【吉田恵里香さん】【ユ・ボラさん】【野木亜紀子さん】物語に思いを込めて闘う、脚本家の声を聞く

時に私たちは物語を通じて、知らなかった世界を知り、そこで生きる人々の思いに出合う。SPURでは今回、エンターテインメントの第一線で活躍する脚本家たちに取材。深慮な彼女たちの言葉には、手がけた作品と同様、現代社会と向き合うためのヒントがあふれていた

時に私たちは物語を通じて、知らなかった世界を知り、そこで生きる人々の思いに出合う。SPURでは今回、エンターテインメントの第一線で活躍する脚本家たちに取材。深慮な彼女たちの言葉には、手がけた作品と同様、現代社会と向き合うためのヒントがあふれていた

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(右上)韓国の脚本家ユ・ボラさんが書いた、建物の倒壊事故から奇跡的に生還した男女の再生の物語からの一節。「主演のイ・ジュノさんのナレーションパートの一部ですが、視聴者の皆さんはもちろん自分自身にも贈りたかったもの」とユさんが語る、悲しみに寄り添い、エンパワメントする言葉。
(右下)現在TBS系列で放映中のドラマの第1話に登場する台詞。炭鉱の現場で働く人々への偏見に対峙した際の、端島出身の主人公の悲痛な憤りがにじみ出ている。エンターテインメント性の高い作品に仕上げながら、社会の中で懸命に生きる人々を描く名手、野木亜紀子さんが書いた一節だ。
(左)朝の連続テレビ小説の中で、自分に対して敵意のある同級生に対して主人公が投げかけた言葉。「弱音であれ、怒りであれ、声を出すことの大切さを本質的なテーマとして扱ってきた物語にとって、重要な台詞です」。脚本家の吉田恵里香さん自身もお気に入りのパート。

吉田恵里香さん

省かれてしまいがちな人、それでも存在する人を「いる」と書いているだけなんです

吉田恵里香

今年、驚きをもって注目された「虎に翼」。主人公は戦前に弁護士となった猪爪寅子。物語の柱は、すべての人の平等を定めた憲法第14条。男女差別や人種差別、多様な社会問題を取り上げながら、一方で家族観にも切り込む。時に重いテーマを扱いながらも軽やかに物語が展開された。吉田恵里香さんにとっては珍しい時代物で、初となる朝の連続テレビ小説だった。

「寅子の人生を追うドラマなので、何がいつ、どう変わったのか、逆にこれは明治からある問題で――という形で語れたんです。現代に置くと一から説明するのが非常に難しいテーマを解き明かすことができたのがよかった。それに調べれば調べるほど、解決していないことが多いのに気づかされて。みんな、令和の時代にぽんっと生まれた問題だと考えがちだけれど、ずっと後回しにされてきたことで、それをまた私たちが後回しにしようとしている。そうならないように、『昔からあることですよ』と言いたかったんです」

伊藤沙莉演じる寅子に心つかまれると、その視線で物事が見えてくる。ただ寅子自身、たくさん失敗もするし悩みもする。むしろ最初から、女性として「失敗する自由」を主張するキャラクターがトラちゃんなのだ。

「正しいことだけの主人公にはしたくなかった。明確な夢を追ってスタートする女性にしたくないなと。むしろ失敗する前に、ガスライティングというか、『そんなの君には無理だよ』と口を塞がれてきた人が大勢いる。でも、それも含めて人生なんですよね。特別守ってもらわなくてもいい。男性もパートナーを守ることが男性的なよさとされがちだけど、女性が保護下にあるわけではないし」

普段は黙っている人、黙らされている人がしゃべるドラマ。これまでも吉田さんが手がけてきた作品には少数派、マイノリティの人々に対する丁寧なアプローチがあった。

「ものを言ったり、反発したり、怒ったりする女性は『大人げない』と言われがちですよね。なんでも許して受け入れてくれるのが大人の女性、みたいな。そうやって黙っている人をよしとする世の中であるうちは、もの言う女性を書こうという気持ちがあります。私の作品は、よく『盛り込みすぎ』って言われるんですけど、私としては今までが省きすぎなだけ。省かれてしまいがちな人、それでも存在する人を『いる』と書いているだけなんです。『盛り込みすぎ』と感じる理由は、少数派の人をエンターテインメントのネタというか、起爆剤やアクセントだと思ってるからなんですよ。それって差別的だし。私は、そういう考えに対して当事者の人が矢面に立つ必要はないと思うからこそ、まずはエンタメで知ってもらいたい。『存在するよ』ってことを明確にして、それが無意識な差別、加害性につながっていると言い続けるしかないのかな、と思っています。たとえば、王道といわれる少年漫画って、身近で対立していたキャラクターたちが、最終的には大きな敵に向かって団結するじゃないですか。だから今はまだ、みんなプロローグにいる。社会や政治に向かっていない。早く団結して、1章を始めようよ、みたいな気持ちですね。それにはエンタメも加担したほうがいい、と」

 

世の中の空気に、なんとなく流されないために

「虎に翼」では崔香淑という朝鮮からの留学生が寅子の同級生として登場。日本のドラマにあまりない描かれ方も話題となった。

「寅子にはない悲しみを持っている人を作ろうと提案したんです。で、やるんだったら時間をかけて扱いたかった。それこそ物語のアクセントではなく、覚悟をして。Apple TVで(在日コリアンの家族ドラマ)『Pachinko パチンコ』が配信されていますが、思ったほど話題にならない。どうしても最近の空気は自分たちの加害性から目を逸らす方向に行っていて。でもそこにちゃんと向き合っていかないと、誰の怒りも悲しみも消えないと思う」

また、法や憲法に沿って繰り返し考察されるのが、結婚と家族の形。「家族がいちばん」という安易さに持ち込まない意志を感じる。

「放映されていない部分もありますが、猪爪家は数年に一度は誰が誰と住むか話し合っている、という設定なんです。実は朝ドラって、『スカーレット』をはじめいろんな家族を描いているのに、保守的なイメージがある。そうじゃない家族を提示しようとして、疑似家族、血縁じゃない家族が増えたところはありますね。家族という形を肯定する話にはなっていても、むしろ絆や家族はどうしたら生まれるのかを探っている。それは産んだり、籍を入れたりしたからじゃない、という関係にしたいというのはありました」

「虎に翼」でやりきったわけではなく、まだまだ書き足りない部分が多い、と語る。今後はどんな「お話」を作るのだろうか。

「自分が年を重ねるにつれ、中年女性と呼ばれる人たちに興味があります。それもスーパーウーマンじゃない人の話。医者でもなければ、弁護士でもない人の話をやりたい。この言い方が正しいかどうかわかりませんけど、どこにでもいる女性を書きたいです」

『恋せぬふたり』吉田恵里香著/NHK出版

関連本
『恋せぬふたり』吉田恵里香著/NHK出版
2022年話題となったNHKドラマの小説版。性や恋愛に興味を持てない「アセクシュアル・アロマンティック」な男女が同居をスタートする。そのとき、周囲は?

吉田恵里香さんプロフィール画像
吉田恵里香さん

1987年、神奈川県生まれ。日本大学芸術学部卒業。在学中から活動し、ドラマ「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」(2020)、「生理のおじさんとその娘」(2023)や映画『ヒロイン失格』(2015)、『センセイ君主』(2018)の脚本を手がける。

ユ・ボラさん

もっともよくないのは、「どうせ変わらない」というシニカルな態度。これではいい方向に向かわない

ユ・ボラ
撮影/チョン・ヨンイル〈ハンギョレ21〉専任記者

イ・ジュノが主演し、話題になったドラマ「ただ愛する仲」。デパートの倒壊事故で家族を失い、トラウマを抱えながらも必死に生きようとする青年を繊細に描いたユ・ボラさんの脚本は多くの共感を呼んだ。 

「『ただ愛する仲』は、90年代に起きた三豊デパートの崩壊事故や、聖水大橋の崩落事故をモチーフにしたものです。当時、私は高校生でしたが、非常にショックを受けて、暗い気持ちになったことを覚えています。その後、2014年にセウォル号事件が起きました。これは高校生が修学旅行のために乗っていた大型船が沈没して、200人以上の生徒が亡くなるという事故で、社会的な問題にもなったのですが、このとき、かつて感じた絶望感がよみがえってきたんですね。というのも、韓国ではこのような事件が起きたとき、納得できる対応やちゃんとした責任の取り方がなされないんです。多くの場合、いつも被害者は置き去りで、苦しんでいる人たちがたくさんいる。それで脚本家として何かできることはないだろうかと考えるようになりました。

私ひとりの力は小さいものかもしれないですが、ドラマという形を通じて理解を広げたり、共感を得ることはできるかもしれない。そうして苦難に直面して疲弊している人に、少しでもやすらぎを届けることができたらと思ったんです。それでこのようなドラマを書くようになりました」

つねに「弱者の視点に立って考える」という姿勢は、ユさんの行動にも表れている。セウォル号事件のときにはボランティア活動を通じて、遺族の苦しみと直接向き合った。

「何か力になれることがあればと思ってボランティアに参加しました。遺族の方々の休憩所をソウルのパンアム広場に作ることになったので、その設営を手伝ったり、また遺族の方々の訴えを聞くお手伝いもしました。皆さん、悲しみに暮れていましたけれど、そういうときこそ、誰かが隣にいることがとても大事だと感じました」

このような経験が脚本に、強い説得力とリアリティをもたらしている。
「キャラクターの口を通じて私の話をするのではなくて、あくまでキャラクターがこの問題に直面したとき、どのように考えるかということを考えています。大事なのは、一人ひとりの人物を書くことだと思います」

 

悩んでいる人に言いたいのは、「ひとりではない」ということ

配信によって、韓国ドラマは今や世界中から注目されているが、エンタメ業界の働き方に変化はあったのだろうか。
「私がドラマ業界に入った10年くらい前は、台本と撮影が同時進行で、その日撮影したものを夜放送するという生放送のような時代でした(笑)。丸2日徹夜なんていうスタッフもたくさんいました。今は事前に制作するのが一般的ですし、法律も遵守されて、ちゃんと休みも取れる働きやすい環境になりました。それから日本ではテレビ局内で企画をして、それを脚本家にオーダーするというのが一般的と聞きますが、韓国では、最近は脚本家が企画を持ち込むというパターンが増えてきています。私も最近は先に脚本を書いて、それがある程度完成したら、その作品に合うプラットフォームを自分で探して企画を持ち込んだりします」

それだけ脚本家の作家性が尊重されているわけだが、そのぶん脚本家もつねに問題意識を持っていないと、中身の濃い作品は書けない。ユさんが今書いている作品も現代社会の問題に深く切り込んだものだとか。

「人口減少社会についての作品を書いています。日本も同じだと思いますが、韓国では少子化が大きな問題になっていて。これは暗い社会の裏側を描いたものになると思います」

現代は生きづらい時代だが、「つらい思いをしている人に言いたいのは、自分はひとりだと思わないでほしいということ」とユさん。

「助けを求めて手を伸ばしたら、手をつないでくれる人がいるかもしれない。それは友達とは限らず、もしかしたらまったく知らない人かもしれません。私はそういう小さい善意の力を信じたいと思っています。
もっともよくないのは、『この社会はどうせ変わらない』というシニカルな態度です。それこそ卑怯なものだし、冷笑的な態度では社会は絶対にいい方向に向かわない。私は小さいことにも憤りを感じてしまう平凡な人間ですが(笑)、小さい怒りであってもそれを解決するために何か行動を起こせば、社会はいい方向に変わると思っています」

そんなかすかな希望が、ユさんのドラマでも人々のよりどころになっている。今後は、日本との合作で作品を作る企画も進行中だ。
「私は昔から日本のドラマファンで、野島伸司さん、宮藤官九郎さん、坂元裕二さん作品を観て多くを学びました。日本でドラマを撮影したいという思いがずっとあったので楽しみです。日韓の交流を通じて、双方のドラマ業界が活性化することを願っています」

『韓国ドラマを深く面白くする22人の脚本家たち』 ハンギョレ21、シネ21著・岡崎暢子訳/クオン

関連本
『韓国ドラマを深く面白くする22人の脚本家たち』
ハンギョレ21、シネ21著・岡崎暢子訳/クオン
韓国の脚本家のインタビュー集。「梨泰院クラス」のチョ・グァンジンさん、「私の解放日誌」のパク・ヘヨンさんなど22人が貴重な制作秘話を語っている。

ユ・ボラさんプロフィール画像
ユ・ボラさん

日本でも人気が高い「ただ愛する仲」(2017)や「あなたに似た人」(2021)などヒューマンドラマの名手として知られる。短編ドラマ「ヨヌの夏」(2013)、「青春、18歳の海」(2014)や映画『雪道』(2015)といった作品の評価も高い。

野木亜紀子さん

犯罪には、たいてい社会問題が紐づいている。 結局、日常生活それ自体が社会だと思うんです

野木亜紀子

現在、放送中の日曜劇場「海に眠るダイヤモンド」で脚本を務めた野木亜紀子さん。昭和の高度経済成長期に、石炭産業で躍進した長崎県の端島を舞台に若者たちの愛と青春を描いて話題となっている。

「端島は今では廃墟となっていますが、最盛期には、小さな島に5000人以上の人が暮らし、日本の発展を支えました。以前、島を訪れたとき、元島民のガイドさんに話を聞いたら、今では考えられないくらい不自由で困難な生活の中で、必死に生きていた人たちの話が興味深くて。日曜劇場のお話をいただいたとき、この島を舞台にした家族、友情、恋愛といった人生の物語なら連続ドラマになり得ると思ったんです」

野木さんといえば、「アンナチュラル」や「MIU404」など、社会派のエンターテインメント作品でヒット作を連発。8月に公開された映画『ラストマイル』では、物流業界の裏側を描き、大ヒットを記録した。しかし本人は、「社会派」と言われることに違和感をもっているようだ。

「『アンナチュラル』や『MIU404』は、基本クライムサスペンスなんですが、犯罪は大概、社会問題と紐づいているんですよ。もっと言えば、『社会』とはなんぞやっていう話で、日常生活それ自体が社会だと私は思うんですね。脚本を書くときも何か問題意識をもって、『これを訴えたい』という思いからスタートしているわけではなくて、『この業界の構造はどうなっているんだろう?』というようなことに興味があって、それを書いていくと、自然と社会的な問題を描かざるを得なくなるということです。

『ラストマイル』も監督の塚原(あゆ子)さんが、『物流業界に興味がある』というので調べ始めました。そこから『働いているのはどんな人なんだろう?』『現場では何が起きているんだろう?』とさかのぼっていったら、物流のみならず日本全体の問題が見えてきた。逆に訴えたい具体的なテーマから入ると、物語が小さくなる。近視眼的というか。そうなると大事なことを取りこぼしてしまう気がしています」
そこで重要になってくるのが物語を書く上での取材だ。現場で働く人や関係者から出てきたナマの声が、結果、ドラマに社会的なリアリティをもたらすことになるからだ。

「できる限り取材はしたいですよね。『海に眠るダイヤモンド』の主人公の鉄平は、端島で生まれ育ち、長崎の大学にまで進学するんですけれど端島に戻ってきます。当時は、炭鉱出身というだけで差別されることもある時代でした。鉄平も島の外に出て初めてそういう扱いを受けて、石炭のおかげで電気が使えるのに……とすごく悔しい思いをする。父や兄は必死で働いているのに、と。そんな思いから大好きな端島のために働きたいと決断をするのですが、そうした流れは、取材した中で出てきた話を元にしています」

 

過酷なドキュメンタリー制作など、すべての経験が糧になっている

結果的にとはいえ、地道に働いている人や弱い人に寄り添うことができるのは、野木さんの中にそうした視座があるからだろう。
「まだまだ足りないとは思いますが、もしできているとしたら、それは私がド庶民だからかもしれない。ドラマも映画も庶民のものであってほしいんですよね。私は『日本映画学校』の出身なんですが、『日本映画大学』になった今は学費が4年で600万円だっていうんですよ。映画は貴族のものか!?って(笑)。私のときは、まだ専門学校だったので3年で300万円程度。ギリギリ通うことができました」

卒業後は、ドキュメンタリーの制作会社に就職。ここでさまざまな現場を体験したことが「本当に勉強になった」と振り返る。

「ドキュメンタリーの現場はそんなにお金がかけられないし、監督・撮影含めて4人くらいしかいない。入ってすぐの新人でも取材のアポ取りから台本作り、撮影、編集まで、全部関わることになる。現場で脚立を持って走ったり、お金の管理をしたり、何でもやりましたし、本当にいろいろなところに行きました。アメリカの南部の教会でゴスペルの取材をするとか、日本全国の地方の祭りを取材するとか。知らなかった世界をたくさん知ることができました」

脚本家として芽が出るまでは、派遣のアルバイトで生活をつないでいた時期も。
「日雇いとか倉庫のアルバイトもやりました。実際に体験した仕事がいくつもあるので、そういうことも今ドラマを作る上で役に立っています。交渉ごとも得意になった(笑)。うっかり才能があって、若くして脚本家になっていたら、続かなかったかも」

野木さんのドラマに、一度転んでも立ち上がるような力強さを感じるのは、こうした経験が自身の実になっているからだろう。
「ドラマの制作現場は闘いの連続です。自分が書きたいこと、制限されることのせめぎあい。そんな中で、自分ができる範囲のことをできる限りやるしかない。まだまだ書きたいことはたくさんあります」

【吉田恵里香さん】【ユ・ボラさん】【野木の画像_7

関連本
『アンナチュラル』
野木亜紀子著/河出書房新社
民間の不自然死究明研究所・通称UDIラボを舞台に、さまざまな死の裏側に隠された謎や事件を解明していく。野木作品の中でも特にファンの多い作品のシナリオブック。

野木亜紀子さんプロフィール画像
野木亜紀子さん

1974年生まれ、東京都出身。2010年、脚本家デビュー。代表作にドラマ「逃げるは恥だが役に立つ(海野つなみ原作)」(2016)、「コタキ兄弟と四苦八苦」(2020)、映画『罪の声(塩田武士原作)』(2020)など。昨年放映のドラマ「フェンス」(2023)では沖縄の基地問題や性暴力を描いた。

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