自分らしく生きていくためにわかっておきたい、身体のことや、健やかに過ごすための選択肢、ジェンダーとセクシュアリティ、人との関係性の築き方に、人間が持つ尊厳など。それらを改めて知るために、「包括的性教育」を学び直している大人たちがいる。
どんなきっかけで学び始め、どのようにして情報をインプットしているのか? 「大人の性教育」を実践している6名に、話を聞いた。
【髙橋怜奈さん】自分の異変や辛さに早めに気づき、大切にするための行動をとれる
性教育は人権を学ぶ分野でもあるため、私自身も学びを通して自分をもっと大切にできるようになりました。知識を得たことが自己肯定感を高めるきっかけになったという実感があります。大人は“包括的な知識が足りてないという認識”と“アップデートの必要性”を広めなければいけませんし、子どもには小さなときから、“自分の身体や権利を知る”ことの大切さを伝える必要があると思っています。
産婦人科医としてクリニックで患者さんの診療をしていると、自分のデリケートゾーンに触ったことがない方も多いのが現状です。自分の身体を確認することは、性教育の知識を得ることと同じくらい大切なことだと思っています。
『国際セクシュアリティ教育ガイダンス【改訂版』/性を学ぶうえで、はずせない本
『国際セクシュアリティ教育ガイダンス【改訂版』ユネスコ(編)浅井 春夫・ 艮 香織 ・ 田代 美江子・ 福田 和子・ 渡辺 大輔 (訳)明石書店
性教育の講演をする際に、いつも使用している本です。性教育を学んでいくうえでの“世界のスタンダード”としても扱われています。ガイドライン的に「何歳のときに何を知るべきか・教えるべきか」が明確に書かれているから、自分のためにも子どものためにも学びやすい。例えば「結婚をしたからといって必ずしも子どもを持つとは限らない」とか「妊娠には自然妊娠もあるが不妊治療での妊娠もある」ことを子どもに教えるべきであると書かれていたり。身体のことだけでなく、生き方や人間関係なども包括的に学ぶことができます。
『とにかくさけんでにげるんだ』/性被害から身を守る術をやさしく学べる本
『とにかくさけんでにげるんだ』ベティー・ボガホールド(作) ・安藤 由紀(訳)・河原まり子(絵)岩崎書店
性被害から身を守るために、どんなことに気をつけたら良いのかがわかりやすい絵本。知らない人はもちろん、知っている人や親戚の人でも、勝手に体を触ってきたり、見てくることはいけないことだということ。何かあったら親に相談する必要があるということが書かれています。子ども向けではありますが、どんな風に子どもに伝えたらいいかがよくわかりますし、具体例があがっているので想像がつきやすい。大人でもいやだと思ったらいやだと言っていいんだと、再確認できます。これからの子どもたちと、大人にも読んでほしい本です。
産婦人科専門医、女性ヘルスケア専門医、性教育認定講師髙橋怜奈
山王ウィメンズ&キッズクリニック大森にて院長を務める。親しみやすい人柄で、YouTubeやTiktok、XなどのSNSを通して、性や身体に関する情報発信を行う。元プロボクサー。
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【三浦ゆえさん】“よくあること”と蓋をしてきた現実を変えていく
仕事の関係でセクシュアルプレジャーについて学ぶなかで、性に関するヘルスもライツも阻害する「性暴力」の問題の根深さに気づき、学び直そうと思いました。実際に始めてみると、学び直しというより、知らないことだらけ。なぜコレが性犯罪として裁かれないの? なぜ性被害者が責められるの? などです。
自分が“よくあること”と蓋をしてきたなかに、性暴力や深刻なセクハラがあったことにも気づきました。性教育が不十分で、多くの人が性暴力の実態について知識がないように“させられている”現状は、早々に変えていかなければならないと思っています。
『性暴力を受けたわたしは、今日もその後を生きています。』/性暴力の構造的な問題を解き明かす
『性暴力を受けたわたしは、今日もその後を生きています。』池田 鮎美(著)梨の木舎
性被害当事者が経験を語る本、というより、性被害当事者が自身の体験と幅広い視野、そして豊富な知見でもって「なぜ性暴力が起きるのか、なぜ被害当事者が救われにくいのか」、いまの日本にある構造的な問題を解き明かす本として読みました。「今日もその後を生きて」いる性暴力被害者は身近にいて、自分もそうなのかもしれないと気づかせてくれるタイトルにも胸を打たれます。
『小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る子ども性被害』/誰もが安全に暮らせる社会のために
『小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る子ども性被害』今西 洋介(著)集英社インターナショナル
性暴力発生の原因が100%加害者にあるのは自明ですが、それでも知っていれば未然に防げたことや、できるアクションもあるかもしれない。子どもが安全に暮らせる社会は、誰もが安全に暮らせる社会。いまの日本で暮らす子どもと、かつて子どもだったすべての人たちに読んでほし1冊です。国内外のエビデンスをもとに小児性暴力の実態を知り、「いま何ができるか」を考えるヒントがたっぷり詰まっています。
女性の性と生をテーマに取材、執筆を行うほか『50歳からの性教育』(村瀬幸浩ら著、河出書房新社)、『性暴力の加害者となった君よ、すぐに許されると思うなかれ』(斉藤章佳・にのみやさをり著、ブックマン社)、『ぼくたちが 知っておきたい生理のこと』(博多大吉・高尾美穂著、辰巳出版)など編集協力多数。著書に『となりのセックス』(主婦の友社)、『セックスペディアー平成女子性欲事典ー』(文藝春秋)がある。
【フクチマミさん】性教育は、自分や他者を大切にするための学び
娘が5歳のとき、「この子には自分が感じてきたような性に関する不安を持たずに生きてほしい。怖い思いや辛い経験をしてほしくない」という気持ちになりました。そのためには性教育が必要と思ったものの、「え、何から? どうやって?」と、実は娘に説明できるほどの知識を持ち合わせていないことに気づいたのが、学び直しを始めたきっかけです。
実はそれまでずっと、性器や性的な欲求は、汚くて恥ずかしいものだと思っていました。自分の身体には“はしたない”ものがついていて、“不潔”な気持ちがあると感じ、苦しかった。でも学び直すことでそうではないと分かり、心が軽くなって自分自身を大切に思えるように。性教育は「自分や他者を大切にするための学び」だと気づきました。
『50歳からの性教育』/大人であればどの年代でも響く本
『50歳からの性教育』村瀬 幸浩・髙橋 怜奈・宋 美玄・太田 啓子・松岡 宗嗣・斉藤 章佳・田嶋 陽子(著)河出書房新社
「何からどうやって学ぼう!?」と思っている人におすすめ。「50歳から」とありますが、大人であればどの年代でも響く内容で、寄稿している7名の専門家は、それぞれが素晴らしい活動をされています。更年期、セックス、パートナーシップ、多様な性のあり方、性暴力、ジェンダーといった多彩なテーマを1冊で扱い、これまでの間違った性知識を“学び落とし”するのにも最適な本です。
『3万人の大学生が学んだ 恋愛で一番大切な“性”のはなし』/性的に親密になるときに必要な知識が詰まった本
『3万人の大学生が学んだ 恋愛で一番大切な“性”のはなし』 村瀬 幸浩(著)KADOKAWA
著書である『おうち性教育はじめます』でご一緒した村瀬幸浩先生が行った、大学でのセクソロジーの講義をベースにした本。誰かと性的に親密になるときに必要な知識が詰まっていて、性的同意、デートDV、感染症、妊娠出産、様々な性と生、結婚など様々な角度から学べます。実際に講義を受けた学生の感想も載っているのですが、その声から「なぜ性を学ぶ必要があるのか」の意味が浮かび上がってきます。
日常生活で感じる難しいことをわかりやすく伝えるコミックエッセイを多数刊行。最新刊『こどもせいきょういくはじめます』(KADOKAWA)。他に『おうち性教育はじめます』シリーズ(KADOKAWA)、『マンガでおさらい中学英語』シリーズ(KADOKAWA)、『マンガで読む 子育てのお金まるっとBOOK』(新潮社)など。
【みっつんさん】対話を通じて安心して暮らせる社会をつくるために
役者としての初舞台は、70年代西ドイツの青少年向け性教育を題材にした芝居でした。自分が十分な性教育を受けていなかったことに、芝居をしていく中で気づきました。同性愛を肯定的に描いた内容に救われ、自分を受け入れるきっかけにも。本を読んだり舞台を見たり「性を知ること」は自他を守ることに繋がります。
知れば知るほど、自らの無知さに気づかされながらも、大人になってからでも学び直せることを実感。性について“正直に恥ずかしがらず”自分の言葉で語れる未来をつくるには、今の大人世代が学び直すことが欠かせません。世代を問わず誰もが加害者にも被害者にもならないために、知識を共有し、対話を通じて安心して暮らせる社会を、共につくっていきたいと思っています。
『LONELINESS BOOKS』/性やジェンダーについて考察された本と出合う本屋
店内の様子。数々の書籍だけでなく、リラックスして本を楽しめるスペースも。
LONELINESS BOOKSはクィアやジェンダー、孤独や連帯に関する本やZINEを集めたブックストア。SNSでは得られない深い思索を促してくれる場所です。SNSは情報収集や発信に便利ですが、膨大な情報量や攻撃的な書き込みに疲れることもあります。ここでは、性やジェンダーについて考察された本と出合うと同時に、自分の考えを整理できる場所。さらに、店内の雰囲気がとても心地よく、いつまでも居座りたくなるような安心感があり、自分と静かに向き合える特別な空間です。
▶︎住所
LONELINESS BOOKS
"platform3"中野区東中野1-56-5 401
https://www.instagram.com/lonelinessbooks/
『地球星人』/自分のなかに眠る感情を呼び覚ます小説
『地球星人』村田 沙耶香(著)新潮社
村田沙耶香さんの小説『地球星人』は、昨年の舞台への出演をきっかけに読みました。社会を「人間工場」と名づけたり、子供への性暴力を描写したりするなど、決して明るい作品ではありません。フィクションでありながら現代の日本社会を映し出しています。しかし衝撃的なラストには、理性では理解できない何かが存在し、僕にとってはそれがある種の救いとなった気がします。知識や見識を深めることと同時に、文学や芸術を通じて現実社会の問題や、自分の中に眠る感情を呼び覚ます。それが性の学び直しにもつながると、強く感じた一冊です。
愛知県名古屋市生まれ、スウェーデン在住。会社員やアメリカ留学を経て、文学座附属演劇研究所に入所。以降、東京やロンドンで俳優活動を行う。2011年にスウェーデンの法律の下、同性パートナーと結婚。2016年、男児を授かったのを機にスウェーデンに移住。 家族の日常を発信するYouTube「ふたりぱぱ」は、チャンネル登録者数20万人超え。訳書『RESPECT 男の子が知っておきたいセックスのすべて』(現代書館)を手がけるなど、性教育を学ぶ大切さについても発信する。
【花盛友里さん】自己肯定感が生まれ、唯一無二の素晴らしい存在だと気付く
学び直しをするまで、性教育はセックスの仕方を学ぶものだと思ってしまっていました。けれど、性を学ぶということは自分を知り、守り、大切にするということ。それによって自己肯定感が生まれ、私たちは一人ひとり、唯一無二の素晴らしい存在だということに気付きました。学ぶことで、人付き合いや恋愛において有害な関係である時に一歩離れられたりと、日常の中に活かせることがたくさんあると実感しています。
『おしえて! くもくん』/自分が大切な存在だと教えてくれる絵本
『おしえて! くもくん』MASUMI(企画)・サトウ ミユキ(制作)・小笠原 和美(監修)東山書房
子ども向けの絵本ですが、「きみのからだはきみのもの。じぶんのからだをどうするかきめられるのはじぶんだけなんだよ」というフレーズが大人心にも響きます。息子の大好きな絵本で、何度も読んでいるからか、息子が友達にふざけてズボンを下ろされたときに「嫌だった」と言えたことがありました。大人になってからも、嫌だと言えなかったり、自分が悪かったのかと傷つき、自己嫌悪に陥ってしまうこともありますよね(それで被害者が責められる事件も多い)。だから、小さな頃からこういうことを教えてもらえていたら……と思わずにはいられません。
『おうち性教育はじめます』/初歩的なところから説明してくれる本
『 おうち性教育はじめます 一番やさしい! 防犯・SEX・命の伝え方』 フクチ マミ・村瀬 幸浩(著)KADOKAWA
性について学び直したいと思ったとき、最初に読んだ性教育の本。とにかくわかりやすいです。初歩的なところから説明してくれるので、「ここからがもう性教育なのか」という気づきも得られて、とても勉強になりました。子育て世代に向けた本ですが漫画もあり、読書が苦手な方はここからたくさんのことを知れると思います。
大阪府出身。雑誌や広告を中心に活躍中。女の子の「ありのままの姿」を切り取った作品で注目を集め、『脱いでみた。』シリーズをはじめとして作品づくりを続けている。2021年にアンダーウェアブランド「STOCK」を立ち上げるなど、幅広く活躍。
【羽佐田瑶子さん】権利を知ることで、自分らしい生き方を模索できる
自分自身や友人を通じて、10代の頃から性のあり方や恋愛について悩むことがありました。そのなかで#me tooは大きなきっかけでした。自分にも身に覚えのある出来事が思い出され、性について話すこと=恥ずかしいことという教育を受けたままでは臭いものに蓋をするようで、生き苦しいまま。主体的に自分の人生を選ぶためには学び直す必要があると思いました。
子どもが生まれ、性教育についてより深く学ぶようになり思うのは、性教育とは恋愛やセックスの話に限らないということ。自分を知り、相手を思いやり、関わりや多様な価値観も学べるものだと思います。まだまだ日本では、幼い頃からジェンダー規範を押し付けてくる風習が残っていますが、私の身体も心も私のものなんだ、と権利を知ることで自分らしい生き方を模索できるものだと思います。
『パレットーク』/多様な視点から性のあり方を語るInstagramアカウント
『パレットーク』公式インスタグラム画面
性のあり方について深く考え、体験談も集めながらリアルな声を発信されています。始めはとっつきにくかった話題も、Instagramの漫画、YouTube、ドラマの考証など様々な手法でわかりやすく話しかけてくれます。また、ひとつにはまとめられない性のあり方を多様な視点から語ることで、「これって私のことかもしれない」とセクシュアリティについて気づきがある場所だと思います。
▶︎『パレットーク』Instagramアカウント
https://www.instagram.com/palettalk_/
『ヘルスケアラボ』/女性の心と身体にまつわる情報が網羅されているサイト
『ヘルスケアラボ』サイトトップページ画面
自分や周りの大切な人が突然体調不良になったり、ちょっとした違和感を感じたりすると大きな不安が訪れると思います。ネットを検索するとより不安が増すことも……不確かな情報に心が揺さぶられることなく、情報をキャッチする“ファーストステップ”として活用しているのが、厚生労働科学研究費補助金を受けた研究班で運営されているサイト「ヘルスケアラボ」です。病名や症状別でわかりやすく情報がまとまっていて、それぞれの分野の専門医が解説。また摂食障害やDVなどデリケートな悩みに関しても具体的な相談先とともに掲載されているので、身体や心について調べる第一歩として便利です。
▶︎『ヘルスケアラボ』サイト
https://w-health.jp
主にジェンダーやフェミニズムをテーマにした映画、アイドル、本関連のインタビューやコラムの執筆を手がける。性教育に関連する取材執筆も行い、平凡社のシリーズ「中学生の質問箱」の書籍『恋愛ってなんだろう?』の構成を手がける。