025年9月、国連人権理事会の調査委員会は、イスラエルがパレスチナ人に対してジェノサイド(集団殺害)を行っていると認定した。イスラエル軍がここまで容赦なく、無差別に攻撃を続けた理由について、ダニーさんはこう説明する。

「10月7日のハマスの急襲により、およそ1,200人のイスラエル国民が殺害されましたが、1日でこれだけの人数が殺されたのは、ユダヤ人の歴史においてはホロコースト以来のことです。そのためイスラエル国内では、10.07は『第2のホロコースト』と呼ばれています。さらに、大量の人質を取られたこともイスラエル国民の憎悪を募らせ、今度こそハマスをつぶさなくてはならないという国民感情が広がりました。パレスチナとの和平実現を求めていたイスラエルの左派の人たちの中でも、人質解放が最優先だという認識が強まったのです」

自宅の庭で話すダニー・ネフセタイさん

2025年10月10日、ガザでの約2年間の戦闘をめぐり、イスラエルとハマスの停戦が発効した。しかしその後もハマスの「停戦合意違反」を主張するイスラエル側の攻撃は止まらず、人道支援物資の搬入もいまだに制限されている。ガザ地区の保健省によると、停戦以降のパレスチナ側の死者数は350人以上に上っている。

現在のネタニヤフ政権は、極右政党との連立により発足した内閣であり、イスラエル史上最も右寄りとされている。そこに追い打ちをかけたのが、10.07の襲撃だった。イスラエルのガラント国防相(当時)は、10月9日にガザの完全封鎖を宣言した際、パレスチナ人を指して「我々は人間動物と戦っている」と発言した。ガザでの戦闘をきっかけに、イスラエル社会はいっそう右傾化を強めてきたが、その潮流は停戦後も続くとダニーさんは危惧する。

「10.07以降の2年間で、私と同じようにイスラエル軍や政府のあり方に疑問を持ち、イスラエルを離れた人は約10万人とされています。これを日本の人口に当てはめると、2年間で約130万人が国外に流出した計算になります。これは相当な数です。しかも、そのほとんどが左派系の人たちだったので、イスラエル社会全体の右傾化に拍車がかかっています。ネタニヤフ政権に反対している人は国内にも一定数いますが、悲しいことに『この人になら任せられる』という信頼感のあるリーダーがいないのが現状です」

イスラエルとパレスチナの共存の道は険しい。それでもダニーさんは「2国家解決」以外の方法はないと断言する。

「イスラエルとパレスチナ自治区を合わせると、ユダヤ人とアラブ人がおよそ700万人ずつ暮らしています。その割合はおおむね半々です。どちらか一方の民族を迫害し、どこか別のところに移りなさいといえるような単純な話ではありません。ヒトラーはホロコーストで600万人のユダヤ人を殺しましたが、21世紀の今の時代にイスラエルが同じことをやったとしたら、世界から完全に見放されるでしょう。最終的には2国家を認め、和平を実現させるしかないのです」

抑止力は本当に必要なのか?

日本国憲法9条の条文

ダニーさんの自宅のトイレには、日本国憲法9条の条文が置かれていた。

武力ではなく対話による相互理解を求めるダニーさんが、自身の講演でよく取り上げるテーマがある。それは、「抑止力についてどう考えるか」だ。

「抑止力は、私たちが敵とみなしている国よりも強い軍隊や性能の良い武器を持つことで、初めて成立します。しかし、相手も同じことを考えていますから、結局終わりのない軍拡競争に発展します。イスラエルと周辺諸国は、第1次中東戦争を端緒に75年以上それを続けてきました。復讐に復讐を重ねる負の連鎖で、多くの人びとが命を落としてきました。本当にそれで幸せといえるのでしょうか。極めて高い水準の軍事力を持つイスラエルでも、10月7日のハマスの攻撃を防ぐことはできませんでした。今こそ冷静になり、どこかで歯止めをかけなければなりません」

中東のみならず、東アジアにおいても同じことが起きる可能性はあると、ダニーさんは警鐘を鳴らす。

2022年12月16日、日本政府は国家安全保障に関する3文書の改定を閣議決定し、相手の攻撃を防ぐために相手の領域内を攻撃する「敵基地攻撃能力(反撃能力)」を保有すると明記した。当時の岸田文雄首相は同日の記者会見で、「現在の中国の対外的な姿勢、あるいは軍事動向などについては、我が国の平和と安全および国際社会の平和と安定を確保し、法の支配に基づく国際秩序を強化する上での挑戦と認識しております」(首相官邸公式HPより抜粋)と述べ、中国への抑止力強化に主眼を置くことを表明。それまで憲法9条に基づく「専守防衛*」に徹してきた日本の防衛政策が大きく転換した。

*専守防衛とは、相手から武力攻撃を受けたときに初めて防衛力を行使し、その範囲も必要最小限にとどめること。

「2025年度の日本の防衛予算案は約8兆7,000億円で、過去最大を更新しましたが、中国の国防費は約37兆円です。日本の自衛隊の数は約22万人であるのに対して、中国人民解放軍の兵士の数は約200万人。日本と中国の軍事力には、比べ物にならないくらいの差があります。仮に日本が徴兵制を導入して250万人の自衛隊をつくれたとしても、中国の人口は14億人ですから、2倍の500万人にするのは容易いことです。日米安保条約があるから、何か起きたときは米軍が助けてくれると期待する人もいるかもしれませんが、万が一中国との全面戦争になり、ミサイルで原発が1ヵ所でも破壊されれば、その被害は計り知れません。日本には戦争放棄を定める憲法9条があり、80年間戦争をせずにきました。平和を受け継いできたのに、私たちの世代で再び戦争を始めるようなことになっては絶対になりません。次代を担う子どもたちを戦場に送らない社会をつくること、それは今の大人たちの重大な責務です」

近隣諸国の人びとは、自分たちとまったく同じ人間です

絵本『ダニーさんのちゃぶだい』(イマジネイション・プラス)

2025年8月に出版された『ダニーさんのちゃぶだい』(イマジネイション・プラス)1,980円。

「武器を棄てて、もしも外国に攻められたらどうするのか?」「理想を語るのは簡単。でも現実はそんなに甘くない」。講演活動を続けていると、反対意見に直面することもある。SNSなどでイスラエルを批判するダニーさんを、「裏切り者」と非難する人たちもいる。そんな中でもダニーさんが実感しているのは、子どもたちのまっさらな心だ。

「約20年間、さまざまな場所で講演を続けてきましたが、子どもたちは『戦争は絶対ダメ』だと言うと、素直に聞き入れてくれます。条件付きで殺していいなどということはありえないと、子どもたちはすぐに理解する。でも大人になると、『場合によっては仕方がない』という解釈をする人が出てきます。戦争は自然災害と違って人間が起こすものですから、人間が止められる。つまり、仕方がないはずがないんです。5歳の子どもでもそれがわかるのに、大人になるとすんなり受け入れられなくなるのはなぜか。教育のどこかに歪みがあるからではないでしょうか。ぜひ考えていただきたいです」

子どもに話せばちゃんと伝わる。ならばいつか絵本をつくろう。長年の思いが今年8月、ついに実現した。絵本や児童書を出版するイマジネイション・プラスから偶然声がかかり、絵本作家のなるかわしんごさんとともにつくったのが、『ダニーさんのちゃぶだい』。ものを壊し、命を奪う戦争とは対照的に、ものをつくり、たくさんの笑顔を生み出す家具職人になったダニーさんが、「敵」だと教わった国の人たちと仲良くちゃぶ台を囲み、対話をするという物語だ。角のない円形のちゃぶ台に、平和の願いを込めて生きる姿が描かれている。

絵本『ダニーさんのちゃぶだい』(イマジネイション・プラス)の中ページ

絵本を通じて、子どもたちに伝えたいことはひとつ。それは、「近隣諸国の人びとは自分たちと同じ人間」というストレートなメッセージだ。

「ガザでの戦闘が始まって程なくすると、イスラエルには通常の生活が戻っていました。ガザでは生活基盤が徹底的に破壊され、瓦礫の山の中で人びとが嘆き苦しんでいるのに、そこから70kmも離れていないテルアビブには、まるで戦闘などなかったかのような平穏な日常があるのです。イスラエル人の自由と平和は、多くのパレスチナ人の抑圧と苦しみの上に成り立っています。見たくないものを分離壁の向こう側に追いやったことで、彼らの犠牲にいっそう無関心でいられるようになってしまいました。今のイスラエルでは、パレスチナ人は『危険』という文脈でしか語られません。日本もまた、似たような状況になりつつあります。北朝鮮がミサイルを発射したり、中国軍がレーダーを照射したりすると、メディアは敵意を煽るような報道を繰り返しています。私が日本で講演する際に必ずお願いするのは、北朝鮮や中国は危険で、金正恩や習近平は話の通じない相手だと子どもたちに話すのではなく、北朝鮮の人も中国の人も、みんな自分たちと同じ人間だと伝えてほしいということです。日本の子どもたちに人権があるように、北朝鮮や中国の子どもたちにも人権がある。戦争で殺される人にとっては、永遠に泣き続ける遺族にとっては、誰が悪いかなんて関係ありません。そういった人たちの痛みを、自分のことのように受け止める想像力がとても大切です」

力ではなく、対話による平和を。イスラエルの画像_8

高くそびえ立つ壁の向こう側を、ひとりの少年が指差して言う。
「あそこには『てき』がいる。」
ダニーさんは首をかしげる。
「ほんとうに?」

 揺るぎない事実に無力感を覚えることがあったとしても、他者の苦しみを想像し、寄り添うことから始めなければ何も変わらない。社会の流れに身を任せて、思考停止に陥ってはならない。理不尽な暴力に終止符を打つために、これ以上惨劇を繰り返さないために、私たちにできることはあるとダニーさんは言う。それは、一人ひとりが政治に関心を持ち、問題意識を持ち、身近な人と話し合うこと。そして、戦争に向けて準備を進めようとする政治家を、有権者である私たちが選ばないことだ。民主主義国家において、国を変えるのは権力者ではなく、国民一人ひとりだ。平和を願うその声は、たとえどんなに小さくても、集まればきっと大きな力になる。

ダニー・ネフセタイさんプロフィール画像
木製家具作家、平和活動家ダニー・ネフセタイさん

1957年、イスラエル生まれ。高校卒業後にイスラエル空軍で兵役を務めた後、来日。1988年に埼玉県秩父郡皆野町に移住し、木工房ナガリ家を開設。木製家具を製作するかたわら、反戦や脱原発をテーマに講演活動を行う。

今回紹介した書籍はこちら
『ダニーさんのちゃぶだい』(イマジネイション・プラス)

商品名

『ダニーさんのちゃぶだい』(イマジネイション・プラス)

価格

¥1,980