2022.03.22

毎日の一杯を心から味わいたい コーヒーから地球を考える

暮らしに寄り添うコーヒー。その生産背景を読み解けば、持続可能な社会への課題が見えてくる。10年後も20年後もおいしく飲み続けるために、生産地の現状を知り、人にも地球にもやさしいショップや豆を選んでいこう。一杯のコーヒーが、未来を変えていく。

おいしく、幸せに味わうために。豆の現状や生産地のことを知ろう

目覚めの一杯に、仕事の休憩やおやつ時にと、日常に欠かせないコーヒー。豆の生産地の問題や、私たちがコーヒーを持続的に飲み続けるためにできることについて、池本幸生さんに話を聞いた。

「今や日本は、世界で4番目の消費国で、缶コーヒーからチェーン店、喫茶店まで世界でも類を見ないほど多様性に富んでいます。ただ、日本人は味に対する知識は追求するのに、誰が、どこで、どんなふうに作っているかには関心が薄い。消費するのは主に先進国で、生産地は開発途上国と分かれているのも理由のひとつ。まずはコーヒーを正しく知り、自身の選択や行動に生かしてもらえたら」と池本さん。

「利益重視ゆえに安いコーヒー豆を使おうとするコーヒー店が、世の中には多くあります。その需要が増すと、生産者は低品質で安価な豆のみを作り続けることになり、減収に。貧困を促す悪循環に陥ります。コーヒーは味や香りを楽しむ嗜好品。私たちが味のよいコーヒーを選び、その質に見合った価格を支払うことが、生産者の暮らしを支えることになり、将来もおいしいコーヒーを飲み続けることにつながるのです」

コーヒーを味わうことで見えてくる、生産地の背景やストーリー。

「業界が危惧することのひとつが2050年問題。コーヒーの需要は高まる一方、温暖化によって生産地が縮小や移動を迫られ、生産量が減少し、価格が上昇する可能性も。生産を生業にしている農家が職を失い、貧困化を招く恐れがあります。現状残っている高地の森林がコーヒー栽培の犠牲になる可能性も。それに加え、“おいしい”と言われるアラビカ種は、標高が高く、寒暖差が大きい場所で生育される繊細な品種。栽培が難しくなった農園では、サビ病などの病気や暑さに耐性のあるロブスタ種に切り替えることも。これはインスタントやブレンドコーヒーの原料で、アラビカ種より苦みが強く、味も香りもずいぶん劣ります」

一方で環境に負荷をかけない伝統法を見直したり、進歩的な技術を導入する農園も。

「日陰栽培の魅力を改めて見直すのがひとつ。コーヒー(アラビカ種)は本来、直射日光を嫌う日陰で育つ植物。2〜3mの体長を上回る6m以上の樹木をそばに植えることで、すこやかに育成します。土壌が整い、渡り鳥や昆虫類との共生も見込めます。また、コーヒーは加工が前提の農作物。栽培中はもちろんコーヒーチェリーを乾燥して脱穀するまでの“精選”作業にも大量の水が必要に。この排水が水質汚染につながるケースもありましたが、浄化の試みや“ナチュラルプロセス”を取り入れて節水に尽力する農園も。天日で約20日間かけてゆっくり干して豆の価値を高めることを試みています。さらに廃棄物をアップサイクルする気運も高まり、コーヒー殻を粉末状にしたコーヒーフラワーは、スーパーフードとして注目されるように」

人や社会、環境にやさしい農園かどうかを見極める手がかりのひとつが認証マーク。

「作物を適正価格で継続取引する『フェアトレード』や渡り鳥の生息地の保護に寄与することを示す『バードフレンドリーR』、カエルのマークの『レインフォレスト・アライアンス』といった認証プログラムのマークが目印になります。これをきっかけに、“コーヒーの現状”を知れば、これまでとはひと味違うおいしさやワクワクに出合えると思います」

池本幸生
いけもと ゆきお●東京大学東洋文化研究所教授、日本サステイナブルコーヒー協会理事。『コーヒーで読み解くSDGs』(ポプラ社)は「ミカフェート」代表の川島良彰氏と山下加夏氏との共著。東京大学でコーヒーの研究にも携わる。



コーヒーについて知っておきたい4つのポイント

生産地の状況や今後の問題点は? 消費者としてよりよい未来のためにできることは?

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Point1 2050年問題を知っていますか?

注視される問題のひとつ。コーヒーは南北回帰線間のコーヒーベルト地帯で生産されていますが、温暖化の影響で栽培地が減少傾向に。生産量が減る一方で、日本はもちろん中国やインドでも人気が高まっているため、世界的にコーヒーの需要が激増し、価格が高騰する可能性も。新品種の開発や、環境負荷の少ない方法で生産・流通できるサステイナブルなコーヒーの確立が求められている。

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Point2 生産地の雇用や支援にも目を向けたい

コーヒーの生産地はほとんどが開発途上国。農園で働く親を持つ子どもたちは、教育を受ける権利があっても距離的な問題や治安の悪さゆえに学校へ通えないケースがある。未来を見据える進歩的なコーヒー農園では、診療所や学校を併設している。またコーヒー生産にまつわる指導をする学校も。給食によって子どもたちは必要な栄養を蓄えることができ、読み書きの習得によって将来の雇用機会も広がる。

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Point3 どこで、どんなふうに育つかを知る

世界的に広がるサビ病に耐えうる苗木の開発や、2000年代初頭のコーヒー危機(値段の大暴落)の後に、"質より量"の時代へ。森林伐採や農薬使用の加速に対して危機感を抱く農園では、コーヒーのそばに高木を植え、多様な生物との共生が可能な日陰栽培など環境に配慮した栽培法を取り入れるところも。環境、社会、農園管理など厳しい基準をクリアした認証コーヒーも増えている。

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Point4 専門店で"生豆のまま"買ってみよう

おいしいコーヒーと出合うには、焙煎を行う専門店で生豆の状態を見て買うこと。良質なものは欠点豆を取り除くので、見た目やサイズが均一。自分で淹れても味の違いがわかるはず。安いけれど味が悪い・砂糖や乳製品でごまかしたものを飲み続けると、低品質の豆の需要が高まり、農家の収入が減る悪循環に。手間と時間をかけた質の高いコーヒーに対し、そのおいしさに見合った対価を払おう。

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SDGsに取り組むコーヒーカンパニー

せっかくなら人、社会、地球にやさしいコーヒー店へ。各々のSDGsとの向き合い方を紹介。

TORIBA COFFEE(トリバコーヒー)

コツコツ楽しく。独自の方法でエシカル宣言
銀座の中心にある「トリバコーヒー」。瀟洒な雰囲気の店舗で、地球環境に配慮した取り組みを積極的に行う。気づきのきっかけは主役でもあるコーヒー豆の変化だった。「価格の上昇に加え、ブレンドに使っていた農園の豆が災害や気候変動で仕入れられないことが増えて。未来のために、何ができるかをスタッフで話し合い、押しつけがましくならないようにお客さまにお伝えすることに」とディレクターの小倉陽菜さん。そこで2021年3月、豆の仕入れから毎日の心がけまでをまとめた「トリバコーヒーのエシカル宣言」を発表。たとえば有機栽培、原生林・野生動物の保護などエシカルな取り組みを行う農園の豆を何%使用しているかを独自のエシカルビーンズマークで表記。「ただ、認証取得には資金も時間も要するので、あえて取得せずに上質な豆作りに力を注ぐ農園も存在します。私たちも学び、探すことで、認証外の豆も積極的に取り入れています」。ほかにも梱包資材はすべて再生紙や間伐材紙に、カップやストローは堆肥化できるものを、ミルクや砂糖は森林破壊やCO2の排出が少ない植物由来のものを中心に使っている。スタッフが一丸となり、SDGsと楽しく向き合う姿が印象的だ。

SHOP DATA ●東京都中央区銀座7の8の13 1F ☎03−6274−6611 営業時間12時〜19時 ㊡月曜 ※オンラインショップあり

1 動物保護支援を積極的に行う農園の豆。麻袋はアップサイクルしたり、無料配布
2 「店舗にマグカップを置いている常連の方も多く、環境問題に意識が高いお客さまも増えました」
3 エシカルビーンズマークを記し、環境に配慮した取り組みを行う農園のコーヒー豆の使用率を提示
4 健康を考え、食事はスタッフが交替でまかないを作る。生ゴミは屋外のキエーロへ
5 「本日のコーヒー」¥300    6 ディレクターの小倉陽菜さん

 

The Ethical Spirits & Coffee(エシカルスピリッツ アンド コーヒー)

コーヒー豆の出し殻をジンにアップサイクル
世界初の循環型蒸留所を手がける「エシカル・スピリッツ」がコーヒー事業に参入、大手町にショップをオープンした。「日本では廃棄素材が非常に多い。商品にはならなかった欠陥品やコロナ禍によって余ってしまったものの新しい可能性を見つけ、再び光が当たるようなステージを提供したいと思ったのが起業のきっかけ。これまではクラフトジンでその表現をしてきましたが、身近なコーヒーでも伝えたいと思いました」と代表取締役CEOの山本祐也さん。

コーヒーは「LIGHT UP COFFEE」の協力のもとに仕入れたフェアトレードの豆を使用。抽出したあとに残る出し殻は、一般のコーヒーショップではあまりにも排出量が多いため、破棄する道しかないことがほとんど。しかしここでは、香りをキープするためにすべて冷蔵保存し、蔵前にある醸造所へ。コーヒーのクラフトジンとして生まれ変わる。店内でも味わえる「COFFEE ETHIQUE」は、コーヒーに潜む果実感が生きた、爽やかさとキレが魅力のジンだ。味わうだけではなく、店内のカウンターや花器の素材にも出し殻を使用するといった工夫も。循環経済を具現化した、洒落た空間にも注目したい。

SHOP DATA ●東京都千代田区大手町1の9の5 大手町フィナンシャルシティ ノースタワー1F 営業時間7時〜21時 ㊡日曜・祝日、土曜不定休

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7 「ドリップコーヒー」(¥550)と、出し殻を再利用したエシカル・ジン「COFFEE ETHIQUE」(¥660)。ソーダかトニックから選べる8 お菓子はコロナ禍で余った素材を用いてレフェルヴェソンス出身の職人が作る。「すだちピスタチオパウンドケーキ」や「ほうじ茶クッキー」(¥418〜)9 内装にも出し殻を使用   10 蔵前の蒸留所。3.5㎏の出し殻で約250本のジンができる

 

HORIGUCHI COFFEE(ホリグチコーヒー)
生産者と関係を築き、最高の豆を仕入れる
日本のコーヒー界を牽引する「堀口珈琲」。栽培から収穫、輸送まで、徹底した品質管理がなされるスペシャルティコーヒーの専門店だ。「世界各地を訪れ、高品質な豆を作り続ける生産者を見出したり、長期的に支援を行うことでパートナー関係を築いています」と語る取締役の伊藤亮太さん。たとえば「紛争の影響で栽培や加工の知識が不足していた東ティモールでは、NGOとともにコーヒー産業の育成に協力。ルワンダでは現地の協同組合と『ニャミラマ・プロジェクト』を推進、農機具や肥料の調達から購入の支援、栽培の指導などを行なっています」。生産者にはニーズやお客さまの反応をきちんと伝える。「対話が生産者の労働意欲や品質向上につながると信じています」

さて、ブレンドコーヒーというと豆の短所をカバーするために混ぜることも多いが、「堀口珈琲」のそれはスペシャルティコーヒーを組み合わせることで、より複雑かつ多彩な味・風味になる"共進化"版。生産者に寄り添う活動を続けているからこそ、9種の定番に加え、常時20〜30種の産地・農園別のシングルオリジンも展開する。最高品質の豆だけを扱い、「規格に満たない生豆は商品化せず別の形で活用。受注生産を行い、毎日必要な分だけを焙煎することでフードロス削減に。それでも消費期限が近く、販売できない豆が生まれたらフードバンクへ寄付します。海外でも国内でも人や環境に配慮した取り組みを進め、脱炭素社会の実現を目指しています」

SHOP DATA(世田谷店)●東京都世田谷区船橋1の12の15  TEL03-5477-4142 営業時間11時〜19時 ㊡第3水曜 ※オンラインショップあり

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11 街に溶け込みながらも進化を続ける   12 「ドリップコーヒー」Mサイズ¥60013 できる限り産地へ足を運ぶ。写真は契約しているルワンダのコーヒー生産者たち14 家庭用コーヒー豆。下段中央のブルーのマークが、ルワンダの「ニャミラマ シティロースト」(200g・4月末までの限定品)¥1,51215 取締役の伊藤亮太さん。チーフサステナビリティオフィサーも兼務

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家庭で楽しむ安心コーヒー豆

生産農家を支援する企業や大学が増え、その目的や方法もさまざま。購入時の参考にしたい、おいしくやさしい逸品とは。

海外でも国内でも支援を行う

グアテマラのサンタ・フェリサ農園の減農薬栽培にて完熟した実だけを収穫し、手摘み、天日乾燥した豆を使用。深煎りの華やかなアロマとキレある後味が魅力。ハンディキャップを持つ人の支援を目指す「スタジオクーカ」のアーティストが手がけるパッケージも魅力。全4柄。「Artisan Drip Coffee」各¥151●第3世界ショップ https://www.p-alt.co.jp/

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東京大学で研究するコーヒー

貧困のためにケシ栽培に頼らざるを得なかったタイのドイトゥン地区の自立支援のためのプロジェクトから生まれたコーヒー。販売を通して生産者の生活安定や産業の正しい発展につなげる。樹木を思わせるやさしい香りとまろやかな味わい。「ドイトゥン ブレンド コーヒー ボトル(豆)」1本160g¥1,650●東京大学コミュニケーションセンター https://utcc.u-tokyo.ac.jp/

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自転車導入で小規模農家を救う

独自のドライバイシクルパルピング(自転車式)でコーヒーチェリーを脱穀するゆえ水、燃料、電気をすべて不使用。環境はもちろん、金銭的にも負担が少ないため小規模農家も救える。ドライウォッシュド、ハニー、ナチュラルの製法違いの3種が味わえる。「ライト コーヒーセット」100g×3種¥3,000●GOOD COFFEE FARMS https://www.goodcoffeefarms.com/

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マヤ先住民が真摯に育てる

メキシコの先住民が雄大な自然の中で、農薬や化学肥料に頼らずに育てる。オーナー自ら現地へ赴き、買いつけや現地組合との関係を築いており、良質な品を適正価格で継続取引するフェアトレードを行うことで、コーヒーの未来も支える。芳醇な香りとコクに、やさしい酸味と甘みが潜む。「マヤビニック 中煎り」200g¥1,296●豆乃木 https://www.hagukumuhito.net/

SOURCE:SPUR 2022年5月号「コーヒーから地球を考える」
photography: Nao Shimizu illustration: Aki Ishibashi edit: Yukino Hirosawa

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