ローカル線で本を読む

夏の読書環境には、窓から覗く景色を楽しみながらリフレッシュもできる、ローカル列車がおすすめ。片手には本を、もう片手には切符を持って出かけよう!

レトロな風景と本の世界を行ったり、来たり

 エアコンがきいた図書館や喫茶店は当たり前すぎるし、室内にこもりっきりというのも少し寂しい……。そんな文化系女子に新鮮な読書環境としておすすめしたいのが、ローカル列車。夏の小粋なショートトリップを兼ねて、という目論見である。ゆったりとした運行スピードと、ゴトンゴトンというリズミカルで心地よい揺れ、また柔らかすぎない座席ソファがもたらす空間は、本の世界に没入するのにうってつけ。普段とは違う風景を眺めながら、ひと休みできるのもいい。
 現在、全国各地にはさまざまな個性派列車が存在するが、ここでピックアップしたいのは、都心からのアクセスもいい小湊鐵道。千葉県の房総半島を縦に走るこの列車は、青々とした田園から森のトンネル、そして涼しげな渓流まで、夏らしい景色を随所に見せてくれる。始発駅から終点まで、片道約1時間10分という乗車時間も、読書にちょうどいい。沿線には国の有形文化財にも登録されたキュートな木造駅舎が点在しており、途中下車をして、駅のベンチに読書の場を移すのも一興だろう。養老渓谷駅の周辺散策は、あらかじめプランに入れておくべし。温泉&足湯スポットがあり、このときだけは読書を中断して、リフレッシュを!
 そんなローカル線の旅のお供にしたい本は、下の6冊。鉄道旅行記から海外文学のアンソロジー、恋愛SF、甘酸っぱい思春期の恋愛物語に注目作家のデビュー作、そして心象をスケッチするような詩集まで。どの物語にも温度がある。そして、それは冷えた室内でなく、夏の湿気や匂いをしっかり感じられる場所がよく似合う。途中下車のスポットとして人気の月崎駅。敷地内にある詰所小屋は、現代アーティスト 木村崇人により「森ラジオ ステーション」に変身。"森の音"をライブで聴くことができる。 photography:Osamu Nakamura

小湊鐵道(こみなとてつどう)

五井駅〜上総中野駅の39.1㎞を走る千葉県のローカル鉄道。菜の花が咲き誇る春と紅葉シーズンの秋口がピークだそうで、夏は比較的穴場なのもポイント。都内からの主なアクセスは、東京駅からJR総武線で千葉駅に行き、JR内房線に乗り換え五井駅へ。
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書評家 江南亜美子さんおすすめの6冊

『第三阿房列車』
内田百閒著(新潮文庫/550円)
元祖「乗り鉄」によるエッセイ。『ノラや』などの文豪は、行きは一等、帰りは三等もいとわない列車旅を心から愛した。シリーズ3巻目の本書には昭和29年の房総半島周遊記も。〈なまけるには体力が必要である〉との名言などユーモアとリラックス気分が楽しい。

『楽しい夜』
岸本佐知子編訳(講談社/2,200円)
本に没頭してふと目を上げると見知らぬ風景が。電車で読むには危険な本書は、短編11作を人気翻訳家がセレクト&翻訳。ボブ・ディランを連れ帰って家族と感謝祭の夕食を囲む話から、アラサー女子三人のお喋りが衝撃の結末に続く表題作まで。浮遊感がある。

『ハローサマー、 グッドバイ』
マイクル・コーニイ著 山岸 真訳(河出文庫/850円)
夏にはSFが似合う気がする。階級差のある少年と少女が夏の避暑地で再会し、恋に落ちるという王道的な物語の本書なら特に。戦争と、「粘流」と呼ばれるこの惑星特有の自然現象が恋の行方を左右する展開にドキドキ。大ドンデン返しあり。古びない名作。

『夏のバスプール』
畑野智美著(集英社文庫/620円)
高1の夏休み直前、僕は見知らぬ女子からトマトを投げられる。それが恋の始まり。明るいのにどこか陰のある彼女はつらい経験をしたらしい。オフビートだけど繊細、初めて人を好きになる胸の高まりをとらえたイマドキの青春小説は、真夏に読むのに最適。

『オープン・シティ』
テジュ・コール著 小磯洋光訳(新潮社/1,900円)
マンハッタンをくまなくうろつく「遊歩者」小説と、ローカル線は移動の速度が似ている。精神科医の私は、街の細部や鳥や出会う人々に目を向けては、過去の記憶も呼び起こしていく。「遅さ」の豊かさを教えてくれる、ナイジェリア系アメリカ人作家のデビュー作。

『ブローティガン 東京日記』
リチャード・ブローティガン著 福間健二訳(平凡社/1,300円)
詩の言葉を連れて、電車に乗ろう。1976年の初夏、アメリカの著名な作家は日本に滞在し、日記代わりに詩を綴った。〈日本の夜に耳をかたむける 窓はしめてあってカーテンもひいて〉。つぶやきにも似た素朴で独特のイメージが集積された、著者最後の詩集。

SOURCE:SPUR 2017年9月号「夏にしたいこと、ぜんぶ!」
edit:Masanobu Matsumoto

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