今の沖縄を描いたエッセイ集 『海をあげる』を知っていますか?

Yahoo!ニュース本屋大賞 2021ノンフィクション本大賞を受賞した上間陽子さんの著作。実際にこの本を読んだ二人の女性に、肌身をもって感じた思いを聞く

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『海をあげる』上間陽子著(筑摩書房/1,760円)

生々しい沖縄の表情に胸が苦しくなりました
モデル 知花くららさん

「外出先で『海をあげる』を読みながら、とても苦しくなりました。基地のことや性暴力にさらされている少女の話など、沖縄が抱える問題が、そこで暮らす人の目線で描かれている。そこから垣間見える沖縄の表情がとても生々しくて、胸を突かれる思いでした。私自身、沖縄出身で、基地の問題は身近にありました。沖縄の女の子たちは、年頃になると親に注意を受けるんです。『あの地域、あのビーチの周辺は危険だから気をつけなさい』と。1995年に米兵による少女暴行事件が起きたとき、私は12歳くらいでした。同世代の子が、そんな目にあったことが本当に恐ろしくて苦しくて、自分にも起こりうることなのだと肌感覚で危険を認識しましたし、なぜ沖縄に基地があるのかということも子どもながらに一生懸命考えました。

本書の中の水道水の汚染問題も同じ母親として、心が痛んだ箇所です。そんな危険な場所で、子どもを育てなくてはいけないなんて、いかに大変でつらいことか。それももとをただせば、基地から放出される有害物質が原因になっているんですよね。また、沖縄の学校では戦争教育も活発で、沖縄戦の悲劇について、当たり前のように聞いてきていたので、上京後、同級生に『手榴弾って何?』と聞かれたときは言葉を失いました。それだけ温度差があるということを知り、それ以来、私も本土の方に沖縄のことを語るときには言葉を選ぶようになりました。声を上げても届かない無力感や憤り――それが沖縄の人々の根底にはあると思います。ただ、それをストレートに言葉にすると単なるスローガンになってしまうのですが、この本では母としての毎日の一ページの中で、苦しみや葛藤が綴られることで、多くの方の心に沖縄の声が届くのではないかと思っています」

PROFILE
ちばな くらら●1982年生まれ、沖縄県出身。上智大学卒業後、2006ミス・ユニバース世界大会で第2位に輝き、その後、モデルや俳優として活躍。2019年には、初の短歌集『はじまりは、恋』(角川書店)を刊行。さらに建築を学ぶために通信制の京都芸術大学建築デザイン科に入学し、2021年に卒業。現在は国連世界食糧計画(WFP)日本親善大使を務めている。二人の娘の母として、公私ともに充実した毎日を送っている。

 

この本に触れたら、目をそらすことはできない
ライター 長田杏奈さん

「沖縄出身の上間陽子さんは、地元で10代で母親になった女性たちに聞き取り調査を行いながら、ご自身も娘を育てている方。貧困や暴力をかいくぐって生きる女の子たちの言葉に耳を傾け、距離感に気を使いながら手を差し伸べています。追い詰められた10代の女性たちと過ごす時間と、すくすく育つ愛娘との日常風景には、一見コントラストが。しかし、ふたつの場面の行き来を通して、沖縄で育つ女の子につきまとう、地続きの不安や不条理が立体的に手ざわりすら伴って浮かび上がってきます。娘として育ち、誰かの娘を見守り、娘を育てる上間さんの、切実で具体的な脅威。普段の暮らしの中に、個人の力では抜け出すことが難しい、政治的な問題が立ちふさがっていることは、どんなに悔しくむなしいことでしょう。これまでニュースでしか触れてこなかった沖縄の基地、貧困、暴力、性暴力、性搾取。研究者と生活者のまなざしを総動員し、生身の自己開示とともに綴られた『海をあげる』に触れたら、もう目をそらし、知らずに済ませることはできません。

少しでも手助けがしたくて『おにわ』に寄付をしました。『おきなわの』『にんしんしているおんなのこたちを』『わになってまもる』の頭文字をつなげた名称のついたこの施設は、若年出産のシングルマザーを保護するシェルター。半年前に上間陽子さんらが立ち上げました。この10年の間で、沖縄で19歳以下の母親から生まれた子の数は、全国平均の2倍以上だと聞きます。若年妊娠は、母親の身体が未成熟なために通常よりもリスクが高く、成育環境もシビアなことが多いため、医療と連携したサポートが必要です。ついこの間、『おにわ』から桜が描かれたハガキが届きました。この場所で生まれた3人の赤ちゃんが、この春から保育園に通い始めるのだそうです」

PROFILE
おさだ あんな●1977年生まれ、神奈川県出身。美容をメインに、文化人のインタビューや海外セレブ、フェムケアなど、幅広いジャンルの記事を数多くのメディアで執筆。著書に『美容は自尊心の筋トレ』(Pヴァイン)や責任編集に『エトセトラVOL.3 特集:私の私による私のための身体』(エトセトラブックス)。現在はPodcast『長田杏奈のなんかなんかコスメ』、ニュースレター『なんかなんか通信』も定期的に配信中。

教育学者・上間陽子さんインタビュー 『海をあげる』に込めた思いとは?

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琉球大学教育学研究科の教授であり、未成年少女たちの支援と調査を続けてきた上間陽子さん。自身の痛みにも触れながら本作を書いた経緯や、沖縄に住む人々を取り巻く問題について伺った

沖縄という土地はまだ、〝戦後〟の中にある

海は美しく、人々はおおらかで、食べ物もおいしい――。今や観光地として大人気の沖縄だが、『海をあげる』を読むと、違う側面が見えてくる。詩的な文章で綴られているのは、若い女性の貧困や性暴力の問題、基地とともに生きる苦しさなど、沖縄が抱える厳しい現実。通奏低音のように響いてくるのは、著者の静かな怒りだ。執筆したのは、未成年の少女たちの調査・支援を続ける琉球大学教授・上間陽子さん。子育てをする日常を通して沖縄の苦悩を浮かび上がらせている。

「あとがきにも書きましたが、本書の発端は、〝青い海が赤くにごったあの日〟の出来事です。反対運動もむなしく、普天間から辺野古に基地を移すため、大量の土砂が海に投入された。沖縄の暮らしや言葉のひとつひとつが、権力に踏みにじられた気がして、私は書くことの意味を見出せなくなってしまいました。そんなとき、担当編集者に『今、上間さんに必要なのは、目の前の日々を書くことではないですか』と言われ、自分の痛みと向き合いながら、あの日のことを書き上げました」

その後も一編一編、身を削るようにして書いたのだろう。暮らしの中に透けて見えてくる痛みは切実で、読んでいるこちらも身を切られるような思いになる。とりわけ沖縄の少女たちを取り巻く問題は深刻だ。中学生頃から風俗店で働く17歳のママ、幼い頃から兄に性暴力を振るわれてきた少女。過酷な現実を生きる彼女たちに、上間さんはそっと寄り添い、話を聞く。

「仕事の調査で少女と話すたびに感じたのは、彼女たちの声がいかに聞かれていないかということでした。大人に余裕がないということもありますが、彼女たちは、子どもの頃から厳しい環境の中で育ってきて、それが当たり前になっている。今、私は若年出産のシングルマザーを保護するシェルターを運営しているのですが、安心できる場所がないと、本人たちのニーズが立ち上がってこない。『当たり前じゃないよ』ということがわかって、初めてニーズが現れてくるんです」

「沖縄は生きていくのが大変な場所。特に女性にとっては」と上間さん。では、なぜそうなったのかといえば、戦後、沖縄が米軍の占領下にあったことが密接に関係していると言う。
「たとえば若年出産のことで言うと、戦後、沖縄は占領下にあったためバースコントロール(出産制限)がなく、避妊教育もできなかったという歴史があります。また、基地で働く人たちのための花街があとからできた結果、子どもたちが風俗街を通って学校に通わないといけなかったりするんですね。街のゾーニングが徹底されていないことが、垣根を低くしています」

中でも致命的なのは行政の遅れだ。
「このくらい暴力を振るわれたら、行政が介入して当然というのも沖縄では難しいんですね。それは占領によって、何ごとも強権的にものごとが進められていったという歴史があるからです。本土復帰を果たして50年たった今も変わらず、人々の権利はないがしろにされています」

先の大戦で、沖縄は住民を巻き込んだ地上戦があった唯一の地域で、多くの命が犠牲となった。ところが今でもさまざまな犠牲を強いられている。沖縄はいまだ戦争と地続きなのだ。
「今住んでいる家を建てるときの契約書に、『この土地に不発弾が出てきて、工期が遅れたら~』という内容があったんですね。普天間基地のそばで、激戦地だったので、まだ埋まってるものがあるかもしれないと。私の前に、ここに住んでいた琉球大学の教授も『日本兵の霊が出るからお祓いをした』とおっしゃっていました。沖縄で暮らしていると、本当にそういう話が地層のようにいっぱいあって、その話が嘘か本当かということよりも、それが歴史なんだと思います。沖縄で暮らしている人は、そういうこととセットで生きているということです」

 

その土地で生きる人の声を聞くことから始まる

では、そんな沖縄に対して、私たちが何かできることはあるのだろうか。
「沖縄の人たちが抱える怒りを本土の人たちにもわかってもらいたいという思いはあります。でも、それを声高に叫ぶと、拒否反応を起こす人もいるので、『海をあげる』では、後景に透けるように書きました。それに沖縄だけでなく、今は東京で暮らすのも決して楽ではないと思うんですね。みんな、目の前のことで大変で、沖縄のややこしい問題を受け止める余裕なんてないんじゃないでしょうか。特に近年は、政治が国民の生活を守らないという方向に向かい、みんなの閉塞感も加速度的に増しているように思います。

東京に行ったとき、電車の中でおとなしくしている子どもを見ると、本当に胸が痛くなります。子どもが騒がないように気をつけている、お母さんの必死さがひしひしと伝わってきて。その点、沖縄はおおらかで、子どもには誰もが笑いかけてくれるし、出生率が高いので、『子どもがやることはままならないものよね』という一定の理解もある。そういうところは沖縄のよさだと思いますが、それとは違う、沖縄が抱える根本的な問題についてもみなさんに知ってもらいたいと思います」

本書を読んで、沖縄の現状を理解し、人々の気持ちに寄り添うことが、そのファーストステップになるだろう。
「『女性』というパフォーマンスをしている人たちは、組織や家庭の中で、大なり小なり、性暴力を受けているだろうと思います。それを何もなかったような顔をして日々、暮らしていると思うんですね。だから沖縄で起きていることは、たぶんみなさんが体験していることの濃縮版だと思っていて、沖縄を知ることは、受けている不当な扱いに気づいていくことのきっかけになるのではないかと思っています。

それともうひとつ、今できることがあるとすれば、身近な子どもたちの話に耳を傾けるということでしょうか。本書に書いた七海という少女は、中学校時代に出会ったカウンセラーのことが大好きでした。私に父親から性暴力を受けていたことを明かしてくれたのは、話を聞いてもらうことの心地よさを知っていたからで、私はカウンセラーからバトンを受け継いだだけです。『話すことぐらいで、何か変わりますか』と懐疑的だった彼女が、『話を聞いてもらって、変わりました』と言ったときの苦笑いはとても可愛らしいものでした。だからまずは子どもの声を聞く。子どもの危機をキャッチする。そこから始まると思います」

PROFILE
うえま ようこ●1972年、沖縄県生まれ。琉球大学教育学研究科教授。2014年より、沖縄で未成年の女性の調査・支援に携わる。2017年、『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』(太田出版)を刊行して話題に。現在、琉球大学の本村真教授とともに、若年出産のシングルマザーを保護するシェルター「おにわ」の代表も務めている。

FEATURE
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