子どもへの性教育のあり方が議論されているけれど、大人たちはどうだろう? 生物学的な身体の仕組みだけではなく、セックス、パートナーシップ、人間の尊厳、多様な性のあり方など……さまざまな知識を十分にインプットできているかというと、自信がないという人もいるのでは。
性について学ぶことは、自分の人生における選択肢を増やし、主体的に生きることにつながるはず。大人になってからも学びを続ける、芸人のバービーさんと、性教育を通じて、誰もが自分らしく生きる社会の実現に取り組むNPO法人ピルコンの染矢明日香さんに「大人の性教育」について、そして参考にしている情報源について話を聞いた。
【芸人・バービーさん】自分で自分の身体の舵を取るために、性を学ぶ
──バービーさんがご自身の性教育に関心を持ったきっかけは何ですか?
大学生の頃「避妊に失敗したかもしれない」となり、色々と調べて“アフターピル”の存在を知って、それをもらいに婦人科に行った経験がきっかけかもしれません。リサーチ好きの私は、その後もさまざまな情報を知るなかで、「ニキビにピルが効くかもしれない」という噂を聞きつけて。改めて婦人科に行ったら、「ニキビの悩みでピルは処方できない」と断られてしまったんですよね。そこで終わらないのが私なんですが(笑)。どうして先生はピルを処方しなかったのか、その理由を探るために、身体やピルなどの選択肢についてどんどん深掘りしていくようになりました。
1. 人の基準ではなく、自分が「いいな」と思ったものを選ぶ
──わからないことがあったとき、どのようにして情報収集をしていますか?
まずはインターネットで検索。それから、その分野に詳しい医師のクリニックへ行き、実際のところどうなのかを聞いています。ネットで拾った情報は、整理されていなかったり、鵜呑みにしないほうがいいものもあります。なので、一応ネットでも調べますが、最終的には専門家に話を聞いて、そのうえで自分が「いいな」と思ったものを選択します。
──最終的な選択は、自分の「いいな」という感覚なんですね。
身体に対する考え方って人それぞれ違うじゃないですか。大きく分けると、保守的な人と前衛的な人がいて、私はめちゃくちゃ後者。手術もケミカルな治療もOK、新しいこと大好き、合理性重視。「これは仕事につながるかも」ってワクワクするなら、自分の身体でトライアンドエラーするのも構わないです(笑)。対照的に、痛いのが嫌だったり、やさしい効果を基準に選ぶ人もいますよね。それは、その人の価値観でいい。自分で判断して、自分の身体の舵を取ることが大事だと思います。
話は変わりますが、以前『週刊SPA!(扶桑社)』の特集で「セックスに上手い下手はない。気持ちのいいセックスに必要なのは、自分を解放することだよ。セックスは“のぐそ”みたいなもんだ」というような話をしていて(笑)。つまり、心の鎧を脱いで自分の欲望を第一にしよう、という話ですね。そのためには、いろんな人の意見を聞くことも必要だと思います。
2. 性について本当は話したい、という人は多い。学び合える場がもっと必要
──バービーさんといえば、実際に婦人科に足を運んで、複数の専門家の方に話を聞かれている印象が強いです。やはりいろんな意見を聞くことは、大事にされているんですね。
私は困ったら、すぐ人に聞いたり調べたりしますが、意外とそうではない人が多いと気がついたのはYouTubeを始めてからです。テレビでは話していないことをやりたいと思っていたので、まず生理用品に関する動画を公開したら、予想以上に困っている人がいて。ナプキンの使い方を知らない人もかなりいました。粘着面をお股に貼っていた、捨て方を知らなくてサニタリーボックスの上に置いていた、という人も。
──わからなくても、聞けなかったのかもしれませんね。
コメント欄に「今まで誰にも相談できませんでした」とあって、そこで優しく噛み砕いた発信を必要としている人がいるんだと気がつきました。婦人科を訪問する動画も反響があり、動画を見てクリニックを受診した方がいたんです。後から、実はその方の症状がかなり深刻だったと聞いて「やってよかった」と思いました。怖くて足踏みしている人のために自分の経験や調べてきたことを伝えよう、それが誰かの気づきになるといいなと今は思っています。
──バービーさんのYouTubeのコメント欄は、性に関するコミュニティのようになっていますよね。
視聴者同士が助け合っていますよね。質問を投げかけると詳しい方や経験者が答えてくれたり、「生理が来るのが怖いです」というコメントに年上のお姉さんが「大丈夫だよ」って返していたり。ラジオでも性に関するエピソードを募集すると、たくさん集まるんですよ。みんな喋りたいんだなと実感しているので、そういうコミュニケーションをとって、学び合える場所が増えるといいですよね。あと、私にとってはコメント欄が学びになることも多くて、最近は産後ケア施設の不足や婦人科への行きづらさなど地方間ギャップに気づかされています。
3. 自分で調べて学んで、主体的に情報を探しにいく
──大人が性を学び直すことについて、どう感じていますか?
大人に性教育が必要な状況というのは、危機的だなと思います。でも、身体にまつわることは男女ともに「(学びが)足りていないな」と思うことが多いのが現実。体調の変化などを理解し合えない男女のいざこざをSNSで見ると「そりゃそうだよね」と思います。だって、成長する過程で、お互いの身体について知っておけば対応できたはずなのに、十分に学ぶ機会がなかったのだから。とはいえ、自分自身も性教育について机に向かって勉強した記憶は正直ないです。自分で調べて情報を得ていくものというイメージがあり、今もそうやって学びを続けています。
▼バービーさんが、学び直しに活用している&したいのは……
【婦人科へ行く】情報はできるだけ、たくさん集めたい
婦人科に通い続けるなかで、日本の医療では異なる意見を言ってはいけない領域と、さまざまな意見がある領域のラインがわかるようになってきました。先生によって意見が異なる領域に関しては、セカンドオピニオンを必ず取ります。産後、胎盤が残って大量出血したときも、いろんな産婦人科医に話を聞いて対処法を決めました。言うことは聞かないけれど(笑)、情報はできるだけたくさんほしい。そこから、自分に合った選択をしたいと思っています。
【女医が教える本当に気持ちのいいセックス】性科学について専門医の意見を知りたい
『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』 宋美玄(著)ブックマン社
「性科学」について、もっと話されてもいいと思うのですが、まだまだタブー意識があるのか専門医でも公に話す方があまりいないんです。セックスで気持ちよくなることの大切さ、そこから性にまつわる科学的な話を知りたいのに、なぜかセックスの話は避けようとする。宋美玄先生は、セックスについて語ってくれる専門家のひとりだと思っているので、今後この本を読んで学んでいきたいです。
2007年、お笑いコンビ「フォーリンラブ」を結成。男女の恋愛模様をネタにし、「イエス、フォーリンラブ!」の決め台詞で一世を風靡した。現在は、YouTubeでの身体や性にまつわるコンテンツの発信や、ラジオパーソナリティ、ランジェリーブランドとのコラボレーションアイテムの開発など、芸人の枠を超えてマルチに活躍。飾らない人柄と、親近感のあるトークで視聴者を惹きつけている。
【NPO法人ピルコン代表・染矢明日香さん】心も身体も人間関係も良好な状態を築くために、性を学ぶ
1. 性的同意や性にまつわるコミュニケーションに、自信がない大人が多い現状
──性教育について長年啓蒙活動をされていますが、大人がどれくらいの性知識を持っているのかという点で、最近印象的だったことはありましたか?
「性と恋愛2023」(調査元:ジョイセフ)という調査で、若い世代で「性的同意」について大切だと認識している割合は高いものの、「性的同意とはどういうものか、正直わかっていない」という回答が男性は4割を超えていたことです。同意が取れているか自信がない、という回答も多くありました。
──大切だと思いつつも、性的同意への理解が不足している、自信がないのが現状なのですね。
それはきっと、性別問わず普段から自分の気持ちを大事にしてこなかったからではないかと思います。男性なら積極的に、女性なら受け身といった固定観念に縛られるのではなく、自分はどうしたいのか、互いの心地よい状態を探り、じっくり向き合う必要があると思います。
──ピルコンでは、「ピルコンU30」という30歳以下の方を対象にした無料のメール相談をされていますが、どのような悩みが寄せられますか?
性暴力、性交痛やセックスレスといった相談が多いです。中でもうまくできないときの相手への声かけ方法や、セックスレスによって愛情を感じられないといった相談もありますね。その背景には、愛し合っているカップルであれば性行為をして当たり前、挿入と男性の射精がゴールという強い思い込みがあると思います。痛いセックスなら我慢しなくていいし、身体がうまく働かないのなら別のやり方があるので、もっと自分の心地よさを優先していいよと伝えたいです。
2. 性はひとりで学ぶものではない。仲間と対話を重ねる過程も学びになる
──そもそも、染矢さんが性について学び直そうと思ったきっかけは?
もともと性について興味がある方で、保健体育の授業もワクワクしていました。ですが、ボディイメージや性行為、パートナーとの関係など自分が知りたかった情報は教えてもらえず。大学3年生の時、意図せず妊娠し中絶を選択したことで、性の知識不足によって人生が大きく左右されることを実感しました。
その後、大学の授業で中絶について調べる機会があり、当時日本での中絶件数が年間30万件もあると知って衝撃を受けたんです(令和5年度の中絶件数は約12万件:厚生労働省「衛生行政報告」より)。周りの友人にも、性行為についてパートナーと話し合えないことに悩んでいる子がいて、性教育に問題意識を持つようになりました。
──学び直すにあたって、どのような行動をされましたか?
私自身は、産婦人科医にセミナーを開催してもらったり、性教育にまつわるイベントに参加したりしていました。そこで性教育に関心の高い仲間ができ、「人生をデザインするために性を学ぼう」と視野が広がったと思います。
ピルコンに入ったばかりのスタッフに聞くと、YouTubeやXなどInstagramで性について発信しているアカウントをフォローすることから始めている人が多いです。そこでコメントをしたりイベントに参加したり、話せる仲間ができるといいですよね。性のことって、ひとりだけで学ぶものではないなと思います。
──オープンに話すイメージがあまりないので、性は仲間と学ぶものというのは意外です。
性教育のゴールは、「自分らしく、心も身体も人との関係においても、良好な状態を築く」ということ。それには知識だけじゃなく、自分を表現したり、相手の考えを受け止めるなどのコミュニケーションも大切です。自分の気持ちと向き合うと同時に、他者がどんな意見を持っているのか、人との関係性を学ぶためにもいろいろな意見に触れられるといいと思います。
3. パートナーや友人とも。性教育は、心地よい関係性を構築するための知識
──染矢さんご自身は性教育を学び直すことで、どのような変化がありましたか?
知識が増えると選択肢を持てるので、自分の人生に必要なことだったと思います。たとえば生理痛やPMSなど、身体が十分なパフォーマンスを発揮できない時期を理解して、それに対応する方法を選ぶ。私の場合は避妊具のミレーナを入れていたり、人によっては低用量ピルを飲んでいたり。快適に生活するための自分に合った方法を選択できるようになると思います。
──以前、助産師のシオリーヌさんとの対談で、性教育を学ぶことで「自分の人生に主体性を持てるようになった」とお話しされていましたよね。
相手によって自分の幸せが左右される人生は送りたくないという気持ちがあるんです。相手の性欲に振り回されたり、プレッシャーを与えたりするのは嫌だなと。以前、パートナーのおしりを触るのが好きで、触るたびに「やめて」と言われていたんですね。私は楽しいコミュニケーションの一貫だと思って続けていたのですが、ある日性暴力加害者の心理について学んだとき「あれ……これ私と一緒じゃない!?」と気づいたんです。
──学ぶことで、自分の行為が「勘違いだった」と気づいたんですね。
相手に改めて聞いたら「本当に嫌だからやめてほしい」と言われて、改めて誰もが被害者にも加害者にもなる可能性があることを実感しました。気づきを得るためにも性教育が必要だと思いますし、対話が大事。きちんと謝って、そこから調整していける関係が私の理想です。
「性教育」とは性行為だけでなく、人権やライフデザインなど生活のさまざまな出来事とリンクしていて、パートナー以外にも友人など周囲と安心できる関係性を構築するための学びだと思っています。自分が安心安全で心地よいと感じるラインである「バウンダリー」を知ることも性教育に含まれるので、奥深い学びだなと今も感じています。
──ちなみに相手に同意を取る方法に悩んでいる方へ、おすすめの練習方法はありますか?
ランチを決めるときなど、お互いに話し合うことを習慣化していくと対等な立場で決めることが自然になっていくと思います。性的な場面でいきなりストレートに話すのは難しいと思うので、学びになる動画を一緒に見てみるのはどうでしょう? 性的同意を紅茶を飲むシーンにたとえた「Tea Consent」など、楽しく同意を取るヒントが得られる動画がありますよ。
▼染矢明日香さんが、学び直しに活用しているのは……
【アメイズ】ポジティブに性を学ぶ動画
『アメイズ』ピルコンYouTube動画画面 ©AMAZE.org 日本語訳:NPO法人ピルコン
アメリカの性教育団体が作っている動画『アメイズ』は、第一線で活躍する研究者の方々が協力し、科学的な観点からポップでわかりやすい表現で性教育について解説されています。禁止ばかりの性教育は効果がないと言われていて、ポジティブな発信のあり方として私たちも非常に学びになりました。ピルコンで翻訳させてもらっています。
▶︎ピルコンのYouTubeチャンネルから動画をチェック
【性のギモンに答える】AMAZE性教育動画(日本語吹き替え)
【おとなセイシル】情報を気軽に知ることができ、相談も可能
『おとなセイシル』サイト トップページ
10代向けに、性に関する情報を発信している媒体『セイシル』 の大人版。基本的な知識から大人ならではの悩みまで。読者からの悩みには専門家の方の回答が掲載されているので、情報源が信頼できるサイトです。
▶︎『おとなセイシル』サイト
https://otona-seicil.com
【ツキとナミ】性別を超えて情報を共有しやすい
『ツキとナミ』サイト トップページ
東京と比べて性に対する価値観がまだオープンではない地方特有の悩みから始まっているので、性行為から生活、仕事の面まで様々な場面で活用できる情報が載っています。奈良の下着メーカーさんが運営しているサイトで、ピルコンも監修で関わらせてもらっています。
▶︎『ツキとナミ』サイト
https://tsukitonami.jp
中高生や保護者、教育関係者向けの性教育講座や情報発信や、政策提言の活動を行う。公認心理師、思春期保健相談士。慶應義塾大学SFC研究所上席研究員。著書に『となりのLGBTQ+ ~それぞれ「性」のあり方を自分らしく生きる14人の物語~』『マンガでわかる オトコの子の「性」』、『はじめてまなぶ こころ・からだ・性のだいじ ここからかるた』など。
NPO法人ピルコン 公式サイト