【2022-‘23AW パリコレクション放談・前編】現地ジャーナリストに聞いた、パリ最新コレクションから見えてくる「時代のムード・次のトレンド」

2月から3月に開催された2022年秋冬パリコレクション。やはりモードは次の時代の空気を色濃く反映しており、今回はどこかダークで静かな雰囲気のコレクションを展開するブランドが多く見られました。パリ在住のジャーナリスト・乗松美奈子さんに、現地で見聞き感じたこと、そこから見えてきた2022-23年秋冬のトレンドについてお電話でたっぷりと話を聞きました。まだ夏も始まっていないですが、服好きな読者の皆さんは一足早く「次の次」のモードを感じてください。

不穏な空気から始まったパリコレクション

SPUR編集部: パリコレクション、お疲れ様でした!まずは現地の雰囲気を聞かせてください。

乗松さん: 224日にウクライナ侵略が起き、ヨーロッパ中が不穏な空気に包まれた中始まりました。友人がウクライナに何人かいることもあり、私自身かなり気持ちが滅入ってしまっていたけれど、とにかく「自分にできることを」と反戦集会に足を運んだり、ウクライナに届ける救援物資を募るボランティアに参加しながら過ごしています。ファッション業界では今回の戦争についてよく悩み考えて、具体的なアクションを起こしている人、今ファッションなんてやっていていいのかなと悩んでいる人、対岸の火事と思っている人、さまざまでしたね。

SPUR編集部: そんな中行われたバレンシアガのショーは、本当に素晴らしかったですね。

 

photography: Minako Norimatsu
photography: Minako Norimatsu

乗松さん: 私はこのショーを観て涙が出ました。中には「戦況をプロモーションに利用するなんて」という心ない声もあったようだけど、彼自身が難民として辛い経験を持っている人だから、それだけこのショーも切実に、説得力を持って心に響くものとなっていたんです。ファッションっていうのはステートメントの役割もあるし、もっとコンスタントに社会的メッセージを発信していける場所だよなと改めて思いました。ステラ・マッカートニーは、ショーが始まる前に、ジョン・F・ケネディのスピーチ音声を流していました。そして今季は音楽でジョン・レノンを使用するところも多かった。

SPUR編集部: バレンシアガのショーについては乗松さんのコラムで触れているので興味のある方はぜひお読みください。また乗松さんの友人であるウクライナ人デザイナー、クセニア・シュナイダーへの、インタビューはこちらから。ウクライナ侵略が始まった日から避難生活まで詳しくお話しいただきました。

 

退廃的かつ落ち着いた静かなムード

 

SPUR編集部: トレンドに関してですが、今回の世相をまるで予想していたかのように、前回のハッピーなY2Kムーブメントと打って変わってシックで落ち着いた雰囲気のコレクションが多かったですね。

乗松さん: そうですね。アールデコとアールヌーボーの端境期の空気を感じました。その時代に活躍したエルテという画家が描いたような、女性像。コートでもジャケットでもない大きなコクーンシルエットのアウターの中に、インはピッタリとしたドレスで細長いシルエットを描く。20年代、30年代ですよね。例えばディオール。着物のような合わせが特徴的なパッファーアウターには、アールヌーボーを彷彿させる花柄が描かれています。

 

courtesy of Dior
courtesy of Dior

SPUR編集部: サンローランも、今回はかなり成熟した大人のためのコレクションで美しかったです。しっとりと静かで。

photography: iMAXTREE/AFLO
photography: iMAXTREE/AFLO

乗松さん: 展示会で実物を見たら、さらに良かった! アンソニー・ヴァカレロの本領発揮!という感じで。削ぎ落とされた中できちんと勝負している。サンローランも、エルテの絵に描かれているような、ソフトな弧を描く大きなアウターに、細長いドレスのシルエットでしたね。

SPUR編集部: 20年代と30年代って、二つの大戦の狭間の時期なんですよね。

乗松さん: そう。すごく狂乱していて、苦しくて悲しいことから逃げている、逃避の時代でしたね。今回も当時に近い空気はあったかもしれない。色味に関しても、目立つのは黒、ベージュ、グレーとシックでした。

SPUR編集部: ドリス・ヴァン・ノッテンも今回はデカダンでしたね。

photography: iMAXTREE/AFLO
photography: iMAXTREE/AFLO

乗松さん:ドリスの今季のインスピレーションは、カルロ・モリーノというイタリア人のアーティスト・建築家だったんです。カルロは夜な夜なピンナップ風の写真を撮っていて、生前は誰にも見せずにそれを溜めていたそう。実は私、トリノにある彼のアトリエに行ったことがあって、そこに蝶の標本が飾られていたのね。今回この蝶のネックレスを見て、それを思い出しました。ショーの後ドリスと話した際にその話をしたら、「僕はそのアトリエには行ったことはないんだけど、今回は本当にたくさんの資料を見てインスパイアされたんだ」と言っていました。ドリスはインスピレーションを非常に深いレベルで落とし込む人だな、と再認識できた素晴らしいコレクションだった。

SPUR編集部: こういうちょっと不穏な、退廃的なムードってどこから来ているんでしょうか? そういえばロエベもシュールレアリスムでしたよね。

 

courtesy of LOEWE
courtesy of LOEWE

乗松さん: ロエベはアーティでストレンジでしたね。唇や手のモチーフが服に組み込まれていたり。シュールレアリスムも20年代だものね。もちろんパンデミック後にこんな有事が始まってしまったという時代の背景もあると思うけれど、一つ主観的な意見を言うならば、しばらくヨーロッパで「バビロン・ベルリン」というドラマが流行っているんです。1930年代のドイツを描いたドラマで、ビジュアル的にもとても良くて。その影響があるのかなぁなんて思ったりしました。

SPUR編集部: 確かに、パンデミックで外に出られず、かつてないほど大人がドラマに熱中した2年間でしたよね。

乗松さん: この退廃的なメイクアップや装いに触れて、映画『キャバレー』(1972)とか『愛の嵐』(1974)を見返したいなぁと思いました。


子供たちの反乱!



乗松さん: それと、「ユーフォリア」というドラマも流行っているじゃない。実は今シーズン、パリコレ全体は実に大人っぽく落ち着いたムードだとは思ったんだけど、同時に「ユーフォリア」のような、子供たちのデカダンもあったなぁと思ったんです。クレイジーで、若者たちの自由奔放さを讃えるような。ルイ・ヴィトンも、「若者たちの自由奔放さを讃える」コレクションだったし、ミュウミュウも言うなればその延長ですよね。

 

courtesy of MIU MIU
courtesy of MIU MIU

SPUR編集部: 先シーズン(2022年春夏)のミュウミュウ旋風はすごかったですね。22-23年秋冬は、そのテイストを継続した格好となりました。サイクルが加速したトレンドに疑問を呈して、同じコンセプトをつないでいく、ということだったようです。

乗松さん: 実はパリのユースシーンにも「子供たちの反乱」と呼べるような動きがあって。3537という新しいスペースがあってね、若手のデザイナーが安く借りられるイベント会場になっているんです。ショートフィルムが上映されていたり、WeinsantoとかVaqueraといった若手ブランドがそこでショーをやっていたんだけど、もう「ユースカルチャー爆発!」って感じ。このスペースにはミニドーバーストリートマーケットが入っていて、ここでも若手ブランドを積極的にサポートしています。こういう潮流を見ていると、『クリスチーヌF(1981)っていう映画を思い出すんですよね。ベルリンが面白かった時代が舞台なんです。

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サイハイブーツにマイクロミニ、バラクラバは引き続き 


SPUR編集部: アイテムとしてはどんなものが目立ちましたか?

乗松さん: なんと言ってもマイクロミニとサイハイブーツですね。これは前述した子供たちのデカダンの文脈なんですが、やっぱり60年代から、マイクロミニが流行るとあわせてサイハイブーツが流行るんですよ。シャネルやクレージュ、イザベルマランが印象的でした。

 

courtesy of COURREGES
courtesy of COURREGES

SPUR編集部: 今回は2021-22年秋冬に引き続いてバラクラバも多かったですよね。

乗松さん: それが、ちょっと進化していたんです。頭をすっぽり覆うところから肩まで包み込んで服と一体化するような形。コペルニのファーストルックがわかりやすいかしら。イヴ・サンローランが1965年に「繭ドレス」と呼ばれるニットドレスで話題をさらったんだけど、それを彷彿とさせます。

courtesy of Coperni

 

courtesy of Coperni

SPUR編集部: 乗松さんが個人的に素敵だなぁと思ったアイテムは?

乗松さん: ツナギが気になります。エルメスのレザーのジャンプスーツが素敵でした。クロエのサロペットも。

courtesy of Chloé
courtesy of Chloé


SPUR編集部: 会場に来ている人たちで印象的だったのは?

乗松さん: 今回はリアーナのマタニティルックはもちろんなんだけど、それは置いておいて。呼ばれているインフルエンサーに変化がありました。TiktokerとかYouTuberがとにかく多い。中でもレナ・マーフフというYouTuberの人気が高くて。彼女はきちんと社会的意見を述べる、若者のオピニオンリーダーなんです。ディオールのショーで見かけたときにも、若者たちの歓声が凄まじかった。

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SPUR編集部: 「20年代と30年代」「デカダン」と「子供たちの反乱」。キーワードが出揃いましたね。後編ではベストコレクションについて語ってもらいます。乗松さん、引き続きよろしくお願いします!

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エディターITAGAKI

ファッション、ビューティ担当。音楽担当になったので耳を鍛えてます。好きなものは、色石、茄子、牧歌的な風景。

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