ロンドンファッションウイーク(以下LFW)は、今年40周年。ご存知の通り、王室とストリートが共存し、また相反して相乗効果を成すイギリスには、エッジーなデザイナー輩出する土壌があリます。ヴィヴィアン・ウエストウッドやマックイーンのようにホームグラウンドではなくパリをコレクション発表の場としているブランドもあるものの、JW アンダーソンやシモーン ロシャといったロンドンを象徴する先輩たちに牽引されて、中堅デザイナーや若手たちはブリティッシュ・ファッションの活気を守り続けています。またLFWの重要性を高めているのが、3シーズン前にダニエル・リーの起用でリニューアルされた、国民的ブランドのバーバリー! (ショーの詳細はこちら ) 2月半ばに開かれたLFWから、ここでは“ブリティッシュネス”なハイライトをご紹介します。
【JW アンダーソン】はユーモアたっぷりに、“敬老”コレクション
本コレクションのほとんどを占めていたニュートラルなトーンなだけに、アイデアの落とし込みが際立ったルック。Photo: Courtesy of JW Anderson
まったくの主観ですが、“ブリティッシュネス”大賞はJW アンダーソンに。彼の今回のインスピレーションは「Last of the Summer Wine」(ヨークシャーの小さな村を舞台とし、1973年からなんと30年以上に渡って放映された連続ドラマ。筋書きは主人公の3人が歳を重ねていく、他愛のない日常)だったそうです。毛糸玉のようなドレスに始まり、主婦の日常着、着古したニット、レトロなアンダーウェア(ランジェリーではなく)、超オーバーサイズのツイードのコート……。こんな野暮ったさと紙一重のルックで、頭にはグレーのウィッグ、足元には室内履き? でモデルたちが歩くのを見ると、まるでイギリスの“どこか”のお年寄りたちの会話が聞こえてきそう。私はアーティストとのコラボレーションをフィーチャーするよりも、普通の人は見逃しがちなテーマに着眼するジョナサンが好みです。
アクセントカラーは、このトマトレッド。肩のストラップや間伸びしたベルトは、あまり手入れされずに忘れられたカーテンタッセルを思わせる。Photo: Courtesy of JW Anderson
長すぎる袖、複雑に絡まった裾は、着古した平凡なセーターが着想源? Photo: Courtesy of JW Anderson
ミックス&マッチで我が道を行く【モリー・ゴダード】
レトロなコサージュとリボンが“ダサ可愛い”モヘアのニットに合わせたのは、モリーらしいボリューミーなーチュールのスカート。Photo: Ben Broomfield
醜いと取られがちなものから美しさを引き出す、モリー・ゴダード。今回もガーリーなプロムドレスやチュールのフリルを幾層にも重ねたミルフィーユスカート、グラニー・ニットなど、核となったのはシグネチャー・アイテムです。そこに加わったシーズナルなインスピレーションは、カウボーイでした。1月に発表されたルイ・ヴィトンのメンズはウエスタンに終始しましたが、彼女にとってのこのテーマはファレル・ウィリアムズとはまったく別の観点。きっかけはコレクション準備中の出産。現在、生後三か月あまりの赤ちゃんのためのベビー服をe-Bayで検索したところ、もっともヒットしたのがウエスタンだったとか。話は変わりますが、LFW40周年でコレクション最終日に10 Downing Street(イギリス首相官邸)で開かれたブリティッシュ・ファッション・カウンシルのレセプションで見かけて、とても気になった女性がいます。彼女が着ていたのは、ドレスとバッグ、手袋までを同じ生地で仕立てた、トータルルックでした。決しておしゃれとは言い難いけれど、妙なコーディネートでも自分なりのこだわりを貫いたルックは、私が住むパリでは見られない、ロンドンならではの美意識。モリーが得意とするミックス&マッチとは真逆ですが、彼女の“マイウェイ”ファッションと共通するものを感じました。
ウエスタンとポルカドットを合わせてしまう破天荒ぶりは“モリー節”であると同時に、超ブリティッシュ。Photo: Ben Broomfield
【シモーヌ・ロシャ】では故ヴィクトリア女王の精霊が、教会で蘇る
シアーな素材はトレンドの一つ。シンプルなキャミソールとショーツの上に重ねたマント風オーバードレスから透けて、中に持ったバッグが見える。眉を飾るのは、薔薇の花のインスタントタトゥー。Photo: Ben Broomfield
The Wakeと題された本コレクションは、先シーズンのThe Dress Rehearsal、1月にジャンポール・ゴルチエ クチュールのゲストデザイナーとして発表したコレクション「The Procession」に続く、三部作の締め。毎回違う教会をロケーションとする彼女が今回選んだのは、ロンドンでも最も古い12世紀建造の聖バーソミュー・ザ・グレート教会(『恋に落ちたシェイクスピア』('98)や『シャーロックホームズ』('09)のロケ地)でした。お香の匂いが立ち込める神聖な雰囲気の中ランウェイに次々と現れたのは、肌色や真珠色のシアーな素材で仕立てたテーラードジャケットやブルマ風ショーツ、そして対照的にスポーティーなポロシャツやナイロンパーカ、チャンキーなニットなど。至る所にラインストーン刺しゅうがあしらわれ、多くのルックにはコルセットやシンチャー(ウエスト部分のみのコルセット)が配されていました。新しいアイディアは、肩パッド、ヒップパッドやポケット、イヤリング、アンクレットとしてのフェイクファーの部分使い。ガーリーやロマンティックをダークに、時にはゴスにひねることが多いシモーヌですが、彼女の今回のインスピレーションは、なんと19世紀にイギリスを治めたヴィクトリア女王が、夫の死後40年間も喪に服して着ていた黒のドレスの一連だとか。シモーヌに誘われて、美しくエレガントな女王の素敵な亡霊?に会えた、貴重な体験でした。
コルセットのシルエットをニットで表現した、ラメのセットアップ。抱えたぬいぐるみは“ロリータ”な意味合いではなく、チャーチ・グリム(教会や墓地を守ると言われている犬の形の怪獣の霊)が着想源。Photo: Ben Broomfield
タフタとオーガンジーを併用し、ボリューム感のコントラストが顕著なルック。大ぶりなリボンのイヤリングはキーアイテム。Photo: Ben Broomfield
【アーデム】大英博物館で披露した、マリア・カラスへのオマージュ
スクエアな大ぶりの襟がドラマティックなクロップドジャケットと、ペンシルスカートのセットアップ。素材はサフランイエローのブークレ・ウール。Photo: Jason Lloyd Evans
ヴィクトリア女王と夫のおしどり夫婦といえば、二人の名前を冠したのがロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館です。会期を終えようとしていた「Gabrielle Chanel, Fashion Manifesto」展を、パリで2021年に開かれたのと同じだろうと思いつつおさらいのつもりで見に、いざV&Aへ。でも実際は、ガブリエル・シャネルのイギリスでの活動などパリとは異なる要素が盛りだくさんで、とても勉強になりました。そして“ついで”感で見てみたのが、館内の別翼で4月10日まで開催中の「Diva」展。ディーヴァの本来の意味であるオペラ歌手、つまり歌姫の代表としてフィーチュアされていたのは、かのマリア・カラスでした。 彼女はその歌唱力だけでなく、グラマラスな一方傷心のうちに終わった波瀾万丈な人生をはじめ、何といってもそのワードローブで有名です。折しも、これを見た直後に届いたアーデムのインビテーションには、手で顔を覆っているカラスの写真が。モラリオグル・アーデムは頻繁に、ミューズを立て、その女性の人となりからワードローブを掘り下げたストーリーテリング的なコレクションを発表します。なので毎回の楽しみは、背後にある逸話を学んだりムードボードを見せてもらうこと。でもここで彼がイメージしたのは、直球解釈によるカラスのワードローブではありません。1953年のアテネでの公演でホフマンの歌曲「メデア」を熱唱したカラスに特定した彼は、その激しさともろさを表現したのです。オペラコートやスーツ、ドレープを効かせたドレスの一連は、ヘリンボーンや鮮やかな色合いのブークレウール、ラムスキン、またはオーガンザやフローラルプリントのタフタ、フェザーで華やかに、ダイナミックに展開します。後半にはクリスタルの刺しゅうを施したサテンの“カクテル”パジャマも登場し、いつもより着やすいアイテムが多く見られました。そして余談ですが、ここでの“ブリティッシュネス”は、会場が大英博物館だったこと。カラスにちなんで、同博物館はアーデム馴染みのロケーションではありますが、今回は古代ギリシャの彫刻の部屋が選ばれました。
サルヴァトーレ・フィウミの作品を着想源としたデッサンをプリントした、ドレープ・ドレス。フィウミはマリア・カラスとの仕事も多く、20世紀半ばにはミラノ・スカラ座の舞台美術と衣装部門のディレクターを務めた。Photo: Jason Lloyd Evans
期待の新人【アーロン・エッシュ】の着想源は、ほかでもないロンドンの街
パーフェクトなコートは本コレクションのベストアイテム。映画『シャレード』('63・スタンリー・ドーネン監督)でトーク帽をかぶったオードリー・ヘップバーンのように見えて、実は頭にかぶったのはフード。Photo: Courtesy of Aaron Esh
2022年にはセントラル・セントマーチンズの卒業ショーで注目を集め、昨年はLVMH賞のショートリストに残った、アーロン・エッシュ(Aaron Esh)。現在は、2006年にアーティスト支援を目的にアレキサンダー・マックイーン自身が設立したサラバンド財団のメンターシップを受けていることからも、ファッションのプロからの期待度がわかります。彼のインスピレーションはロンドンの街のいろいろなシーン。ミニマルなスタイルに、90年代のストリートのエッジとサヴィルローのテーラード技術を融合させた、ロンドンならではのコレクションを披露しました。特に注目されたのは、シェイブされてポニースキンのように見えるウール。また細長いカシミヤのマフラーは、ヒットしそうなアイテムです。
シンプルながら美しいシフォンのドレスに使われた“なす色”は、ミラノでも見られた次シーズンのトレンド・カラー。サイドパーツで顔を半分隠したヘアにも1980〜90年代の影響が見られる。Photo: Courtesy of Aaron Esh
環境問題への意識が高い、若手と中堅デザイナーたち
パオロ・カルザナの代表的なルックは、草木染めのコットンで仕立てたドレスに、レディ・ガガもファンだと言うナジール・マザー(Nasir Mazhar)のヘッドピース。Photo: Henry Gorse
セントラル・セントマーチンズ出身で、サラバンド財団の庇護下にあり、今年のLVMH賞にノミネート、とアーロン・エッシュと同等の期待を担っているのが、23年春夏コレクションでデビューした、パオロ・カルザナ(Paolo Carzana)です。ただし前者とは対照的なスタイルで、パオロの信条はクラフト、ナチュラル、エコロジー。彼はケリングからサステナビリティ奨学金を受け、アロエ、ばらの花びら、ユーカリプトス、オレンジを素材としたテキスタイルを自身のアトリエで草木染めしているとか。オリジナル素材は、大豆とキャンデリラソウでコーティングした、オーガニックコットンツイル。日本のアンティークシルクを使うこともあるそうです。シワや収縮を駆使した表情のある服の一連は、ジョン・ガリアーノのデビュー当時をも彷彿とさせました。
ユーハン・ワンによる、アップサイクル・レースのドレス。ブリーフケースと白の襟が裁判官へのオマージュ。Photo: Chris Yates
原宿ガールと紙一重? やり過ぎギリギリの線での甘ったるさ、可愛さにエッジを加えるのは、ユーハン・ワン(Yuhan Wang)。今回彼女は、法廷で活躍する女性たちにオマージュを捧げました。インスピレーションのひとつは、4年前に他界するまで長年アメリカの連邦最高裁の判事を務めた、ルース・ベイダー・ギンズバーグの法服。マキシ丈の黒のドレスに白の襟、と言うコードは彼女のエキセントリックなテイストで展開されました。素材ではアップサイクルレース、エコレザーを使用しています。
ユーハン・ワンらしさが顕著なルックは、ブリティッシュなバラの花のクロスステッチを施したランジェリーに、ビニールのオーバーサイズのコートとのミスマッチ。Photo: Chris Yates
マルケス・アルメイダのシグネチャーであるデニムには、グラデーションの染めと切りっぱなしのヘムで趣向を凝らした。Photo: Courtesy of Marques Almeida
ウェルカムバック! 他都市で見せたり、ショーをお休みしていたマルタ・マルケスとパウロ・アルメイダの二人が、LFWに戻ってきました。サステナブルが叫ばれる前からアップサイクルの素材を主としていたマルケス・アルメイダのニュースは、子供服「M’A Kids」のローンチング。また社会派の彼らが多様性を謳って今回キャストしたのは、さまざまな肌の色、年齢、体型のモデルたちです。彼女たちはデニムのバリエーションや、ヘビーサテンで仕立てたクチュールドレス、レザーのハードコアなトータルルックまで、趣向の異なるルックを着こなしました。
【コンプリーティッドワークス】がパフォーマンスに起用したのは、アプファブのスター
コンプリーティッドワークスのプレゼンテーションでの、ジョアナ・レムリー。Photo: Courtesy of Completedworks
ジュエリーとオブジェの新作プレゼンテーションをパフォーマンス形式で見せたのは、新鮮なアイディアにはこと欠かないデザイナー、アンナ・ジュスベリーによるコンプリーティッドワークス(Completedworks)。パフォーマンスを演じたのは、“アプファブ”ことアプソリュート・ファビュラスでパツィを演じたイギリスの国民的スター、ジョアンナ・ラムレイ(Joanna Lumley)です。ちなみに “アプファブ”は、1992年から2004年までとロングランで放映されたコメディで、ケイト・モスをゲストに迎えたこともあり、ファッションネタに溢れていました。だから舞台を覆っていたカーテンが開かれ、リビングルームをイメージした舞台に、コンプリーティッドワークスのアイコニックなジュエリーを身につけたジョアンナが照らし出されると、会場からは拍手喝采が。パフォーマンスはアンナの友人の作家、ファティマ・ファヒーン・ミルザ(Fatima Farheen Mirza)が書いたユーモラスな“告白”のモノローグです。セットにはデッドストックレザーとスカルプチャーのようなハンドルでできたバッグやセラミックの食器、吹きガラスのグラスやカラフ、パールをあしらった花瓶などのホームウェアのピースも配されました。
舞台には、コンプリーテッドワークスのアイコニックなジュエリーが日常のシーンを演出する形で配された。いびつなお皿も、コレクションから。Photo: Courtesy of Completedworks
【バーバリー】はダニエル・リー3回目のショーに先駆けて、ハロッズをジャック
2月は連日暗くなると、モスグリーンをシグネチャーとするハロッズが、バーバリーのナイトブルーでライトアップされた。Photo: Courtesy of Burberry
最後にオフランウェイでもっともブリティッシュな話題は、175周年を迎えたバーバリーが、2月いっぱい老舗百貨店ハロッズをジャックしたこと。アウトドアなライフスタイルに根付いたバーバリーだからこそ、ウインドウの外側にはピールバックテントの天蓋を配し、中にはキャンプ用品を並べました。また店内のポップアップにはカプセルコレクションのアイテムやトレンチコートをはじめとするレインウエアを並べ、キャンプコーナーにはビスポークの登山グッズも揃えました。さらにドアマンもバーバリー・チェックのユニフォームをまとい、外にはお菓子とホットドリンクをサーブするバーバリー・ブルーのフードトラック、と遊びのある演出。こうして街行く人々や買い物客にも、“ブリティッシュネス”を再認識する機会が提案されたのでした。やっぱり、バーバリーあってのイギリスですね。
ピールバックテントの天蓋で飾られた、ジャック中のハロッズのウインドウ。Courtesy of Burberry