写真を通じて生命の多様性と向き合う。【KYOTOGRAPHIE】の写真家が紡ぐ、小さな種子の物語

2024年4月13日から5月12日まで、京都で開催中の国際写真祭「KYOTOGRAPHIE(キョウトグラフィー)」。世界のさまざまな社会問題を投影するという使命感のもとに始まり、今年で12回目を迎える。今回のテーマは、起源や始まりを意味する「SOURCE(ソース)」。多様性や自由を讃える言葉を軸に、世界各国の作家たちによる13の展覧会が行われる。SPUR本誌5月号の特集と合わせて、SPUR.JPではフランスの写真家、ティエリー・アルドゥアンさんの種子のポートレート作品『Seed Stories(種子は語る)』をフィーチャー。自身のクリエーションの源について伺った。

種子が内包する問題に着目した『Seed Stories』

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黄色い花を咲かせるマメ科の低木、ムーン トレフォイルの種子 © Thierry Ardouin / Tendance Floue / MNHN

豆粒? それともドーナツ? ころんとした姿が愛らしいムーン トレフォイル、ツンと尖った2本のノギがバットマンのマスクを思わせるアメリカセンダングサ、ビロードのようになめらかな質感のムガンボ ツリー。これらの写真を見て、植物の種子だとすぐにわかる人はきっと少ないだろう。種子の多様な形態をとらえた肖像写真が、観る者の心を惹きつける。

2022年にパリのアートスペース、サンキャトルで行われた大規模な展覧会をはじめ、フランス国内を巡回した『Seed Stories(種子は語る)』が、このたび「KYOTOGRAPHIE」のメインプログラムのひとつに選ばれた。重要文化財である二条城の二の丸御殿台所を舞台に、デザイナーの緒方慎一郎さんが手がける空間で披露された。

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二条城の二の丸御殿台所で展示されている『種子は語る』©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2024

本プロジェクトが始まったのは2009年。もともとは農業にまつわるドキュメンタリー写真の制作過程で生まれたものだった。作家のティエリーさんは、初期の段階では政治的文脈に焦点を当てていたと振り返る。

「フランスの農業に関するリサーチをする中で、EU圏内には農業植物種の登録品種をリスト化した共通のカタログが存在することを知りました。農作物を生産・販売するためには、そのカタログに掲載されている認証済みの種子を使用しなければなりません。例えばリンゴには本来1万種以上もの品種がありますが、私たちが店頭で見かけるのはほんの数十種類程度です。そしてほとんどの認証済み種子は、大手の種苗会社が特許を有しています。こうした政治的背景により、種子の多様性が奪われている現状を問題提起しようと考えました。
さらにリサーチを進めていくと、カタログに登録されていない古い品種の種子が取引されている非公式のマーケットがあることもわかりました。つまり、同じ農作物でも“合法”の種子と“非合法”の種子が存在するわけです。では、両者の違いは何なのか。それを明らかにするために、小さな種子のポートレートを撮り、歴史的な肖像画のように見せる方法を思いつきました」

自然界が生み出した唯一無二の造形美に魅せられて

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衣服にくっつくトゲが特徴的。「ひっつき虫」で知られるアメリカセンダングサの種子 © Thierry Ardouin / Tendance Floue / MNHN

顕微鏡やマクロレンズを通して写し出されたのは、種子の傑出した美しさだった。白や黒の背景に種子を配置し、照明や角度を調整することで、肉眼では見えない細部までとらえられている。ひとつひとつの種子を同じ形式で撮影することで、個性がいっそう際立つ。「それぞれが合法か非合法か、そんな比較すらも、種子の美しさの前には些細なことだと気付かされた」とティエリーさんは言う。

種子のポートレートは多くの人々の注目を集め、フランス国内でたびたび展示されるようになった。転機が訪れたのは2015年。写真集の名編集者として知られるグザヴィエ・バラルさんとの出会いにより、『Seed Stories』の書籍化が決まった。

「出版にあたり、作品数を大幅に増やしていく必要がありました。制作に向かう中で、私の関心は次第に植物の繁殖方法へと移っていきました。種子はどんな旅をするのだろうか。風や水、動物などといった散布の種類によって形状にどんな違いがあるのか。人類はこれまでの歴史の中で、種子をどのように利用してきたのか」

パリにある国立自然史博物館の協力のもと、世界各地から集めた種子の所蔵品を被写体に、2018年から2019年にかけて地道に撮影を続けた。この間にティエリーさんが記録した標本数は500種にもおよぶ。そして2022年6月、サンキャトルで開催された初の大規模展覧会にあわせて、336ページにもわたる作品集『Seed Stories』(アトリエEXB)が出版された。ティエリーさんの写真に加えて、アーティストや植物学者、科学者らのエッセイも収録した共同作品に仕上がった。

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ビロードのような質感を持つ、アフリカに分布するムガンボ ツリーの種子 © Thierry Ardouin / Tendance Floue / MNHN

人物のポートレートと同様に、種子が持つ独自性を描き出すティエリーさんの作品。普段目にすることのできない種子の造形美を伝えることで、多様性と向き合い、自然を守ることの重要性を訴える。

 「このプロジェクトの真の目的は、種子の個性を浮かび上がらせることです。それを表現するために、ポートレートは最も優れた結果をもたらしました。種子が持つユニークな形態は、私たちに驚きや好奇心、深い思考を呼び起こします。そしてその美しさは唯一無二のものです」

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©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2024

種子には国境も、言語の壁もない。写真にもまた同じことが言えるだろう。アートと科学技術を融合させたティエリーさんのポートレート作品は、観る者に自由な想像を与える。生命の始まり、原点である種子の知られざる姿を通じて、それぞれが紡ぐ物語をぜひ会場で感じ取ってみてほしい。

Thierry Ardouinプロフィール画像
写真家Thierry Ardouin

1961年、フランスのサン=トゥアン生まれ。1991年に写真家集団Tendance Floueを共同設立。人類と環境との結びつきをテーマに制作を続けている。2022年、著書『Seed Stories』(アトリエEXB)を出版。

ティエリー・アルドゥアン Thierry Ardouin 
種子は語る

Presented by Van Cleef & Arpels
In collaboration with Atelier EXB
キュレーター:ナタリー・シャピュイ(Atelier EXB)
セノグラファー:緒方慎一郎(SIMPLICITY)

二条城 二の丸御殿 台所・御清所
9:30〜17:00 休館日: 無休
※入場は閉館の30分前まで。二条城への入城は16:00まで、17:00閉城

大人:¥ 1,200
学生:¥ 1,000 (学生証の提示が必要)
※別途二条城への入城料(¥800)が別途必要

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