渡辺美佐子さんが語る、原爆朗読劇『夏の雲は忘れない』

広島・長崎の被爆者の手記を長年、読み継いできた渡辺美佐子さん。平和の尊さが薄れゆく今の時代に危機を感じている

Misako Watanabe
1932年、東京都生まれ。俳優座養成所卒。’53年、『ひめゆりの塔』で映画デビュー。『果しなき欲望』(’58)で、ブルーリボン賞の助演女優賞を受賞。’82年、井上ひさし作の一人芝居『化粧』が話題となり、翌年、芸術選奨文部大臣賞を受賞。『化粧』は、海外公演も行われ、公演回数は通算600回を超えている。

 

龍男くんを通して、原爆が非常に身近なこととして胸に残りました

34年にわたって広島・長崎の原爆の惨禍を伝えてきた朗読劇が、2019年の夏、その歴史に幕を下ろした。被爆者の悲壮な手記を読み継いできたのは、戦争を生きた世代のベテラン女優たち。中心となっていたのが渡辺美佐子さん。「女優たち自身が運営し、チケット、台本の発送など自分たちで。毎年、7月から8月にかけて全国を回りました」
渡辺さんを突き動かしていたのは、ある男の子への思い。東京・麻布の小学校の同級生、水永龍男くんだ。
「小学校4、5年のときに転校してきたんですけれど、家の方向が同じだったので、学校の行き帰りはいつも一緒でした。でも、空襲がひどくなって疎開してしまったのか、突然、いなくなってしまった。『龍男くん、どうしてるかな?』とその後も時折思い出していました。私の初恋かな」
戦後35年、女優になっていた渡辺さんは、テレビの対面番組に出演することになって、「会いたい人」に挙げたのが龍男くんだった。しかし番組に現れたのは老齢のご夫婦。
「龍男くんのご両親でした。彼は麻布から広島のおばあさまの家に疎開したそうです。そして8月6日、中学1年生になっていた彼は、広島の町で勤労奉仕をしていたとき原爆の真下にいました。そのときのことは、『いしぶみ 広島二中一年生全滅の記録』という本にもなっています。でも、お骨も、遺品も、目撃者もいない。それで戦後35年たった今もまだお墓を作ることができないと、ご両親は淡々と話してくださいました。
つらい体験を思い出させてしまったことをお詫びを申し上げた私に、『あの子は転校が多くて親しい友達もいなかった。龍男が生きていたことを知っているのは家族と親戚しかいないのに、ずっと覚えていてくださって、こんなにありがたいことはありません』と逆に感謝の言葉をいただいて……。私はスタジオで立っているのがやっとでした。
それまでも原爆のことは知っていましたけれど、彼の死を知ることによって、より大きな怒りを戦争に対して持つようになりました」
その5年後、演出家・木村光一氏から誘われたのが、原爆の悲劇を訴える舞台だった。
「龍男くんのこともありましたし、映画『ひめゆりの塔』にも出演して、沖縄の方々のたいへんなご苦労も知っていました。私たちが戦争のことを覚えている最後の世代だろうと思い、伝えていくのは私たちの務めだと、朗読劇『この子たちの夏』に真っ先に参加しました」
今でも忘れられないのが1985年、広島・長崎での初の公演。「たいへんな緊張だった」と振り返る。
「原爆で家族を失った方々や被曝なさった方もいるご当地でこの朗読劇は、受け入れていただけるのか。震えながら舞台に立ちました。でも、共感してくださる方のほうが多かった。当時は、被爆体験を語りたがらない方もいらしたのですが、朗読劇を見て、被曝した私たちこそもっと人に伝えなくてはいけないと思うようになった方もいらしたそうです。舞台をやってよかったなと思いましたね」

 

若い人の感性で、戦争の愚かさ、残酷さを伝えていってほしい

会場に響き渡る子どもを亡くした母の嘆きや被爆した子どもの最期の言葉。悲しみや怒りを秘めた女優たちの語りはたくさんの人たちの魂を揺さぶった。「地人会」が解散したあとは、女優たちで「夏の会」を立ち上げ、朗読劇『夏の雲は忘れない』を新たにスタート。しかし12年たち、今はみな高齢者、一昨年、毎年日本中をまわる活動に幕を下ろした。
「若い人を交えて続けるということは、考えません。戦争を生きた世代と、戦争を知らない世代では、まったく感性が違うんですね。私たちには一種の使命感のようなものがありましたけれど、強いることはできません。これからは若い人の感性で、原爆や戦争の愚かさ、残酷さを伝えていってほしいと思います」
そんな願いをよそに、近年、憲法9条の改正論議が活発になるなど、日本には今、かつての時代に後戻りするような不穏な空気がたちこめている。
「戦争中、私たちは小学校で竹やりを突く訓練をさせられました。敵の兵士が上陸してきたら、それで抵抗せよと。つまり人殺しの訓練ですね。本当にバカげたことだけれど、ひとたび戦争になれば、それが当たり前になってしまう。平和憲法のおかげで、この76年、私たち日本人は戦争で誰も殺していないし、殺されなかった。その重みを若い世代の人たちには、今一度、考えてほしいと思っています」

 

1 2018年7月、広島で行われた朗読劇の様子。女優たちの力強い声に、会場も静まり返る
2 長年の思いが染み込んでいる朗読劇の台本。「『夏の会』としての活動は終了しましたが、個人として活動は続けていきたい」
3 朗読劇で読まれている作品を集めた書籍『夏の雲は忘れない ヒロシマ・ナガサキ一九四五年』夏の会編(大月書店/1,650円)
4 渡辺さん主演のドキュメンタリー映画『誰がために憲法はある』。日本国憲法を擬人化した「憲法くん」を演じ、日本国憲法を見つめなおす

interview & text: Hiromi Sato

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