宇垣美里さん(右)
うがき みさと●フリーアナウンサー・俳優。TBSラジオ『アフター6ジャンクション2』月曜パートナーとして出演中。産経新聞/産経デジタルiza!/週刊プレイボーイ/週刊文春/女子SPA!/スカパー!などにコラムを連載中。著書に『今日もマンガを読んでいる』(文藝春秋)フォトエッセイ『風をたべる』(集英社)などがある。
村上一博さん(左)
むらかみ かずひろ●明治大学法学部教授、大学史資料センター所長。『虎に翼』の法律考証を担当。主な著書・論文に『明治離婚裁判史論』(法律文化社・1994年)、『日本近代婚姻法史論』(法律文化社・2003年)、『史料で読む日本法史』(法律文化社・2010年)などがある。
これは、今を生きる私たちと地続きの話
――まずは『虎に翼』を観て、二人はどんなところに魅力を感じていますか?
宇垣美里(以下、宇垣) このドラマって過去の話なのに、今に通じるところが多いんです。主人公の寅子が「はて?」と疑問に思うところは、今を生きる私にとっても「はて?」って思うところで、そこがビビッドに刺さります。
その中には、私は「はて?」って思っても指摘できなかったこともあります。それに対して「おかしいことはおかしいじゃない?」という姿勢で「はて?」と言い続ける寅子たちに勇気づけられています。私が今も「はて?」と思うことが物語の中に存在するということは、これは「終わった」話ではなく、現在と地続きのお話なんだなと思えて、それも魅力のひとつになっていると思います。
村上一博(以下、村上) このドラマは「法律エンターテインメント」ですが、我々のような法律の専門家からすると、基本的に法律っていうのは面白いものではないと考えているんです。法律に感情は結びつかないものだし、それをどんな風にドラマにしていくんだろうと当初は思っていて。観ている方の拒絶反応があったらどうしようかと心配に思うこともありました。でも、脚本家の吉田恵里香さんの法律の捉え方、そして演出の仕方によって、すごく面白いものになっていますよね。周りからも面白いという反応が、早い段階から聞けてほっとしました。
また、私の場合は、あまりにも法律の部分が面白く変えられてしまうと、学界で生きていけないので(笑)、専門家として、この展開でこの結論ならば妥当だなという点を探し出していかないといけないわけです。ただ、今のところ法律の専門家の方からの批判もなく、同時にドラマとしてもうまくいっていると思います。そして、女性たちの心を掴んで、共感の輪が広がっているのが大変ありがたいです。
――宇垣さんは、登場人物の中では、どの役に関心がありますか?
宇垣 女子部の面々からは目が離せませんけれど、その中でも涼子様(華族出身の寅子の同級生)が大好き。あの聡明さや上品さ、言葉遣いの美しさに憧れるのはもちろんのこと、ついつい求められる“いい子”の中に自分を押し込めて我慢してしまう長女らしさ、みたいなところにシンパシーを覚えて、涼子様の言動に「わかる」と思いながら観ていました。
最近の寅子に関しては、感情移入しすぎて辛いところもあります。彼女は目標であった弁護士、裁判官になれた人物なわけで、ある種、周りの人から見れば傲慢に映ったり、傍若無人に見られたりすることもあると思うんです。逆に寅子のそんなところが、物事を推進させる力にもなっていた部分もあるでしょう。
でも、この数週間の寅ちゃんの姿(取材当時)は、自分一人で突っ走っているようなところがあって、「私にもこういうところはあるのかも?」と振り返ったりして、複雑な気持ちで観ています。仕事を頑張りすぎて家族のことが見えていなかったり、優秀な寅子の前で、娘の優未が必要以上に「いい子」であろうとしたりするようなことが起こっているのですが、家庭と仕事との両立の問題に性別って関係ないんだなと思ったりしました。一方で、寅ちゃんが女性であるから、こんなに問題点が浮き彫りになっているのではないかとも……。かつてのドラマで男性が同じことをしていても、「ここまで敏感に気付いていたかしら?」と思うんですよね。
――村上先生は、脚本家の吉田恵里香さんを含め、スタッフとどのようなやりとりをされているんですか?
村上 どういう裁判をどういうシーンでやればいいかということについて、私が「こういう事件をやったらどうですか?」と提示するのは傲慢なので、「こういう事件がありますよ」と、いくつか文献を示して選んでもらっています。そこから、気持ちの問題をどう入れていくのか、観ている人がどう感じるのかを考えて脚色や演出をするのかといったアレンジの部分は私が関わることではありません。
実は私たちのような法律の専門家と、脚本や演出、そして観る方がどう感じるのかは、ぜんぜん違って。例えば、「女性は無能力者である」という言葉に関してもそうです。
宇垣 「無能力者」は、二話の終わりに寅子が後に夫となる書生の優三さんが通う大学にお弁当を届けたときに出てくる言葉。優三さんが受けていた法学部の授業で、講師とのやりとりの中で男子学生が「婚姻状態にある女性は、無能力者、だからであります」と答えているのを寅ちゃんが聞いてしまって。この言葉は私にとっても衝撃的でした。最近、「無能力者」というセリフが同じように出てくる『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』という映画を観たばかりなので余計に。
村上 「女性が無能力者である」ということについては、女性に財産権や参政権がなく、また法律行為ができないという意味で、明治民法について解説した教科書で使われていた言葉です。法律の専門家は、この「無能力者」という部分に関して、戦後に大きく変わって今はそんな風に言われない良い時代になったんだということは認識しているのですが、その経緯を授業でやってもなかなか伝わらなくて。でも、ドラマになると、観た方が自分自身ですごく感じとってくれるのが印象的でした。
――「女性は無能力者である」という言葉には、明治民法で定められた「家制度(※1)」も関わってくると思います。今一度、「家制度」について教えてもらえますか?
村上 「家制度」という言葉の中の「家」というのは、建物とか形としての「家」ではなく、血縁関係で繋がっていることを指しています。「先祖代々の血を守る」なんて言うことがありますが、これと同じことです。しかも、戦前では「男系の血統を守る」ことが「家を守る」ことだとされています。だから、ある家に生まれてきた子どもは「男性の家の子ども」ということになります。
ところが『源氏物語』が書かれた平安時代で考えると、その頃は母親が誰であるかが重要でした。これを母系制社会と言います。母系制社会の頃は、女性の元に男性が通ってくるのが主流でしたが、武家社会になると男性が主導の世の中になり、女性が男性の家にお嫁入りをする制度に変わります。
その後、明治に入ると武家の世の中は終わりを迎えますが、武家社会の精神的な部分は続きました。支配層もその方が都合がいいということで、武家社会の制度を続けたいという人の存在があったんです。
そこにヨーロッパの考え方が入ってきて、当時はヨーロッパも男社会で男性に都合の良い民法でした。それは当時の日本社会にぴったりだったので「家制度」が続いてしまったわけです。ヨーロッパは自由な夫婦関係が保護される世の中に変わっていきましたが、日本では「家制度」は廃止されたものの、明治から変わらず「戸籍」に縛られた状態が続いています。
宇垣 『虎に翼』の中でも、女性の代議士の集まりに寅子が参加して苗字についての意見を聞くシーンがあります。そこで代議士の女性たちが「どうして男性は、封建的な家父長制にしがみつきたいのかしら」「古き良きなんて、明治時代から始まった決まりばかりじゃない?」というセリフが出てきますよね。
村上 それは、そのような発言をするように提案しました。明治民法が決まるときに、男性の氏を名乗ることになり、その後、それが日本の伝統文化のように残ってしまったのです(※2)。
(※1)「家制度」とは1898年に施行された明治民法で定められた家族制度。「家」を単位として戸籍を作成し、家長(一番年長の男性)が家族を統率する仕組み。1947年の制度廃止までこの家制度が続いた。
(※2)現在の日本では、結婚すると妻か夫のどちらかの一方の姓しか選択できず、2022年の内閣府男女共同参画局の調査によると、約95%は女性が改姓している。
なぜ日本国憲法14条を聞いただけで泣けてくるのだろう?
――法律のことでいうと、このドラマでは第一回の冒頭シーンで「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」というナレーションが流れ、日本国憲法14条が重要な要素になっています。
宇垣 本当に、なぜ憲法14条を聞いただけで泣けてくるんだろうって……。一話のときはまだ思い入れもなかったんですけど、二度目のナレーションを聞いたときは、なぜか泣けてきました。戦争によって奪われてしまったものと、ここにくるまでに志半ばで脱落せざるを得なかった寅ちゃんの仲間たちのことを想うとたまらなくて。私は映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』が大好きなのですが、支配者であるイモータン・ジョーの子どもを産むために集められたワイブスたちの部屋の壁に「私たちはものじゃない」とペンキで書かれていて、よねさんのカフェの壁に書かれた14条の文面からそれを思い出したんですね。滴るペンキがまるで血のようで。憲法も、血で書いたようなものなんだろうなと思ったし、だからこそ守らなきゃいけないものだと実感しました。
――当時の日本において、憲法14条の条文に書かれたことは、画期的だったのではないでしょうか?
村上 おっしゃる通りで、当時の日本の社会にとって、憲法14条というのは、とんでもなく画期的でした。人種、信条、性別、社会的身分、門地……門地というのはいろいろな問題をはらんでいる言葉ですけど、そういう言葉がすべて入っていてそれは皆平等だと書いてあるわけですから。憲法というのは大きな目標のようなもので、そこに書いてあることを、ひとつひとつの法律で実現していかないといけない。それは結婚の問題や、福祉、ありとあらゆる分野で実現が必要でした。
――『虎に翼』において、憲法14条が核になるということは、最初から決まっていたのでしょうか?
村上 女性の権利を戦後の世の中でどう守っていくか、拡大していくかということが本作のテーマなので、当初から自然と決まっていました。でも、一回目の冒頭から、14条がナレーションで読まれたことにはびっくりしたし、斬新でした。一方でドラマを観ている方には、どうして14条のナレーションから始まるのか、その意味がわからなかった人は多いでしょうね。その後、二度目に14条が読まれるときには、いろんな女性たちの悲しみやこれまでの経験がドラマの中で描かれているから、その伏線が回収されてるんですよ。
宇垣 この二度目の14条を聞いてると、明律大学で寅子と共に学んでいた女子部の人たちの顔が思い浮かびます。
村上 私も、このシーンに関しては、なんてうまい演出なんだろうと思いました。いろんな捉え方ができるように、柔軟に作られていますね。
宇垣 憲法14条は、学校の授業でも習ったし、文字として認識してきましたが、ドラマを観ていると「擬人化」じゃないですけど、登場人物に重なって見えたりもして。例えば、寅子の夫の優三さんが寅子に「寅ちゃんができるのは、寅ちゃんの好きに生きることです。また弁護士をしてもいい。別の仕事を始めてもいい。優未のいいお母さんでいてもいい。僕の大好きな、あの何かに無我夢中になってるときの寅ちゃんの顔をして、何かに頑張ってること、いや、やっぱり頑張らなくてもいい、寅ちゃんが後悔せず、心から人生をやりきってくれること、それが僕の望みです」という場面がありましたが、これが憲法14条に重なって、すごく血の通ったものであると感じました。それに憲法って血みどろになって獲得してきたものでしょうし。
憲法は権力者を“縛るもの”
村上 憲法のひとつひとつの条文はそうやって作られたもの。それも日本だけでなくて、世界のいろんな歴史の中で同じように作られてきました。だから、憲法というのは恐ろしいものなんですよ。これまで虐げられて権利のなかった人の戦いの上で憲法というのはできているんです。そして憲法は、全人類が、権力者にこれを守るようにと押し付けるものでもある。憲法に縛られるのは、どこの国の権力者も嫌なものですから。
宇垣 みんなが涙や血を流しながら獲得してきたものなのに、私はそれに対して何かできているのだろうかと思ってしまうところがあって、できることは少ないけれど、その上に立っている自覚を持たなくてはと考えています。
村上 宇垣さんは、憲法を「血で書いたワイブスの書」に例えられましたが、ドラマの中でも、いろんなことに例えられていますよね。法律は「盾」のようなものであるとか、「武器」のようなものであるとか。また、社会福祉法のように「守る」ものでもあるし、憲法のようにお水の「源流」のようなものもあるし、それぞれの法律には性質があるんです。
――宇垣さんは、法律の部分でほかにも印象に残った場面はありますか?
宇垣 やっぱり今に繋がっていることだなと思ったのは、梅子さん(既婚女性で寅子の同級生)のシーンです。三男を連れて家を出るも、連れ戻されて離婚せぬまま倒れた夫の介護をしていた梅子さんですが、夫の死後に愛人が現れて相続争いが起こり、長男がすべてを相続すると主張します。その上、夫の母親は三男に多く相続させ、梅子さんに老後の世話をさせようともしていますが、三男は父親の愛人とつきあっていたことが発覚。
こうやって思い返すと梅子さんという人物は、「家制度」に縛られて生きてきた人なんですよね。でも梅子さんは「全部失敗した」と白旗をあげ、相続も嫁という立場も、母と言う立場も捨てて家を出て行きます。そのとき梅子さんが民法第730条「直系血族及び同居の親族は、互いに扶け合わなければならない」という条文を読みあげ、最後に「ごきげんよう」と言って去っていくのは、すがすがしかったです。家族がよそ者のように扱っておきながら「嫁(梅子)」にすべてのケア労働を丸投げしていたことを、血族たる「息子たちに押し付けて」やり返したと解釈もできます。
梅子さんだけでなく、今も家族が「互いに助け合わなければならない」ということで縛られて苦しんでいる人はたくさんいるじゃないですか。例えばヤングケアラーであったり、老々介護であったり。そのことを梅子さんを見ていると思い起こしました。
その後梅子は、轟法律事務所に居候して、轟とよねさん(寅子と梅子の同級生たち)と生きていくのですが、それって「血」によらない家族を作ったわけで、現代的な解釈ですよね。猪爪家にしても、実は花江(寅子の親友で兄嫁)は猪爪姓だけれど、寅子は佐田という姓で、それぞれ一緒に住んでいても苗字が違うし、花江と寅子は血がつながっているわけでもありません。
一方で梅子の家族は大庭という姓と血でつながってはいましたが、決して幸せだとは思えない。苗字が違っていても、血がつながっていなくても、猪爪家や梅子が轟やよねさんと作った家族のほうが断然いいなと思いました。
――『虎に翼』も中盤にさしかかりましたが、これからどんなところを注目していきたいですか?
宇垣 今まさに展開している部分なのですが、女性が社会進出する過程を寅子が体現していて、でも、そこにいろんなものが追いついていない部分がたくさんあると思います。彼女が男性モデルの働き方をしてしまうことによって直面することって、現代に働いている自分たちにも関係のある問題なので、そこがどうなっていくのかが楽しみなところでもあります。
それから、今後、弁護士試験、司法試験が始まってくると、寅ちゃん以外の女性弁護士や裁判官が生まれるはずですから、次世代がどんな風に描かれるのかも楽しみです。
村上 次の世代、後輩との間にギャップも生まれるわけです。最先端で苦労をして今の地位を獲得した寅ちゃんと、すでに線路がひかれていてそこに入ってきた人とではまた違ってきます。
宇垣 本当に今につながる話ですね。
――最後に、宇垣さんは『虎に翼』を見て、憲法をどのように捉えましたか?
宇垣 憲法は、ただ与えられたものではなく、先人が切り開いて、傷だらけになって獲得してきたもので、そう捉えると、大事にしないといけないものだと私は捉えています。
村上 それをわかってくださったら本望です。憲法というのは、本来そういうものなので。いろんな捉え方をしてもらって考えることが一番大事で、今まで意識しなかったことを、意識してもらえることがありがたいです。法律を学ぶ学生たちにとっても、覚えるためにあった法律が、考えることに変わることはものすごく大きい。私達も、『虎に翼』のような授業ができたら、もっと多くの人に法律に興味を持ってもらえるのかもしれないですね。
連続テレビ小説『虎に翼』
【放送】毎週月~土曜 前8時00分(総合)
※土曜は一週間を振り返るダイジェスト版。
毎週月~金曜 前 7時30分(BS・BSプレミアム4K)ほか
【 作 】吉田恵里香 【出演】伊藤沙莉 ほか