現在、SPURで連載中のブレイディみかこさんとマリウス葉さん。ともに社会的なイシューに焦点を当てた内容で、読者からも好評だ。そんな二人への相談ごとを募ったところ、人間関係から社会問題まで幅広いお悩みが寄せられた。実は今回が初対面の二人。ロンドンのブレイディさんと東京のマリウスさんをオンラインでつないでの対談となったが、グローバルで客観的な視座を持つ二人は大盛り上がり。力強く具体的なコメントは、混乱した現代を生き抜く力となるはず
ペンネーム:Torchさん ブレイディさん、マリウスさん、こんにちは。 私はここ数年、少しずつ政治や社会問題に関心を持つようになりました。 自分の意見が偏らないように、家族や友人と話すときも意識して話題に挙げることが多いのですが、人の意見を柔軟に取り入れたり、冷静に対話したりすることの難しさを感じています。 反対意見を聞くとつい否定してしまったり、時には下調べも不十分なまま、感情で「こうに違いない!」という口ぶりで話してしまったこともあります。 フラットに意見をインプット・アウトプットするにはどうしたらいいですか?
ブレイディ これはここ最近、私も切実に思っていることで、今って情報の錯綜ぶりがすごいじゃないですか。先日アメリカで保守派の論客チャーリー・カーク氏が銃撃されたときもそうでしたけれど、事件が起きたときにまだ全容がわかっていないのに、誰もがわれ先にと情報を発信しますよね。しかも、識者といわれる人や大手のメディアまでもがそうだから、世の中、誤情報やデマであふれてる。
マリウス すごかったですよね。
ブレイディ だから確証のないニュースソースをもとに発言するのではなく、まずは「一拍置け」と言いたいですね。一拍置いて、落ち着く必要がある。表出している情報はコロコロ変わるけれど、その根底にあるものは10年も20年も前から社会が抱える問題が原因だったりするわけです。だから「これってどういうことなんだろう?」と、もっと長いスパンで物事を捉えるようにしてほしいと思います。
マリウス 本当にそうですね。世の中がすごすぎて、僕なんか、いちいちそれにリアクションしていたら身がもたない(笑)。だから最近は「自分はこうだと思う」と主張するよりも「なんでそう思うの?」「その情報はどこから得たの?」などと質問する側に徹するようにしています。「反対の意見の人とは、もう話さない」という人も増えているけれど、それだと分断は深まるばかりですよね。だから僕はできたら会話したい。でも、対立は避けて、相手に興味を持って、言ってみれば研究対象としてみる。自分のメンタルヘルスのためにも一歩引いて、第三者的な立場で会話するようにしています。
ブレイディ それはすごく大事な視点ですね。 どんな人にもその人なりの人生の物語がありますよね。病気で貧困に陥ったことがきっかけで政治に不信感を持ったとか。背景を知れば、こちらも感情的に相手を否定することがなくなると思うので、そういう当たり前のことを見失わないようにしたいですね。
Q ハラスメント意識の低い会社をどうしたら変えられますか?
ペンネーム:ここなつさん 私が勤めているのは大きな会社ですが、封建的な考え方の男性が多く、セクハラやモラハラに対しての意識が低く、うんざりしています。 上位層によるファシリテートで定期的にハラスメント研修が行われるのですが、居眠りしていたり、やる気がないのが目に見えてわかります。 「わが社のハラスメントを軽んじる姿勢が外からも見えてしまうリスクを考えてほしい」と上司に提言したのですが、女性で役職もない私が言ったところで届きませんでした。 会社のことは好きで、やりがいのある職種だと思っているので歯がゆさを感じています。
マリウス 日本はまだまだ男性社会だから、こういう会社、少なくないみたいですね。会社が好きだからこそ深刻な問題ですよね。
ブレイディ 以前、30歳前後の女性たちと話す機会があったとき、同じような悩みを抱えている人がいたんです。彼女がどうしたかというと、組織を相手に闘うには、一人では壁が高くて難しいから仲間をつくろうと。それで会社の中で共感してくれる人を探したら、意外にも女性の先輩は、「私もそうだったよ」「変わらないよ、無駄だよ」と言って協力してくれなかったって。むしろ年上の男性の中に共鳴してくれる人がいて、一緒に動いてくれて改善できたそうです。だから「男性はダメだ」「話しても無駄だ」と先入観で考えずに、広く声をかけて、共感してくれる仲間を探すことが大事かなと思います。
マリウス 素晴らしいですね。僕が気になったのは「ハラスメント研修」です。僕も日本で受講したことがあるけれど、弁護士の先生が来て、「これはOK」「これはNG」と一方的に説明するもので、そりゃ眠くなるなって(笑)。「お勉強」ではなくて、ひとつのルールについてディスカッションしたり、みんなが参加できるアクティビティにしたほうが当事者意識が生まれると思うので、そういう提案を会社にしてみるのも手かなと思います。
ブレイディ そうですね。イギリスのセクハラ研修はもっとワークショップみたいに、みんなが語り合う感じです。それはセクハラ研修に限らず教育の分野でもそうですけれど。
マリウス 確かに欧米では、セクハラに限らず、アルコール依存症の人の自助グループがあったり、よりパーソナルな体験を他人とシェアすることが多いと思います。日本では勇気がいることかもしれないけれど、「男性のこんな発言に女性は傷つくんです」と一個人が発言することで、「えっ、そうなの!?」と気がつく男性もいると思う。諦めないで行動してほしいです!
Q 友人同士が仲違いしてしまい、みんなで集まれなくなってしまった!
ペンネーム:あやさん よく遊んでいた仲間のうちの二人が仲違いしてしまいました。 どちらかを誘ったら片方は集まりにはこないし、仲のいいグループでよくやっていた誕生日会や旅行も、二人のケンカをきっかけになくなってしまいました。 私は今もどちらとも仲がよくて、個人的には会うのですが、みんなで集まれないのは少し寂しい気もします。 こういう場合、お二人ならどうしますか? 小さな悩みで恐縮なのですが、ぜひアドバイスを伺いたいです。
マリウス ありますよね、こういうこと。
ブレイディ そうですね。でも、自分の人生を振り返ると、友達関係っていろいろ変化していくものなんですよね。グループでわいわいやっているときもあれば、1対1でしか会わなくなる時期もあるし、ずっと続く関係もあれば、途絶えてしまう関係もある。だから無理に解決しなくてもいいんじゃないかと思います。大人同士のことだし、ほっといてもいいんじゃないかな。
マリウス それもわかるんですが、僕はすごく仲のいい友達同士の場合は、なかなか諦められないタイプで。よっぽどのことがあって、「もう無理」という場合は別だけど、ちょっとした誤解やたわいない理由でケンカになったときは何か行動すると思います。たとえば「僕の誕生日なんだから二人とも来て!」と呼んで、「僕の前で言いたいことを言って!」とたまっていることを吐き出させるとか。で、僕も「一緒にこれだけたくさんの楽しい時間を過ごしてきたのに、二人は手放す覚悟ができてるの!?」って説得します。
ブレイディ マリウスさん、お若いからか、熱いですね(笑)。
マリウス はい! それでもダメだったら仕方ないけど、せっかく築き上げた貴重な友人関係だから、ちゃんとケアしたいというか。自分が50代、60代になったときに、お互いの歴史を知っている友達がいてほしいなと思うんです。大人になってできる友達とは、また違うものだと思うから。
ブレイディ そうですね。だけど結局、自分にとって大切な友達は、いろいろあっても残っていくものなんですよ。何年かブランクがあっても何かのタイミングで連絡をとったり、相手から連絡がきたり。忘れていた頃にイベントでばったり会って復活したり。「やっぱり私たちはつながっていたんだな」と思えることがあるんですね。だから友達関係でそんなに気に病む必要はないと思いますよ!
ペンネーム:りんさん 介護の仕事をしていますが、低賃金でなかなか貯金ができません。 現在、おつき合いしている人もおらず、結婚の予定もありません。 忙しく仕事をしていたり、友達と楽しく話したりしているときはいいのですが、夜寝るときなどに、ふと「自分はこの先、どうなってしまうんだろう?」 「このまま一人で寂しく死んでいくのだろうか?」などと考えて、意味もなく不安になってしまい、眠れなくなります。 こんなとき、どんなふうに気持ちを切り替えたらいいのでしょうか? ブレイディさん、マリウスさんに教えていただけたらうれしいです。
ブレイディ 私の回答は、「とにかく気合を入れて寝ろ!」です(笑)。以前、台湾でデジタル担当相を務めたオードリー・タンが「解決できないような難題にぶつかったとき、どうしますか?」と聞かれて、「寝ます」って答えたんですね。あんな天才でもそうなんですから、「寝る」ってやっぱり大事なことで。
マリウス 寝て起きたら、次の日には世の中が違って見えることってありますもんね。
ブレイディ そうですよね。それと日本の女性の睡眠時間って、世界的に見てもすごく短いんです(2021年OECDの調査では33カ国中最下位)。それって結構ペシミスティックな思考につながっているんじゃないかと思っています。
マリウス 確かに。あと栄養も大事だと思う。英語だとhungryとangryを合わせた「hangry」という言葉があるように、空腹だと情緒不安定になったりする。だからちゃんと食べて、ちゃんと寝る。当たり前のことだけど、心の安定には欠かせないですね。
ブレイディ それからSNSの影響も大きいですよね。イギリスではオックスフォード大学出版局が、毎年「今年の言葉」を発表するんですけど、2024年は「brain rot」(脳の腐敗)でした。若者の間で流行っていて、アルゴリズムで出てくる情報ばかりを追っていると脳が腐ると。特にPVを稼ぐために人の不安や恐怖心をあおるような情報を発信する人が増えていますよね。「日本は衰退する」とか「外国人に乗っ取られる」とか、センセーショナルな情報ばかり見て不安になると眠れなくなる。意図的にSNSの情報をシャットダウンすることも必要かなと。
マリウス 僕も朝起きて1時間はスマホを見ないようにしています。それとニュースは暗い話題も多いので、YouTubeで、ポジティブなニュースだけを流すチャンネルをフォローしてバランスをとっています。心によいエネルギーのエサを与えるのは大事なことなので、ぜひ試してみてください。
Q 過激な思想に染まってしまった父をどうしたら引き戻せますか?
ペンネーム:YKさん 親が過激な思想に染まりつつあります。もともとはそうでもなかったのですが、 なんだか様子が変だなと思っていたら、実家のタブレットのYouTubeの履歴に特定の思想派の関連動画が並んでいて驚きました。 たぶんそういった動画を見続けて現在の思考になったんだと思います。 私が実家を離れ、対話する機会が減ったことも原因かもしれません。 でも、今さら親を説得しようとしても聞く耳を持ってくれません。 もう諦めるしかないのでしょうか?
ブレイディ この方にぜひおすすめしたい本があります。『ネット右翼になった父』という本で、ルポライターの鈴木大介さんという方がご自身の父親について書いた本です。老いて右傾化した父親の言動を観察して、なぜ父親がそうなったかを分析するんですけれど、そこから昭和を引きずって生きてきた父親の悲哀が浮かび上がってくるというものです。
マリウス まさにぴったりの本ですね!
ブレイディ そうなんです。最初の質問でマリウスさんが言っていたように父親の背景を探っていくわけです。英語だと相手の立場に立って考えることを「靴を履く」という言い方をしますけれど、まさに「父親の靴を履いてみる」。そうすると見えなかったものが見えてきて、そこでまた著者も葛藤するという。
マリウス すごくわかります。僕もそうだけど、親世代とは価値観が全然違うので、家族でもかみ合わないことがやっぱりあって。
ブレイディ イギリスでも「ウォーク」といって社会問題に目覚めたリベラル層の若者を揶揄する言葉があるんですけれど、世代間格差は簡単には埋められないですよね。
マリウス それにそもそも自分が誰かを変えられるって、思わないほうがいいと思う。その人の価値観を変えるのは、その本人にしかできないことだと思うんですよね。「そういう発言は差別的だからよくないよ」と言ってもかえって相手はムキになって受け入れてくれないと思うし。だから自分は自分、父親は父親と割り切れるように、自分の器を大きくするしかないというか。
ブレイディ それすごく大事。ペキッ、ペキッて、いちいちキレてたら多種多様な人がいるヨーロッパでは生きていけないかも(笑)。唯一できるとしたら、お父さんの気づきになるように本とか映画をさりげなく見せるとか。
マリウス ブレイディさんの著書『SISTER“FOOT”EMPATHY』も、ぜひ読んでもらいたいですね!
Q 政治への苛立ちとどのようにつき合ったらいいですか?
ペンネーム:まあさん 今の日本は、物価高、移民問題、復興支援などの課題が山積みなのに、国のために動いているように感じない政治にイライラしてしまいます。 SNSでも移民問題にまつわる情報が錯綜していて不安になります。 ヨーロッパを見れば、今何を対策すべきか見えている気がするのですが、政治家は自分たちの保身ばかり考えているように感じるし。これでは日本の未来に希望が持てません。 政治に対するイライラとどううまく向き合っていけばいいでしょうか。
マリウス 「課題が山積み」なのは、今どこの国もそうだと思う。イギリスでも9月に移民反対の大規模なデモがありましたね。
ブレイディ そうですね。では政治が混迷したときにどうするか――もっとも大切なことは、歴史を振り返ることだと思います。たとえばイギリスで反移民感情が高まるのは、今回が初めてじゃないんですよ。80年代はもっとひどかった。『THIS IS ENGLAND』(’06)という映画がありますけれど、ナショナルフロントという極右政党を支持する若者が、刃物を持って移民の方のお店を襲ったりしていたんです。Netflixのドラマ「アドレセンス」のお父さん役のスティーヴン・グレアムが極右の役で出ていますけどね。
マリウス うわあ、それは観たいです。
ブレイディ 90年代になると多様性の時代になったんですけれど、2010年くらいから緊縮財政で生活が苦しくなって、また移民排斥運動が盛り上がってきた。だから歴史って、一方向には進まないんですよね。螺旋階段のように行きつ戻りつしながら少しずつよくなっていくもの、と信じたい。
マリウス 僕も同感です。政治と向き合うときって、今起きていることと距離を置いて、ビッグピクチャーを見るようにしています。そうすると一喜一憂しすぎることもなくなるんじゃないかなと思うんですね。ドイツも極右政党が躍進して、「またナチスの時代に戻るのでは」って心配する友達もいるけれど、でも今は当時とは違って司法制度が機能しているし、報道の自由も確保されている。僕は民主主義というものを信じているので、同じところには戻らないと思っています。
ブレイディ そうですね。歴史は繰り返すというけれど、今はイギリス人と移民が一緒にデモに参加したりする時代ですから、80年代とはまた違う状況になっている。日本も浮き沈みはあると思うけれど、それは歴史のひとつの過程だと知ってほしいですね。