満開の桜からみずみずしい新緑へ。移りゆく季節とともに、京都市内が今年もアートに染まりました。毎年恒例、日本を代表する国際写真祭「KYOTOGRAPHIE」 が、5月12日まで開催中です。舞台は京都市内に点在する歴史的建造物や近現代建築。国内外で活躍する写真家たちの貴重な作品が、多彩な空間演出のもとに展示されています。
単なる芸術祭ではなく、写真を通じて世界のさまざまな社会問題に向き合うことを使命とする「KYOTOGRAPHIE」。それぞれの作品がアートとして素晴らしいのはもちろんですが、そこから投げかけられるメッセージや問題提起が、観る人の心に深く刻まれます。今年のテーマは「SOURCE」。起源や始まりを意味する言葉を、13組の作家がそれぞれの解釈で表現しました。全プログラム観てほしい!というのが本音ですが、ここでは特に心を揺さぶられた3つのプログラムをご紹介させてください。
戦争の記憶と現代社会で起きていることを映し出す。川田喜久治さんの『見えない地図』
京都市京セラ美術館本館の南回廊に連なる7つの部屋。
日本の公立美術館で最古の建築としても知られる京都市京セラ美術館。そこで展示されているのは、戦後の日本を代表する写真家、川田喜久治さんの過去最大規模の個展『見えない地図』。91歳を迎えた今も現役で活動を続け、自身のインスタグラム で日々作品を発表しながら、同時にプリントも作られています。
本館の南回廊にずらりと連なる7つの部屋。そこに、戦後を象徴するデビュー作の『地図』から、今まさに撮られている作品までが一堂に集まります。8角形の空間は、カメラレンズの絞り羽根のメタファーに。
2つめの部屋には、1965年に刊行された幻の写真集『地図』からの作品が。しわくちゃの日の丸や原爆ドームの天井のしみ、鉄くずなどの混沌としたイメージによって、戦争の愚かさや敗戦の記憶が語られます。
70年代のヴィンテージプリントや、2000年代に大きさを変えて作られたゼラチンシルバープリント、和紙にインクジェットでプリントされたものなど、メディウムを何度も変えて同じ作品を発表されているので、表現の変化をたどることができるのも、この展示の醍醐味です。
スライドの映像作品は、インスタグラムにポストされたデジタル作品群で構成された写真集『Vortex』(2022)より。
川田さんの作品は抽象的で、観る人の想像力を刺激するものばかり。さまざまな読み解きができるからこそ、強烈に惹きつけられるものがあります。
東日本大震災の後、現地に行けなかった川田さんが、東京の自宅のリビングでテレビ画面を撮影したシリーズも印象的でした。川田さん独自の視点で現代社会がどのように映し出されてきたのか、ぜひ作品を通じて感じ取ってみてください。
光と影、鮮烈な色彩が織りなすビジュアル表現。ヴィヴィアン・サッセンさんの大回顧展『PHOSPHOR|発光体:アート&ファッション 1990-2023』
自身の作品の前で微笑むヴィヴィアン・サッセンさん。
京都新聞ビル地下1階、印刷工場跡のインダストリアルな空間を彩るのは、世界的アーティストでありファッションフォトグラファーでもある、ヴィヴィアン・サッセンさんの色鮮やかな作品群。パリのヨーロッパ写真美術館で開催されていた回顧展『PHOSPHOR|発光体:アート&ファッション 1990-2023』の巡回で、大規模個展は日本初。ユトレヒト芸術大学時代の卒業制作シリーズから、写真にペイントを施した直近の実験的作品まで、展示されているのは300点以上。ヴィヴィアンさんの30年にわたる創作活動の軌跡を振り返る、じつに贅沢な内容です。
サバンナの燃えるような夕焼けを彷彿させる作品。
アフリカ大陸で撮影された代表作から始まる本展。ヴィヴィアンさんが幼少期に過ごしたケニアの村での生活の記憶が作品に反映され、現実と夢の世界を織り交ぜたかのような不思議な演出で表現されています。
棺や墓、植物の写真がポートレートと交互に並ぶ『Lexicon』シリーズでは、死を悼むことや生きることへの希望、孤独などといった人間の根源的な感情が描き出されます。
妊娠や出産など、女性の身体を探求し、フェミニズムにフォーカスしたシュルレアリスム作品にも目を奪われます。光と影のコントラストや色彩の強さが、彼女の作品に重要な役割を果たしていることを再認識しました。
展覧会に合わせて同タイトルの写真集を出版し、今後はアーカイブスを思い切って処分することも考えているというヴィヴィアンさん。日本でこれだけ多くの作品を一度に観られる機会は、今回を逃したらもうないかもしれません。世界的に高い評価を受けた伝説のファッション写真や、ディオールのオートクチュール顧客の体型を忠実に再現したトルソー写真も必見です。
カースト制度と家族にまつわる物語。ジャイシング・ナゲシュワランさんの『I Feel Like a Fish』
深く心に響いたのは、インド出身のジャイシング・ナゲシュワランさんによる『I Feel Like a Fish』。ジャイシングさんは、カースト制度の最下層とされるダリットの家庭に生まれた写真家です。ダリット系の人々は「触れてはならない」カーストとして、現在も不当な差別や暴力に直面していると彼は訴えます。
パンデミックのロックダウン中、故郷に戻ったジャイシングさんが感じたのは、生まれ育った土地の美しさや、家族との親密なつながりでした。ある日ふと水槽の中の魚を見て、「まるで自分のようだ」と感じたジャイシングさんは、カースト制度と闘ってきた祖母をはじめ、家族にまつわるストーリーを広く伝えるべく、本プロジェクトをスタートしました。
祖母が使っていた茶器の像をガラスに写し取った作品。古典的な撮影技法を採用したのは、カーストがとても古い制度であることの隠喩になっています。危険な薬品をガラスに塗布してから洗い流す作業工程に込められたのは、制度を払拭したいという切なる思い。
ポートレートにテキストを配置し、ジャイシングさん自身の経験を語った作品も。「仲間内では、私はダリットの写真家として認識されている。カーストにもとづいて紹介される人はほかに誰もいない。これは私にとって、最も親しい仲間内であっても、ある種の孤立した状態に置かれるということなのだ」
会場は、安藤忠雄建築として知られるTIME’S。打ちっぱなしのコンクリートにレンガを使ったのは、それがインドの身近な建材であり、ジャイシングさんの日常生活の雰囲気に近づけるためです。
現代建築と作家の原風景が調和した空間には、困難に直面する家族の険しい表情を映し出したポートレートが並ぶ一方、家族に対するあたたかな思いや日々のささやかな幸せがにじむ写真も。自身のルーツと向き合うジャイシングさんの作品からは、カースト制度の根深さが伝わってくると同時に、写真を通じて闘い続ける決意表明のようなポジティブさも感じられます。見えないようで、はっきりと見えるもの。彼らの闘争とレジリエンスの物語にぜひ触れてみてください。
オフィシャルグッズも見逃せない!
川田喜久治さんの作品がプリントされたトートバッグ¥2,800
ポストカード9枚セット¥1,600
KYOTOGRAPHIEは、京都市内の13会場で開催中。ひとつひとつが見応えのある展示なので、数日かけてじっくり巡ることをおすすめします。展示中の作家の作品をプリントしたトートバッグやポストカードセットなど、オフィシャルグッズも充実しているので、アート好きな人への京都土産にもいいかもしれません。ゴールデンウィークに京都へお出かけの際は、ぜひインフォメーション町家の八竹庵 に立ち寄ってみてくださいね。