2000年代初頭のニューヨーク、ダウンタウンで頭角を現したアーティストのダン・コーレン。世界の著名な美術館やトップギャラリーで個展を開催する、現代を代表する作家のひとりだ。そんな彼が10年ほど前、ニューヨーク州北部に土地を購入し「Sky High Farm」を始動した。収穫した野菜や肉はすべて寄付するというユニークなコンセプトで2年前からはNPOとして活動を広げ、アート界やファッション業界を巻き込み、新しい社会貢献の形を実践している。ダンと、共同設立者でCOOのジョッシュ・バードフィールドに話を聞いた。
J アメリカでは上質な食品は安価ではなく、残念ながら買えない人々がいます。フードバンクのようなソーシャルサービスが食品配布を大規模に行なっていますが、その中身といえば缶詰や加工食品などが多い。決してヘルシーで栄養価が高いとは言えないんです。そこでSky High Farmでは、高品質で新鮮な野菜・肉などを、化学肥料を使わない環境に配慮した手法で育て、地域の人々に寄付するというコンセプトを立てました。食事とは土地や歴史に根ざした文化でもあります。たとえば、南米にルーツがあるコミュニティに寄付するときはコリアンダーのようなその土地の料理には欠かせない香草を入れるなど、地域性や食文化に合わせたパッケージを作って配布しているのも、僕たちの特徴です。
アートとは、完成後に作品が販売されるものもあれば、ひとりのアーティストとしての自分が関わるすべて、つまり自分自身の探究自体をクリエイティブなプロセスだと考えることもできます。その意味でSky High Farmは、自分のアートの一部とも言うことができる。アートの世界、ひいては世界そのものに自分をつなぎ直してくれました。アートディーラーやコレクターなど業界の人たちだけではなく、多様な立場や種類の人々と関わっていくことで、クリエイターとオーディエンスという境界線が変わりました。みんなで一緒に作っていく、なんなら「完成」という概念がなくたっていいと思うようにもなっていきました。
あえて農業の経験がない人を 巻き込みながら、理解を深める
――Sky High Farmにはどんな人たちが関わっているのですか?
J 野菜担当、家畜担当のファーマーたちや教育プログラム担当のスタッフ、そして2022年1月に始動したブランド「Sky High Farm Goods」のチームなど、全部で20名弱がフルタイムで働いています。そのほかに2022年に新しく始まったプログラムでは、5月から10月までの6カ月間、住み込みで農作業を手伝ってもらうトレーニング部隊の“フェロー”が4人。彼らのバックグラウンドはさまざまですが、あえて農業経験のない人たちを迎えて、フードシステム全体についての理解を深めてもらっています。毎週木曜日はボランティアの参加も受け入れて、僕たちの取り組みについてより多くの人が知る機会を作っています。あとはNPOとしての運営に関わる取締役会のメンバーたちもいますね。
――多様な立場の人たちを束ねるリーダーとして、ダンさんはどんな役割を担っていますか?
D プレジデントや設立者という肩書きはありながら、自然な流れでさまざまな分野のことに携わっています。この10年間、運営していくのは本当に大変だったけれど、いつも一番大切にしてきたのはメンバーたちとの対話です。アーティストとしては常に自分の内面と闘ってきたので、Sky High Farmを運営する中では自分がそれまで知らなかったことに直面するなど、時にハードなこともありました。でも、常に自らの信念に忠実であれば、自分は意味のある存在であるということを学ばせてくれたとも思います。
そんな中、ジョッシュは共同設立者として大切な存在であり続けてきました。僕らは本当に正反対で(笑)、彼はいつも現実的な人。何か問題が起こったときもとても繊細に解決方法を示してくれます。僕らの対照性やケミストリーこそが、ほかの団体にはないSky High Farmの個性にもなっていると思いますね。2022年1月からはオリジナルブランドの物販事業も本格化し、メンバーたちはよりいっそう、それぞれの得意分野で手腕を発揮してくれている。とはいえ、いろいろと頭でっかちに考えすぎないようには気をつけています。もしも今日できなかったら、明日でもいい。一番大切なのは自分がどう感じるかということだと思います。
J 設立からの8年は助走期間で、2年前にNPOとなり、やっと離陸できた感じがしています。フルタイムの従業員が1人しかいなかったところから始めましたが、取締役会を整備して組織化したあとは、少しずつですが毎年、敷地や組織も大きくなってきました。今後数年にわたる計画としては、近郊により広大な土地を購入し、ファーム全体を移転させるプロジェクトを進めています。目標はファーマーたちがそれぞれSky High Farmのスピリットを受け継ぎながら、経営方式を独立採算制にして農業を活性化させていくこと。それぞれできちんと成立させつつ、ひとつのコミュニティとして協働していけたらいいなと願っています。
2020年初頭からのパンデミックを経て、都市部から郊外に移住してくる人や、農業自体に興味を持つ人も増えてきました。カントリーライフは今、トレンドになりつつあると言えるかもしれません。どこに住んでいたとしても、その場所のコミュニティについて理解するのはとても大切なこと。Sky High Farmが地域のコミュニティやフードシステムについての理解を深めるきっかけとなったら、とてもうれしいです。
D 移転に向けて、より大きなスケールでプログラムを充実させていきたいと思っています。Sky High Farmが、僕たちの目指すミッションやメッセージを伝えるための本拠地となってほしい。アートは主観的なもの。ある人にとっては大きな価値があったとしても、興味がなくまったく価値を見出さない人もいる。その点、ファームにはより普遍的な価値とリアリティがあります。ある意味、自分の創造物としては、オブジェとしてのアートよりもアートらしいと言えるかもしれないですね。
Profile
Dan Colen
1979年生まれ。Sky High Farm 501(c)(3)の設立者でSky High Farm Goodsの共同CEOおよびCCO。アーティストとしての作品が、ホイットニー美術館やスミソニアンハーシュホーン博物館などに収蔵されている。
Josh Bardfield
Sky High Farmの共同設立者でCOO。バード大学で政治学を専攻。ラテンアメリカの政治を研究するうちに公衆衛生に興味を持ち、中南米やアフリカなどへの支援を行うNGOのプロジェクトに携わったのちに現職へ。
ファームを支えるブランド、Sky High Farm Goods
農場経営の資金源であり、一般の人が ファームを応援できる手段でもある
2022年1月に本格始動したSky High Farmのプロジェクト「Sky High Farm Goods」。ダフネ・シーボルドはブランドの共同設立者であり、共同CEOとして組織を率いている。彼女は、長年コム デ ギャルソンとドーバー ストリート マーケットのPRとして働いていた。パンデミックを機にキャリアチェンジをしたいきさつと、ブランドのフィロソフィーについて聞く。
――まずSky High Farmの設立者ダン・コーレンとの出会いについて教えてください。
ダフネ(以下D) 私がドーバー ストリート マーケットで働いていたときにダンから「Sky High Farmで作ったプロダクトを売ってくれないか?」と相談を受けたんです。当時彼が作っていたのは、ヴィンテージの古着にブランドエンブレムをつけてアップサイクルしたアパレル製品やファームで生産されたはちみつ、塩などでした。ニューヨークとロサンゼルスのドーバー ストリート マーケットでポップアップを企画し、売り上げの100%をファームに寄付したんです。それがダンたちと働くようになったきっかけですね。
――その後、どのような経緯でSky High Farmのチームに加入したのですか?
D 2020年初頭から始まったパンデミックによって、いろんなことが変わりました。BLM(Black Lives Matter運動)もありましたね。自分自身も、そんな世界の状況を受け止め、もっと個人的に関心のあるストーリーを、ファッションを通じて伝えていきたいという気持ちが高まっていきました。そんな中、ダンがSky High FarmをNPO化するタイミングで、取締役会のメンバーとして私を選んでくれたんです。ファームの収益を得るためのエンジンとして、ファッションを基軸としたブランドを作ったらいいのではないかというアイデアが生まれ、加入することになりました。
――ブランドのコンセプトはどのようなものなのでしょうか?
D 私たちのブランドは利益のすべてがファームを運営する費用に充てられ、社会貢献に直結しています。従来型の「利益の○%を寄付」といったものではありません。消費者は当然、純粋に商品として魅力のあるものが欲しいですよね。それと同時に、何か意味のあるものにお金を使いたいとも思っている。でも、それらが両立するような商品って、少なかったと思うんです。私たちはデザインにおいてSky High Farmの活動をインスピレーション源にし、商品を通じてそのストーリーを伝えています。