決して他人事ではない。今向き合う、子どもの貧困

およそ7人に1人の子どもが貧困状態にあると言われる日本。これは決して子どもの自己責任ではなく、社会全体で解決すべき課題だ。現状と原因を知り、自分に何ができるかを一緒に考えよう。

Part1 あの人の声


貧困によって起こる教育格差。その解決策の一つとして地域密着の学習支援を行う、お笑い芸人・哲夫さんに話を聞いた。

“これからの社会を担う子どもを学びで支えたい”

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哲夫さん お笑い芸人
てつお●1974年、奈良県生まれ。関西学院大学卒業後、2000年に西田幸治さんとお笑いコンビ「笑い飯」を結成。’20年から相愛大学で人文学部の客員教授を務め、教育者としての活動も。

2011年、大阪市内に誕生した低料金で通える学習塾「寺子屋こやや」。運営するのはお笑い芸人の哲夫さん。

「僕の家は裕福ではなかったですけど塾に通ってたんです。当時月謝は2千〜3千円くらい。そこで過ごした時間がええ思い出でね。あんなとこ、今もあったらなぁって。そしたら、今の進学塾は月に6万〜7万円かかるって聞いて驚いた。学校の授業についていけず勉強したいと思っても、経済的余裕がある家の子しか通えへん。学力の差が家庭環境の差で起こるのはおかしい」

その思いから、塾講師をしていた友人と出資する形で地域密着型の塾をスタート。その後、経営を引き継いだ。

「そこで思いついたんですよ。若手の芸人にバイトとして先生やってもらおうって。子どもだって面白いほうが勉強が好きになるし、芸人も伝え方の学びになる。これは双方よしやなって」

現在は信頼する後輩の芸人に現場を任せ、生徒は小学3年生から中学3年生まで約40人。進学塾ではなく補習塾で、つまずいているところを助ける。料金は小学生週2日コースが月5500円、中学生は月1万円から。大阪市が設けている塾代助成制度を使えば、月額最大1万円が支給され、コースによっては無料で通えることも。

「うちは学力アップじゃなくて、勉強のやり方、面白さを伝える場所。問題が解けない子には、その5歩手前ぐらいから教えます。勉強に苦手意識を持つ子でも、できることから始めれば徐々に階段を上ることができる。〝どうせやってもできない〟と諦めていた子も自主的に勉強するようになるんです。とはいえ、僕もまだ道半ば。いつかは全国展開したい。なぜなら『寺子屋こやや』のような場所を必要とする子どもはまだまだたくさんいるから」

貧困家庭では自宅に勉強机がない子もおり、環境が整っているとは言い難い。また、親が夜や休日も働きに出るなどして家を不在にしがちで、それが学力低下につながるとも言われている。

「僕が子どもの頃、親だけじゃなく、常に気にかけてくれる大人がまわりにいてくれたことがほんまによかった。今は核家族やひとり親が増えて、子どもが助けを求めづらくなってる。勉強が苦手になるのは本人のせいではなく、そういう環境をつくった社会の問題。だから、地域で子どもを支える必要がある。僕ね、近所のうるさいおっさんになりたいんですよ。顔を合わせたら『もう宿題したんか』と声をかけたり、悪いことしたらちゃんと叱る大人。だって、子どもは日本の財産。これからの社会を担う存在を支えることが一番大事やと思いますよ」

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(右)「寺子屋こやや」で先生を務めるのは芸人の稲垣昌秋さん。生徒からは"がっき〜"という愛称で親しまれている

(左)学年や学力で区切るのではなく、皆同じ教室で学び、終始和気あいあいとした雰囲気。ふとした何げない会話から英語の話題に飛ぶなど、楽しみながら勉強している

Part2 実状をきちんと知る


子どもの貧困の実態と原因、社会に与える影響とは。貧困・格差研究の第一人者・阿部彩さんに聞いた。

話を聞いた人 阿部 彩さん(社会政策学者)
あべ あや●マサチューセッツ工科大学卒業。タフツ大学フレッチャー法律外交大学院修士号・博士号取得。2015年より、東京都立大学教授。同大にて子ども・若者貧困研究センターを立ち上げ、センター長も兼務。

手当てをしなければ、子どもの貧困はなくならない

深刻化する日本の子どもの貧困。その現状はいったいどのようなものか。

「貧困状態にある17歳以下の子どもは2018年の時点で13・5%、約7人に1人の割合です。親の所得に比例して子どもの学力や体力、健康状態、友達の数に差が出るという結果が出ており、いじめに遭う率や不登校になる率が増え、自己肯定感は低くなると言われています。そうしたことが原因で、人と会う機会が減れば、社会とのつながりがなくなり、ますます貧困から抜け出しにくい状況をつくってしまいます」

日本では2008年に「子どもの貧困」がメディアで取り上げられられるようになり、’13 年に「子どもの貧困対策法」が成立したが、その成果が出ているとは言い難いと阿部さんは指摘。貧困問題を放置すると、将来の国の財政収入の損失は15兆9000億円に達するという試算もある(※)。そして、それは国民全員が負担することになる。

「貧困状態の子どもは大人になっても貧困から抜け出せず、やがて親になったときその子どもも貧困に陥る〝貧困の連鎖〟が起きる。仕方がないと放置したままではいつまでも改善されません。まず、国民一人ひとりがこの問題に関心を持つこと。認識が高まり、声を届ければ国は必ず動きます。実際に日本より貧困率が高かった国でも、政策によって改善したケースがある。子どもがいる/いないにかかわらず、日本をどういう社会にしたいかを想像してみてほしい。次の時代をつくる子どもが本来の力を発揮し、のびのび育つ社会。それが私たちにとっても生きやすい未来の姿だと思います」

※日本財団 子どもの貧困対策チーム(2016)より参照

Q1.子どもの貧困とはなんですか?

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A 相対的貧困の状態にある17歳以下の子どものこと。貧困とは子どもが属している世帯の経済状況が厳しいことを指します。生きるために最低限必要な「衣食住」が満たされない=絶対的貧困を思い浮かべるかもしれませんが、日本では、国際比較にも用いられる相対的貧困率で計測します。相対的貧困率は、国の等価可処分所得の中央値に満たない状態で、2018年に厚生労働省が発表した貧困線は、親一人子ども一人の2人世帯の場合、可処分所得が約175万円未満とされています。

Q2.貧困世帯の子どもはどのような状態ですか?

A 貧困世帯で育つ子どもは、多くの人が享受する"普通"の生活を営むことができません。栄養バランスの取れた食事ができない、適切な医療を受けられない、進学を諦めなくてはいけない。家事やアルバイトに追われて友達と遊んだり、部活動に参加する機会がなかったり、とさまざまな不足が生じます。ただ、日本では服や食べ物が格安で手に入り、親との連絡手段としてスマートフォンを所持している場合が多く、一見すると普通の家庭の子どもと変わらないので、貧困が見えづらいという現状があります。

Q3.子どもが貧困に陥る原因は?

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A まず、親(子どもが属している世帯)の雇用の劣化が挙げられます。仕事をしていない人、非正規雇用者が増えているだけでなく、正規労働者、自営業者の経済状況も悪くなっています。また、家族構成が変化し、ひとり親家庭(未婚、離婚)が増加していることも指摘されています。2015年の国民生活基礎調査によると、日本のひとり親家庭の相対的貧困率は50.8%で、諸外国と比較しても母子家庭の貧困率が高い。それは女性のひとり親の就労の難しさと低賃金に原因があります。親が働きすぎによって体を壊してしまったり、精神的なダメージを受けていたりと働きたくても働けないケースも少なくありません。

Q4.日本と世界、それぞれの子どもの貧困の現状を教えてください

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※数値は2018年調査 出典:OECDを元に作成

A 日本では1980年代から景気の変動による増減はあるものの、子どもの貧困率は上昇しています。2018年の時点で、約7人に1人の子どもが貧困状態にあると言われており、人口にすると約255万人。これはOECD加盟国の中でも高い水準です。先進諸国の中では、福祉が充実しているフィンランドやデンマークは子どもの貧困率が低い結果が出ています。イギリスは2008年当時、貧困率がとても高かったのですが、ブレア元首相が「2020年までに子どもの貧困を撲滅する」として、多くの政策を打ち出し、無償給食や児童特別補助の実施、親の就業支援、就業促進のための育児支援、住居のサポートなどさまざまな手当てがなされ、2014年の計測時に一時改善。ただし、保守党に政権が戻ってからは、子どもの貧困率が徐々に上がっています。

Q5.子どもの貧困の問題点、社会に与える損失は?

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A 貧困家庭で育つ子どもは十分な教育が受けられず、知識や技術を得られないため、就職の選択肢が大きく狭まります。すると、不安定で低賃金の非正規雇用や働きたくても働けない人が増え、国の税収減にもつながります。少子高齢化により労働人口が少なくなってきている日本で、子どもの約7人に1人が貧困であることは、経済的に大きな損失になります。また、貧困状態にある人は結婚率も低いので、少子化にも影響が。社会全体で子どもを支え、本来のポテンシャルを最大限に活かすことができれば、彼らが将来画期的な発明をしたり、新しい産業を生み出すなど経済活動にいい影響を与えるでしょう。そうした可能性を失ってしまうのは日本社会にとってとても大きな損失だと思います。

Part3 サポーティブな現場から


貧困に苦しむ子どものために動き続ける人がいる。彼女たちは現場で何を感じ、どんなアクションをしているのか。

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“地域の中に居場所をつくり、孤立を防ぐ”

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KAKECOMI 鴻巣麻里香さん
profile
こうのす まりか●地域に根ざした活動を志し、ソーシャルワーカーとしてKAKECOMIを立ち上げる。「たべまな」と合わせて、セーフティシェアハウス(シェルター)「森のたべまな」も経営。

福島県白河市にある「まかないこども食堂 たべまな」。ソーシャルワーカーの鴻巣麻里香さんが自宅を週1回開放して提供する、子どもと大人の集いの場だ。ここは一般的な子ども食堂と違い、何か一つ自分でできることをして食事を受け取るのがルール。「子どもは料理の手伝いや片づけ、下級生の面倒を見るなどできることをします。弱い立場にいる人は、誰かに親切にされることはありがたい半面、助けてもらってばかりだと負い目に感じることがある。子どもたち自身が手を動かすことで、この場所を自分たちがつくっているという気持ちを持ってもらいたい。そして、大人はカンパという形で払える額を支払い、食事を受け取る。"大人が与え、子どもが与えられる"という関係を崩し、みんなが等しく過ごせるようにしています」

得られるのは食事だけではない。人との出会いもある。「ここで知り合った人と交流が生まれ、『たべまな』以外にも頼れる場所ができたと言ってくれる子どももいます。私自身、小さい頃は家にも学校にも居場所がなく、親でも先生でもない信頼できる大人とのつながりを求めていました。『たべまな』をスタートして今年で7年。運営していく中で痛感するのは、結局、来られる子は限られるということ。情報を得られず、移動手段も持たず、一番居場所を必要としている子どもにどうコミットするか。私たちのように民間ができることには限界がある。本当に困っている人の生活を支えられるのは福祉の力しかない。そのためにも国に働きかけ、福祉を変えていく必要がある。それは選挙権のある大人の役割だと思っています」

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1.入り口の扉を開けるとカンパ用の瓶と看板が 

2.年に1回は「たべまな」に通う子どもたちや近隣住民とともにBBQ会を開催。撮影中もさまざまな差し入れが持ち込まれ、にぎやかなムード

“知見を活かし、子どもを助ける人たちをサポート”

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Learning for All 辻 珠美さん
profile
つじ たまみ●東京大学法学部卒業。在学時、Learning for All(LFA)に参画。大学卒業後、組織時事コンサルティング企業を経てLFAへ復帰した。現在は経営管理事業部の事業部長を務める。

無償の学習支援や子ども食堂を運営するだけでなく、全国にある子ども支援団体にノウハウを共有して活動をサポートしたり、国に課題啓発を行い、制度や仕組みの見直しを促すNPO団体、Learning for All(LFA)。辻珠美さんはボランティアとしてLFAに参加したのち、一般企業に就職。その後、再びLFAに戻ってきた。「私が学生の頃、NPO法人は黎明期で、多くの団体は財政基盤が安定しておらず、有志のやりがいが搾取されやすい環境でした。支援する側に負担がかかれば活動持続は難しい。人々のスキルやポテンシャルを最大化するため、組織づくりや人材開発のコンサルティング会社で経験を積むことに」。現在は前職の知見を活かし、採用や育成体系の整備などを行いながら、よりよい環境づくりに励んでいる。

「ここ数年で、徐々に支援の輪が広がってはいるものの、困難を抱えている世帯ほど孤立し、支援につながりにくい現状があります。助けを求めやすい仕組みをつくることが次の課題。また、支援団体で受け入れられる子どもの数に限りがあるため、受け皿を増やすことも重要です。そのためにも、義務感ではなく、楽しい活動の一環として子どもたちと携わる機会を増やしていきたい。また児童相談所の擁護支援員、スクールソーシャルワーカーなど専門性のある人々が適切な待遇で配置されているとは言いにくい状況もあります。スキルを持った方々がきちんと評価され、活躍できる社会づくりのために政策提言にも力を入れたい。子どもに本当に必要な支援が行き届く仕組み、そして、子どもの貧困が生まれない社会づくりの実現が目標です」

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3.年齢や状況に合わせて学びや遊びをサポートするLFAの直営拠点。現在、東京を中心に全36カ所ある 

4.低年齢の子どもには歯磨きや手洗いなど基礎的な生活習慣もしっかりと教えている

Part4 私たちにできること


個人でできる支援活動が広がっている。今日からできることのヒントを阿部彩さんに教えてもらった。

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共感する団体に寄付をする
子どもを支援する団体はNPOを中心に寄付金で活動をしているところが多い。また、ふるさと納税を通じて寄付を行うこともできる。寄付先の選び方としては、ビジョンやミッションに共感できるかどうか、寄付金の使用方法や活動実績など情報公開がきちんとされているかどうかなどが目安になる。「衣類を届ける支援団体もありますが、必ず新品を寄付してください。"捨てるにはもったいない"という理由で大量に中古品が送られてきても受け取り手は困ってしまいます」

まずは選挙に行くことから!
貧困の抜本的解決に向けてすべての子どもが幸せに暮らせる社会をつくるため、民間任せではなく、政治が手立てを講じる必要がある。公立小中学校の給食費無償化や児童手当の増額、給付型奨学金の拡充など子どものための政策はさまざまある。聞こえのよい公約ではなく、財源の確保まで含めて子どもが幸せに生きる権利を重視した政策を打ち出す政党や候補者を吟味し、一票を投じたい。

ボランティアに参加してみる
各自治体のボランティアセンターでは、ボランティア活動をしたい人と手助けが欲しい団体との橋渡しを行なっている。「子どもをサポートしたい旨を相談員に伝えれば、希望に合った活動団体を紹介してくれます。近年、増えているのは子ども食堂。調理や片づけだけでなく、子どもと遊ぶボランティアも。また、学習支援事業も増えています。大学生のボランティアが多く、中・高生を対象に地域の学童保育などで1対1で勉強を教えるというのが主な活動です」。また、ボランティアスタッフを募集しているNPO団体に直接連絡するのも手。

自分のスキルを活かしてできることをする
子どものケアやサポートは専門性が高く、施設のスタッフやソーシャルワーカーの代わりをすぐに務めることは難しい。だが、自分の強みを活かして貢献できることも。「金融業界に勤める方がNPO団体の財政管理や会計を手伝ったり、WEBデザイナーがホームページを作るなど、得意分野を活かしている人はたくさんいます。直接子どもとかかわるだけでなく、信頼できる団体自体をサポートすることも大きな力に」

助けが必要な子どもに出会ったときの対処法を知る
「子どもが経済的に困窮していたり、助けを必要としていると気づいたら、近くの児童相談所に連絡をしましょう。児童福祉士、児童相談員など専門スタッフが、家庭の状況を確認しに行くなど、しかるべき対応をとってくれます。また、虐待の疑いがある子どもを見かけたら、児童相談所虐待対応のフリーダイヤル『189(いちはやく)』に連絡を。すぐに近くの児童相談所につながる全国共通の電話番号で、匿名で通報・相談ができ、内容に関する秘密も守られます。暴力のみならず、満足にごはんを与えられていないネグレクトも虐待にあたります」

知見を広げ、深める本を読む
問題のありようがなかなか見えづらい子どもの貧困問題。その理由の一つに子ども自身が声を上げづらいという点がある。子どもたちに寄り添い、活動を続ける人々の本を読むことで、今何が求められているのかが具体的になってくる。今回お話を伺った阿部彩さん、鴻巣麻里香さん、辻珠美さんが推薦する3冊は、どれも読みやすく、この問題と向き合う一助となる作品。親と子に向けて書かれた本や、貧困対策に取り組む人々や組織の実践例を紹介した本など、多角的な視点から理解を深めよう。

ノンフィクションで知る

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『おやこで話す  子どもの貧困─だれも見すてない国をつくる』
小学生低学年の子どもと母親向けに。親子で一緒に貧困について考えるきっかけとして。阿部彩著・斉藤みお絵(日本能率協会マネジメント/1,650円)

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『「なんとかする」子どもの貧困』
子どもの貧困問題を考えるための知識から、対策の具体例まで明瞭に紹介。解決に向けた最前線の取り組みを把握できる。湯浅誠著(角川新書/880円)

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『子どもの貧困:未来へつなぐためにできること』
大人の責任として教育と経験をすべての子どもたちに届ける大切さを事例によって示す。著者はNPO法人キッズドア代表。渡辺由美子著(水曜社/1,540円)

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