近年、注目されている翻訳作品。文学を異なる言語で再生させる翻訳家の情熱と知性と技術に迫る

本好きが推す、おすすめの翻訳文学のタイトルイメージ

本好きが推す、おすすめの翻訳文学

近年、注目されている翻訳作品。文学を異なる言語で再生させる翻訳家の情熱と知性と技術に迫る

中島佑気ジョセフさんのおすすめ

『地下室の手記』 著 ドストエフスキー

『地下室の手記』
著 ドストエフスキー
訳 江川 卓
版 新潮文庫

『アンナ・カレーニナ(上)』 著 トルストイ

『アンナ・カレーニナ(上)』
著 トルストイ
訳 木村 浩
版 新潮文庫

『はてしない物語』 著 ミヒャエル・エンデ

『はてしない物語』
著 ミヒャエル・エンデ
訳 上田真而子・佐藤真理子
版 岩波書店

翻訳文学は、日本語を通して異文化をどう表現するかを味わえる

読書家として知られる中島さんは、古典ロシア文学の愛読者。「重厚な思想や人間の苦悩を描きながらも、美しい自然描写や詩的な表現を通して読者を引き込む力がある」という。

「ドストエフスキーの『地下室の手記』は、約160年前に近代合理主義への反発として書かれた作品ですが、テクノロジーによって最適化が加速する現代社会において、その問題提起はより切実に響きます。どれほど合理化を推し進められても、人間はなお自ら選ぶことへの渇望を捨てられないという洞察に惹かれました。

また名作『アンナ・カレーニナ』は全3巻と長編ながら情景描写が美しく、愛と嫉妬が交錯する物語にページをめくる手が止まらないほど夢中になりました」

ドイツの作家ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』も心に残る一冊。「大人も楽しめる壮大なファンタジーで没入感のある作品。想像と現実が交わる不思議な感覚は、陸上選手として、頭で描くイメージと現実の身体の動きを絶えず往復させながらパフォーマンスを磨いていく作業にも通じます。翻訳作品は同じ原作でも訳者が変わるとテイストが変わりますし、原書を読んで日本語と英語の表現方法や文化の違いも楽しんでいます」

中島佑気ジョセフさんプロフィール画像
陸上競技選手中島佑気ジョセフさん

なかじま ゆうき じょせふ●専門は短距離走。400mの日本記録保持者。東京2025世界陸上では決勝進出を果たし、6位に入賞。富士通陸上競技部所属。

江南亜美子さんのおすすめ

『涙の箱』 著 ハン・ガン

『涙の箱』
著 ハン・ガン
訳 きむふな
版 評論社

『わたしたちが起こした嵐』 著 ヴァネッサ・チャン

『わたしたちが起こした嵐』
著 ヴァネッサ・チャン
訳 品川 亮
版 春秋社

『誰もが別れる一日』 著 ソ・ユミ

『誰もが別れる一日』
著 ソ・ユミ
訳 金みんじょん・宮里綾羽
版 明石書店

韓国文学やアジア文学の最前線 女性たちが発する『声』をすくう

「『涙の箱』は、昨年ノーベル文学賞を受賞したハン・ガンが手がけた作品。喪失と再生をテーマにした童話で、ときに難解といわれるハン・ガン作品のエントリーにも最適。同じく韓国を代表する作家の『誰もが別れる一日』は、金銭的困窮を抱える若者や高齢の母を持つ還暦間近の女性など、人生の局面でもがきながら前に進もうとする人々を描いた短編集。悲惨一辺倒ではなく、非常に美しく、そこに人生があると感じます」

『わたしたちが起こした嵐』は、マレーシア出身の作家の長編デビュー作。1930年代以降のマレー半島を舞台に、日本軍侵攻がもたらした悲劇を描く。
「人間の尊厳と愛をめぐる歴史的大河。一方、スパイもののサスペンスであり、ラブロマンスの要素もあって、どんどん読み進められます」

普段は現代アメリカ文学を読むことが多いが、「最近は韓国文学の紹介が豊富なので、最前線に触れる機会が増えてうれしい」と江南さん。
「東アジア圏の作家たちの活動にも興味を持っています。アジア圏の、特に女性たちから発せられる『声』に感銘を受けます。最近はイスラム圏の小説の邦訳も増えてきて、欧米以外の国々の在り方に小説を通してアプローチできるのが面白い」

江南亜美子さんプロフィール画像
書評家江南亜美子さん

えなみ あみこ●京都芸術大学准教授。文芸誌、女性誌などで書籍の評論を手がける。共著に『韓国文学を旅する60章』、執筆に『日本文学にみる純愛百選』など。

酒井ふゆきさんのおすすめ

『ヴァレンタインズ』 著 オラフ・オラフソン

『ヴァレンタインズ』
著 オラフ・オラフソン
訳 岩本正恵
版 白水社

『エレンディラ』 著 ガブリエル・ガルシア=マルケス

『エレンディラ』
著 ガブリエル・ガルシア=マルケス
訳 鼓直・木村榮一
版 ちくま文庫

『本と歩く人』 著 カルステン・ヘン

『本と歩く人』
著 カルステン・ヘン
訳 川東雅樹
版 白水社

日本ではあまり慣れ親しまれていない 遠くの国々へ連れ出してくれる

幅広い作品に触れる機会が多いという書店員の酒井さんに、英米文学以外でおすすめを聞いてみた。

「『ヴァレンタインズ』は12カ月に分かれた短編集で、どの作品もハッピーエンドではないのに読後感がすがすがしいんです。アイスランドという国の冷えた空気感なのかも。『エレンディラ』は『百年の孤独』で有名なガルシア=マルケスの作品。短編集で読みやすく、ラテンアメリカ文学の魅惑的な世界を体験できます。中でも『この世でいちばん美しい水死人』はドラマ『ツイン・ピークス』を彷彿とさせます。『本と歩く人』はタイトルと表紙が魅力的で『書店員なら読まなきゃ!』と手に取った本。ドイツ文学は暗い作品が多いけれど、これはメルヘンのようで登場人物がすべて愛おしい。読み終わりたくなくて大事に読みました。私もずっと"本と歩く人"でありたいと思います」 

お気に入りの翻訳家は、岸本佐知子さん。「好きな翻訳本は、みんな岸本さんのもの。エッセイも面白くて大好き」だそう。
「翻訳文学は、作家と翻訳家両方の『知』が混ざり合い、素晴らしい作品になるのが魅力。リアルを感じられる日本文学と違い、ここではないどこかに連れていってくれるのが醍醐味です」

酒井ふゆきさんプロフィール画像
有隣堂 アトレ恵比寿店 書店員酒井ふゆきさん

さかい ふゆき●書店員。年間約60冊の本を読み、数々の本を紹介。「翻訳本は、あえてなじみのない国の作品を選んで読むと、その国を知ることができます」

ワタシつづけるSPURをもっと見る

FEATURE
HELLO...!