恋が、ドアを開く。『好きにならずにいられない』

アイスランドの監督、ダーグル・カウリの長編第一作『氷の国のノイ』(03)のオフビートな感覚が好きだったので、新作『好きにならずにいられない』を見にいきました。原題は『フーシ』。この主人公、日本のコピーでは「43歳、デブ。オタク。ドウテイ。」とありますが、私はとってもいい男だと思いました。

フーシは何より、とても優しいのです。だからこそ誰にも迷惑をかけずに働き、趣味に没頭して、小さな世界にこもっている。それが今の世の中ではオタクと呼ばれてしまうのですが、まあ私も好きなことに没頭してきたほうなので、同居する母親とその恋人が「いいかげん外に出たら? ダンスのレッスンでも受けてみなさいよ」とフーシに強引に持ちかけたときは「余計なお世話!」と思ってしまいました。

ただ、その場所で彼はある女性と知り合います。個人的にはプレッシャーとしての恋愛や結婚に自分を合わせる必要はないと思っていますが、異質なものに触れることが人を変えるのも事実。しかも利害じゃなく、無条件に他のもののために何かしてあげたい、っていう気持ちがいろんな可能性のドアを開くんですよね。フーシのドアはこの恋で開かれます。相手の女性、シェヴンが普通のロマンティック・コメディとは違って、情緒的に不安定なところもリアルです。

二人の恋も普通のロマコメとは違う展開を見せますが、そのやりとりも、フーシの他のエピソードも、どこか風変わりでユーモラスで痛々しい。でもそれが繊細な面白さを醸しています。私は母親の友だちのためにフーシがバーナーを持ち出して、クレーム・ブリュレを焼いてあげる場面が好き。恋だけじゃなく、誰の中にもたぶん、普段気づかなくても人のためにならできることがたくさん埋もれているのだと思います。



『好きにならずにいられない』
監督/ダーグル・カウリ
出演/グンナル・ヨンソン、リムル・クリスチャンスドッティル
6月18日よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー
(c)Rasmus Videbæk
映画ライター 萩原麻理プロフィール画像
映画ライター 萩原麻理

本誌で映画のレビューを手がける。ライター、エディター、翻訳もこなす。趣味は散歩と、猫と遊ぶこと、フットボールを見ること。

 

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