連盟の新規定にあ然
妊娠・出産は、すべての女流棋士に起こり得ることだ。これまでに妊娠・出産を理由に対局を諦めた女流棋士は、福間さんだけではない。「妊娠中に対局に臨むことが困難なのは、予選(タイトル戦の挑戦者を決める過程)の場合も同じです。自分なりに情報収集を行ったところ、妊娠によって挑戦することを諦めなければならず、辛い思いをした女流棋士が何人かいらっしゃいました」
連盟はその後、女流棋士が妊娠・出産のために一方的な不利益を被らないよう、ルールの策定を始めた。2024年12月、福間さんは連盟から意見を求められたため、対局環境や日程の調整などの要望を伝えた。
数ヵ月が経ち、2025年4月に連盟から送られてきた新規定を読んで、福間さんはあ然とした。
「産前6週、産後8週の期間がタイトル戦にかかると、対局者を変更する」つまり、妊娠している場合は対局に出場できず、事実上の不戦敗となることを意味する。福間さんは連盟側に、「もう一度考え直してほしい。例えば産後8週を繰り上げて対局に挑むことはできないか」などと個人的に働きかけたが、それはできないという回答だった。
「タイトル戦は年間を通して順次スケジュールが組まれているため、産前産後の14週が空いている期間はありません。新規定が適用されると、妊娠した女流棋士はひとつないし複数のタイトル戦に出ることが難しくなります。私は第一子を出産し、できることなら第二子を持ちたいと思っていますが、このままでは妊娠をためらわざるを得ない状況で、絶望的な気持ちになりました」
後進のためにも、自分が変えていくしかない
規定が運用され続ければ、出産かタイトル戦か、どちらか一方を諦めなければならない。個人での働きかけに限界を感じた福間さんは弁護士に相談し、この問題を広く社会全体に共有するべく、記者会見を開いた。「私だけの問題ではなく、これから活躍する女流棋士や、女流棋士を目指す少女たちのためにも、変えていかなければならない」と、後進への思いも吐露した。
福間さんは日本将棋連盟に対して規定の運用停止を求め、記者会見では次のように訴えた。「妊娠を社会通念上、相当の事由と認めていただき、不戦敗としないでいただきたいです。妊娠しても地位が保障され、安心して妊娠・出産できる環境を作っていただきたいです」
SNS上では「自分勝手な言い分」という心ない声もあがったが、バッシングも覚悟の上で臨んだ記者会見だった。
「自分の立場に置き換えて発言しないと伝わらないと思ったので、どうしても自己中心的な発言と捉えられてしまったのかもしれません。スポンサーの方々との調整もあるので、対局日を変更するのがかなり難しいことは、私自身よく理解しています。妊娠・出産によって降格しないような制度を作っていただきたいと強く思っています」
福間さんの要望を受け、日本将棋連盟は後日、出産予定日の前後14週間と日程が重なる場合は出場できないとした規定を削除し、妊娠・出産が対局日の変更事由に該当すると明記したことを発表した。日程調整が困難な場合は、出場できない対局者への代替措置を講じる。そのための検討委員会を立ち上げ、4月末には最終的な答申案を示す予定だ。*
自身の問題提起により、規定が削除されたことを受けて、福間さんはこう述べた。「迅速に対応してくださったことはありがたいですが、これでやっとスタート地点に戻ったという認識です。今後どのような対応がなされるのか、期待しながら見守りたいと思います」
*日本将棋連盟公式HP「女流棋士公式戦番勝負対局規定」の一部変更と公式戦番勝負対局規定(仮称)検討委員会立ち上げについて より抜粋
目指すは史上初の「女性の棋士」
福間さんは12歳で女流棋士になり、将棋にすべてをかけてきた。女流棋界を牽引してきた彼女の目標は、8大女流タイトルの獲得だけではない。彼女が今見据えているのは、女性初の「棋士」になることだ。
そもそも将棋界には、性別を問わない「棋士」と、女性限定の「女流棋士」のふたつの制度があり、それぞれたたかう舞台が異なる。
女流棋士制度は、男性中心の将棋を女性にも普及させる目的で、1974年に創設された。当初は6人ばかりで、棋士との実力差は大きかったが、女流棋士たちを取り巻く環境は変わってきた。さまざまなスポンサーが付き、タイトル戦の数も増え、以前よりもはるかに注目度が上がっている。現在、女流棋士の数は70人を超え、50年前の10倍以上になった。
一方で棋士は、制度上は男女どちらでもなれる。棋士を目指す者は、奨励会という養成機関を受験して入会し、その中で規定の勝ち数をクリアしながら昇級・昇段していかなければならない。難関をくぐり抜けて三段に昇格すると、半年かけて行われる三段リーグに参加することができる。そこで激戦を勝ち抜いた上位2人だけが四段に昇段し、プロ棋士として認められる。
奨励会には厳格な年齢制限があり、26歳までに四段に昇段できなければ退会する決まりになっている。福間さんは19歳のときに奨励会に編入し、女性として初めて三段リーグへ昇段を果たした。プロ棋士まであと一歩に迫ったが、年齢制限により退会を余儀なくされた過去がある。
奨励会からプロ棋士になるのは、非常に狭き門だ。女性の将棋人口が少ないということもあり、これまでの長い将棋史において、女性で棋士になった人はひとりもいない。
ただし、プロ棋士になる道はほかにもある。福間さんが現在2度目の挑戦をしている棋士編入試験だ。棋士との公式戦で10勝以上・勝率6割5分以上という厳しい条件を満たす者だけが受験資格を得られる試験制度で、5人の若手プロ棋士と対局を行い、3勝すれば合格となる。福間さんが今回の編入試験に合格すれば、史上初の「女性の棋士」が誕生することになる。
次世代のためにも、誰もが生きやすい社会へ
現在、福間さんは一児の母として、育児をしながらタイトル戦や棋士編入試験に挑む日々を送っている。出産や育児がキャリアのピークと重なる中でも、周囲のサポートを得て何とか両立しようと励んでいる。しかし、穏やかな表情の中には、この先への不安もにじむ。
「タイトル戦で忙しくなると、1週間近く家を空けることもあります。今は夫が育児休暇中なので何とかやれていますが、復帰したらどうすればいいんだろうと頭を抱えています。仮に遠征に子どもを連れて行くとしても、対局中の預かり先がないのが現状です」
多忙を極める中でも、次世代を育成したいという情熱は決して消えない。2025年夏には、夫でアマ強豪の福間健太さんとともに、子ども向けの将棋教室「大東こども将棋塾」を開講した。真剣に強くなりたい子どもたちを対象に、少人数制で丁寧な指導を行う。
「昔は将棋といえば男性の競技でしたが、今そのイメージはかなり払拭されてきました。それでも女性は依然として少なく、競技人口の大半を男性が占めています。もっと将棋を指す若い女の子が増えればいいのですが、始めるきっかけを作るのが難しいのかもしれません」
今後、女流棋士がますます活躍し、将棋界を盛り上げていってほしい。未来ある少女たちに、胸を張って勧められる業界に変えていきたい。そのためにも、仕事と育児を両立できる環境を整えてほしいと福間さんは切に願う。
「これは将棋界に限った話ではなく、日本にはまだまだ女性のキャリアアップを阻む壁があると思います。誰もが生きやすくなるような、優しい社会になってほしいです」