「鳥獣戯画」のサステイナブルな人気を体感 #64

東京国立博物館の「国宝 鳥獣戯画のすべて」展は、緊急事態宣言によって臨時休館が継続されることとなってしまいました……。関わった方や楽しみにしていた方の気持ちを考えるととても切なく残念で、絵巻に書かれた生き物たちも寂しがっているように思います。初日に伺った時の展示の様子を微力ながら伝えられればと思います。

今回の展示は、「鳥獣戯画」の全4巻(甲・乙・丙・丁)、全場面を一度に公開するという、展覧会史上初の試みです。平安時代から鎌倉時代にかけて描かれた「鳥獣戯画」。一番メジャーなのは、擬人化された兔や蛙が登場する「甲」巻。約11種の動物が出てきて(レアな猫や鼠、鹿なども)かわいくて癒されます。この「甲巻」の絵柄をモチーフにしたグッズも多数展開しており、「鳥獣戯画」は約800年経ってもコンテンツとして十分魅力的です。

 

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「鳥獣戯画」の「甲巻」の模本のワンシーン。ひっくり返る蛙を眺める動物たち。誰も助けようとしないのが気になります。

展示はまずは「甲巻」の模本から始まります。本物を拝見する前に、流れを予習。兔と蛙が猿を追いかけ、ひっくり返った蛙を見守る動物たち。兔と蛙が相撲を取り、兔が投げ飛ばされ、気付いたら猿が法会を執り行って動物たちが多数参列。ケンカしたり、戯れたり、俗世に身をやつしていても、最終的には仏教が救ってくれる、という啓蒙のメッセージが込められているのでしょうか。

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近年まで鳥獣戯画4巻(全長44メートル以上)が納められていた箱。内側は金銀の蒔絵になっていてゴージャスです。
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「乙巻」の「水中を泳ぐ犀」は玄武のような霊妙な生き物です。

「乙巻」は、馬や牛、鶏、鷹など十六種の動物がリアルに描かれていて、動物図鑑のようです。「甲巻」の幻想的な擬人化動物の世界から一転し、現実に戻った感が。動物の体の描写力はすばらしいです。「鳥獣戯画」は各巻の共通のテーマを見つけることが難しく、誰が何のために描いたのかもわかっていないそうですが、淡々と動物が描かれた「乙巻」も謎めいています。犬がケンカするシーンも出てくるので、もしかしたら仏教の「畜生道」の虚しさを表しているのかもしれません。でも後半は玄武や麒麟、龍、白象などが出てきて神獣率が高まっています。最後は悪い夢を食べる獏が出てくるのも象徴的です。六道輪廻の畜生道も、幻の世界だと説かれているかのようです。

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「丙巻」の「双六」。当時、賭け事だったのでしょうか。身ぐるみはがされた夫の背後に寂しそうな妻の姿が。

「丙巻」は囲碁や闘鶏などゲームや遊びに興じる人物、そして後半は動物が描かれています。「甲巻」の生き生きとしている動物たちと比べると、人間の絵がかわいくないというか滑稽で不格好に見えます。双六に負けて身ぐるみはがされる老人を悲しそうに見つめる妻や、首に引っかけたひもを引っ張り合う「首引き」という謎の遊び、太った男と痩せた男が引き合う「腰引き」、「目比べ」と呼ばれる「にらめっこ」、鶏を戦わせる「闘鶏」を眺める人々、それと比べて観衆の民度が低そうな「闘犬」など、当時の遊びが描かれています。スマホがない時代の体を使ったプリミティブな遊びが興味深いです。後半は、動物たちが競争したり蹴鞠をしていますが「甲巻」の動物たちに比べると存在感が薄めです。

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「丙巻」の「闘犬」。見物している中に全裸の男子が……。当時は全裸で逮捕とかなかったのでしょう。

「丁巻」は、また人間たちが遊ぶ姿が描かれています。曲芸や験比べ、法会、流鏑馬、石合戦、など……。わりと雑なタッチですが(それぞれ描いた人が違いそうです)、当時の風習を知ることができます。このような戯れも虚しい、ということで、また仏の道に導かれそうです。

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本来の「鳥獣戯画」の巻物から分かれたものや、失われた場面を描いたものも確認されています。復原甲巻第二グループ「住吉家旧蔵模本」の中のワンシーン。

やはり今回のメインは「甲巻」。模写で予習したあとは実際に本物を拝見できるのですが、なんと足元が動く歩道で、一定の速度で流れるようになっていました。これでなかなか進まない人流に苛立つこともありません。わりと低速なのでじっくり鑑賞できました。原本を見て思ったのは、ここに描かれている動物たちは生きている、ということ。絵巻から飛び出してきそうな生命力を感じました。これが800年以上続く人気の理由かもしれません。

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「甲巻」展示コーナーの前には動く歩道が! 歩かないのでラクでした。アイドルの握手会とかでも使えそうな設備です。
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 「丁巻」に描かれた人間たちの遊び。この巻は鎌倉時代に描かれたという説があります。

後半は、「鳥獣戯画」が伝えられる京都市の高山寺の明恵上人(鎌倉時代を代表する高僧)ゆかりの絵巻物や仏像などの展示品も充実していました。生き人形のようにリアルな「明恵上人坐像」は、求道のために一部切り落とした耳まで再現されていました。明恵上人の瞳には諸行無常が宿っていました。展示が会期途中で休館になってしまったことも、明恵上人は達観して受け入れていらっしゃるのでしょうか。激しい修行に打ち込んで右耳や左足の指を一部切り落とし、和歌の才能にも恵まれ、夢の記録を残していたという、かなりキャラの濃いお方です。「鳥獣戯画」のよう個性的な作品がこのお寺に伝えられているのも納得させられました。「鳥獣戯画」に負けない高僧、そしてお寺だと恐れ入りました。展示は見られなくても、「鳥獣戯画」全巻と明恵上人の展示が集結した国立博物館はパワースポットと化して、東京にエネルギーを伝搬してくれることでしょう。

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神がかった瞳の「明恵上人坐像」。明恵上人は神秘体験が多く、右の耳を切ったあと、痛みに耐えながらお経を唱えていたら金色の文殊菩薩が獅子に乗って出現したそうです。  

特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」

期間:〜5月30日(日) 時間:9:00〜19:00 金曜・土曜は9:30~20:00(閉館の60分前まで)
   臨時夜間会館日などはHPにて要チェック。
休館日:臨時休館中
※開催日時などにつきましては、新型コロナウイルス感染症の発生状況(緊急事態宣言など)により、変更の可能性もあるので、念のため下記HPなどでご確認ください。

住所:東京国立博物館
   東京都台東区上野公園13-9

https://chojugiga2020.exhibit.jp/


辛酸なめ子プロフィール画像
辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。

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