アルデヒドってどんな香り?
100年以上前に開発された合成香料の一種、アルデヒド。香料の説明でよく耳にするけれど、実際にどんな香りか説明しづらい人も多いのでは? 近代香水の歴史に欠かせないアルデヒドは今、人気が再燃中。どんな香りで、フレグランスの構成の中でどんな役割を果たすのか、深掘りしていく。
合成香料アルデヒドとは?
タイラ SPUR初のベストフレグランスアワードで、アルデヒドを使ったフレグランスが3点も受賞していたのが印象的でした。でも「アルデヒドって何?」という質問もわりとよくされるんです。アルデヒドの香料を嗅がせてもらったことがありますが、お世辞にもいい匂いと言えない感じで……。
コイズミ 1903年に化学者ダルゼンが合成に成功したのがアルデヒド(=C12 MNA)です。続いてブレイズがC7、C8、C9、C10、C12のアルデヒドのシリーズを開発しました。アルデヒドは、1921年にシャネル「N°5」に使われたことで一躍有名になったんですよ。
タイラ 「N°5」といえば、アルデヒドによって生み出されたレジェンドフレグランスですよね。でも、香り自体は芳しいフローラルの印象。私の鼻ではあまり嗅ぎ分けられないほど、アルデヒド感は薄い気がします。
アルデヒドを代表する名香
独特の脂肪臭からパウダリー、ソーピーに変化
コイズミ アルデヒドは他の香りをブーストする働きがあるんです。うまく使うと香りの立ち上がりがよく、持続性も高める優秀な成分です。単体ではおっしゃる通り、脂肪臭というか、メタリックな印象があり、ドライクリーニング店に入った時に感じる“ムワンッ”とした匂いのよう。パクチーみたいだと例える方もいます。
タイラ ドライクリーニング店、たしかに~! そうだ、あの香りだと初めて腑に落ちました。でもそんな匂いがフローラルと組み合わされるとシャネルの「N°5」のように花々が一斉に咲き誇るようなあでやかな香りになるのだから不思議です。
コイズミ アルデヒドはフローラルと組み合わせるとよく香りがブーストし、ちょっとパウダリーなお化粧品っぽさや清潔感のあるソーピーな印象になります。日本人がよく好む石けんの匂いや、洗い立てのシャツのような香りに。メゾン フランシス クルジャンが2022年に出した「724」というフレグランスがまさにそんなイメージ。
アルデヒド×シトラスの名香
合成香料は軽やかさの演出に不可欠
タイラ 確かに、ニューヨークのランドリーから漂うクリーンでエネルギッシュな爽快感を表現したと聞いた記憶があります! ベルガモットやホワイトフローラルの清潔感が立っているせいか、アルデヒドの香りという印象を持っていなかったかも。
コイズミ 合成香料であるアルデヒドは、花や草など香りを想像しやすい天然香料に比べて、モダンさや都会っぽさ、近未来的なイメージを持たせるのに使われることが多いです。このクルジャンの香りは、まさにそんなイメージですね。
天然香料はたくさんの分子によって香気が作られているので複雑です。だから香りにも深みや広がりが出ますが、希少かつ高価になりがちです。
対する合成香料は、一つの分子が持つ香りですからシンプル。だからこそ重たさや濁りなどを取り除き、より軽やかな香りに仕上げることも可能です。
現代のフレグランスが軽やかな香り立ちで誰もがつけやすくなっているのは、実は合成香料のおかげなんですよ。
タイラ クルジャンつながりでいくと、メゾン・クリスチャン・ディオールの「ニュールック」がインパクトありました。これはアルデヒドの存在感をしっかり感じるのに、そこに樹脂香のひとつ、フランキンセンスの甘くスパイシーな香りが重なって、得も言われぬセンシュアルな香りに……。一度嗅いだら忘れられないし、唯一無二。「まさにそう来たか!」と思わせ、ニュールックという名前にぴったり。
コイズミ そうですね。これは好きな人にはたまらない香りだと思います。これだけアルデヒドを大量に使っていても、フレッシュ→ウッディ→アンバリーと美しい香りの変遷が楽しめますし。
タイラ 調香師であるフランシス・クルジャンの手腕は本当に素晴らしいですね。
アルデヒドの新・名香
アルデヒドの使い方にはトレンドがある
コイズミ エスティ ローダーのビューティフルやエルメスのカレーシュ、ヴァンクリーフ&アーペルのファーストなど60年代~80年代にはアルデヒドを使った名香がかなりありましたね。アルデヒドの使い方には、時代とともに少しトレンドがあります。シトラスと組み合わせて都会的なフレッシュさを演出したり……。
タイラ そこでいろいろ調べてみたら、SPUR8月号で行った初のフレグランス・アワードで入賞した「アクネ ストゥディオズ パー フレデリック マル」もアルデヒドが使われていました。花の香りに潮風のようなミネラル感、バニラの甘さ……、それを上手くいかしているのがアルデヒドだったんですね。
コイズミ アクネ ストゥディオズはアルデヒドのフレッシュさと甘いお菓子のようなニュアンスが同居する、ユニークな香りですね。
アルデヒドを使ったトレンドの香水
とっつきづらいようにも思われる合成香料だが、現在ではアルデヒドの新しい可能性を引き出す香りが次々と登場し、人気が再燃している。SDGs観点からも合成香料を上手く活用した調香は今後も続くトレンドの一つであり続けることは変わらないだろう。フューチャリスティック、メタリック、アーバンな雰囲気をもつアルデヒドフレグランス。モダンな印象でつけこなしたい。
Firmenich社にて香料開発・マーケティングに約20年間従事。パリ発祥の社会人向けパフューマリースクール「サンキエムソンス」の公式日本パートナーとして、「サンキエムソンス ジャポン」を運営。フレグランスに対する広範な知識とあふれる愛でフレグランス文化の啓蒙に励んでいる。
▶︎サンキエムソンス ジャポンのオンラインレッスンプログラム情報はここ!
https://www.cinquiemesens.jp
取材歴約30年。過去にSPURでフレグランス企画の連載担当ライターとして活躍。この連載を機にフレグランスの世界に魅せられ、現在はフレグランスを一からサンキエムソンスのプログラムで学び直し中。