Angelina Jolie / アンジェリーナ・ジョリーに関するトピックス

Angelina Jolie / アンジェリーナ・ジョリーに関するトピックス

アンジェリーナ・ジョリーは、ハリウッドで活躍する女優・映画監督。24歳のときに『17歳のカルテ』(1999)でアカデミー賞助演女優賞を獲得し、実力派女優としての地位を確立した。女優としての知名度と影響力を活かし、2001年からはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の親善大使として、難民問題に注力。実子、養子合わせて6人の子どもの母親でもある。2013年、乳がん予防のために両乳房を切除。2015年には、両側の卵巣・卵管の切除手術を公表した。彼女の美貌と型にはまらない自由な生き方に憧れる女性は世界中で数知れず、米経済誌『フォーブス』が毎年発表する「最も影響力のある女性ランキング」の常連となっている。

アンジェリーナ・ジョリーのプロフィール

女優としてハリウッドで活躍する一方、UNHCRの親善大使として難民問題にも取り組んでいるアンジェリーナ・ジョリーのプロフィール
Photo:Getty Images

名前 アンジェリーナ・ジョリー / Angelina Jolie
出身国 アメリカ合衆国
身長 173cm
生年月日 1975年6月4日
職業 女優

1975年、アカデミー賞俳優の父ジョン・ヴォイトとフランス人女優マルシェリーヌ・ベルトランの長女として、アメリカ合衆国カリフォルニア州で生まれる。父親の仕事の関係で幼いころから芸能界に入り、父親の主演作『大狂乱』(1982)で映画デビュー。『17歳のカルテ』(1999)でアカデミー賞助演女優賞を受賞し、実力派女優としての知名度をグッとあげた。

父親ジョン・ヴォイトとの確執から和解

長年、「犬猿の仲」として知られたアンジェリーナ・ジョリー(左)と父で俳優のジョン・ヴォイト(右)。2009年に7年ぶりに和解したことが報じられた
Photo:Getty Images

アンジェリーナが1歳のとき、父親のジョンが他の女性に走り、両親は離婚。母親の苦労を見て育ったアンジェリーナは、父親を嫌っており、長年「犬猿の仲」として有名であった。しかし、2007年に母親マルシェリーヌが他界すると、父ジョンが「娘との和解に向けて努力していく」と宣言。アンジェリーナの当時のパートナー、ブラッド・ピットの尽力もあり、2009年、ふたりが和解したことが報じられた。

伝説の写真とともに振り返る! アンジェリーナ・ジョリー、その情熱と波乱に満ちた人生>>

アンジェリーナ・ジョリーのキャリア

1998年当時のアンジェリーナ・ジョリー
Photo:Getty Images

父親のジョン主演作『大狂乱』(1982)で映画デビュー。ジョンとともにメディアに登場し、セレブキッズとして注目を集める。10代前半でモデルを目指すも、身長不足や痩せすぎなどの理由からオーディションで落とされ挫折を経験。16歳から本格的に女優を目指し始め、1993年に『サイボーグ2』に出演すると、そのセクシーな魅力とカリスマ性が注目を集め、その後次々と話題作に出演。

1998年、『ジョージ・ウォレス アラバマの反逆者』(1997)でゴールデングローブ賞助演女優賞(シリーズ・ミニシリーズ・テレビ映画部門)を獲得。『ジア 裸のスーパーモデル』(1998)では、主人公の実在したスーパーモデル、ジア・キャランジを熱演。1999年のゴールデングローブ賞で助演女優賞(シリーズ・ミニシリーズ・テレビ映画部門)、全米映画俳優組合賞を受賞した。

1999年、映画『17歳のカルテ』で、アカデミー賞助演女優賞を獲得したアンジェリーナ・ジョリー
Photo:Getty Images

2000年、24歳にして『17歳のカルテ』(1999)でアカデミー賞助演女優賞を受賞し、父娘でオスカー俳優に。2001年には、主演したアドベンチャー・アクション映画『トゥームレイダー』が大ヒットを記録し、スター女優の仲間入りを果たした。2011年には、初の長編監督作となる映画『最愛の大地』が公開に。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で敵同士となった恋人たちを描いた。

キッズ・チョイス・アワード2015で好きな悪役賞を受賞したアンジェリーナ・ジョリー
Photo:Getty Images

2013年11月、映画業界の発展に功績を残した人物に贈られる、アカデミー特別賞のジーン・ハーショルト友愛賞を受賞。人道支援活動を通じた映画界への貢献が認められての受賞となった。

ディズニー映画『眠れる森の美女』(1959)に登場するヴィラン(悪役)を主人公にした『マレフィセント』(2014)で、邪悪な妖精マレフィセントを熱演。全米の子どもたちの投票で決まるキッズ・チョイス・アワード2015では、好きな悪役賞を受賞した。

主な映画出演作品

公開年/タイトル/役名

1993/サイボーグ2/キャッシュ
1996/リアル・ブラッド/エリー
1997/ロード・トゥ・ヘブン/ジョージア
1997/不法執刀/クレア
1998/ヘルズ・キッチン/グロリア
1998/ジア 裸のスーパーモデル/ジア・キャランジ
1998/マイ・ハート、マイ・ラブ/ジョーン
1999/狂っちゃいないぜ/メアリー・ベル
1999/ボーン・コレクター/アメリア・ドナヒー
1999/17歳のカルテ/リサ・ロウ
2000/60セカンズ/スウェイ
2001/トゥームレイダー/ララ・クロフト
2001/ポワゾン/ジュリア
2002/ブロンド・ライフ/レイニー・ケリガン
2003/トゥームレイダー2/ララ・クロフト
2003/すべては愛のために/サラ・ジョーダン・ボーフォード
2004/テイキング・ライブス/イリアナ・スコット
2004/スカイキャプテン ワールド・オブ・トゥモロー/フランキー・クック
2004/アレキサンダー/オリンピアス
2005/Mr. & Mrs. スミス/ジェーン・スミス
2006/グッド・シェパード/マーガレット・ラッセル・ウィルソン
2007/マイティ・ハート 愛と絆/マリアンヌ・パール
2007/ベオウルフ 呪われし勇者/グレンデルの母
2008/カンフー・パンダ/マスター・タイガー
2008/ウォンテッド/フォックス
2008/チェンジリング/クリスティン・コリンズ
2010/ソルト/イヴリン・ソルト
2010/ツーリスト/エリーズ・クリフトン・ワード
2011/カンフー・パンダ2/マスター・タイガー
2014/マレフィセント/マレフィセント
2015/白い帽子の女/ヴァネッサ
2016/カンフー・パンダ3/マスター・タイガー

監督作品
公開年/タイトル/役名

2011/最愛の大地
2014/不屈の男 アンブロークン
2015/白い帽子の女
2017/最初に父が殺された

代表作

【1999】17歳のカルテ

映画『17歳のカルテ』劇中のウィノナ・ライダー(左)とアンジェリーナ・ジョリー(右)
Photo:Getty Images

スザンナ・ケイセンの自伝『Girl, Interrupted(原題)』を映画化した作品。女優のウィノナ・ライダーが原作に惚れ込み映画化権を取得。さらに、主演と製作総指揮を兼任した意欲作である。自殺未遂を図り、精神病院へ入院することになったウィノナ演じるスザンナ。常に監視・管理される入院生活の中で、他の入院患者らと親交を深めていく。病棟のリーダー格患者で、アンジェリーナ演じるリサのエキセントリックなキャラクターに惹かれていくが、ある事件をきっかけに、スザンナは院内で孤立していく。アンジェリーナは主演のウィノナを食う存在感をみせ、アカデミー賞序助演女優賞、ゴールデングローブ賞助演女優賞(映画部門)を獲得した。

【2001・2003】トゥームレイダー シリーズ

大ヒットした同名ゲームタイトルをアンジェリーナ主演で映画化した作品。トレジャーハンターのララ・クロフトの冒険を描く。アンジェリーナの体を張ったアクション演技が注目を集めた。また、実父であるジョン・ヴォイトが父親役として出演している。

【2008】チェンジリング

2008年、第61回カンヌ映画祭のフォトコールに応じる『チェンジリング』のクリント・イーストウッド監督と主演を務めたアンジェリーナ・ジョリー
Photo:Getty Images

クリント・イーストウッド監督と初のタッグを組んだ映画『チェンジリング』。行方不明になっていた息子が数ヵ月ぶりに発見されたと警察から連絡を受けるも、アンジェリーナ演じる母親クリスティン・コリンズの前に現れたのは、赤の他人であった。腐敗した警察には頼らず、自分自身の手で息子を取り戻そうとする母親の姿を描く。

アンジェリーナ・ジョリーの年収

2018年発表の「世界で最も稼いだ女優ランキング」で推定年収2800万ドルで2位にランクインしたアンジェリーナ・ジョリー
Photo:Getty Images

米経済誌『フォーブス』が発表する「世界で最も稼いだ女優ランキング」のトップ10位以内に度々ランクインしている。2018年8月に発表された同ランキングでは、推定年収2800万ドルを稼ぎ出し2位にランクイン。3年ぶりにトップ10に返り咲いた。収入の大半は、2020年公開予定の映画『マレフィセント2』出演料とみられる。

「世界で最も稼いだ女優ランキング」トップ10でのランキング推移

2018年 2位 2800万ドル
2017年 トップ10圏外
2016年 トップ10圏外
2015年 7位 1500万ドル
2014年 5位 1800万ドル
2013年 1位 3300万ドル
2012年 4位 2000万ドル
2011年 1位 3000万ドル
2010年 6位 2000万ドル
2009年 1位 2700万ドル

アンジェリーナ・ジョリーの恋愛遍歴

ジョニー・リー・ミラー(1995~1999)

1996年から1999年にかけて結婚していたイギリス人俳優のジョニー・リー・ミラー(左)とアンジェリーナ・ジョリー(右)
Photo:Getty Images

1995年、映画『サイバーネット』で共演したイギリス人俳優ジョニー・リー・ミラーと交際に発展。1996年、アンジェリーナが20歳のときに結婚。しかしながら結婚生活は長くは続かず、1999年に離婚した。

ビリー・ボブ・ソーントン(2000~2003)

20歳年上の俳優、ビリー・ボブ・ソーントン(右)と2000年に結婚したアンジェリーナ・ジョリー(左)。結婚生活はわずか3年で終わりを迎えた
Photo:Getty Images

映画『狂っちゃいないぜ』(1999)で共演した20歳年上の俳優ビリー・ボブ・ソーントンと2000年に結婚。結婚当時、アンジェリーナは、左腕にビリーの名前のタトゥーを入れたり、互いの血液の入ったカプセルを身に着けたりとワイルドな行動が話題になったが、結婚生活はわずか3年で終わりを迎えた。

ブラッド・ピット(2005~2019)

2005年公開の映画『Mr.&Mrs.スミス』での共演をきっかけに出会い、のちに結婚したアンジェリーナジョリー(左)&ブラッド・ピット(右)。2016年にアンジェリーナが離婚申請したことが明らかとなった
Photo:Getty Images

2005年に公開された映画『Mr. & Mrs. スミス』で共演したブラッド・ピットとは、映画の撮影時から「ブラッドがアンジェリーナや息子のマドックスくんと親密になっている」と度々メディアで報じられていた。2005年3月に当時の妻、ジェニファー・アニストンがブラッドとの離婚を申請し、同年10月に離婚が成立。同年12月にはブラッドが、アンジェリーナが迎えた養子、マドックスくんとザハラちゃんの養父となる手続きをし、子どもたちの姓が「ジョリー=ピット」になった。

長女シャイロちゃんの出産

アンジェリーナ・ジョリーとブラッド・ピットの第一子として2006年に誕生したシャイロ・ヌーベルちゃん
Photo:Getty Images

2006年1月、米エンタメ誌『ピープル』で、アンジェリーナは初めてブラッドとの関係を公に認め、彼の子どもを妊娠していることを明かした。2006年、ブラッドとの間に長女シャイロ・ヌーベルちゃんを出産。シャイロちゃんの初公開写真の掲載権利を『ピープル』誌に410万ドルで、英『ハロー!』誌に350万ドルで売り、同年設立したチャリティ組織「ジョリー・ピット基金」を通じて慈善事業へ全額寄付した。

双子妊娠から出産

2008年には、ノックス・レオンくん(中央右)とヴィヴィアン・マーシェリンちゃん(中央左)の双子を出産したアンジェリーナ・ジョリー
Photo:Getty Images

2007年3月にベトナム人のパックスくんと養子縁組し、翌2008年7月には、仏ニースで男児ノックス・レオンくんと女児ヴィヴィアン・マーシェリンちゃんの双子を出産。このときも、契約金を慈善事業へ寄付することを条件に『ピープル』誌と『ハロー!』誌に双子の写真を提供。このときの契約金は、1100万ドルから1400万ドルと推定されている。

『ピープル』誌の表紙を飾ったアンジェリーナ・ジョリーのウェディングドレス写真
Photo:WENN/amanaimages

その後、2014年8月、約2年間の婚約期間を経て南仏プロヴァンスにふたりが所有するシャトー・ミラヴァル敷地内の教会で、親戚のみ約20名ほどを招待したプライベートな結婚式を挙げた。

挙式から約2年後の2016年9月、アンジェリーナが離婚を申請していることが発覚。単独親権を求めるアンジェリーナと、共同親権を求めるブラッドの間で、泥沼の離婚バトルが勃発していると報じられた。2018年12月、6人の子どもの親権は、ふたりが共同でもつことで決着。さらに2019年4月、ふたりは離婚の成立を待たずに、法的にシングルになることを裁判所に申請。それが認められ、アンジェリーナは苗字からピットを外し、独身時代の名前、アンジェリーナ・ジョリーに戻した。(2019年7月現在)

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アンジェリーナ・ジョリーの子どもたち

アンジェリーナ・ジョリーには、養子と実子を合わせて6人の子どもがいる。2011年、『マネーボール』のジャパン・プレミアのために来日したアンジェリーナ・ジョリー一家
Photo:Getty Images

アンジェリーナには、養子と実子を合わせて6人の子どもがいる。2002年、当時7カ月だったカンボジア人のマドックスくんを養子として迎え入れる。2005年には、二人目の養子、生後6か月のエチオピア人のザハラちゃんを引き取った。2006年、実子シャイロ・ヌーベルちゃんを出産し、翌2007年に当時3歳だったベトナム人のパックスくんを引き取った。そして、2008年には実子ノックス・レオンくんとヴィヴィアン・マーシェリンちゃんの双子を出産し、実子・養子合わせて6人の子どもの母親となった。

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アンジェリーナ・ジョリーの慈善活動

2001年よりUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の親善大使に任命され、難民問題に取り組んでいるアンジェリーナ・ジョリー
Photo:Getty Images

2001年に公開された映画『トゥームレイダー』の撮影で訪れたカンボジアでは大自然と住民たちの優しさに触れ感動したというアンジェリーナ。しかし、それと同時に、現在も地雷が残る危険と隣り合わせの環境のなか、子どもたちが暮らしているという事実に衝撃を受け、帰国後UNHCRに自ら連絡し、慈善活動を開始した。

2001年にはUNHCRの親善大使に任命され、世界各地を自ら視察。現地の人々と触れ合った経験を自らの日記に残し、本として出版。売り上げのすべてをUNHCRに寄付している。

また、親善大使としての活動のほか、寄付という形でも難民問題に貢献。2001年からこれまでの間に、UNHCRに総額500万ドルを寄付している(2019年7月現在)。

アンジェリーナ・ジョリーのファッション

2005年公開『Mr.&Mrs.スミス』の世界プレミアにて。黒のレザードレスを身にまとったアンジェリーナ・ジョリー
Photo:Jacqui Wong/AdMedia/Newscom/Zeta Image

2005年公開『Mr. & Mrs. スミス』の世界プレミアでは黒のレザードレスで登場。ブラッド・ピットとの交際報道も過熱していた。

2008年の第61回カンヌ映画祭に出席したアンジェリーナ・ジョリーと当時のパートナー、ブラッド・ピット。アンジェリーナのお腹には、ノックスくんとヴィヴィアンちゃんがいた
Photo:Abaca/amanaimages

2008年の第61回カンヌ国際映画祭に出席したアンジェリーナ&ブラッド。ノックス・レオンくんとヴィヴィアン・マーシェリンちゃんがいるお腹が綺麗に見えるドレスが印象的。

第69回ゴールデングローブ賞に出席したアンジェリーナ・ジョリー。アトリエ・ヴェルサーチェの紅白ドレスを着用
Photo:Mandatory Byline: Juan Rico/FAMEFLYNET

ダークな色合いが多いアンジェリーナだが、2012年開催の第69回ゴールデングローブ賞授賞式では、アトリエ・ヴェルサーチェの紅白ドレスを着用し、スリットから美脚をのぞかせた。

2012年のアカデミー賞授賞式に出席したアンジェリーナ・ジョリー(右)&ブラッド・ピット(左)。アンジェリーナの右脚を不自然に露出させたポージングがネット上で話題となった
Photo:Getty Images

2012年のアカデミー賞授賞式に、深いスリット入りドレスで登場。レッドカーペットでカメラに応える際、右脚を不自然に露出させたポージングがネット上で話題に。この後、ドレスのスリットから脚見せする女性セレブが続出した。

アンジェリーナ・ジョリーのエピソード

両乳房の切除手術

2013年には乳がん予防のために両乳腺を、2015年には卵巣と卵管を切除したことを発表したアンジェリーナ・ジョリー
Photo:Getty Images

2013年5月、米紙『ニューヨーク・タイムズ』に寄稿し、アンジェリーナは、乳がん予防として両乳房を切除したことを公表した。2007年に母親マルシェリーヌを卵巣がんで亡くしたことに加え、自身もまた、乳がんと卵巣がんの発生が高くなるとされる遺伝子「BRCA1」に変異があり、「87%の確率で乳がん、50%の確率で卵巣がんを発症する可能性がある」と診断されたため、決断に至ったと説明した。この予防手術の公表は、世界に大きなインパクトを与え、「アンジェリーナ効果」と呼ばれた。当時のパートナー、ブラッドは3カ月に渡る手術と治療のすべてに付き添った。寄稿文の中でアンジェリーナは「ブラッド・ピットという愛と献身に溢れたパートナーがいて幸運だ」と感謝の気持ちを述べている。

卵巣・卵管の切除手術

2015年3月、米紙『ニューヨーク・タイムズ』に再び寄稿し、両側の卵巣と卵管の切除を公表。毎年受けている定期検査で、初期の卵巣がんの可能性があることを医師に告げられたため、卵巣と卵管の早期切除を決断。手術で摘出した腫瘍は陰性だったが、アンジェリーナは「私は自分と家族のためにこの決断をしました。これで私の子どもたちは『母は卵巣がんで亡くなった』と言わなくて済みます」と綴った。

アンジェリーナ・ジョリーという生き方>>

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