彬子女王殿下に辛酸なめ子さんがインタビュー! 能登の復興支援や日本文化を子どもたちに伝える「心游舎」への熱い思いとは?

女性皇族として初めて博士号を取得し、『赤と青のガウン オックスフォード留学記』が、30万部以上のベストセラーとなっている三笠宮家の彬子女王殿下。皇室ファンとして20年以上、ほぼ毎年一般参賀に参加するコラムニストの辛酸なめ子さんが、彬子女王殿下にインタビュー。能登の漆芸文化を支援するクラウドファンディングを立ち上げた経緯から、日本の伝統文化を子どもたちに伝える「心游舎」の活動まで、多岐にわたり話を聞いた。

女性皇族として初めて博士号を取得し、『赤と青のガウン オックスフォード留学記』が、30万部以上のベストセラーとなっている三笠宮家の彬子女王殿下。皇室ファンとして20年以上、ほぼ毎年一般参賀に参加するコラムニストの辛酸なめ子さんが、彬子女王殿下にインタビュー。能登の漆芸文化を支援するクラウドファンディングを立ち上げた経緯から、日本の伝統文化を子どもたちに伝える「心游舎」の活動まで、多岐にわたり話を聞いた。

彬子女王殿下と辛酸なめ子さん

彬子女王殿下(右)

1981年寬仁親王殿下の第一女子として誕生。学習院大学を卒業後、英国オックスフォード大学へ留学。日本美術を専攻し、海外に流出した日本美術の調査・研究を行う。2010年には女性皇族初となる博士号を取得。現在は一般社団法人「心游舎」にて、子どもたちに日本文化を教えるための活動を行なっている。著書に『赤と青のガウン オックスフォード留学記』(PHP文庫)、『日本美のこころ』『日本美のこころ 最後の職人ものがたり』(ともに小学館)、『新装版 京都 ものがたりの道』(毎日新聞出版)などがある。現在、和樂にて『京ことば都がたり』、和樂webにて『彬子女王殿下と知る日本文化入門』を連載中。

辛酸なめ子(左)

漫画家、コラムニスト。1974年東京都生まれ、埼玉県育ち。武蔵野美術大学短期大学部卒業。著書に『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎)、『女子校礼讃』(中央公論新社)、『辛酸なめ子の独断!流行大全』(中央公論新社)、『辛酸なめ子、スピ旅に出る』(産業編集センター)、『無心セラピー』(双葉社)、『電車のおじさん』(小学館)、『大人のマナー術』(光文社新書)、『川柳で追体験江戸時代 女の一生』(三樹書房)などがある。

能登の漆芸文化を支援する、クラウドファンディングを立ち上げた理由

彬子女王殿下

辛酸なめ子(以下辛酸) 最初に、クラウドファンディング「能登半島地震復興祈念『漆能』プロジェクト 漆芸文化の記憶と技を次世代に伝えるために」を始めたきっかけについて教えてください。

彬子女王殿下
以下彬子さま) もともとの企画自体は震災の前からあったものです。漆の文化について伝える新作の能を作りたいというお話を漆芸作家の若宮隆志さんから相談されたのがきっかけです。当初はオブザーバー的に参加をしていたのですが、制作をするにあたって物語のベースとなる漆についての歌を詠んで欲しいとプロジェクトのメンバーから依頼をいただき、あれよあれよという間に巻き込まれていった感じです。制作が進んで、公演の準備を進めていた矢先に、2024年1月1日に能登で震災が起こりました。輪島の被害が甚大で、「漆能」のプロジェクトも続けられないのではないか、と考えたこともありました。けれども、こういった機会だからこそ、漆の文化をたくさんの方に理解していただき、能登の現状を知っていただくためにも続けなければならないと思いました。それにはやはり、クラウドファンディングという形が一番ふさわしいのではないかという結論に至り、活動が再スタートしました。おかげさまで、クラウドファンディングは、開始から2日で目標額を達成。寄付金は「漆能」の制作を通し、漆芸職人の支援や漆芸文化を次世代に伝えるための活動に使わせていただきます。

辛酸 能登地方では、9月に記録的豪雨が発生しました。復興の最中に大きな被害に見舞われて心配です。

彬子さま 
復興がなかなか進まない中での豪雨被害で、気力が失せてしまったと言っておられる方も多く、何とお声をかけたらよいのかと言葉が見つかりません。一日も早くおだやかな日常が戻ることを願うばかりです。

漆の職人
クラウドファンディングの寄付金は、職人の支援と共に漆芸文化を未来につなげていくための活動に使用される。©心游舎

辛酸 クラウドファンディングを立ち上げられた皇室の方というのは、他に聞いたことがありません。オックスフォード大学に留学して博士号を取得されたのも女性皇族初でいらして、パイオニアとして道を切り開いていらっしゃいます。

彬子さま 実は他にも「皇族初」があります。御柱祭で柱を引っ張ったり、オンライン配信をしたりしたのもおそらく私が初めてです。あと、街歩きロケもいたしました。

辛酸 「皇室のスポークスマン」でいらした寬仁親王殿下のスピリットを受け継いでいらっしゃるようです。そしてすごく行動力がおありです。

彬子さま その時々に一番いいのではないかと思うことをやってきただけなので、行動力があるという実感はあまりないかもしれません。

辛酸 漆について、叙情的で心に訴える二首の和歌を詠まれました。普段和歌を作るのに慣れていらっしゃるから、すっと思い浮かばれるのでしょうか?

彬子さま 月次(つきなみ)の詠進歌(えいしんか)(※)がありますので、同世代の方と比べると、和歌に接する機会はあると思います。漆にまつわる和歌とのことでしたので、あれこれ悩みはしましたが、実際に輪島に足を運んで体験したことを思い出しながら「伝えたいことは何かな?」と、自分の中で模索しながら考えました。

※宮中で開かれる毎月の歌会のこと。

世界初! 漆が主人公の和歌を詠んで

彬子女王殿下と辛酸なめ子さん

辛酸 そして作られたのがこちらの二首でした。なんと、皇室初どころか世界初かもしれない、漆が主人公の和歌なのだとか?



彬子さま 
縄文時代から現代に至るまで漆の文化が続いてるのは、すごいことだと思います。そして漆は、ずっと人間に寄り添って命をつないできました。削られ、傷つけられて木肌がかさぶたのようになっている漆の木を輪島で見ました。人間に樹液を採取され、痩せ細った弱々しい姿になっても必死に生きていました。この漆の一生を考えると、すごく胸が詰まる感じがして、重苦しい気持ちになったのですが、最後は人間に切り倒してもらわないと、「ひこばえ」という芽が出てこないそうなんです。縄文時代からずっと人間と共に暮らし、切り倒してもらって新しいひこばえを生やすことで、命をつないできた植物だと教わって、胸のつかえが少し取れるような気がしました。その時に、漆の樹液が漆の木の涙のように感じられて。輪島に行ったからこそ、できた和歌です。

彬子女王殿下
彬子さまの和歌をもとに制作された「漆能」は、2024年11月17日(日)に披露される。

辛酸 クラウドファンディングの返礼として披露される「漆能」では、漆の精が出てくるとか。漆の気持ちに思いを馳せられるとは、優しいお心ゆえにですね。また、私を含めて漆の一生を知らなかった人も多いので、勉強になります。“縄文時代から漆が使われていた”というのも驚きで、なんだか縄文人が身近に感じられてきました。やはり当時も強度を高めるために使われていたのでしょうか? 

彬子さま 器などをコーティングするという意味もあると思います。また、太陽に当たってきらきら輝く様子も、特別な印象だったのでしょう。祭事の際の道具として漆塗りのものが使われたと考えられています。

辛酸なめ子さん

辛酸 光るものは魔除けにもよいと聞きます。一方で、漆はかぶれるので、素人が下手に手を出せないというイメージもあります。

彬子さま そんなことからも漆は古来人間にとって特別な存在だったのでしょう。

彬子女王殿下

辛酸 彬子さまの和歌や「漆能」、クラウドファンディングがきっかけで、改めて漆の器に興味を持つ人も増えそうです。

彬子さま 日本文化関連で講演をする時にお話しするのですが、100円ショップで売っているお皿と10万円の漆の器が目の前にあったとして、学生さんに「どっちを選ぶ?」と聞いたら、100円のお皿を選ばれる方が多いと思います。ですが、なぜ漆の器が10万円もするのかということの説明があまりなされていないように思います。私も実際に輪島に行って、漆芸職人さんが器を作るのに途方もない工程を経ることを知って、価格以上の価値を感じました。職人の思いや実際の工程を知ることで、今は100円の器を選んだとしても、いつかお金が貯まった時に漆塗りの器を買いたいと思うきっかけになればいいなと思って、発信をしています。

彬子女王殿下

辛酸 100円か10万円か……究極の選択ですが、漆の器がそのように手間ひまをかけて作られていると思うと、見方が変わります。

彬子さま 漆器は高尚な文化で、手に届かないものだと思っていらっしゃる方も多いと思います。ですが漆はもともと日本人の生活の中にあったものなので、楽しんで使っていただけたらと思います。

辛酸 味噌汁など汁椀のイメージが強いのですが、初心者におすすめの漆器はありますか?

彬子さま スプーンなどのカトラリー類は手に取りやすいと思います。あとは漆の飯椀もおすすめです。漆の飯椀でご飯をいただくと、保温効果が高くて、ご飯の余分な水分を吸収してくれるので、おいしくいただけます。私も以前は陶器を使っていたのですが、漆の飯椀に替えたら、最後まで温かくて、よりご飯がおいしくなったように感じます。

彬子女王殿下が愛用している漆の道具
彬子さまが愛用されている漆のお道具。(写真上)三笠宮妃百合子殿下からいただいた羽子板を模した帯留め。(写真右上)菊や梅、蘭などの花を彫った帯留め。(写真右下)彬子さまのお印である雪がモチーフの帯留め。(写真左)漆の筆ペン。

辛酸 それはすぐ買いに行かなければと思います。他にもご愛用の漆の道具がありましたら拝見させてください。

彬子さま 三笠宮妃百合子殿下からいただいた羽子板を模した帯留め(写真上)を大切に使っています。他の二つも帯留めで、菊や梅、蘭などの花を彫ったものと(写真右上)、私はお印が雪なので、雪の形の磁器に漆塗りをしたもの(写真右下)。それから愛用の筆ペン(写真左)です。

辛酸 どれも雅で格調高く、美術館に展示されていそうです。お印(※)が雪というのもおしゃれですね。

彬子さま 三笠宮家はお印がすべて木へんなのですが、私が生まれた時に、候補が欅や楡などの難しい漢字しか残っていなかったそうなんです。父が山がお好きなので、「山印にしよう」と思われたらしいのですが、「女の子に山っていうのはいかがなものか?」という意見があり、12月生まれなので雪山の“雪”になりました。皆さん雪の柄のものを見つけると私にくださるので、とてもありがたいです。父は生涯スキー教師と仰っていましたから、私がスキー教師の資格を取った時は、博士号を取った時よりも喜んでくださいました(笑)。

辛酸 やはり皇族の方は文武両道というか、スポーツもお上手なイメージがあります。

彬子さま 私はスポーツ万能というわけではなく、瞬発力だけはあるという感じでしょうか。陸上でも30メートル走があればすごく速いと思いますが、そこから落ちていきます。

※皇族の方が記名の代わりに身の周りの品につける記章。

日本文化を子どもたちに伝える「心游舎」での活動

彬子女王殿下と辛酸なめ子さん

辛酸 彬子さまのさまざまな社会活動は、瞬発力を感じさせます。日本文化を身近に感じてもらうために立ち上げた「心游舎」をスタートしたきっかけは、何だったのでしょうか?

彬子さま 海外に長い間おりまして、その時に、日本のことだったら彬子に聞けとばかりに、政治・経済・文学・歴史・音楽など、なんでも私のところに話が回ってきたんです。自分がいかに日本のことを知らなかったのか、ということをその時に実感いたしました。例えば、イギリス人はイギリスの文化について、よく知っている人が多い。シェイクスピアの話になると、職業を問わずそこそこ話が盛り上がりますし。日本人で『源氏物語』について聞かれて、外国の方にきちんと説明できる人がどれだけいるのだろうか、と考えたら、そんなに多くないのではないでしょうか。海外に出るということは、日本の看板を背負っていくのと同じで、相手にとっては私が人生で最初で最後に会う日本人になるかもしれない。そのために、日本文化のことをきちんと正しく知って、発信していけるようになりたいと思ったんです。

辛酸 日本文化を子どもたちに伝えるワークショップも楽しそうです。

彬子さま 職人さんや作家さんにお目にかかる度に、皆さんが日本の伝統文化を残していかなければ、という危機感を強く持っていらっしゃるのを肌で感じてきました。そのお話を聞いているうちに、やはり日本文化の未来を担っていくのは、子どもたちだと思うようになっていったのです。日本文化を若い世代に身近に感じてほしい。畳でごろごろすると落ち着いたり、床の間にお花がいけてある様子を美しく感じたり、そう思える子どもたちが育っていかないと、本当の意味での日本文化は未来に残っていかないのではないか、と感じるようになりました。

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親子で参加できる心游舎主催の「出雲キッズキャンプ」の様子。写真は茶道を体験しているところ。©心游舎
彬子女王殿下

辛酸 今は畳の部屋や床の間がある家が贅沢になってしまいましたが、和の空間に佇むことが日本人として一番落ち着くという感覚を取り戻せたら素敵ですね。お茶やお米、和菓子を作る体験など、大人でもワークショップに参加したいくらいです。

彬子さま ある農家さんの畑で1時間ほど草取りを手伝わせていただいたのですが、翌朝起きた時に動けないくらい全身が筋肉痛になりました。その時に、こんな大変な作業をしてくださっているんだと実感し、すごくありがたいことだと思いました。八ツ橋をテーマにしたワークショップは、京都産業大学の学生が運営するのですが、独創的なアレンジレシピを考えてくれました。八ツ橋の皮で餃子を作ってみた学生さんがいて、それは信じられないくらいおいしくなかったそうです(笑)。毎回本当にいろいろな発見があって楽しいんですよ。大人が参加できるワークショップもあるので、ぜひいらしてください。

辛酸 ぜひ参加したいです。高尚な日本文化ではなく、生活に楽しく取り入れられるワークショップなのがよいですね。

彬子さま 幼稚園で和菓子のワークショップを行なったら、1年後には、こしあんとつぶあんの違いがわかるようになって、子どもたちが皆、和菓子好きになりました。高尚だと思われがちな日本文化も必ずその魅力を伝える方法があるのではないかと常に思案しています。

彬子女王殿下と辛酸なめ子さん

辛酸 日本の伝統文化は平和をもたらし、人と人をつなぐ力があるのかもしれません。子どもたちの未来のために活動されていらっしゃいますが、彬子さまご自身は今後の夢や目標はございますか?

彬子さま 目標を設定すると、逆にそこに向かうしかなくなってしまいます。もしかしたら他にすごくいい選択肢があるかもしれないのに気づかないことがあるかもしれない。今までやりたいことは自然な流れで決まってきたので、これからも目標は定めないようにしていきたいと思っています。一つだけ挙げるとするなら、「心游舎」で育った子どもたちが、日本文化の魅力を知り、「心游舎」のお手伝いをしてくれるようになればいいなと思います。先日、キッズキャンプに幼稚園の時から参加してくれた子が、この素晴らしい体験を他の人たちに伝えていきたい、と言ってくれたのを聞いて、夢の一歩は踏み出せたかな、と思っています。

辛酸 夢や目標に対してアグレッシブにならず、流動的でいらっしゃるのもエレガントで素敵です。

彬子さま 助けてくださる方がたくさんいらっしゃって、本当にありがたいです。

辛酸 人徳や気品、教養……本物のプリンセスのオーラを感じて、ますますファンになりました。ありがとうございました。

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