ちょっと変な話をしていいでしょうか。映画を観て「酔うこと」についてです。子どもの頃から乗り物に酔うタチなのですが、大人になっても改善せず、いまだに映画でも酔います。そのときの体調に左右されるので一概には言えずとも、やっぱり画面がスピーディに動く、揺れるのに弱いよう。今年の映画だと『ファインディング・ドリー』での水中を360度くるくる移動する感じ、あとイエジー・スコリモフスキ監督の『イレブン・ミニッツ』のカメラワークにも「あ、やばい」と感じました。それが映画自体の評価に関わることはありませんが、静かにゆったり動く映像が好き、という個人的好みには関わっていると思います。
そんなわけで、『ジェイソン・ボーン』にもややためらいがありました。なにしろドキュメンタリー出身のポール・グリーングラスはこのシリーズ二作目『ボーン・スプレマシー』(04)を監督し、「手持ちカメラでアクションを撮る」元祖となった人。緊迫感と動きを出す手持ちカメラ映像は、酔いそうな映像の筆頭でもあります。特に延々続くとつらいんですよね。でも、今回は杞憂でした。
というのも元祖だけあって、『ジェイソン・ボーン』の手持ちカメラ映像は「なぜここでこのカットなのか」が明確で、使い方も撮り方も堂に入っているのです。流行りに乗って「やってみました」亜流とは緩急とキレが全然違う。記憶をなくした男として現れた主人公、ジェイソン・ボーンは三作目『ボーン・アルティメイタム』(07)で自分の正体を知り、その後身を潜めていましたが、今回は「なぜ自分は暗殺者養成プログラムに志願したのか」をさらに深く探っていくことになります。
9年経ってこの主人公を再びよみがえらせた理由として、グリーングラス監督は「変わってしまった世界を描きたかった」と語っていますが、今回ジェイソンが直面するのはスノーデン以降の監視社会。私は一作目『ボーン・アイデンティティー』(02)でフランカ・ポテンテが演じたちょっと呑気なヒロインが好きだったのですが、今回アリシア・ヴィキャンディルが演じるのは徹底して有能なプロフェッショナルで、まったく隙なし。そんな女性像にも、ハードボイルドになってしまった世界が表れている気がしました。
『ジェイソン・ボーン』
監督/ポール・グリーングラス
出演/マット・デイモン、ジュリア・スタイルズ、アリシア・ヴィキャンデル、ヴァンサン・カッセル
10月7日より全国ロードショー
本誌で映画のレビューを手がける。ライター、エディター、翻訳もこなす。趣味は散歩と、猫と遊ぶこと、フットボールを見ること。