われわれの身体問題、アクティビスト&起業家からのメッセージ━ 2022 vol.4 エトセトラブックス 代表 松尾亜紀子さん

「私の 私による 私のための身体」「私たちは韓国ドラマで強くなれる」「女性運動とバックラッシュ」……雑誌『エトセトラ』は、フェミニズムの視点からさまざまな問題を取り上げるワンテーママガジンだ。毎回異なる責任編集者のもとで異なるテーマを取り上げ、今までに6冊が刊行されている。

この雑誌を手がけるのは、編集者の松尾亜紀子さん。大手出版社で働いていた松尾さんは、2018年にフェミニズム専門出版社エトセトラブックスを立ち上げた。2021年1月には同名の書店もオープン。この数年はSNSを中心に広がりを見せるフェミニズム運動を、雑誌や書籍を通じて盛り上げている。フェミニズムとは何なのか、活動を支える思いを聞いた。

怒りを原動力にして、性差別のある社会を変えていく

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「育児すら自己責任」な社会に憤る

ジェンダーという考え方に出合ったのは大学生の頃。社会学としてジェンダーを扱った本を読んだとき、ずっと心の奥に抱えていたモヤモヤの原因が、初めて見えてきたんです。その後、フェミニズムという概念が自分の中にしっかり根を下ろしたのも、本を通じてのことでした。出版社に勤めていたとき、世界文学全集を編集するチームに配属され、現代の女性作家の作品にたくさん接することに。その中で、今まで男性中心で語られてきた物語を女性作家たちが自らの視点で書き換えているのに触れて、自分もフェミニズムの本を作りたいと思いました。

ひとつの契機となったのが、2011年の東日本大震災です。私は東京にいたのですが、ちょうど妊娠中で、震災の1ヶ月後に初めての出産を迎えるというタイミングでした。放射能汚染の問題が取りざたされ、何が正確な情報なのかまったくわからない状況で育児をしなければならず、強い孤独を感じました。母乳を飲ませても大丈夫なのか、ミルクなら安全だと言い切れるのか、そういったことを誰も教えてくれない。未来につながる子どもの育児すら、自己責任のもとにやっていかなければいけない社会の状況に、本当に絶望しました。そこでますます、自分ごととして社会を変えていかなければならないと、強く考えるようになりました。

「しないこと」を決める大切さ

「もうフェミニズムとジェンダーの本しか作りたくない」。そう強く心に決めて、出版社の社員として仕事をしていましたが、2018年に独立してエトセトラブックスを立ち上げることに。その頃はフェミニズムの考え方がSNSを中心に若い世代にも広がり、成熟していった時期でした。女性たちがSNSを通じて、自分の抱えているモヤモヤや怒りを発信し始めていた。フェミニズムの専門出版社を立ち上げて本を作ったら、もっとダイレクトに、フェミニズムの考え方を必要としている読者に届くのではないか。そう思うようになりました。

先日、女性を対象とした依存症回復支援施設「ダルク女性ハウス」の代表である上岡陽江さんが、「誰かにとって安全で開かれた場所を作るときには、自分は逆に偏屈に、狭くならざるを得ない」と話していました。私も、何かを成し遂げるためには逆に「何をしないか」を決めることがすごく大事だと思っています。大きな出版社にいれば、自分がやりたくないことをしなくてはならないときもある。また、自分が直接かかわっていなくても、所属する会社の思惑がフェミニズムの思想から離れてしまう場合だってある。そういう思いもあって独立しました。

本や雑誌を作るプロセス自体が運動になる

「エトセトラブックス」という名前には、これまで「エトセトラ(その他)」とされてきた女性たちの声を届けたいという思いが込められています。フェミニズムは人によって、時代によってさまざまな形を取るものです。多様であるがゆえに「その他」とされてきた声を、しっかり記録して届けたい。特に雑誌『エトセトラ』では、今この時に生きる女性たちの思いや行動を記録するということを強く意識しています。

ウーマンリブ(1960〜’70年代の女性解放運動)の時代は、冊子を作ることそれ自体が運動でした。女性たちが寄り集まって、自分たちでテーマを決めて文章を書き、ガリ版で印刷して……。『エトセトラ』を立ち上げたのには、そんな当時の運動を再現したかったという思いもあります。書店の運営もそうですが、雑誌や書籍を作るプロセスそのものが、私にとってのフェミニズム運動になっています。

時代とともに広がる「女性」の枠

フェミニズム理論家で作家、文化批評家のベル・フックスは、著書『フェミニズムはみんなのもの 情熱の政治学』(エトセトラブックス・刊)で、フェミニズムを「性差別をなくし、性差別的な搾取や抑圧をなくす運動」だと定義しています。女性差別を許さないということ、これは今までもこれからも変わらず、フェミニズムの根幹となるものだと考えています。

ただ、その「女性」とは誰を指すのか、これは変化し続けています。かつてのフェミニズム運動では、女性とは白人女性のことでした。それが人種を越えて広がり、同様に昔はシスジェンダー女性を指していたものが、今ではトランスジェンダー/シスジェンダーに限らず広がってきている。フェミニズムの軸は変わらずあり続けるものですが、この「女性」の枠から無視されている人がいないかどうかは、つねに考えていかなければいけない問題ですね。

先人たちの活動が、今のフェミニズムに繋がっている

私が最初にジェンダーやフェミニズムの本を作り始めた10年ほど前に比べると、フェミニズムのコーナーがある書店はずいぶん増えました。「フェミニズム」という言葉自体が語られる機会も増えて、フェミニズムの活動が多くの場で見られるようになった。これはすごく大きな変化です。

ただ、忘れたくないのは、やっぱり綿々と運動してきた人たちがいたから今があるわけです。たとえば『からだ・私たち自身』。これは1980年代に出版された、女性の身体問題を当事者の視点で取り上げた翻訳書です。この頃からずっと社会運動をしてきた人たちがいて、それが今に繋がっている。だから昨今のフェムテック・ブームも、この文脈の上にあってほしいという思いが強くあります。

女性の身体のために商品を開発し、そこで経済活動をするならば、そこには必ずベースにフェミニズムの思想があってほしい。その思想がないままに、ビジネスありきで企業が商品開発をするとしたら、それが果たして本当に女性のためになるのか、非常に疑問です。フェムテック産業も、社会の意識の変化とともに動いてほしいという思いがありますね。

これはフェムテックだけの問題ではありません。今はフェミニズムの本もたくさん出版されていて、それは本当に喜ばしいことですが、解説を読んでそこに書かれた言葉に違和感を覚えることも。フェミニズムは、言葉のひとつひとつに宿るもの。これは自己批判を込めての発言ですが、社会の変化に発信側の意識がまだ追いついていない面もあるのだと思います。

人は「怒り」で連帯できる

私の活動の原動力は、怒りだと思っています。だから自分の怒りはとても大切にしています。怒りは決して負の感情ではない。「どれだけ人のために怒れるか」というのもすごく大事だし、それと同時にその人の怒りを奪わないというのも大事。人は怒りで連帯できると思っています。

南米のフェミニズムで使われる言葉に、「私たちは痛みで繋がれる」というものがあります。性暴力への抵抗運動の中でよく聞くスローガンだそうです。そしてもうひとつ、韓国のフェミニズム運動の中で聞いた言葉に「繋がるほど私たちは強くなれる」というものがあります。怒りを行動に変えて、人と連帯することで強くなる。どちらも、私が活動の中で大切にしている言葉です。

フェミニズムという言葉は、きっとなくならない

活動をする上で目指しているのは、女性にちゃんと人権のある社会を作ること。ただ個人としては、活動を続けていくことそれ自体を目標にしています。「性差別はよくない」と言い続けていかないと、社会はもとの状態に戻ってしまうから。それどころか、むしろ退化していってしまうのではないかと危機感を抱いているからです。

フェミニズムという言葉がなくなることは、おそらくないのでは。ずっと大事な概念であり続けるでしょうね。時とともにさまざまに表現形態を変えながら、同じことを繰り返し主張し続けていく必要があるのだと思いますね。

 

●●私のオススメする、視野を広げる最初の一歩●●

雑誌『エトセトラ』

松尾さんが代表を務めるエトセトラブックスが発行するフェミニズム雑誌『エトセトラ』。特にオススメするのは、長田杏奈さん責任編集『VOL.3 私の 私による 私のための身体』、井谷聡子さん責任編集『VOL.6 スポーツとジェンダー』の2冊。今、身体性についてジェンダーの視点から考えるための必携の書。

PROFILE

松尾亜紀子●株式会社エトセトラブックス 代表
長崎県出身。河出書房新社にて書籍編集者として勤務したのち、2018年に独立。2019年5月に雑誌『エトセトラ』を創刊し、2021年1月には東京・新代田に書店をオープン。性犯罪に抗議する「フラワーデモ」呼びかけ人のひとりでもある。

text:Chiharu Itagaki illustration:Natsuki Kurachi

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