深刻化する海洋汚染。2050年には、海の中のプラスチックの重量が魚の重量を上回るといわれる。澄んだ青の景色を守るため、アーティストは創作を通じて私たちに問いかける。作品を見つめ、この危機と対峙したい
PART 1 アニエスベーとタラ号、その取り組み
海を守るため、科学的に調べて発信すること。アートと掛け合わせ、表現による海を見ること。アニエスベー率いる科学探査船「タラ号」がゆく
科学×アート×教育でタラ号がつなぐ、海の未来
「アニエスベー」の創業デザイナー、アニエス・トゥルブレと、アニエスベーフランス本社COOのエチエンヌ・ブルゴワが2003年に共同創設した、タラ オセアン財団。海を守ることに深い情熱を持つ二人が購入したのは、スクーナー船(帆船の一種)だった。船につけた名前は「タラ号」。ちなみに、〝タラ〟とはさまざまな意味を持つ言葉で、映画『風と共に去りぬ』の主人公の故郷である農場の名としても登場する。タラ号はアニエスにとって、いつでも帰りたくなる故郷のような存在なんだとか。世界中を航海してきたタラ号は、海が直面する環境問題や気候変化の影響を調べる科学探査船だ。科学者とともに研究を重ね、これまで数々の探査プロジェクトを行なってきた。日本を含め60カ国以上に寄港し、各地で教育や啓発活動にも力を入れる。
もう一つ大きな特徴は、タラ号には、レジデンスアーティストたちも乗船すること。科学で解明して発信できることとは別に、アーティストならではの、海について訴えかける表現があると考えるためだ。アートにしかできない社会課題に対する問いかけを、これからの世代へとつないでいく使命を担っている。
また、タラ オセアン ジャパンは2020年に日本全国の国立大学の連携組織「JAMBIO」と協力し、「Tara JAMBIO マイクロプラスチック共同調査」を始動。科学・アート・教育といった領域を横断する本プロジェクトに参加したアーティストによる展覧会が、3月25日から香川県の旧粟島小学校で開催予定だ。
1・2・3 タラ号には科学者とともにアーティストが乗船し、探査プロジェクトを遂行。その成果の一つである旧粟島小学校でのイベントにも注目したい。
アーティスト 大小島真木さん
地球と静かに和解していくための方法
2017年、「タラ号太平洋プロジェクト」に参加した大小島真木さん。船上でさまざまなメンバーと過ごした約2カ月間をこう振り返る。「プランクトンや珊瑚の重要さを学び直す機会になりました。私たちの呼吸に必要な酸素のおよそ半分は海中の植物プランクトンが作り出しているということや、自分の命のベースに多くの生き物の生死の連鎖があるということ。また、メンバーたちが"信頼なくして航海はできない、家族のように過ごそう"と迎え入れてくれたことはかけがえのない思い出です」
大小島さんはこれまで一貫して、インドの小学校に描いたテンポラリーな壁画や、青森県で土地に根ざした美術館のあり方を考え制作した巨大な絵画など、土地固有の歴史や文化をリサーチしたうえで地元の人々と関わりながら制作を続けてきた。そしてタラ号での経験を通じて生まれたのが、《鯨の目》と題した一連の作品だ。「太平洋の海上で、鯨の遺体が水面を漂いながらたくさんの鳥や魚たちに食べられている光景を目の当たりにし、海は"生命のスープ"のようだと感じた」と話す。
「地球は人類や生物がいなくても生き続けることができる。私たちが守ろうとしている地球とは、あくまで人類が生きていくための地球に過ぎません。世界を自分たちの思いのままにコントロールしようとするのではなく、静かに和解していくための方法を作品を通じて考えていきたいです」
4 2019年に開催されたスパイラルガーデンでの展覧会より《Eye of whale》(Photo by Norihito Iki)。代表的な"鯨の目シリーズ"の一つ
《Eye of whale》 @ Maki Ohkojima in Spiral Garden photo by Norihito Iki, Year 2019
5 《言葉としての洞窟壁画と、鯨が酸素に生まれ変わる物語 | Cave mural as a narration, and the story of a whale being reborn as oxygen.》 粟島でインドのワルリ族ワイエダ兄弟や島民の皆さんと共同制作。2019年の瀬戸内国際芸術祭にて発表、現在も展示されている
Maki Ohkojima and Warli brothers (Mayur & Tushar & Vikas), 瀬戸内国際芸術祭、粟島, Year 2019 Photo by Fujio Yamada
Maki Ohkojima
1987年生まれ。女子美術大学大学院美術専攻修士課程修了。インドやポーランドなど海外での滞在制作多数。国内外で展覧会に参加するほか、舞台美術なども手がける。作品集に『鯨の目』(museum shop T刊)など。www.ohkojima.com
アーティスト 清中愛子さん
自然は私たち人間に、何も求めてはいない
詩や言葉を使ったアート作品で注目を集める清中愛子さんは、タラ オセアン ジャパンが行なっている「Tara JAMBIO マイクロプラスチック共同調査」に招かれ、岡山県瀬戸内市での調査に参加。さまざまな専門分野の人々と時間をともにしながら、水の表層や海底の泥、砂浜の表土に紛れるマイクロプラスチックを調べ、「海で起きていることや、自然の中での人間の在り方を強く意識するようになりました」と話す。「たとえば、プラスチックの繊維を使って巣を編む鳥もいれば、雛に食餌として与えてしまい、傷つく個体もある。また、プラスチックを好んで繁殖する微生物もいるのではないかといわれます。そこで思うことは、自然は私たち人間に対して、何も求めてはいない、ということ。他の生物にとって人間とは一つの環境に過ぎないのかもしれません。つまり、自然の恩恵を享受することでしか生きられない私たち人間が、未来も生き残ろうとし、自分たちのために"環境を考える"のだと捉えて、作品を制作してきました」
この経験から生まれた清中さんの作品は、プロジェクトの参加アーティストによる香川県粟島での展覧会で発表される。
6・7・8 掲載する写真5点はすべて2020年制作の『寄生蟹』。野山で採集した久佐岐で染めたウール、草の種、亀の骨、詩篇によって構成されている。清中さんが「自然の中で人間とはどのような存在かを考えた」と話す、「Tara JAMBIO アートプロジェクト」の中で制作された
6 title『寄生蟹』/ディテール
7 title『寄生蟹』/野山で久佐岐の実を採取し染めたウール
8 title『寄生蟹』/久佐岐で染めたウールに葈耳と亀の甲羅の骨、詩(2020)
9・10 調査の際に書いた詩や、写真もともに。「異なる生物がそれぞれの生態や理の中で出合い、何か違うものに変化し、移行していくことをいくつかの詩篇として構成している」と清中さん
9 title『寄生蟹』/写真(2020)
10 title『寄生蟹』/詩篇(2020)
Aiko Kiyonaka
詩人、アーティスト。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒。『宇宙みそ汁』三田文学新人賞 坂手洋二奨励賞、詩集『宮の前キャンプからの報告』(私家版)中原中也賞最終候補、ほか受賞歴多数。
https://www.facebook.com/aiko.kiyonaka
PART 2 海を見つめるアーティスト
美しい自然の象徴としての海。そして、人工物で汚染される海。4人のアーティストそれぞれの表現を紹介する
Mabel Poblet(マベル・ポブレット)さん
海とは何かを隔てるものであると同時に、結びつけるものでもある
キューバ出身の彼女のクリエーションにおいて重要なテーマの一つになっているのが、海。島国のキューバでは、海はとても親しみのある存在。同時に、現代のキューバ社会において身近な社会現象である移民を運んでくるのもまた、海だ。
「海とは何かを隔てるものであると同時に、結びつけるものでもある。ときには行く手を阻む障害となることもあるでしょう。でも、人々の移動を可能にするのも、やはり海です。また、私が表現者として関心を寄せている社会的・政治的な出来事の目撃者でもあります」と、マベル・ポブレットさんは話す。
彼女の作品では、カストロ政権下で育った若い世代のアイデンティティとは何かを問い、キューバ社会の現在の姿が水や海に投影されてもいるのだ。たとえば「My Autumn」というシリーズ作品は、写真を使ったピラミッド型の折り紙の集合体で構成されている。いくつもの折り紙の先端は天に向かおうとする人間の意思のようにも見え、いつでも潰れたり変形したりしてしまう儚さも感じさせる。モザイクのようで、イメージはどこか曖昧だ。いつかの海の記憶を呼び覚ますようでもあり、ここには存在しないどこかの美しい情景にも見えてくるだろう。
「海は地球のバランスを保つうえで極めて重要です。そのような関心から現在、地元の人々の協力を得て沿岸に放置された廃棄物を回収する社会的活動をしています。回収した廃棄物を使った新たなクリエーションに取り組もうと考えています。今後も持続可能なアートを提案していきたいです」
(上右)《PRAYERS 3》2022年、(上左)《WANDERING》2022年。2点とも「My Autumn」シリーズより。同シリーズでは存在の儚さと、成長を続ける人間の"無限の道"について考察。無数のピラミッド型の折り紙で構成し、無限という概念を強調する。シリーズ作品にすることで、連鎖や螺旋といったかたちに見える人生を再現している。
Mabel Poblet
1986年キューバ生まれ。写真、ミクストメディア、パフォーマンスなど多彩な手法で創作し、注目が集まる。日本初の個展『WHERE OCEANS MEET』がシャネル・ネクサス・ホールにて4月2日まで開催。その後、4月15日〜5月14日開催の『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭2023』に巡回。
藤元 明さん
カラフルなプラスチックの集積に終わりのない問いがにじむ
SDGsという言葉が熱心に謳われるようになる以前から、環境や社会問題をテーマに制作を続けてきた藤元明さん。表現手法にとらわれることなく企業や自治体、地域住民の人々と協働し、実験的にさまざまなプロジェクトを発信している。そのうちの一つが、海洋プラスチックごみの現在地を問う作品。日本各地の海を訪れ制作を行なっており、取材直前も和歌山県白浜町に滞在していた。
「美しいビーチとして有名な観光スポットを少し離れると、アクセスも難しいほど未整備な海岸地帯が存在しているものです。そこには、世界中から流れ着く漁網や容器などさまざまなプラスチックごみが、処理されることもなく、集積されたままの状態になっています」と、藤元さん。岩場に運び込んだいくつもの大きな鉄板を熱し、回収した海ごみ(プラスチック)を"お好み焼き"のように平たく溶かして固めていく。完成した巨大な作品は、鮮やかでカラフルな色が、どこかおもちゃのようで見ていて楽しい。一方で、どこか怖さや皮肉もにじみ出るようだ。
目下、塔のような高いオブジェにすることを構想中。「バベル」と名付けられたその塔が、どこかの海辺に出現する日もそう遠くないかもしれない。「旧約聖書に登場する"バベルの塔"は、富を集め天に到達しようとしたことで神の怒りを買い、しっぺ返しをくらいます。ですが『海のバベル』は、権力や人の意思に関係なく延々と集まる海ごみを、縦に積み上げていくアートプロジェクト。神の怒りは買わないので、どこまでも伸びていく塔を想像してもらいたい」。海にあふれ出した陸の問題を、海と陸の境目で可視化していく。
(左)《Last Hope #51》2022年、(右上)《Last Hope #53》2022年、(右下)《Last Hope Sun #35》2021年。海岸で回収したプラスチックごみに220℃ほどの熱を加えて平たく固めた作品は、漁網、ビーチサンダル、容器、バケツなど色とりどりの物体が溶け合い、まるでコラージュのように見える。作品は高さも幅も1メートルを超えるものが多く迫力がある。あえて"最後の希望"という意味を込めた「Last Hope」というシリーズのタイトルにも、藤元さんのユーモアが光る
Akira Fujimoto
1975年生まれ。東京藝術大学美術学部大学院デザイン専攻修了。イタリアのレジデンス「FABRICA」に在籍後、東京藝術大学先端芸術表現科助手を経て、アーティストとして活動。新たなリサイクルのあり方を標榜した「NEW RECYCLE®」をテーマに、社会・環境問題を問う展示やプロジェクトを企画している。
本多沙映さん
身のまわりにあるものに目を留めて、観察することで新しい発見がある
宝石かと見紛う美しい表情を持った石たちはどれも、ごみを溶かし合わせて磨くことで生まれたものだということに驚く。本多沙映さんが2016年から制作を続けるシリーズ「Everybody Needs a Rock」だ。
きっかけは、プラスチックを含む石がハワイのカミロビーチで発見されたという記事を読んだことだった。「このニュースから環境問題について考えることもあったけれど、ちょうどそのときオランダでジュエリーの勉強をしていたこともあって、この石の未来に強く興味が湧きました。遠い将来、この石が掘り返されて、ルビーやダイヤモンドのように大切に扱われるのかもしれない」。ある日浮かんだ、そんな想像から制作をスタートした。
また、シリーズ名は、1974年にアメリカの作家バード・ベイラーが著した同タイトルの絵本へのオマージュとも言える(邦題は『すべてのひとに石がひつよう』)。「この絵本は、"私・詩的"な散文で、特別な石を見つけるためのルールを提案してくれます。それは感覚的で、法則というよりもむしろ、物を観察するという状態へ導くある種の道具のように思います」と、本多さん。
決して環境活動家として制作をしているわけではない。クリエーションを通して日常を新しい角度で見るきっかけを提案できたら、と考えている。「日常で見過ごしていることや、どんなものにもセンスオブワンダーを探す観察眼が、人と物との関係性を豊かにし、速まりつつある物のライフサイクルや限りある資源のアンバランスで過剰な搾取にブレーキをかけていくと思います」
(上右)《STELLA》2017年、(上左)《SHIROUSAGI》2016年、(下右)《SILVER SPOON》2018年。すべて「Everybody Needs a Rock」シリーズより。それぞれの石には、ビニール袋、ボトルキャップ、化粧品ボトルなどの"主成分"を記した説明書きが伴う。また、「カウチに寝転ぶ金髪の女の子」や「机の上のレシートの山」など、本多さんが実際にごみを回収した場所で見た光景の描写も詩的な言葉で付されている
Sae Honda
1987年生まれ。武蔵野美術大学卒業後、オランダのヘリット・リートフェルト・アカデミージュエリー学科で学ぶ。2021年から日本を拠点に、デザイナー、ジュエリーアーティストとしても活躍。作品集に『Anthropophyta 人工植物門』『EVERYBODY NEEDS A ROCK』(ともにtorch press刊)。
www.saehonda.com
Mandy Barkerさん
世界の海のプラスチック汚染を美しいイメージで伝える
イギリスのヨークシャー地方にある港町で育ったマンディ・バーカーさん。子どもの頃から、海岸を歩いて石や流木などを拾い集めるのが大好きだった。「そのうちに、アザラシや珍しい鳥が生息する地元の自然保護区の海岸に、人工的なごみ、特にプラスチックが流れ込んでいることに気づいたんです」と話す。自身の体験と「この問題を何とかしたい」という強い思いが制作の動機になっている。もともと趣味だった写真を大学院で学び、改めて写真がいかに強力なコミュニケーション手段であるかを知ったという。「プラスチックの過剰消費や有害さを伝えるための情報提供、意識の向上、教育現場でも大きな役割を果たします」
彼女の制作において最も重要なのは、リサーチだ。南太平洋に浮かぶヘンダーソン島をはじめ、オーストラリア領のロード・ハウ島(ともに世界遺産に登録)などでの調査チームに同行し、東日本大震災後には日本を訪れたこともある。常に科学者と協働し、最新の研究や調査を"表現"する。とりわけ、アクセス不可能だといわれる珊瑚礁が広がるヘンダーソン島での体験は、思い出深い。「腰の高さまである海の中を進んだり、珊瑚の崖を登ったり。自分の限界に挑戦する素晴らしさを経験できました」
バーカーさんの作品を見ると、まず、ビジュアルの美しさに引き込まれる。そして、写っているものがすべて海洋ごみであることに気づくとき、愕然とさせられる。「視覚的に魅力的なものを作り、見る人をイメージに引きつけ、そして、表現されている事実でショックを与えること。それがアートの大きな力だと思います」
(上右)《Barcode – 047665 950418(Britain)》太陽に晒され白くなったオレンジ色のプラスチック製ロープ。ヘンダーソン島に打ち上げられた多数の海洋プラスチックを写した「SHELF-LIFE」シリーズの中の一作 (上左)《WHERE... Am I Going?(部分)》世界中のビーチで拾い集めた風船を撮影して制作された。上空に放たれた風船のほとんどは、最終的に海へ落下するという。Photograph © Mandy Barker
Mandy Barker
海洋プラスチックごみをテーマに作品を制作。科学者と協力しながら海のプラスチック汚染に対する意識を高めることを目指す。ニューヨーク近代美術館(MoMA)やヴィクトリア&アルバート博物館など世界中で展示を行う。2018年ナショナルジオグラフィック協会研究・探検助成金受給。
www.mandy-barker.com
PART 3 海洋汚染に対してアートは何ができるのか
キュレーターとしてさまざまな取り組みに携わってきた大田佳栄さんが、海を守るためのアートについての思いを寄稿する
1・2・3 2019年に象の鼻テラスで開催された『OUR PLASTIC』展には、世界8都市のアーティストが参加。期間中は海洋プラスチック研究者のトークや映画上映、海洋ごみでコラージュの作品を作るワークショップなど展開した。
https://portjourneys.net/
アートは気づきと問いかけの宝庫。海洋汚染を「他人事」から「わたしたちの問題」へ
場所は横浜、山下公園から海沿いを歩くこと10分足らず。日本が開港した際に建造された古くて小さな波止場を望む休憩所「象の鼻テラス」には小さなカフェがあって、日夜多くの人が海を見ながらソフトクリームを食べたりコーヒーを飲んだりしている。ダンスや音楽やマルシェなどいろんな催しを楽しむこともでき、時折、海から先の遠い国に住むアーティストたちとつながることもできる。"PORT JOURNEYS(港の旅)"という名の文化交流プログラムを推進する場所だからだ。歴史ある港湾都市だからこそのバリューを活かして2012年から始めたこの取り組み、いまでは世界約10都市にアーティスト、クリエーターや大学関係者、行政担当者らを束ねる仲間がいて、アートを介してまちを豊かにしようとお互い行き交ったり、アイデアを交換し合って活動している。コロナが襲来した2019年からしばらくは往来が減ったが、それまでは年に数回、それぞれの都市の関係者が双方の都市を訪れて新たな知見を得ながら、自分の場所に持ち帰って実践する機会づくりに勤しんでいた。
この取り組みは、多様な人々が関わっていることから、投げかける問いの視点も幅広い。かつて、本プログラムの橋渡し人としてドイツ・ハンブルクを訪れた映像作家の佐藤未来は、北海につながるエルベ川の水を汲んで丁寧に濾過したのち、味噌汁をはじめ3国3種のスープを作って人々に振る舞った。同じ素材を用いて作られたもので文化の違いを考えるという社会的側面がクローズアップされるが、一方で、我々が口にする生物も多数生息する川の水質にフォーカスすれば、世界の水環境について考えざるを得なかった。
数年前、ウミガメの鼻にストローが刺さった衝撃的な映像が世界中を駆け巡り、海洋プラスチックごみ問題やマイクロプラスチックの危険性が訴えられるようになったときも、この仲間たちが動いた。プロジェクトメンバーであり、スイス/日本を拠点とするスイス人グラフィックデザイナーのso+baは、海で起きる問題を、海でつながる人と考えるのは至極当然のこととして、世界に散らばる仲間たちと一つの展覧会を作ることを提案した。さらには、プラスチックをはじめとするごみ問題は万人に関わることであり、来訪者全員に向き合ってほしいとの思いから、タイトルを『OUR PLASTIC』と名付け、共感を呼ぶべき美しい展示品には世界から集めたごみが選ばれた。「1週間分の家庭ごみ(プラスチック)を送ってください」との呼びかけに、不要なものを国際便で送ることへの反発もないではなかったが、そう言いながらも7つの都市から荷物が届いた。家族構成によって異なるごみの種類、国によって違う色や形状や表示マーク、さまざまなパッケージデザインに言語。多様性に富み、思考を活性化させられる示唆に富んだ展示が見事に出来上がったのである。会場内で一つひとつごみを浮遊させる作業は、海から陽が昇るのを見るくらいに長時間にわたったが、ごみの海に没入するかのような感覚を覚えるインスタレーションは想像を遥かに超えた美しいものだった。ということは、プラスチックが美しく素晴らしいものだということになるだろうか? いいえ、まったく!!
プラスチックの問題をなんとかしたいと、誰しもが思う。あるオランダ人クリエーターはビジネス、イノベーター視点で本問題を取り扱おうと、プラスチック再生化手法やその研究成果を広く情報提供する「Precious Plastic」というプロジェクトを行なっている。開かれたグローバルチームの活躍に期待は持てるが、海洋プラスチック研究を進める学識関係者とのやりとりを経て得た知識で言えば、再生だけではことは収まらないのが現状のようだ。
社会がいっそう混沌とするなか、次から次へと起きる問題にうろたえずにいるためには、自身を開いて外の価値観を受け入れ、何に対しても自分ごととして真摯に取り組むことが肝心だと常々思っている。アーティストは、その創造性によって、個人の"気づきの窓"を軽やかに開けようとするのだから、これに乗らない手はない。海洋汚染のみならず環境問題は待ったなしの状態だが、アーティストと彼らに感化された善良な市民なら未来は作り変えられるかもしれない。そんな期待を胸に、今日もアートと触れ合っていたいと考えている。
4 ポート・ジャーニー・プロジェクト ハンブルク⇆横浜 佐藤未来帰国展『Soup Tasting River Yokohama — Hamburg』(2018年)象の鼻テラス 写真:加藤 甫
5・6 2012年、オランダのDave Hakkensが開始したプロジェクト「Precious Plastic」。オリジナルの機材を用いて廃プラスチックを粉砕、プレス、成形する方法までを伝授し、その道具類の作り方などを公開する。工程上懸念される環境問題などについても言及し、実用化に向け仲間探しと改良を重ねる。https://preciousplastic.com/
©precious Plastic
Profile
大田佳栄
おおた よしえ●スパイラル/株式会社ワコールアートセンター キュレーター。館内外のプロジェクト推進、展覧会・芸術祭の企画、国際事業推進を担う。PORT JOURNEYSディレクター。道後オンセナート2022/道後アート2023キュレーター。