ありたい社会のために。いま、選択的夫婦別姓を考える PART 2

ジェンダー平等への機運が高まるにつれ、近年さらに活発化している「選択的夫婦別姓」についての議論。より理解を深めるために現状や歴史を参照しつつ、鼎談やインタビューを 通して、"結婚"にまつわる未来のあり方をじっくり考えてみたい

 

PART 2  よくある疑問を解決しよう

これまで慣れ親しんだ制度が変わることは、確かに不安になるもの。でもそれって本当に心配すべきことなのか。識者に聞いてみた

 

<話を聞いた人>
選択的夫婦別姓・全国陳情アクション事務局長
井田奈穂さん

いだ なほ●自分自身が改姓によってデメリットを感じたことをきっかけに、会社員として勤務する傍ら2018年に現在の活動を開始。現在270名超のメンバーとともに法改正に向けて当事者の声を届けている。

 

Q1 日本の伝統を変えて平気?
A1 夫婦同姓って実は最近の制度なんです

「長く伝わる同姓制度を変えるのは、日本の歴史や伝統を軽んじていない?」。法改正について言及すると、必ず寄せられるというこの意見。それに対して井田さんは、「強制的夫婦同姓の現行制度が始まったのは明治時代の1898年。当時“家制度”導入のためにドイツの法津をまねて始まった、たった123年の歴史しかない制度なんです」と教えてくれた。家制度自体は49年間しか存続せず、74年前に廃止。導入のきっかけになった制度が廃止されたにもかかわらず、強制的夫婦同姓のシステムだけが残っているというのが現状だ。また正倉院には飛鳥時代の夫婦別姓の記録が残されていて、結婚後も生まれの氏を名乗る風習が伝統とされてきたことがわかる。1996年には文化研究に携わる人類学者が「そもそも氏は中国伝来で、日本に結婚改姓の風習はなかった。豊かな多様性、新旧を織り交ぜて活力を維持してきたのが日本の伝統」と声明を発表。それから25年、なんとなくイメージしている「伝統」とは何かいま一度事実に目を向けたい。

 

我が国における氏※の制度の変遷

参考:法務省(http://www.moj.go.jp/MINJI/minji36-02.html

徳川時代
一般に、農民・町民には苗字=氏の使用は許されず。

明治3年(1870年)9月19日太政官布告
平民に氏の使用が許される。

明治8年(1875年)2月13日太政官布告
氏の使用が義務化される。

明治9年(1876年)3月17日太政官指令
妻の氏は「所生ノ氏」(=実家の氏)を用いることとされる(夫婦別氏制)

明治31年(1898年)民法(旧法)成立
夫婦は、家を同じくすることにより、同じ氏を称することとされる(夫婦同氏制)

昭和22年(1947年)改正民法成立
夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称することとされる(夫婦同氏制)

※民法等の法律では、「姓」や「名字」のことを「氏」と呼んでいることから、法務省では「選択的夫婦別氏制度」と呼んでいます

 

Q2 他の国はどうしているの?
A2 日本は世界で唯一「強制的夫婦同姓」です

 現在、世界のなかで法的に夫婦同姓を義務づけている国は日本だけ。「夫婦同姓を導入するきっかけとなったドイツも1976年には複合姓が可能に。1993年からは選択制です。世界的に見ても、選択的夫婦別姓をとって大きな問題が起きたという事例は報告されていません」と井田さん。さらに日本は国連から3度にわたり、選択的夫婦別姓を求めた勧告を受けている。「2018年12月に受け取った見解文書に関しては、外務省に2年以上放置されていたことがわかっています」と続けた。また現在日本では、パスポートへの旧姓併記制度が認められているが、海外への出入国審査時や滞在時のトラブルにつながっているという事実もあるそうだ。世界経済フォーラム(WEF)が国別に男女格差を数値化した「ジェンダーギャップ指数2021」(2021年3月31日発表)では、調査対象となった世界156カ国中、日本は120位。世界的に見て大きく遅れをとってしまった。

 

Q3 法改正したらコストがかかるんじゃないの?
A3 別姓を選んだ場合、むしろローコストに

 システム変更にあたってかかるコストを懸念する声にも、「むしろ法改正後のランニングコストは、別姓を選ぶ夫婦の分だけ年々下がるんです」と井田さん。結婚することを「入籍=相手の家(の戸籍)に入る」と言うのは誤用で、夫婦ふたりで新戸籍を作るのがいまの法律婚。戸籍システム上では25年前からすでに氏と名を両方記載できるようになっている。そのため別姓が選択できるようになり、別姓で新戸籍を作る際もいまのシステムを流用できると考えられている。むしろ現法下の改姓手続きにかかるコストのほうが莫大。また望まぬ改姓によって人事・経理・総務・法務などで、確認作業の煩雑さや業務負荷が生じているとして、「選択的夫婦別姓の早期実現を求めるビジネスリーダー有志の会」が発足され、ドワンゴ・夏野剛社長、サイボウズ・青野慶久社長が共同代表に就任している。コスト削減も選択的夫婦別姓の利点だ。

 

Q4 子どもができたらもめそうだけど?
A4 より子ども自身の意志を尊重できるケースも

 親が別姓の場合も、万国共通で子どもの姓は親が話し合って決めるのが基本。別姓や複合姓を実施する他国では決まらないときのルールを定めているが、実際に合意できないケースはごくわずか。井田さんによると、「事実婚を選択している親の元に生まれた“親が別姓”の子どもたちに話を聞くと、『別姓なのが当たり前(だから不便に感じたことはない)』や『途中で名字が変わるほうが嫌だ』という意見が集まります」とのこと。現在、事実婚を選択している夫婦の子どもは、出生時は自動的に母の姓になり、兄弟姉妹で父と母の姓を分けられないため両方の姓は受け継げない。また親が離婚し、連れ子再婚する場合は子どもが望まない改姓を強いられるケースも多い。「子の姓は出生時に決める案」ならば、兄弟姉妹を統一することも姓を振り分けることも可能に。先祖伝来の姓を受け継ぎつつ、家族単位の戸籍も保てる。親が離婚して再婚する場合も、「別姓同戸籍」が可能であれば、家族単位の戸籍のまま、子どもの望まぬ改姓も避けられる。

 

世界各国・地域の子どもの姓

フランス
父か母の姓または父母複合姓。合意できない場合はアルファベット順複合姓。

韓国・中国
父の姓か母の姓を選ぶが、伝統的に父の姓を継ぐとされている。

アメリカ・カナダ
州によっても異なるが、基本的に自由。父か母の姓、複合姓のほか新姓も可。

ドイツ
父の姓か母の姓を選ぶ。出生1カ月以内に父母が合意できないときは、家庭裁判所により姓を決定する権限が父母の一方に与えられる。

オーストリア
父の姓か母の姓、複合姓を選ぶ。父母が子の姓を定めないときは母の姓となる。

台湾
父の姓か母の姓を選ぶ。合意が成立しない場合は戸政事務所において抽選で決定する。
一部参考:「夫婦の氏:検討のための基礎的資料」(衆議院2010)

SOURCE:SPUR 2021年7月号「ありたい社会のために いま、選択的夫婦別姓を考える」
interview & text: Rio Hirai illustration: Aki Ishibashi