2022.09.30

小原ブラス×田中宝紀「海外ルーツの子ども支援の実態とグローバル社会のためにできること」

現在、日本には282万3,565人(令和3年6月時点)(※1)の在留外国人が暮らしている。日本のグローバル化が進む一方で、社会の受け入れ態勢が追いつかず、そのしわ寄せを受けているのが海外ルーツの子どもたちだ。テレビコメンテーター・コラムニストとして活躍しながら「外国人の子供たちの就学を支援する会」の理事長を務める小原ブラスさんと、海外ルーツの子ども支援の第一人者の田中宝紀さんが、その現状と未来への展望について語った。

※海外ルーツの子どもとは、外国籍である、日本国籍(または二重国籍)だが、保護者のどちらかが外国出身者である、国籍はないが保護者の両方またはどちらかが外国出身者である、海外生まれ・海外育ちなどで日本語が第一言語ではない子どもを指す(※2)。

(※1)出入国在留管理庁「令和3年6月末現在における在留外国人数について」より参照
https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/13_00017.html

(※2)出典:田中宝紀『海外ルーツの子ども支援 言葉・文化・制度を超えて共生へ』(青弓社)

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小原ブラスさん

こばら ぶらす●ロシアルーツの関西育ち。テレビコメンテーター・コラムニストとして活躍。「外国人の子供たちの就学を支援する会(sfcs)」理事長、「Almost Japanese」CEOを務める。著書に『めんどくさいロシア人から日本人へ』(扶桑社)がある。

田中宝紀さん

たなか いき●NPO法人「青少年自立援助センター定住外国人支援事業部」責任者。2010年より海外ルーツの子ども・若者の学習と就労を支援。 文部科学省中央教育審議会初等中等分科会臨時委員。著書に『海外ルーツの子ども支援 言葉・文化・制度を超えて共生へ』(青弓社)がある。

海外ルーツの子どもの支援ってどんなこと? それぞれの団体での活動

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小原ブラス(以下、小原)僕が理事長を務める「sfcs」では、日本の小学校の授業を受講するために最低限必要な日本語の習得に、合計100時間の日本語教育のプログラムを提供しています。正直、自分たちの団体はまだまだ駆け出しだなと感じていて。でも日本語教育の支援をしている人が圧倒的に少ない現状で、こうした活動を発信するのが僕の役割でもあり、共感してくれる人が少しでも増えていくのを目指しているところですね。

田中宝紀(以下、田中)私は2010年頃から、海外にルーツを持つ子どもたちのため教育支援事業「YSCグローバル・スクール」を運営しています。そこでは、子どもや保護者からの相談内容によって必要なサポートを見極め、適したプログラムを学んでもらっています。通っている学校の先生とのコミュニケーションがうまくいかないという悩みがあったら、学校に連絡してその間を取り持つ役割を担うこともあります。

海外ルーツの子どもたちのリアルな就学状況

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田中 外国籍の子どもは義務教育の対象外ですが、日本は「子どもの権利条約」に批准してるので、彼らが教育を受ける権利は認められています。文部科学省(以下、文科省)は、希望すれば日本国籍の子どもと同様に教育機会を確保します、という言葉を明示しているのですが、“希望があれば”というスタンスが問題で……! 発生ベースでしか対応しないので、当然あぶれてしまう子どもが出てきます。日本語がわからない保護者の方には就学できると知らなかった人や、就学手続きに行ったけど日本語がわからず諦めて帰ってきてそのままになっちゃった、という人もいました。

小原 文科省が2019年に公表した「外国人の子供就学状況等調査結果」によると、義務教育年齢の外国籍の子どもの内、不就学あるいはその可能性のある子どもが約2万人もいてびっくり! そこから2021年の調査だとたった2年で約1万人も減少していますよね。どういう統計なんやろ?と思っていました。

田中 すでに帰国していたり、転居届を出さずに転居しちゃったり、そういった行方が掴めない子どもも含め、就学状況が掴めない子どもが約2万人。そのうち実際に不就学だったのは600人くらいだったことが後からわかりました。でも問題は自治体が就学状況を把握できていない子どもたちが約2万人もいたということ! その後文科省と都道府県の連携のもと、各自治体がきちんと確認作業を取るようになったところ、2021年のデータでは(約2万人から)約1万人にまで減ったんです。

2018年をターニングポイントに状況が少しずつ改善

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田中さんが運営している「YSCグローバル・スクール」で日本語を学ぶ子どもたち。photographer:Yuichi Mori

田中 嫌な言い方になりますが、労働力の確保という観点から、2018年を機にフェーズが変わりました。出入国管理及び難民認定法(以下、入管法)及び法務省設置法の一部を改正する法律が成立し、特定技能という新しい在留資格ができ、2段階目のビザで家族を呼び寄せることができるようになりました。ただ、子どもたちが安心して暮らせる環境でないと2段階目のビザを取ろうという意欲が持てないですよね。そこで外国人の子どもの教育環境をちゃんと整理しなきゃ、と突如現実味を持って話され始めたんです

小原 僕個人としては日本が少子高齢化で労働力が必要だから、外国人を受け入れようという方針に賛成も反対もなく、どっちでもいいんですよね。ただ受け入れるという方向に決まった今、ヨーロッパの移民問題のこれまでの失敗などを顧みて、それを反面教師にしながら日本はどんな風に舵を切ったらベストなのかを考えていくべきなんかなと思います

田中 入管法の改正と同時に議論され、2019年に日本語教育推進法ができたことが自治体にとっては大きくて。そのおかげで、学校の中で困っている子どもがいるから日本語教師を派遣しようとなったり、そこまでの予算がない場合はオンライン学習を導入したり、日本語教育に取り組みやすくなりましたね

ペイフォワードで行動を起こす。2人が支援に取り組む理由

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2022年1月に一般社団法人外国人の子供たちの就学を支援する会の理事長に就任した小原さん。理事の竹丸勇二さん(左)と代表理事の石川陽子さん(右)。

小原 今もはっきりと覚えているのが、小学校1年生の時に担任だった先生。それが彼女の仕事の範疇だったのかはわからないんだけど、国際交流ルームを作って地域に住む外国の人を呼んでクラスの子と触れ合う場にしたり、ロシアに住む僕の祖父母に紙粘土で作った雛人形を贈ったり、すごく熱心にやってくれた記憶があります。先生がいつも気にかけてくれていて、その存在って僕にとって大きかったんですよね。

田中 私は、16歳の時に全く言葉がわからない状態でフィリピンの小さな町のハイスクールに留学したんです。そこでは同級生だけでなく町全体が私をコミュニティの一員として受け入れてくれて、寂しさを感じることがありませんでした。そんな私にとって、海外ルーツの子どもを支える環境を作ることは、自分が受けた恩を次世代に渡す恩送りのようなもの。

小原 自分はたまたま周りに恵まれ良い経験をしているからこそ、それができていない子どもたちを見るとモヤモヤしちゃって、支援に取り組みたい欲が湧いてくるんです。もし自分が不幸な体験ばかりやったら、日本に来ない方がええで!っていう発想になると思うから。嫌な経験よりも感謝とかそういうとこから生まれる気持ちの方が、実際に行動を起こしやすいんかもしれないですね。

田中 大学生の時に参加していたNGOの事務所の一角で日本語のボランティア教室を開いてみたところ、フィリピンルーツの中学2年生の女の子がやってきたんです。学校で日本語を教えてもらえない、日本語がわからないから友達もできず勉強もわからないという状況。彼女みたいな子がきっとたくさんいるだろうと思って調べてみたら、当時日本で子どもに日本語を教える仕組みがほとんどないということがわかったんです。それから2009年に半年限定で始めた、子どもに特化した日本語教育のプログラムが今のスクールの種になって、現在の活動につながっています。

多様性が進む日本。皆が幸せに生きるためには?

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田中 若い世代が多様性への感度を高める中で、親世代が自分の子どもに何を伝えるかはすごく大事だなと思っています。小さな差別になりうる芽を、家庭だけでなく社会の中でどうやって摘むかというのを真剣に考えていて、マニュアルがあった方がいいんじゃないかなと

小原 絶対にNGなことのガイドラインはあってもいいけど、気にし過ぎて壁を作られるのも嫌ですね。僕は外国人として、だったら全部関わらんとこってなっちゃう。多様性って自分自身や考えをオープンにすることが許される社会だと捉える人も多いけど、それって裏を返せば他人の価値観も受け入れる社会だと思うんですよね。ということは、自分が納得できない古い価値観を持つ人にも寛容さを持ってないと多様性にはならんのかなって。

田中 ルールを決めてがんじがらめにして守りたいのではなく、マイノリティのためというよりはマジョリティ側の行動指針みたいなもの。保護者世代用に、家庭でSNSと子どもがどう付き合うかなどが書かれた、SNSのルールブックのようなイメージですね。

小原 こういうことをLINEで送ってきた男がいてむかつくー!とか、恋愛あるあるや経験談ってWEB上で見かけるじゃないですか。そういう感じで具体的なマニュアルよりも、むかついたり傷ついたりした経験談をもっとラフに話せるような場があると、差別やマイクロアグレッション(※)への気付きがもっと浸透していくのかもしれないですよね
田中 そうですね! ダイバーシティエデュケーションという概念も出始めていて、日常の中に多様性が当たり前にちりばめられている環境を、子ども時代から増やしていきたいですよね。コンテンツの中に多様性を考えるようなきっかけが含まれているものがあって、カメルーンにルーツを持つ星野ルネさんの漫画『アフリカ少年が日本で育った結果』には、多様性を考えるようなきっかけがたくさんあって、それを読んだ時はめちゃめちゃ嬉しかったです。
小原 じつは、星野ルネさんと同じ保育園に通っていたんです! 彼のおかげで海外ルーツの子どもを初めて受け入れた成功例があったからこそ、僕も入園できました。今はお友達です。
田中 ご縁ですね! ほかにも海外ルーツの人たちのリアルを描いた、藤見よいこさんの漫画『半分姉弟』とか。ああいった発信が増えていくことで、笑えたり真剣に考えたりする中で、少しずつ思考することが当たり前になっていくんだと思うんですよね。

※マイクロアグレッションとは、無意識の偏見や差別によって悪意なく誰かを傷つけること

「やさしい日本語」を使ったコミュニケーションを心がけて

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小原  sfcsの活動では「やさしい日本語」を広めることにも力を入れています。多くの外国人は簡単な日本語であれば喋れるんですよね。例えばビジネスで使うような「〜致します」みたいな言葉ではなく、簡単な言葉で説明をしましょうと地域社会に紹介したり。

田中 やさしい日本語のやさしさはおおむね、小学校2、3年程度の日本語です。コツを掴めば誰でも取り組むことができ、多言語化するよりコストもかからない。コロナ禍でやさしい日本語に初めて取り組んだという自治体のケースや、ワクチン接種の現場で初めてやさしい日本語を使ってコミュニケーションを取ったという声もあり、よくも悪くも前進するきっかけになりました

小原 やさしい日本語の存在を知るまでは、やさしい日本語的なもので話しかけられると「馬鹿にして!」って思っていました(笑)。知ってからはその気持ちを抑えられ、あえてやさしい日本語でやってくれてありがたいなという気持ちが芽生えるように。ある程度日本語を習得している外国の方も、馬鹿にされたと思ったりしないで意識を変える必要もあるんやないかな。日本人側だけが変えていこうとするのではなくて。

海外ルーツの子どもよりも、個人としてのアイデンティティを大切に

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小原 僕の場合ロシアルーツ、ゲイ、関西人、焼肉が好きとか、複数のアイデンティティがあります。一つ一つのアイデンティティを見たら、外国人なんてめちゃめちゃたくさんいるし、関西人だってそう。たまたまレアな組み合わせになったかもしれへんけど。僕は僕だから、それぞれの特徴で捉えられたくないし、当たり前のことだけど一人として同じ人間はいない!

田中 マイノリティとして海外ルーツの子どもが注目されてきたのは良かったことだと思うんですけれど、その中にも多様性があって、グラデーションがあって、格差もあって、色々な状況がありますよね

小原 何か失敗した時も、その子が単純に失敗しただけなのに「◯◯人だから仕方ないね」「外国人だからわからんかったやろね」と言われるのは違うし、嫌でしたね。そう思われてしまうから失敗したくない、と変なプライドを背負いがちでした。

田中 海外から来た子もいれば、日本生まれ日本育ちの子どももいるし、見た目からはわからない日系ルーツの子どももいますし。単純に外国人で一括りにはできない。どれだけ主語を分解し、小さくして認知してもらえるか、彼ら個人として出会えるようにするか、ということがこれからの高い目標になりますね

海外ルーツの子ども支援の未来。2人が目指すものとは?

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小原 僕は日本の人に伝えるのが得意な方。また日本人が海外ルーツの人に「郷に入っては郷に従え」と言うよりも、僕の顔で「こうしておいた方が楽やで」と伝えた方が納得してもらえる部分があるはず。だから緩衝材みたいになれるといいなと思っていますけど、そういう人は僕だけじゃない。日本で育った同世代の海外ルーツの子たちがSNSなどで発信する場が増えていて、今は良いタイミングなんです

田中 マイノリティは声が届きにくい存在であるが故に可視化し、誰かが拡声器になって伝える必要があるんです! 小原さんのように発信ができる人も増えてきて、私がやってきた拡声器の役割を次世代に引き継ぐタイミングだと感じています。

小原 田中さんは海外ルーツの子ども支援の第一人者ですから! これからも色々教えていただきたいです!

田中 私自身の考えとして多文化共生社会は実現しないと思っているんです。それでもマイノリティの人が安心して暮らせるためのひとつのキーワードが「社会資源の共有社会」。社会資源を色々な人が一緒に使うことができる社会です

小原 そこでいう社会資源とは何ですか?

田中 行政や民間のサービス、あるいは私たちのようなNPOが提供する何らかのサポートなどもそうですが、社会にあるもの全部というふうに捉えていただければ。それを社会にいる人全員が過不足なく必要に応じて活用できるのが理想的だなと思います。例えば、NPOの活動の中で、日本人だけでなく海外にルーツを持つ子どもや若者も対象者に捉え直してもらう、子ども食堂のメニューにピクトグラムで何が入っているかを表示することでムスリムの子どもも安心して利用できるようにするなど。あと8年くらいで支援活動20周年になるんですけど、支援する側の土台作りを含め、その頃までに自分ができる最大のバトンを次の世代に渡すということは完了したいなと思います。

小原 僕が海外ルーツの子ども支援の活動をするのは、自分のためにやっているとも言えます。社会全体が良くなっていき、結果的に日本が僕にとって住みやすい国になれば僕も幸せやもん。そういう考えをもっと広めることができれば、支援する側、支援される側っていう構図もなくなるんかなって思うんですよね

photography: Naomi Ito text: Momoko Yokomizo

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