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ブロードウェイで初代をつとめたのは『アナと雪の女王』(2013)のエルサ役でおなじみのイディナ・メンゼル。そして日本でも大ヒットした映画版のエルファバこそ、シンシア・エリヴォだ。
差別との戦い
現代最高峰の歌唱派として知られるシンシアは、ハリウッドでも強烈な「異才」を放っている。髪も眉も剃り、長いネイルと豪奢なジュエリーをまとい、アヴァンギャルドな装いを貫く、身長154cmのクィアな黒人俳優だ。多くの有名人のように人目を避けてキャップを被ることはない。こだわり抜いたコーディネートに合わないし「顔を隠さない」という信条にも反するからだ。
1987年、イギリスのロンドンに生まれたシンシア・エリヴォは、社会から「のけ者」にされる天才として育った。母親はナイジェリア紛争から逃れた移民の看護師。離婚した父もいたが、16歳のころ面と向かって絶縁をつきつけられたという。
入学を認められた王立演劇アカデミーでは、お金持ちだらけの環境で階級・人種差別に遭った。アルバイトに明け暮れながら疲労困憊で授業に出ていたら「怠け者」と受け止められたと同時に、教員からは「ちゃんとした実力の持ち主だから」という理由で小さな役しかもらえなかったという。
髪を剃った三冠女王

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どん底の経験は、キャリアの分水嶺となる卒業前の年末公演。シンシアに与えられたのは、体調を崩したキャストが舞台上で口パクできるよう「舞台裏から歌う」役だった。便利役として声を奪われた彼女が誰よりも怒りを向けたのは、断れなかった自分自身だった。
頭を剃ったのも卒業の直後だった。「普通」のロングヘアばかり揃う俳優オーディションへの反抗心もあったが、なにより、余計なものを取り除いて「本当」の自分の顔と演技だけを見せる心意気だった。
多くの英国黒人俳優たちと同じく、シンシアの才能が華開いたのはアメリカ。2013年、ロンドンで有名舞台『カラーパープル』の主演セリー役に抜擢されると、絶賛を受けて米ブロードウェイへ進出。この出世作によって、四大アワード「EGOT」のうち、エミー賞、グラミー賞、トニー賞の三冠を達成してみせた。
当時、シンシアの名演に圧倒された観客の一人がジョン・M・チュウ。こうして、彼が監督する『ウィキッド ふたりの魔女』(2024)への道が開いた
「醜い」当たり役

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『カラーパープル』にしても『ウィキッド』シリーズにしても、シンシアの当たり役に共通するのは「醜い」外見と見なされる設定。しかし、長らく強烈な個性を貫いてきた彼女は、そうした立場をパワーに変える。
緑色の肌に生まれたエルファバを演じるにあたって「リアル」を重視したシンシアは、VFX加工を断り、ほぼ自腹で特殊メイクを選択。さらに、一般的な「不格好」ではなく、こだわりを感じさせる三つ編みや爪、コルセットで個性派スタイルを整えた。目的は、観客に考えさせること。劇中で彼女が受ける「醜い」認定は事実なのか? 「普通」と異なる個性が拒絶されているだけではないのか?と。
魔女エルファバは、シンシア自身とも重なるキャラクターだった。父から愛してもらえず、社会から「のけ者」にされながらも、誇りを貫こうとする「異才」として。もちろん、歌声も「リアル」だ。共演者のアリアナ・グランデと監督に直訴して生歌唱撮影をとりつけ、文字どおり空を飛びながら歌いあげた。
「のけ者」の個性

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シンシアの魂は、世界に響いた。映画版『ウィキッド ふたりの魔女』は、ブロードウェイ映画、さらにLGBTQ+俳優が主演する実写作品として歴代最高の興行収入を達成した。後編の『ウィキッド 永遠の約束』(2026年3月6日日本公開)とあわせれば、興行収入10億ドル(約1,500億円)をこえる。
2026年のアカデミー賞では、10ノミネートに輝いた前作から一転、全部門で無視される騒動も起こったものの、アリアナと歌った『Defying Gravity』でグラミー賞に輝く結末を迎えた。
現在、母校である王立演劇アカデミーの副学長もつとめるシンシアは、周囲に馴染めないという悩みを抱える『ウィキッド』ファンにもエールを贈る。
「『のけ者』であることは、特別な個性でもあります。私も『普通』からかけ離れた人間です。それを認めるには時間がかかりますが、受け止めさえすれば、一気に自由が広がります」
「もし、社会から阻害されてこなかったら、エルファバ役は回ってこなかったでしょう。私の夢は『ウィキッド』で叶いました」「だから、周りに馴染めないと感じている皆さんも、勇気を出して。それで大丈夫だから」
ちなみに、シンシアの次回作のひとつは、サムライにまつわる企業スリラー、その名も『Karoshi(過労死)』。邪悪な社長として刀で戦い、日本語にも挑戦するようだ。個性を貫く「異才」のキャリアは、まだまだ飛びつづける。