心や身体にまつわる「こうあるべき」にモヤっとしたら。そんなときは新たな視点を授けてくれる本を一冊手に取ろう。ということで、さまざまな“自分の在り方”を伝えてくれる方々に、推薦図書をご紹介いただく『身体をめぐる図書館』が昨年の記事に続き、第二弾として帰ってきた!
まずは、自身初の児童書『マリはすてきじゃない魔女』を出版された作家・柚木麻子さんにインタビュー。作品に登場するキャラクターを通して、「こうあるべき」による窮屈さ、自身の内に潜む加害性と向き合うことの難しさなどを紐解き。さらに柚木さんおすすめの「身体をめぐる図書」3冊もお見逃しなく!
自身初の児童書では、みんなに期待される通りに力を貸して役に立つ“すてきな魔女”ではなく、自分の欲望に忠実で心のままに力を使う“すてきじゃない魔女”を描いた、柚木さん。そのほか、周囲から称賛されているけれどその価値観が揺らいだことで自分自身を見失ってしまう魔女や、「こうあるべき」に囚われて疑問を感じても口にできない魔女など、さまざまなキャラクターが登場。作品の世界観を紐解いていくと、私たちの現実世界が抱えるモヤモヤを解くヒントも見えてきた。
――柚木さんにとって初の児童書『マリはすてきじゃない魔女』で、”すてきじゃない魔女”を描こうと思ったのはなぜだったのでしょう? パワフルで無敵な女の子を見ていると、「いずれ常識に揉まれて、この魅力を失ってしまったらどうしよう」と一抹の不安がよぎることがあります。ジブリ版の『魔女の宅急便』でキキが魔法を使えなくなったように、誰かを好きになったり、思春期特有の揺れが訪れたりすることで弱くなっちゃう、みたいな描かれ方をされることがエンタメには多い気がするんです。でもそうじゃない、仮に揺れる瞬間があったとしても、無敵のままでいられる女の子を描きたい、わかりやすい成長なんてさせたくない、と考えて生まれたのがマリでした。 ――確かにマリは、いつでも自分の欲望に忠実で、誰より魔力が強いのに、誰かのために魔法を使うことはほとんどないですよね。 私、女性のチートキャラ(ずるいくらい最初から最強のキャラ)が大好きなんですよ。『長くつ下のピッピ』も、ピッピが最初から金貨のぎっしりつまったかばんを持って、生まれ持っての怪力だって設定がいいですよね。著者のリンドグレーンはシングルマザーで、スウェーデンで子どもへの体罰禁止を法制化させるきっかけとなった人ですし、大人になった今読み返すと、フェミニズム的に意義のある小説なのだとわかります。でも、子どもの視点ではただひたすら「チート最高!」みたいな爽快感がある。そのどちらの視点も、塩梅よく盛り込みたいなと思いました。
――魔女が人間社会に溶け込むために「すてき=役に立つ」存在であろうと努力し続けてきた。でもその「すてき」は「弱い」ということなんじゃないか? という問いかけは、けっこう、刺さるものがありました。 多くの物語において、マイノリティはマジョリティに受け入れられるために努力するし、女の子はつらいことをたくさん乗り越えて成長していきますよね。そういうのも全部、やめたいなと思いました。マリは最強のパワーをもつ魔女だけど、子どもゆえに街を大いなる危険にさらすこともある。でも、それでいいじゃないですか。子どもは泥んこになって遊んでよく寝ていればそれでいい。子どもたちがそうしていられるように頑張るのは、大人の仕事。だから、今作では絶対に、大人の問題は大人同士で解決させようとも決めていました。――すてきな魔女として頑張ってきた第一人者であるモモおばあさまは、「すてき」に価値を見出さないマリの存在に戸惑い、怒りを覚え、思わぬ窮地に立たされます。そんなモモおばあさまをマリが助け、和解してめでたしめでたしにはならないのもこの作品の魅力です。 自分が正しいと信じて頑張ってきたことを否定されたら、誰だってモヤモヤしますよね。でも、自分のなかの加害性に向き合って価値観をアップデートするのは、モモおばあさま自身がやるべきことで、マリがその責任を負う必要はないんです。私も、自分自身の加害性に気づかされて、ショックを受けることは多々あります。たとえば児童書で大好きだったメイドものは植民地支配の歴史に紐づいているし、『SEX AND THE CITY』は最高だって言いたいけど、偏った価値観を植えつけるものであったことは自覚しています。
――同じように、かつて自分の大好きだったものが批判されて、やり場のない怒りやモヤモヤを抱えている人は今、多い気がします。 大好きだったもの、つまり推しって、簡単に手放すことができないんですよね。『SEX AND THE CITY』が女性を抑圧から解放してくれる唯一無二のコンテンツだったように、そのときの自分にとっては、アイデンティティを委ねてしまうほどの救いであり、喜びであったわけだから。だからこそ、推しの有害性が露見したときにやるべきことは、過剰に擁護することでも自分を責めることでもなく、なぜそれほどまでに好きになってしまったのか、自分にとって何が重要だったのか、理由を言語化して語ることなんじゃないかと思います。できることなら、その気持ちを共有できる同志と。――そういう意味で、モモおばあさまや、最高の魔女とされるマリのママ・グウェンダリンは、語り合う 相手をもたずに闇落ちしていきますよね。 価値観のアップデートを一人でやろうとすると、モンスター化してしまうと思うんですよ。はいはい、どうせ私は時代遅れのだめな人間ですよ、みたいに卑屈になってしまうから。もちろん、誰もがマリのように思ったままを口にして、自由に生きていけるわけじゃない。「すてき」なんて全然魅力的じゃない、とマリが堂々と言えるのは、口答えしたからってぶん殴られるような家に生まれ育っていないから。同級生のエイミーのように「魔女とはかくあるべきだ」と教え込まれて、そのレールから逸れることのできない、疑問を口にできない子のほうがむしろ多いし、そういう子だからこそできることもある。マリはチートな主人公ではあるけれど、だからといって誰からも好かれて、みんなを啓蒙していくような憧れの存在にはならないよう、気をつけていました。
――憧れの存在にならない……その主人公像もまた、新しかったですね。 女性作家もね、憧れの存在であってほしいと思われることが多いんですよ。相談系の連載などでは、日々の生きづらさをひっくりかえすような“すてきアイディア”を求められがちですしね。私は、パワハラ系の相談がきたらすぐに「証拠を集めましょう」「総務部に相談しましょう」とか言っちゃうせいで、そういうお仕事はこなくなりましたけど(笑)。もちろん、おうち居酒屋とか丁寧な暮らしとか、“すてきアイディア”で幸せになれる人もたくさんいると思うけど、反動で「なぜこの5分で美容体操できなかったのか」と自分を責める人も多いと思うので、「すてき=役に立つ」という風潮には引き続き抵抗していきたいと思います。――全然「すてき」ではないけど、最高に無敵なマリの活躍を、もっと読みたいです。 私も、ライフワーク的に書いていきたいなと思っています。2巻ではバックラッシュが起き、町では「すてきな魔女回帰運動」という新たな騒動が起きるけど、マリはあんまりよくわかっていない。マイペースに監督として怪獣映画を撮っている。そんなお話を書く予定です。1巻でも書いたように、いつしか魔女と人間は区別されるようになったけれど、もとは同じ人間。単に生き方や考え方が異なるだけの存在として、異端視しすぎず、魔女を描いていけたらいいなとも思っています。
著書についてのお話を伺ったところで、おすすめ図書もお伺い。柚木さんが推薦する、身体や心にまつわるモヤモヤに向き合うとき、私たちを手助けしてくれる本とは?
『小山さんノート』小山さんノートワークショップ
『小山さんノート』小山さんノートワークショップ(編)エトセトラブックス
「心身のモヤモヤに向き合う、と言われたとき、真っ先に思い浮かんだのがこの本でした。小山さんは、2013年にお亡くなりになったホームレスの女性。公園でテント生活をしながら、80冊以上も書き綴っていた文章の一部を書き起こしたものです。決して強いわけじゃない、非常に不器用な方だと読んでいると感じるのですが、たぶん、心身の守り方をよくご存じだった。お金はあんまりないけど、喫茶店の名前にちなんで『イタリアに行く』『今日はパリに』などと言って出かけては本を読む。公園で流れる音楽に合わせて踊り、キラキラと名づけたアート作品をつくる。ホームレスを排斥する町の流れを見つめながら、無駄や失敗を一切許容しないこの国について考える……。そんな小山さんの日常を通じて、私たちが言語化せずにモヤモヤと抱えているものの正体が浮かび上がってくる気がするんですよね。それこそ有益であることを素敵とするこの社会の痛みみたいなものも。なんでこんなにつらいんだろう、って思っている人にこそ読んでほしいです」
『インフルエンサーのママを告発します』ジェ・ソンウン
『インフルエンサーのママを告発します』ジェ・ソンウン(作)チャ・サンミ(絵)渡辺奈緒子(訳)晶文社
「赤ん坊のころから母親に自分の日常を発信されているダルムという女の子が『これってすごく変なんじゃないか』と気づいて戦う話なんですけれど、同級生・アラの描き方がいいんですよね。悩んでいるダルムに対して『わたしが気になるかより、ダルムの権利が先だから、聞かない』『(権利とは)ダルムがとうぜん要求できる力とか、資格のこと。ダルムには、わたしになにも話さない権利がある』などと知恵を授けてくれる。彼女は、自分が困っていることでなくても、誰かが困っているなら一緒に状況を改善していけばいいんだ、と言ってくれる。自分に関係ないことに口を出すのはどうかな、とか、生まれたときから決まっていることなのだからしょうがない、とか、多くの人が物おじしそうになっていることに対して、そうじゃない、声をあげるのは権利だし、環境を変えてもいいんだ、と教えてくれるんです。児童書なので言葉は平易で文字も大きい。考えたり読んだりする気力がわかないほど疲れている人にもおすすめです」
『じぶんであるっていいかんじ:きみとジェンダーについての本』テレサ・ソーン
『じぶんであるっていいかんじ:きみとジェンダーについての本』テレサ・ソーン(作)ノア・グリニ(絵)たかいゆとり(訳)エトセトラブックス
「ドイツで『She said』というフェミニズム書店を訪れて知ったのは、ジェンダーについてポップに描かれた絵本や児童書が多いということ。当時は高井ゆと里さんの『トランスジェンダー入門』が刊行される前で、トランスジェンダーについて学びたくても専門書は難しくて、何もわからなかった。それでおすすめを聞いたら、この絵本をすすめられたんです。かといって私は英語も読めず……日本でもこういう絵本が増えてほしい!とエトセトラブックスに持ち込んだら、翻訳出版してもらえることになりました。みんながもっとライトに、あたりまえにジェンダーについても差別についても学べるといいなと思いますし、『マリはすてきじゃない魔女』もそういう存在になってくれたらと願っています」
2008年に『フォーゲットミー、ノットブルー』で第88回オール讀物新人賞を受賞後、同作を含む『終点のあの子』で2010年にデビュー。2015年には『ナイルパーチの女子会』で第28回山本周五郎賞を受賞。女性同士の友情や関係性をテーマにした作品が多く、そのほか『ランチのアッコちゃん』『本屋さんのダイアナ』『BUTTER』『らんたん』『ついでにジェントルメン』『とりあえずお湯わかせ』『オール・ノット』など著書多数。