同性同士の婚姻を認めない法規定(民法または戸籍法)は、憲法違反である。司法が明確な判断を示した。
「結婚の自由をすべての人に」訴訟は、同性カップルが結婚できない法規定が憲法に違反していると訴え、国に損害賠償を求める、日本で初めての集団訴訟だ。2019年2月14日に、札幌、東京、名古屋、大阪で同性カップルたちが一斉に提訴し、同年9月には福岡でも裁判が始まった。
原告は30人以上。これまで全国5地裁で起こされた計6件の同種訴訟のうち、4地裁が5件の訴訟で違憲の状態にあると判断。その後、5高裁すべてで明確な違憲判決が出そろった。当事者たちは今、どのような思いでいるのだろうか。東京1次訴訟の原告のひと組である、小野春さんと西川麻実さんに話を伺った。
同性カップルも安心して子どもを育てられる社会になってほしい
小野さんと西川さんがパートナー関係になり、同居を始めたのは20年以上前。もともとシングルマザーだったふたりは、ステップファミリーとなり、それぞれが産んだ子どもたちを共に育ててきた。一緒に暮らし始めた頃は、同性愛に対する世の中の偏見が今よりも強い時代だった。子どもたちが学校でいじめにあったり、不利益を被ったりしないように、周囲にはふたりの関係は友人だと説明してきた。
婚姻の必要性を感じたきっかけのひとつは、小野さんの実子の入院だった。付き添っていた西川さんが、会社に戻っていた小野さんの代わりに入院手続きをしようとすると、「血縁の親でなければできない」と断られた。法的な親子関係がないことと、病院側の同性カップルに対する無理解が重なり、医療において子どもが不利な状況に置かれたことがあった。
もうひとつの大きなきっかけは、小野さんが乳がんを患ったこと。西川さんは、小野さんに万が一のことがあったときに子どもたちはどうなるのかと考え、悩み苦しんだという。
「当時未成年だった小野ちゃんの子どもたちのことは、深刻な問題でした。異性カップルで連れ子がある場合は、結婚をすれば養子縁組によって親権を得ることができますが、私たちのような同性カップルは婚姻制度が利用できないので、私が親権を得ることは難しいんです。血縁がなくても子どもの後見人になるにはどうすればいいのか、あらゆる方法を考えました」
小野さんと西川さんと子どもたちの生活は、再婚した異性カップルがそれぞれの子どもとともに生活を営む場合と何ら変わらない。 しかし、同性カップルが子どもを養育するには、結婚している異性カップルに比べて困難があるのが現状だ。原告代理人の加藤慶二弁護士はこう説明する。
「例えば女性のカップルAとBがいて、子どもがAの連れ子だったとします。その場合、血縁関係にある親Aは『母』ですが、血縁関係にない同性パートナーBは、ただの他人ということになります。同性同士の婚姻がないことによって、Bが子どもに対して安定的な養育をすることに差しさわりが生じる可能性があります。また、同性カップルの中には、生殖補助医療で授かった子どもや、里親などで預かっている子どもを養育している方々もいらっしゃいます。より安心できる状態で子どもとの愛着を育むためにも、同性カップル間の関係に法的な裏付けがあった方がよいと私たちは考えています」
同性同士の婚姻を認めていない法規定は、憲法違反
「いつか、裁判を起こそう」。あるとき、そう言い出したのは西川さんの方だった。
「ヨーロッパの国々やアメリカ全州で同性婚が法制化されていることを10年ほど前に知ってから、日本でもできるようになればいいなとずっと思っていました。ただ、当時は今ほど世論の後押しもなかったので、引き受けてくれる弁護士さんが見つからなかったんです。裁判の機会を虎視眈々と狙っていたところ、集団訴訟を起こそうという動きが出てきたのが2018年。原告にならないかというお誘いが舞い込んできて、いよいよ始まるんだなという思いでした」
「結婚の自由をすべての人に」訴訟で争われている憲法条項は、14条1項「すべて国民は、法の下に平等であって、差別されない」(法の下の平等)、24条1項「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立する」(婚姻の自由)、24条2項「婚姻や家族に関する法律は、個人の尊厳に立脚して制定されなければならない」(個人の尊厳)の主に3点だ。
原告側は、同性同士の婚姻を認めない法規定が、これらの条項に違反していると訴え、国に損害賠償を求めている(日本の裁判所では憲法違反かどうかの判断のみを求めることができないため、賠償金を請求する形をとっている)。これに対して国側は、憲法制定時には同性婚は想定されていなかったため、憲法違反ではないと主張している。
2019年4月15日、東京地裁で1回目の口頭弁論が実施されてから、2022年11月30日に判決が出るまで、3年以上にわたって地裁での審理が行なわれた。小野さんと西川さんを含む7人の原告は、法廷で意見陳述を行ない、それぞれの切実な思いを伝えてきた。
1回目の期日に出席した小野さんは、傍聴に訪れた大勢の支援者らが見守る中、こう訴えた。
「私たちは、長い間共に子どもを育ててきました。それなのに、なぜ世の中の男女の夫婦の家庭だけが、 家族であるとされるのでしょうか。 私は、子育てをするLGBT家族を支援する『にじいろかぞく』という団体の代表として、全国にいるたくさんのLGBT家族を見てきました。先日、あるレズビアンカップルの子どもが小学校の入学式を迎えました。家族で嬉しそうに笑う写真に、この子にも法律で守られた家庭で育つ権利があると思い、涙が出ました。私たちのような家族は特別ではありません。すでにいる多くの家族のことを、いないものにしないでいただきたいのです」
原告のひとりの佐藤郁夫さんは、東京地裁の判決を待たずにこの世を去った。法廷での意見陳述では、「私の寿命はあと10年あるかどうかだろうと覚悟しています。最期の時は、お互いに夫夫(ふうふ)となったパートナーの手を握って、『幸せだった』と感謝をして天国に向かいたい」と述べていた。
西川さんは佐藤さんを悼み、こう述懐した。「佐藤さんが脳出血で入院して、パートナーが病院に駆けつけたとき、『病状は家族にしか伝えられない』と説明を拒まれたそうです。彼が佐藤さんの最期に立ち会えたのは、以前から交流のあった実の妹さんが病院に掛け合ってくれたからでした。大切な人を亡くしたうえに、家族として認めてもらえず、尊厳まで傷つけられるのは、耐えられないことです」
求めているのは特別な制度ではなく、今ある結婚を選択できる自由
2022年11月の東京地裁判決は、同性カップルの婚姻を認めない現行法は、個人の尊厳に照らして合理的な理由があるとはいえないと判断し、「違憲状態」であると示した。この「違憲状態」と「違憲」の違いは何なのか。加藤弁護士は次のような見解を示している。
「そもそも、憲法学のなかで『違憲状態』という言葉はあまり馴染みがなく、この言葉がどのような意味で使われているのかはよくわかりません。ただ、私なりの理解で言うと、東京地裁は現行法が同性同士の婚姻を認めていないこと自体は『違憲ではない』としました。ただし、現在は同性カップルについて、何らの制度もないわけです。そのため、東京地裁は、同性カップルが婚姻できないことは違憲ではないけれど、何らの制度もない状態は違憲だと付け足したのです」
地裁の判決文では、次のように記されている。
現行法上、同性愛者についてパートナーと家族になるための法制度が存在しないことは、同性愛者の人格的生存に対する重大な脅威、障害であり、個人の尊厳に照らして合理的な理由があるとはいえず、憲法24条2項に違反する状態にあるということができるが、上記の法制度を構築する方法は同性間の婚姻を現行の婚姻制度に含める旨の立法を行うこと以外にも存在するのであるから、原告らが主張する同性間の婚姻を可能とする立法措置を講ずべき義務が直ちに生ずるものとは認められない。
この判決に対するふたりの思いは複雑だった。「違憲状態というのは謎ワードでしたが、それでも『憲法に違反する』という言葉が出たことは嬉しかったです。ただ、地裁の判決は、結婚以外にも私たち同性カップルの関係性を安定させる制度が考えられるという判断でした。つまり、婚姻とは別の制度の可能性について言及されたわけです。同性カップルのために特別な制度をつくるという『分離すれども平等』の考えこそが、まさに差別であると私たちは思っています。それではダメなんだということを、もっと訴えていかなければいけない。そう気づかせてくれた裁判でした」と西川さんは振り返る。
小野さん西川さんら原告側は、婚姻に類する制度を求めているわけではなく、今ある婚姻制度をさまざまな人が使えるようにするべきだと主張している。それは、性的指向にかかわらず、独立したふたりが「結婚する・しない」という選択ができる自由を求めるものだ。2022年12月、地裁判決に原告側が不服として控訴し、舞台は東京高等裁判所に移った。
5高裁でそろった「憲違」判断
控訴審では、男女間なら婚姻できるのに、同性間だと婚姻できない「区別」に合理的根拠があるかが引き続き検討された。審理の結果、2024年10月の東京高裁判決では、違憲状態という概念は覆され、「違憲」と判断された。
東京高裁は、現行の婚姻制度で異性カップルと区別することは不合理であり、同性愛者が排除されているという現状自体が差別や偏見を助長するものであり、不利益は重大だと認めた。判決文には、「同性間であっても人生の伴侶と定めた相手と配偶者としての法的身分が形成できることは、男女間の関係におけるのと同様に十分に尊重されるべき」と記されている。
同性カップルの法的身分関係にまつわる具体的な制度のあり方についても、踏み込んだ言及があった。「法改正をして同性間の婚姻を認める方法だけでなく、婚姻とは別の制度を新設する方法もある。しかし、それが男女間の婚姻とは異なる規律となる場合には、憲法14条1項違反の問題が生じ得る」とした。
一方、賠償請求については、同性婚に関する要請が認識されるようになったのは比較的最近で、最高裁の統一判断がなく、国会の立法不作為による責任は認められないとし、原告側の控訴を退けた。