パフォーミングアーツを、必要とする人々のもとへ。演劇を社会へひらく

演劇は、大都市の劇場の中だけで上演されているのではない。多様な社会そのものに向けて、そのなかの一人ひとりに向けて、生で伝えるパフォーマンス作品をつくり、届け、実践する人々に聞いた

演劇は、大都市の劇場の中だけで上演されているのではない。多様な社会そのものに向けて、そのなかの一人ひとりに向けて、生で伝えるパフォーマンス作品をつくり、届け、実践する人々に聞いた

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介護施設、学校、多様な人がいる場所で活動する演劇人たち

演劇公演のチケット料金は高騰の一途をたどり、また、伝統芸能の拠点である東京の国立劇場では建て替えが進まず、再開のめどが立たないという異常な事態に陥っている。そうした状況のなか「大都市の劇場の客席」という閉じた環境とは違う場所で舞台芸術を行う演劇人が少しずつ増えている。アーツ・マネジメントと文化政策を専門とする長津結一郎九州大学准教授によれば、2012年「劇場、音楽堂等の活性化に関する法律」(劇場法)によって「劇場は新しい広場である」と定義され、地域コミュニティの活動を盛り上げ社会包摂を目指した演劇のアウトリーチ活動の推進が図られたという一面もある。また劇場法以前から、舞台芸術とさまざまなケア施設とをつなぐNPOや集団も存続している。現在それぞれに「演劇をひらく」試みをしている4人の演劇人に話を聞くと、2500年以上の昔から演劇は「コミュニケーション」を大きな柱にしてきた芸術であるということが浮かび上がってくる。

1.ケアの現場と演劇をつなぐ

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「クロスプレイ東松山」ハイドロブラスト『ケアと演技』。埼玉県東松山市の高齢者福祉施設「デイサービス楽らく」での職員向け公演の上演風景

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芸術と社会包摂に関する横断的研究者である長津さん。多様な関係性が生まれる芸術の場に立ち会う実践として、医療法人社団保順会と一般社団法人ベンチが取り組む共同事業「クロスプレイ東松山」の事業評価に関わっている。これは高齢者福祉施設「デイサービス楽らく」にアーティストが滞在・宿泊し、ワークショップや作品制作を行うプロジェクト。今年4月、アーティストの竹中香子さんが滞在経験を踏まえて創作した演劇作品『ケアと演技』を「楽らく」で上演。長津さんは内部向けの公演後の意見交換会でファシリテーターを務めた。

――ケアの現場にアーティストが訪れ、施設利用者や職員と関わりつつ演劇をつくり、それを施設内で共有することで、どんな発見がありましたか。

長津さん(以下、略)ケア従事者の方にとっては、自分が働く場所で日常的に行われている仕事を演劇として外から鑑賞することで、価値観を捉え直すことにつながる。たとえばケアする/されるという、二項対立が変わっていく部分があったと思います。また、ケア従事者自身が演劇をするという事例もあります。2020年、村川拓也さん演出の演劇作品『Pamilya(パミリヤ)』でドラマトゥルクとして作品づくりのプロセスに関わりました。これは高齢者福祉施設で仕事をしている人の日常を舞台上で再現する作品。約30人の介護従事者の方とお会いし、最終的にフィリピンから来て日本語を学びながら介護の仕事をするジェッサ・ジョイ・アルセナスさんに出演していただきました。

――この公演はケアの現場ではなく、劇場で公開されました。どのような作用が生まれましたか?

介護される側の役は、当日の観客の一人を指名します。体を起こし、食事、入浴の介助をし、レクリエーションで歌をうたい、退勤するまでの日常を演劇として再現する。出演者のシビアな状況について語る場面もある。ケアの現場で普段から行われていることを改めて舞台上で見せる工夫をすると、自分自身に対する解像度が変わっていきます。「フィクションである」ということも重要で、そこに制御できない日常が少しずつ埋め込まれてゆくというチャレンジングなつくり方でした。

――なるほど。誰にとってもいつかケアする/される側になる可能性がある。演劇という手法が、その想像を身体感覚として具体化するように思えます。

そうですね、演劇もケアも、言語、非言語を問わずコミュニケーションに関わる。ケアの現場に関する演劇を作るとき、僕はある種の人と人との「わかり合えなさ」が可視化されるように思うのです。

高齢者福祉施設「デイサービス楽らく」

高齢者福祉施設「デイサービス楽らく」

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施設内でアーティストが利用者から話を聞く

村川拓也演出『Pamilya』
撮影:富永亜紀子

村川拓也演出『Pamilya』(’20)公演風景

⚫︎「クロスプレイ東松山」活動情報はnoteで更新中
https://note.com/crossplay 

⚫︎『Pamilya』はYouTubeでオンライン配信予定。詳細はtakuyamurakawa.com

長津結一郎さんプロフィール画像
九州大学准教授長津結一郎さん

専門はアーツ・マネジメント、文化政策。障害のある人などの多様な背景を持つ人々の表現活動に着目した研究を行うほか、音楽実技やワークショップに関する教育、演劇・ダンス分野のマネジメントやプロデュースにも関わる。

2.劇場でないところに届けに行く

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テーブルシアター『三びきのやぎのがらがらどん』愛知県豊川市にある諏訪神社境内の子ども食堂ひまわりキッチンでの上演後。子どもたちと俳優との交流

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撮影:伊藤華織

かばんに入れてどこへでも持っていける劇場「テーブルシアター」の支配人として、学校やさまざまな施設に赴いている棚川さん。

――公立劇場や歌舞伎などの音楽を担当するかたわら、劇場ではない場所へ演劇を届ける、という活動を始めたきっかけを教えてください。

棚川さん(以下、略)「劇場に自ら足を運ぶのは難しい」という声を聞いたんです。体が不自由で移動が難しかったり、料金が高かったり。私自身も振り返れば裕福な家の子どもではありませんでした。もしかしたら一生演劇に出合わないかもしれない、そんな人に届けられたら……という思いが重なり「お芝居の出前をすればいいんだ」と。

――舞台音楽の仕事と並行して、児童養護施設を中心に、20年以上ワークショップを続けられていますが、今の活動にはどうつながっていますか?

NPO「芸術家と子どもたち」の仲介で、子どもたちと一からお芝居をつくるワークショップを行なっています。初めにみんなのやりたいことを聞くと「絵を描きたい」「工作したい」「踊りたい」「ファッションショー」とか、好きなことを言う(笑)。それらを全部やれるのが演劇だったんですね。続けていくうち、医療少年院でも開催してほしいと声がかかり、初回は2日間のワークショップを開催、半年後にワークショップとテーブルシアターの演劇上演をセットで行いました。具体的には、遊びやゲームを使って感情や心の状態を言葉にしたり、「うまく伝わらない」という体験をしてもらいます。何かを伝える、伝えてもらう、この二つはプロの俳優同士でもものすごくエネルギーが必要なこと。その難しさを一緒に、職員の方も含めて体験してみる。そのあと、私たちのお芝居を見てもらいます。医療少年院では、そうやって少人数の子どもたちと過ごしました。

――子どもたちからはどんな反応がありましたか。

初日は硬い表情をしていたのが、芝居のあとで、俳優に語りかけたり、衣装はどこで買ったんですか?と質問したり。黙ったままずっと楽器を鳴らす子もいました。お芝居って、ストーリーだけでなく、その場にある何を見て感じてもいいんですよね。子どもたちはこちらが思いもよらなかった部分を見ている。そのことにいつも驚きます。

劇場「テーブルシアター」

(右) テーブルシアターの人気演目『三びきのやぎのがらがらどん』。3人の俳優がトランクひとつの舞台美術を持ち運び上演する
(左) 棚川さんが作品とワークショップに使う世界各国の楽器の数々

劇場「テーブルシアター」

(右) ワークショップで「心の状態を言葉にする」ためのゲームに用いる、棚川さん手製の「オノマトペかるた」
(左) あるワークショップでは「街」をつくり、ストーリーを創作

公演情報: 11月24日『三びきのやぎのがらがらどん』、’26年1月31日『オツベルと象』を豊川市内で上演予定

棚川寛子さんプロフィール画像
舞台音楽家・テーブルシアター主宰棚川寛子さん

楽譜を用いずに演劇作品の音楽を作曲、俳優への演奏指導とあわせて行うスタイルで活動している。 SPAC-静岡県舞台芸術センターで、宮城聰演出作品の音楽を多数担当。

https://www.tabletheater3.com/

3.老いに向き合い共に舞台をつくる

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「老いと演劇」OiBokkeShi『レクリエーション葬』岡山芸術創造劇場ハレノワでの上演風景

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撮影:草加和輝

菅原さんは2012年に岡山に移住、介護福祉士として働きながら「老いと演劇」 OiBokkeShiを旗揚げした。以降、高齢者、介護者と共につくる演劇公演を行い、認知症のケアに演劇的手法を取り入れたワークショップなどを高齢者施設などで実施している。

――老人介護と演劇、どちらが起点だったのですか?

菅原さん(以下、略)はっきりとしていませんが、東京で俳優をしながら介護福祉士の資格を取り、移住前から特別養護老人ホームに勤務。当時から介護と演劇はすごく相性がいいんじゃないかという感想を持っていました。私たちは日常生活でさまざまな役を演じ分けているわけですが、高齢の方は介護施設に入所することで社会的な役を奪われてしまう。その状態と認知症の見当識障害の症状が重なると、介護職員である僕を息子だと間違えてしまう。あるいは自身で「今、自分は仕事をしている」という役を求めて振る舞う。その行為を「違う」と正すのはなく、相手の見ている世界を想像し、求められる役を演じ、反応をする。このとき介護職員は、俳優であり演出家的な視点に立っているんですね。演技と演出という演劇の言葉をどんどん拡張して、生活に近づけていけたら面白いんじゃないかと考えました。老いという題材はあらゆる生活者にとって身近な問題ですから。

――なるほど。’14 年の旗揚げ公演から、すでに生活の場、和気町の商店街全体が舞台でしたね。

ええ。地域の方々の協力でできたのが徘徊演劇です。おばあさんを探して町の中を歩く作品。このワークショップの参加者が当時88歳で認知症の奥さんを介護する岡田忠雄さん。以来、彼を看板俳優に本公演を重ねています。

――岡田さんは現在99歳、その老いに寄り添うことで、演劇の活動は変わってきていますか。

この1年で急激に感じます。耳や目が衰えコミュニケーション自体も難しくなってきている。でも、俳優としての意識はすごく高くて、芝居の稽古をするとすごくクリアなんです。他のことをどんどん諦めていかざるを得ない中、虚構の役を演じることで、かつての人生の、ある瞬間をつかみ取ろうとするような迫力がある。

――岡田さんの老いが、単なる衰えではなく、その変化自体が新たな要素として演劇に還元されるということでもある。“老い”を拡張し普遍化するのは、菅原さんの戯曲の強度あってのことだと感じます。

10年間老いを題材にワークショップや芝居をつくってきて、改めて、演技の不思議さというか、演じる行為の面白さに気づかされています。

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(左)撮影:松原 豊

(右) 和気町駅前商店街で行なった第1回公演、徘徊演劇『よみちにひはくれない』(’15)。右の男性がのちに看板俳優となる岡田忠雄さん
(左) 特別養護老人ホームでのワークショップ風景

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撮影:冨岡菜々子

『レクリエーション葬』(’23)公演風景

 

公演情報:7月5日〜6日『恋はみずいろ』久留米公演(久留米シティプラザ)

菅原直樹さんプロフィール画像
劇作家・演出家・俳優・介護福祉士 「老いと演劇」OiBokkeShi主宰菅原直樹さん

東京で俳優活動を行うかたわら介護福祉士の資格を取得。2014年、移住先の岡山県・和気町にてOiBokkeShiを設立。戯曲『レクリエーション葬』が第68回岸田國士戯曲賞最終候補作品にノミネート。

https://oibokkeshi.net

4.ひとつの町全体を演劇の場にする

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宮崎県三股町で毎年開催されるみまた演劇フェスティバル「まちドラ!」町民チームの上演風景

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宮崎県・三股町は人口約2万5000人。毎年5月の3日間、町民と演劇人とでつくる演劇のお祭り「みまた演劇フェスティバル『まちドラ!』」が開催される。永山さんはフェスティバルディレクターを務め、14年目になる。

――「まちドラ!」は、町に住む人が、自分の町の体育館や役所の一室で芝居をする。それを見ているのも同じ町の住民で、しかも別の芝居の出演者だったりする。その構図も含めて、訪れた観客には、三股町が劇場というか、町自体が演劇そのもののように見えてきます。「まちドラ!」がこの形態になるまでの経緯を教えてください。

永山さん(以下、略)三股町立文化会館で、僕たちは2004年頃から「みまた座」という子どもたちの演劇ワークショップと戯曲講座を始めました。この会館のミーティングスペースは不思議と開かれた空間で、職員や放課後の子どもたち、その親たちが自由に出入りしておしゃべりする。そんな中で事業を続け、開館10周年記念で、ソーントン・ワイルダーの『わが町』を原作に『おはよう、わが町』を上演。戯曲講座の受講生と台本を書き、子どもたちや町民、職員の方々が参加しました。公演のあと、町の皆さんが「またやりたい」と言ってくる。「これで終わりじゃねえよな」って(笑)。それで次の年は、町内にある空きスペースを見つけてあちこちで戯曲を上演し、まち歩きをするという……そうしてみんなのやりたいことやできることをつなげていって、行き当たりばったりでできていった感じです。

――三股町での演劇やこふく劇場の活動と並行して、’06 年からは障害者も一俳優として参加するみやざき◎まあるい劇場の活動を開始しています。この体験の影響はありますか。

宮崎市の福祉作業所でのワークショップを通じて出会った脳性小児まひの和田祥吾さん、筋ジストロフィーの平野今朝市さんらと出会い、こふく劇場の劇団員とともに演劇をつくりました。和田さんや平野さんの動きには「水を飲むとはこんなに美しいものか」というような圧倒的な存在感があったので、上演した『隣の町』も「障害」をいったんドラマの外におき、ただそれぞれの人生を抱えた人物たちの物語として描きました。このツアーや稽古期間を通じて、僕を含めた劇団員は、眠るとか、食べるとか、人間の根源的なありように触れたように思います。そこにこそ人間の本質的なドラマがあるという発見をみんなで共有しました。

――「まちドラ!」では、暮らしの中に演劇があり、演劇しながら暮らす。暮らしが演劇になって相互循環していくあり方に通じるように感じます。

はい。「出会い」という偶然性に目を凝らすと、「暮らし」と「演劇」は当然、循環すべきものなのだと思います。

みやざき◎まあるい劇場公演『隣の町』稽古風景 三股町立文化会館

(右) みやざき◎まあるい劇場公演『隣の町』稽古風景 。ツアー中、車椅子の出演者の日常生活の介助は劇団全員で行なった
(左) こふく劇場の拠点、三股町立文化会館

「まちドラ!」

「まちドラ!」で町の演劇を巡る観客たち。次回開催は2026年5月末

公演情報:2026年3月19日〜20日 三重・宮崎・島根を巡る縁結び旅『この物語』(作:永山智行 演出・美術:鳴海康平)島根公演(大社文化プレイスうらら館)

永山智行さんプロフィール画像
劇作家・演出家、劇団こふく劇場代表永山智行さん

宮崎県出身。1990年に都城市で劇団こふく劇場を結成。活動範囲を全国へ広げる一方、三股町立文化会館のフランチャイズカンパニーとして、ワークショップなど、地域に根差した教育・普及活動も担う。

http://www.cofuku.com

平野暁人プロフィール画像
インタビュアー平野暁人

翻訳家・通訳(日・仏・伊) 主に舞台芸術の翻訳、通訳。訳書に『隣人ヒトラー』(岩波書店)、『純粋な人間たち』(英治出版)など。2025年年頭に執筆したnote記事「もうすぐ消滅するという人間の翻訳について」が話題となる

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