われわれの身体問題、アクティビスト&起業家からのメッセージ 2022 ━vol.2 #なんでないのプロジェクト 代表 福田和子さん

「日本の避妊は ないものだらけ。」福田和子さんが立ち上げた「#なんでないのプロジェクト」のウェブサイトには、大きくそう書かれている。世界では当たり前に使われていて、WHOの必須医薬品リストにも挙げられている避妊法の多くが、現在の日本では認可されていない。男性用コンドームは一般に流通しているが失敗も少なくないし、低用量ピルはあるものの、アクセスのしやすさは国際的に見て低水準で、広く利用されているとは言いがたい。

こうした問題に危機感を抱いた福田さんは、大学在学中にプロジェクトを立ち上げ、広く女性の健康・権利にまつわる問題の改善に向けて活動を行ってきた。現在はルワンダで仕事をしている福田さんに、活動の中で直面した壁や、私たちにできることについて聞いた。

避妊は、いちばん身近な「自立」の手段

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留学先のスウェーデンで感じた「守られている感」

大学3年生の頃、スウェーデンに留学しました。そこで、街のドラッグストアに緊急避妊薬がごく当たり前に並んでいて、安価で売られているのを見て衝撃を受けました。緊急避妊薬が必要な状況におかれたとき、日本では不安な気持ちを抱えながら病院に行き、1万円ほどもするお金を払って初めて手に入れられる薬が、スウェーデンでは誰でも確実に入手できる。すごく不条理だと感じました。

スウェーデンでもうひとつ驚いたのが、婦人科にピルをもらいに行ったときのこと。ひと通り説明を終えた医師が、「避妊には他の方法もあるよ。自分の性格やライフプランに合わせて選んでね」と、それまで私が聞いたこともなかったいろいろな選択肢を教えてくれたんです。日本では今も、「遊んでいる子」だと思われるんじゃないか、医師に怒られるんじゃないかと、産婦人科に行くのを躊躇する人が多いですよね。でもスウェーデンでは、「よく来たね! いつでも相談に乗るよ」とポジティブに歓迎してもらっている印象を受けました。社会にすごく「守られている感」を感じたんです。この体験が、活動の原点になりました。

日本にない避妊法の多くは、海外ではあって当たり前のもの

帰国してからもしばらくは、モヤモヤした気持ちが消えませんでした。留学前、私は日本の大学で、遊郭に生きた女性の研究をしていました。当時はより確実な避妊の技術がないことで、彼女たちがどれだけ脆弱な立場に置かれていたかを実感していましたが、現代の日本の女性の立場だって、あまりにも脆弱すぎるのではないかと思うようになって。この弱さは、社会に押しつけられている弱さなのではないかと思うようになり、それがすごく悔しかった。それでなんとかしなければいけないという思いで立ち上げたのが、「#なんでないのプロジェクト」です。

プロジェクト名の「なんでないの」は、けっこう強い言葉ですよね。「『あったらいいな』くらいにしておけばいいのに」と言われたこともありますが、でも日本にない避妊法の多くは、国際基準ではあって当たり前のもの。そんな気持ちを込めてこの名前にしました。

ガラスの天井ならぬ「岩盤」に阻まれる

では、海外では当たり前の避妊法が、日本にはなぜないのか。私が何より大きい要因だと思っているのは、意思決定の場にいる人が男性ばかりだということです。政治の場でも、産婦人科業界でも、トップにいるのは高齢男性であることが多い。妊娠不安などの切実な恐怖に、どうしたって当事者意識を持ちにくいですよね。あまりにもトップが男性ばかりで、女性の抱える不安に気づくことができなかったというのが大きいと思います。

よく、女性が組織内で昇格するのを阻む要因を「ガラスの天井」と表現しますが、実際に政治の場に働きかけていて感じるのは、ガラスどころか「岩盤」と表現したくなるくらい分厚い壁が存在していること。例えば緊急避妊薬へのアクセス改善を訴えていると、「安易な中絶が増える」「女性が性的に無責任に行動し始め、男性が遊ばれて捨てられる」など、もう理不尽としか言いようのないことを言われたりする。社会の意識は少しずつ変わってきていますが、国家の中枢はまったく変化が足りていないことを痛感します。

ルワンダに来て改めて気づいた「日本、このままじゃヤバい」

私は、去年の11月からルワンダで仕事をしています。難民キャンプでの性暴力やSRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ:性と生殖に関する健康と権利)に関するプログラムのアナリストをしています。ルワンダは、1994年の悲惨な大虐殺から復興する過程で、国を挙げてジェンダー平等やSRHRに取り組んできました。今は世界トップレベルで女性議員が多い国ですし、世界の性教育のスタンダードである包括的性教育も、すでに2017年から義務教育として扱っています。一方日本では、包括的性教育の概念すらまだあまり知られていない。ルワンダに来て、改めて「日本は大丈夫なのか?」という気持ちになってしまいました。

日本は医療に関しては、保険制度でも技術の面でも非常に先進的です。それは実際その通りだし、確かに「日本の医療は完璧」だと言いたくなるのですが、それはいったい、誰から見て完璧なのか。結局「男性にとっては完璧」なのであって、女性から見るとすごく大事な部分が抜け落ちているのではないでしょうか。

私たちのひと言が、社会の空気を変化させる

そんな日本の現状を変えるために、何ができるのか。ひとつは、もっと積極的に政治の場に参加することです。署名活動も大きな力になりますが、直接的に政治家に意見を伝えられる制度として、パブリック・コメントがあります。これは政令や省令が新しくなるときに、広く国民の意見を募集するというもの。緊急避妊薬の問題に関しても、いずれパブリック・コメントが募集されるはずです。こういう機会を捉えて、自分の声を政治家に届けていくことは大切です。

でも個人的には、現状を変えるいちばん大きい要因は、社会の空気の変化だと思っています。低用量ピルが普及しないのにはいろいろな理由があるけれど、「ピルを飲んでいるのは遊んでいる子」といった偏見がいまだに強く残っていることも大きいと思うんです。そして、そういう雰囲気を作り上げているのは、結局のところ私たちひとりひとりですよね。だから、ひとりひとりが「避妊はすごく大事だし、当たり前のことだよね」という言葉をひと言発するようにしていくだけでも、社会の空気は変わってくると思いますね。

危機感をパワーに変えて

とはいえ、ポジティブな変化はたくさん起きています。まず、今までタブーとされてきた性の話が、大事なことだという文脈で扱われるようになってきた。私が避妊法を広げる活動を始めた当初は、SNSで勘違いした言葉を浴びせられることも多かったです。「そこまでしてセックスしたいのか?」なんて言われたり。でも今は、賛同してくれる声がすごく増えましたね。

「なんでないの」というプロジェクト名に「避妊」や「性」といった言葉を入れなかったのも、SNSでシェアしてもらえないかもしれないと思ったからです。運動を広めるためにあえて外したのですが、でも今は、「緊急避妊」という言葉の入ったハッシュタグを使ってくれる人がたくさんいる。性教育インフルエンサーのつるたまさん(@tsurutama_ALLY)が立ち上げたクラウドファンディングのハッシュタグも、「#わたしたちの緊急避妊薬」なんです。「わたしたちの」と言い切れる人がこんなに増えたんだ!と、すごく嬉しく思っています。

そしてもうひとつ、今の日本に強みがあるとすれば、「このままではヤバい!」とものすごく強い危機感を抱いている人たちが多いこと。「変えなきゃいけない」という切迫感が強いんです。この思いの強さは、とても大きなパワーになると思っています。この勢いで社会を変えていけるよう、私も頑張りたいですね。

大人の世代にこそ、性教育を!

最近は日本でも、若者に向けた性にまつわるサービスを提供しようという動きが少しずつ出てきています。そのときにすごく大事なのが、彼らを受け止める大人の側のキャパシティ。若者がせっかく必死にSOSを出したのに、そこで嫌な思いをしてしまったら、その子はもう二度と声を上げなくなってしまうかもしれない。だから性教育は、大人の世代にも必要なんです。誰もが、性にまつわる話を当たり前に、健康や権利の話としてできる社会にしたい。ルワンダから帰国したら、それを目指して活動していこうと思っています。

避妊は、いちばん身近な自立の手段だと思っています。相手に自分の人生を委ねる弱い立場から自由になって、自分の人生を自分で決められる。そんな力を与えてくれる手段だと思っています。「自立した女性は素敵だよね」というのが社会のコンセンサスになったら、日本はすごく大きく変わるかもしれませんね。

 

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女性の権利の視点から中絶を考える本。ティーンエイジャー向けに書かれているが、大人が読んでも勉強になること間違いなし。福田さんは解説を執筆。「私たちが日々感じているモヤモヤが、いかに政治や社会構造とつながっているかが理解できる、エンパワメントにあふれた一冊です」

PROFILE

福田和子● #なんでないのプロジェクト 代表
大学在学中の2018年5月、「#なんでないのプロジェクト」を立ち上げる。「#緊急避妊薬を薬局でプロジェクト」共同代表。スウェーデン・ヨーテボリ大学大学院公衆衛生修士課程修了。現在はルワンダの難民キャンプをフィールドに活動中。

text:Chiharu Itagaki illustration:Natsuki Kurachi

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