フランス人間国宝の高次元センス#23

人間国宝……この単語から、作務衣を着た厳粛な表情のおじいさんを連想してしまいますが、それは日本の芸術家や工芸作家のイメージ。東京国立博物館の表慶館で開催されているのは、人間国宝に相当する「メートル・ダール」認定作家と、候補になり得る素晴らしい技術を持った作家の作品が集まった展覧会です。その名も「フランス人間国宝展」。


1994年、日本の「重要無形文化財認定(通称、人間国宝)」にならってフランス文化省が設定した称号だそうで、人間国宝の先輩の国の国民として、どんなものかと余裕を持って会場に向かったのですが……。プレスデーの会場に集まっていた、来日したフランス人作家の方々のお姿を拝見し、まず圧倒されました。自然体でおしゃれすぎる……。もちろん作務衣の方はいません。男性はスーツを着こなし、女性はフランス感あふれる、シックな黒いドレス姿が多いです。でもサンダルと合わせたり、抜け感をうまく演出していました。中には結構若い作家もいます。扇を作っているシルヴァン・グエン氏は2015年に38歳でメートル・ダール認定。銅版彫刻のファニー・ブーシェ氏は2015年、39歳で認定……。どれだけ人生安泰なのでしょう! ちなみに日本人では50代で人間国宝認定されるとかなり若いと言われます。

フランスの人間国宝、そうは言っても日本の巧の伝統技術と手先の器用さには及ばないのでは……? という思いがあったのですが、最初の部屋に展示されていた、ジャン・ジレル氏の曜変天目茶碗のすばらしさに目を奪われました。宇宙空間のように、星々や星雲が濃紺の中にきらめいています。角度や時間によって変わる光は、宇宙の変化を表しているよう。「曜変天目茶碗は私にとって世界一美しいものです」というギャラリートークでの作家本人の言葉が心に残りました。


金銀細工のロラン・ダラスプ氏の、チケットやカタログの表紙にもなっているチューリップのグラスも、繊細で美しかったです。壁紙作家フランソワ=グザヴィエ・リシャール氏の和紙の作品、真鍮細工のナタナエル・ル・ベール市の流線的でゴージャスなオブジェなど、細部まで完成度が高く、美と気品を兼ね備えていました。フランスの人間国宝もかなりの腕だと認めざるを得ません。

傘作家のミシェル・ウルトー氏、扇作家のシルヴァン・ル・グエン氏の作品も貴族的で豪華でした。「幼少期に傘に魅了され」「2000本以上の傘を所有」している傘作家と、「8歳の頃から扇に魅了された」扇作家のお二人とも、たぶん富裕層のお育ちなのでは?と想像。

傘と扇の優雅な共演。ルーブル宮殿の残り香を感じます。作家の方々も素敵な紳士でした。


それにしてもフランス人がこれほどまで細かい手作業が得意だとは……。「折り布」作家のピエトロ・セミネリ氏による、2年間かけて一枚の布で作られた18mの長さの布作品など圧巻でした。そして「折り布」というジャンルがあるのも知らなかったです。「エンボス加工」(ゴフラージュ)も魅力的でした。

ロラン・ノグ氏のエンボス作品は、天使やドラゴンなど神話的モチーフが白一色の中に浮き上がっていて素敵でした。他にも、伝統的な紋章を刻んだ作品を作る「紋章彫刻」というマニアックな分野があったり、日本の人間国宝とは趣の異なるジャンルが新鮮です。フランスで、新しいアートの分野を自分で立ち上げて、それが評判になったら人間国宝になれるかもしれません。メートル・ダールの柔軟性に希望を感じました。

もしこの中で一番弟子になりたいジャンルを選ぶなら、こちらのエンボス加工かもしれません。モチーフのセンスが絶妙です。こちらは触れるエンボス絵本です。

ただ、フランス人キュレーターの最初のお話によると、メートル・ダールに認定される基準は「技術はもちろんイノベーションの姿勢があり、使命感を持って一生かけて研究していこうという方。人間性も素晴らしい方」だとのことでした。確かに作家の方々、皆さん人格者らしい佇まいでした。穏やかな中に才能の光と崇高な使命感が漂っていました。プロフィールにも、「恵まれない青少年の支援に取り組む一方で、ヒマラヤ登山」「人道支援セクターに勤務」と波動が高い経歴が書かれていたり……。素晴らしい人が作るものは素晴らしい、ということでしょうか。またフランス人に完敗です。

ネリー・ソニエ氏の羽根細工。14歳でこの技術に出会い天職だと悟ったとか。早熟なセンスです。


「フランス人間国宝展」
期間:~2017年~11月26日(日)
時間:9:30~17:00( 入館は閉室30分前まで。ただし、金曜・土曜および11月2日(木)は21:00まで開館。)
休館日:月曜日(10月9日(月・祝)は開館)
場所:東京国立博物館 表慶館(上野公園)
東京都台東区上野公演13-9

http://www.fr-treasures.jp/


辛酸なめ子プロフィール画像
辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。

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