香りとフェロモンの関係は?
五感の中で記憶ともっとも結びつきやすいと言われているのが、嗅覚だ。その場を立ち去った後も、香りを通して相手の記憶の中に自分の存在を留めるフレグランスは、物言わぬコミュニケーションツール。そんな香りの力を使って、自分の魅力をより高めることは可能なのか? いわゆる「フェロモン香水」とは具体的にどんなものなのか? 香りスタイリスト&ダウンパフュームのディレクター 杏 喜子(あんず よしこ)さんに伺った。
そもそもフェロモンと香りの関係は?
タイラ 巷では「フェロモン香水」がバズっているそうなのですが、フェロモンと香水ってそもそも結びつきがあるのでしょうか?
杏 ムスクなど、いくつかの香り物質がフェロモンの正体と言われていますね。一般的には、動物が異性を惹きつけるために出す匂い物質を指します。ムスクはジャコウ鹿のジャコウ腺分泌物(※)という動物性香料ですが、1979年以降、ワシントン条約で捕獲が禁止されているので現在使用されているものは合成香料です。
※ジャコウ腺分泌物…オスのジャコウ鹿の腹部にある、香囊(こうのう)という器官からの分泌液。強い香りを放ってメスを誘惑する。
ほかにもシベット(ジャコウ猫の香嚢からの分泌物)やカストリウム(ビーバーの香嚢からの分泌物)もありますが、これも今は合成のものに代替えされていますね。
タイラ ムスクって毛皮が濡れたようなアニマリックな匂いという人もいれば、ホワイトムスクなんかは、シャワーを浴びた後の温められた肌の清潔な匂いと表現することもありますね。お色気ムンムンって感じでもない。
杏 私が思うに、人間の本能的なエネルギーを賦活するものがフェロモンなのでは。性的なエネルギーというのはもちろんあるのですが、生命の根源になるような活力が湧いてくる香り。言い換えれば生命力ですね。
動物が異性を惹きつけるために出す匂い物質がフェロモン
タイラ フェロモンとして、ムスクはどんな効果をもたらすのでしょうか。
杏 コミュニケーションをより深めるものですね。誰かれとなく、コミュニケーションを広げるのではなく、信頼する相手と深くつながれるものです。特にホワイトムスクは新しいチャレンジを後押しする香り。開拓精神が湧くはず。
タイラ ムスクでフェロモンというと少し前にフエギア1833の「ムスカラ フェロ ジェイ」が話題になりましたね。フェロモンと類似した分子構造をもつ香りのない分子が、その人自身がもつ肌の香りと反応するという新感覚のフレグランス。人によって香りが変わるというのがユニークです。
杏 セルジュ ルタンスにも、ムスクと、前述のカストリウム(ビーバーの香嚢からの分泌物)を使った「ロルフェリン」という香水がありますね。冬の肌寒い日に着るモヘアのセーターのような香り立ち。包み込まれるような安心感は、色気とはまた違う意味で人を惹きつける要素かもしれません。
女性ホルモンを安定させるローズ
杏 女性ホルモンを安定させて魅力を引き出すなら、やっぱりローズが最強ですね。
タイラ バラの香りはリラックス効果があると聞きました。PMSなどの不調のときも、心が癒されますよね。ストレスフリーで機嫌がよさそうなオーラを放つことができれば、「この人と仲良くしたい」と思わせられると思います。
官能的な香りなら、イランイランを
杏 なかなかセクシャルな気持ちになりづらい、自信が持てないという人は、イランイランの香りを試してみるのもいいかも。
タイラ イランイランはジャスミンをちょっと濃厚にしたようなオリエンタル調の甘い香りですよね。インドネシアでは新婚初夜にイランイランの花をベッドに撒く風習があるらしいので、媚薬的な効果を期待するなら、イランイランのフレグランスもありですね。
若い女性の体臭に含まれる、桃の香気成分がある⁉︎
タイラ 桃の香りも今、大ブームなんですよね。実は、10〜20代の若い女性の肌から自然に発せられる香気成分は、桃の香りを構成する成分ラクトンを多く含んでいるんですって。
杏 生命力にあふれているからこそ、自然に発せられる香りなので、惹きつける力が強いんでしょう。優しく甘い香りなので受容されているような安心感をもたらすのかも。
タイラ ゲランは1919年に、名香「ミツコ」でピーチの香りを発表しましたが、今年、新たに桃の香り「ペッシュ ミラージュ」を発表したんです。「ミツコ」が天然の果実を使うことなく、当時画期的だった合成分子を使って桃の香りを再現したように、新しい香りも合成成分メルバトーンを活用。果肉のジューシーさや、柔らかな肌触りを感じさせる香りになっているんですよ。そして、この香水はオスマンサスも配合。その中に、γ-デカラクトンというラクトンが使われているんです。
杏 それは面白いですね。桃ってフレッシュさもあるけどちょっとエロティックな魅力も感じますしね。
タイラ 時にはちょっとセンシュアルなムードにもっていきたいと思っても、急にスイッチは入らないから、香りの力を借りるのはいいアイデアですね。
幼い頃から香りに興味を持ち、敏感な嗅覚をもつ。ダウン・M・スペンサー・ヒュウィッツと出合い、ディレクターとしてダウンパフュームの香りをプロデュース。その人の肌がもつ匂いをもとにおすすめの香りを見つけるスキンタイプ診断“SMELL &TELL”も実施。(予約受付はInstagram @dawnperfume_anzu にて告知。約1時間¥15000)。
取材歴30年。SPURのフレグランス企画の連載担当ライターとして活躍。この連載を機にフレグランスの世界に魅せられ、現在は資格取得を目指してフレグランスの歴史やトレンドを学び直し中。