【マライア・キャリー】歌に込めた壮絶人生! 強制売春の危機、監禁夫……

「みんなディーバネタに夢中だから、私がソングライターだと思い出させないとね」。そう宣言したように、マライア・キャリーはスーパーディーバな天才作曲家だ。ディーバとは「わがままな歌姫」を指す蔑称由来の尊称に近いスラング。この言葉の理想を象徴しているのが、徹底的にゴージャスなマライアだ。生物学的には50代ながら「永遠の12歳」自称をつきとおしたり、ステージに子猫20匹と鳩100匹を所望した噂を流されたり、浮世離れしたスーパースターとしての逸話にも事欠かない(本人いわく「猫好きじゃないから子猫20匹はデマ」とのこと)。

マライア・キャリー

「クリスマスの女王」として毎冬をつかさどっていることもあって「ゴージャスな謎の人」のイメージが強くなっているが、自称どおり、元来はシンガーソングライター、つまり自ら作詞作曲をする歌手だ。ビルボードチャートにおけるナンバーワンヒットは女性最高の19曲で、そのうち18曲を自作している。

実際、マライアを知るにあたってはずせないのが作家としての側面だ。彼女の作詞スタイルは「現実に起きた特定の出来事の具体的表現」。よって、ディスコグラフィーがそのまま人生の軌跡になっている。

人種差別に強制売春、12歳で「停まった」壮絶人生

マライア・キャリー
photo:Aflo 1988 L.A

1969年ニューヨークに生まれたマライア・キャリーの子ども時代は、今のゴージャスなイメージとは正反対だった。米国で異人種間結婚が合法と認められた2年後に結婚した黒人男性と白人女性のもと「肌が白い黒人」として生まれたマルチレイシャルであったため、白人が多い地域で激しい人種差別に晒されていたのだ。家に呼んだ白人の友だちが黒人の父を見て泣き叫んだこともあるという。

家庭環境も酷かった。マライアいわく、のちに暗殺請負で逮捕されることとなった兄は、親を殺す勢いで暴力をふるっていた。姉は12歳の妹・マライアに三度も火傷をおわせ、バリウムを飲ませたり、男に身体を「献上」させようとしたと語られている(兄と姉はともに否定している)。じつは、マライアの「永遠の12歳」ネタはこの経験からきている。心の底で信じていた姉に売春を強制させられそうになった心傷により「人生が停まってしまった」 のが、12歳だったのだ。

マライアが作曲をはじめたのも、このころだった。マルチレイシャルとしての幼少期の疎外感を歌った「Outside」が示すように、みずからの感情や願望を書き留めて歌にすることこそ、絶望的な環境を生きのびる手段だったのだ。

「監禁」夫婦生活からディーバ化

大成功の歌手デビューを果たした19歳のころにも、人種問題は重くのしかかった。才能を発掘したレーベルの社長は、彼女に「清楚」な白人向けのポップ歌手のポジションを課したのだ。この彼と結婚すると、豪邸でトイレまで監視される「囚人」状態に陥った。このころの野球選手との不倫を歌ったのが、大ヒットバラード「My All」。愛する人との一夜に命をかけてる気分だとドラマティックに歌われているが、支配的な夫になにをされるかわからない状況だったため、本当に命がけだったという。

夫と別居して「監禁」から脱すると、ファンシーでセクシーなビジュアル、そしてヒップホップ色の強い音楽性が『Butterfly』にて「解禁」された。次のアルバムが出るころには、おなじみのソファに寝転びながらインタビューを受ける形式が誕生。「吐き出したガムを受けとめて捨てる係」を雇っているとする目撃談も流れ、スーパーディーバとしてのキャラが確立された。

ディーバ体制の理由は謎だが、命の危険にさらされつづけていた幼少期と結婚生活を経て手に入れた安全空間を護るためのコントロールを徹底しているでのはないかと指摘されたこともある。この統制主義は本人も認めるところで、楽曲制作においても感じとることができる。

じつは、マライアには低迷期があった。2001年、主演映画『グリッター きらめきの向こうに』の公開日に9.11が起こり、大コケしたことでレーベルからも追い出されてしまったのだ。過労により精神が不安定になってスキャンダルも起こしていき、治療施設への入院も経験している。そして2005年、黒人女性としての解放を銘打つアルバム『The Emancipation of Mimi』によって大々的に復活を遂げ、「白人」イメージも打破した。

次作『E=MC²』の終幕曲「I Wish You Well」では、自分を傷つけた複数の人々、そして複雑で重層的な人生の道筋が、メインボーカルとバックボーカルのまじわりによって美しくあらわされている。統制主義的なソングライター、そして卓越したシンガーだからこそ完成したひとつの到達点だ。

クリスマスアンセム制作秘話

マライア・キャリー
t the 2023 Billboard Music Awards 2023

今では、双子の子どもとともに幸せに暮らしているマライア。2018年には「ソングライターの殿堂」認定を受け、作家としてのスキルを打ち出したアルバム『Caution』もリリースした。そしてもっぱら「クリスマスの女王」として毎冬活躍しているわけだが、そのアンセム「All I Want for Christmas Is You」にしても、マライアの個人的な想いが込められている。発表当時、宗教要素のないホリデーソングとして珍しがられたこのラブソングには、つらく孤独な少女時代に夢見た「みんな幸せなクリスマス」への憧れがつまっているのだ。だからこそ、同曲のもと、さまざまな人種、年齢、信仰の人々が一体となって歓喜している光景を見ると、今でも感極まるという。

ちなみに『All I Want for Christmas Is You』成功の秘訣を問われたマライアの回答は、なんとも彼女らしい。「この曲が時代を超越する作品になったのは、私が時代を超えるクラシックになるよう心がけてつくったから。それが唯一の答え」。まさしくスーパーディーヴァな天才シンガーソングライターだ。

 

辰己JUNKプロフィール画像
辰己JUNK

セレブリティや音楽、映画、ドラマなど、アメリカのポップカルチャー情報をメディアに多数寄稿。著書に『アメリカン・セレブリティーズ』(スモール出版)

記事一覧を見る

FEATURE
HELLO...!