S 基本的なことを伺いたいのですが、結城さんのお仕事「ギャラリスト」について、まずは教えてください。
K ギャラリストというのは、自分のギャラリーを持つ美術商のことです。「アートでこんなことをしたい」という思いが合致するアーティストを探して、ギャラリーに所属してもらい、作品を展示したり、販売したりしながら、アーティストとギャラリー両方のキャリアビルディングをするのが主な仕事です。
M アーティストとギャラリストの関係って、タレントと芸能事務所のマネージャーの関係に似ていますよね(笑)。
K すごく似ています。そのアーティストに合った見せ方とか、プロモーションの方法を考えて育てていく感じなので。
M でも、難しい仕事ですね。たとえばアーティストが急に方向性を変えたとき、その理由を理解して応援したり、逆に「これはあなたが本当にやりたいことではないのでは?」と見抜いたり。厳しいことを言わないとアーティストは成長しないし、かといって言いすぎてもめるのは困るし。デリケートな仕事だなって。
K なんでそんなことをご存じなんですか(笑)。マリウスさんがおっしゃる通りで、運営するためにお金の心配もしなくちゃいけないけれど、一人の人間がエスタブリッシュされていくまでには時間が必要だから、じっくりとアーティストに向き合わないといけない。お互いの人間性を理解して、信頼し合っていないと長続きしないんですよね。
M 僕がアート業界を知って面白いと感じたのは、そういうギャラリストとアーティストの関係や、推し活のように楽しんでいる人もいる点です。「このギャラリーは好きだけど、こういうところは嫌い!」というような。アートの世界には、経済も政治も法律もエンターテインメントも全部ある。こんなに興味深い世界はないと思いました。
アートのセラピー効果で、息苦しさから解放された
M 僕はメンタルヘルスとか自己の成長とかにすごく興味があるんですけれど、アートは、触れることで傷ついた心が癒やされたり、不安な状態から落ち着きを取り戻したり、人間の回復力を促す力があると思っているんですね。
K その気持ち、すごくよくわかります。私はもともと会社員で、毎日満員電車に乗って忙しく働いていたんです。でも、自分を押し殺して社会に合わせて生きているうちに、すごく息苦しくなってしまって。そんなとき、好きな美術館やギャラリーを回ると、すごく自分が救われた気がしたんですね。それで、もしかしたらこれはほかの人にも応用がきくんじゃないかと思いました。スポーツとかカラオケとか、人によって発散方法はありますけれど、アートが助けになる人もいるかもしれないと思って、それでギャラリーを始めました。
M アートのセラピー効果、絶対ありますよね。去年ACK(『Art Collaboration Kyo to』)で、大徳寺でブラジルのギャラリーの展示があったんです。ルーカス・アルーダというアーティストの絵を見たとき、心に深く刺さるものがありました。風景画なんですけれど、彼の心の風景をキャプチャーしたもので、彼自身の記憶と想像から生み出されています。光と闇のバランスがすごく繊細で、号泣している人もいて。僕も思わず涙がこぼれた、洗礼を受けたような体験でした。
M 僕は以前、あるキュレーターから聞いた話が心に残っていて。その人いわく、「そのアートをどの場所に飾るかはキュレーターが決めるのではなくて、アートがその場所を選んでいる」って。それを聞いて、自分がアートを見つけるのではなくて、アートが自分を見つけてくれるんじゃないかなと思うようになりました。いつどんなふうに心が動くかは自分ではコントロールできない。まずアートがあって、それに心が動かされるわけで。アートを鑑賞するとき、そういう意識の転換が大事なのかなって思ったりします。
K アートが自分を見つけてくれるって素敵ですね。アートって、すぐに理解できないところが私はいいと思うんですよ。ずっと謎が残り続ける。腑に落ちるまで10年20年とかかる場合もある。すぐに理解できるものは、すぐに去るけれど、複層的なアートは長く心に残ると思うんですね。だから今は理解されない作品でも100年後、200年後に誰かに影響を及ぼして、今より生きやすい社会に変わってくれたらいいなと思っています。