アーティスト、ダン・コーレンが始めたファームが今、注目を集めている。ブランド事業を展開し、その収益を資金源に農場を運営。収穫した作物を寄付している。そのユニークな活動と理念について現地取材を敢行した
ニューヨークのアートシーンを牽引する〝ヒップスター〟が、農場経営に目覚めるまで
2000年代初頭のニューヨーク、ダウンタウンで頭角を現したアーティストのダン・コーレン。世界の著名な美術館やトップギャラリーで個展を開催する、現代を代表する作家のひとりだ。そんな彼が10年ほど前、ニューヨーク州北部に土地を購入し「Sky High Farm」を始動した。収穫した野菜や肉はすべて寄付するというユニークなコンセプトで2年前からはNPOとして活動を広げ、アート界やファッション業界を巻き込み、新しい社会貢献の形を実践している。ダンと、共同設立者でCOOのジョッシュ・バードフィールドに話を聞いた。
「ダン・コーレンのアートの一部」としての、Sky High Farm
――ダンさんは、社会貢献への関心がもともと高かったのでしょうか?
D 若い頃は最低限のものだけで満足し生活していました。しかし、自分のアートが大きなビジネスになっていく中で、必要以上のものを得て快適さやラグジュアリーさを求め始め、だんだん過剰になっていくのを感じました。同時に自分の中で疑問も生まれてきたんです。その余剰をどのように社会に返していったらいいのか? どうやってコミュニティに参加したらいいのか?と。
自分がアーティストとして成長していった2010年頃は、思いつくままに彫刻やペインティング、パフォーミングアート、映像などさまざまなものを作っていました。最初はアートに限界なんてないと思って無我夢中に取り組んでいたけれど、プロフェッショナルなアーティストとして成功すればするほど、現代アートは金銭的な価値やマーケットにフォーカスしすぎて制限があると感じてきたんです。でも、そのうち、マーケットはアートの世界のごく一部でしかないと気づき始めました。アートは人々にもっと大きなものを提供できる可能性を持っているのです。
アートとは、完成後に作品が販売されるものもあれば、ひとりのアーティストとしての自分が関わるすべて、つまり自分自身の探究自体をクリエイティブなプロセスだと考えることもできます。その意味でSky High Farmは、自分のアートの一部とも言うことができる。アートの世界、ひいては世界そのものに自分をつなぎ直してくれました。アートディーラーやコレクターなど業界の人たちだけではなく、多様な立場や種類の人々と関わっていくことで、クリエイターとオーディエンスという境界線が変わりました。みんなで一緒に作っていく、なんなら「完成」という概念がなくたっていいと思うようにもなっていきました。
あえて農業の経験がない人を 巻き込みながら、理解を深める
――Sky High Farmにはどんな人たちが関わっているのですか?
J 野菜担当、家畜担当のファーマーたちや教育プログラム担当のスタッフ、そして2022年1月に始動したブランド「Sky High Farm Goods」のチームなど、全部で20名弱がフルタイムで働いています。そのほかに2022年に新しく始まったプログラムでは、5月から10月までの6カ月間、住み込みで農作業を手伝ってもらうトレーニング部隊の“フェロー”が4人。彼らのバックグラウンドはさまざまですが、あえて農業経験のない人たちを迎えて、フードシステム全体についての理解を深めてもらっています。毎週木曜日はボランティアの参加も受け入れて、僕たちの取り組みについてより多くの人が知る機会を作っています。あとはNPOとしての運営に関わる取締役会のメンバーたちもいますね。
コロナ禍を経て、注目される農業。さらなる拡大と進化を計画中
――次の10年、Sky High Farmはどのように成長していくのでしょうか?
J 設立からの8年は助走期間で、2年前にNPOとなり、やっと離陸できた感じがしています。フルタイムの従業員が1人しかいなかったところから始めましたが、取締役会を整備して組織化したあとは、少しずつですが毎年、敷地や組織も大きくなってきました。今後数年にわたる計画としては、近郊により広大な土地を購入し、ファーム全体を移転させるプロジェクトを進めています。目標はファーマーたちがそれぞれSky High Farmのスピリットを受け継ぎながら、経営方式を独立採算制にして農業を活性化させていくこと。それぞれできちんと成立させつつ、ひとつのコミュニティとして協働していけたらいいなと願っています。
ファームを支えるブランド、Sky High Farm Goods
農場経営の資金源であり、一般の人が ファームを応援できる手段でもある
2022年1月に本格始動したSky High Farmのプロジェクト「Sky High Farm Goods」。ダフネ・シーボルドはブランドの共同設立者であり、共同CEOとして組織を率いている。彼女は、長年コム デ ギャルソンとドーバー ストリート マーケットのPRとして働いていた。パンデミックを機にキャリアチェンジをしたいきさつと、ブランドのフィロソフィーについて聞く。
ヴィンテージのアップサイクルなど、 思慮深いものづくりを実践
――デザインは誰が担当していますか? サステイナブルな取り組みはありますか?
D デザインはグループで手がけていますが、ダンがチーフクリエイティブオフィサーとして、すべてを監修しています。これまで、シュプリームのデザイナーが手がけるブランド、デニム・ティアーズや、コンバースなど、エキサイティングなコラボレーションも多く発表してきました。最新のコラボレーションはバレンシアガと行なったものです。バレンシアガのアーカイブスからデッドストックのデニムジャケットとシャツを提供していただき、私たちの友人であり写真家のライアン・マッギンレーによる写真をプリントしてアップサイクルしました。
ファッション業界に長く身を置いて感じているのは、いつも新しいものをコンスタントに追いかけていると、大量消費のサイクルにのみ込まれてしまう危険性があるということです。すでにたくさんのファッションブランドが存在する中、新たにブランドを立ち上げるにあたり苦心したのは、どのように思慮深く生産をしていくかということ。できるだけ新しい材料ではなく、ヴィンテージやデッドストックを使って、新しい価値を創造していくというのが私たちのサステイナビリティに対する考えのひとつです。
生産パートナーとしては、ドーバー ストリート マーケット パリの新進ブランド支援プログラムに参加しています。業界のエキスパートたちと協働しながら高いクオリティを保つことができているのもありがたいですね。
――販売のチャネルを教えてください。
D 各国のドーバー ストリート マーケットをはじめ、ノードストロームやサックスフィフスアベニューのようなアメリカの百貨店、自分たちの直営サイトやSSENSEなどのeコマースを含め、現在では世界の約70拠点で販売しています。私たちのブランドはファームの資金調達のために立ち上げられているという大前提があるので、利益はファームに戻してもらうというミッションを、販売パートナーの皆さんには理解していただくのがとても大事なことです。
Profile
Daphne Seybold
Sky High Farm Goodsの共同設立者で、CEO兼CMO(チーフマーケティングオフィサー)。コム デ ギャルソンとドーバー ストリート マーケットで15年間PRなどを担当した経験を持つ。トロントと香港で育った。










