天国のような美しい色使いに引き込まれる ヒルマ・アフ・クリントの作品。大回顧展なので初期のデッサンや草花の絵、書籍の挿画のためのスケッチなども展示されていて、画力と色使いの才能を感じました。ストックホルムの王立美術アカデミーで優秀な成績だったというのも納得です。写実的な絵も描けるヒルマ・アフ・クリントは、どのようにして抽象画というジャンルを開拓したのでしょう。
ヒルマは1862年、ストックホルムの裕福な家庭に生まれました。王立芸術アカデミーを経て職業画家としてのキャリアをスタートさせます。女性のアーティストは数少なかったそうですが、若いうちからプロ意識を持っていたヒルマは、挿画の仕事などで活躍します。
王立芸術アカデミーで優秀な成績をおさめたヒルマ・アフ・クリントのデッサン力に驚かされます。
当時、スウェーデンではスピリチュアルがブームになっていて、感化されたヒルマは17歳のときに初めて交霊会に参加していたそうです。スピデビューがかなり早いです。ヒルマが本格的に霊的存在からメッセージを受信したのは1896年のこと。心霊主義団体であるエーデルワイス協会の会合に定期的に参加するようになったヒルマは、そこで4人の女性と意気投合。アート集団「5人(De Fem)」 を結成します。「5人」 は高次元の霊を降ろして創作する「自動描画」や「自動書記」に取り組みます。スウェーデンでは神智学の団体内では女性が自由に表現できる風潮があったそうで、ヒルマもそんな空気に希望を見出していたのかもしれません。交霊会で霊媒としての能力を発揮することで女性は社会的地位や発言力を得ることができました。
「5人」が自動描画で制作したノート。繊細な鉛筆の線からも、高次元の調和のエネルギーが感じられます。
5人は交霊会でトランス状態になって、霊的存在からメッセージを受け取りました。チャネリングの先駆けです。その記録はノート15冊とドローイング100枚にもなり、モチーフは波線や植物、天体、細胞など。ヒルマだけが描いたというわけではないですが、抽象画の予兆を感じさせます。「自動描画」ドローイングには十字架や草花、螺旋、オウムガイ、霊的存在の名前の頭文字など、その後のヒルマの絵画にも頻出するモチーフが描かれました。「5人」のスケッチブックを見ると、円やハート、花など平和なモチーフが多く、高次元のヴァイブスが感じられます。
「神殿のための連作」の最初のシリーズ。世界の誕生についてという神智学的な教えがテーマの波動高い系アートです。
1904年、「5人」の交霊会で、ヒルマは霊的世界についての絵を描くようにという啓示を受けたそうです。高次元霊の指令は断れない雰囲気です。それからヒルマは「神殿のための絵画」の制作にとりかかります。高次元霊は、ミッションを課すだけでなく、ちゃんとプロデュースもしてくれました。高次元のアナンダから「アストラル界についての絵画制作の預言」というアイディアを受け取ったヒルマ。「物質世界から解放され、霊的能力を高めることで人間の進化を目指す」神智学の教えについての絵を描くように告げられました。そして10年をかけて描かれたのが193点からなる「神殿のための絵画」です。螺旋や渦巻き、花、受胎、貝などのモチーフが、北欧のセンスを感じさせる色彩で描かれています。スピリチュアルだけれどおしゃれなのがヒルマのアートの魅力です。高次元のセンスはレベルが高いです。
左は、男性性と女性性がテーマの、スピリチュアルな性愛を表現した作品。右は「5人」が儀式で使用していた祭壇が描かれています。
人間としての進化のために、そして高次元アートのために、自分の幸せにはかまわず、ストイックに生きていたヒルマ。彼女にはヘルディ医師という密かに愛する男性がいました。結婚を申し込まれたけれど断ったそうです。「結婚や家族という幸せは私の運命ではない」と言っていたとか……。また、幼い頃から肉や魚、卵は食べない生粋のベジタリアンでした。依代(よりしろ)として霊的存在からのメッセージを受け取るためには、心身を常に清め、俗世から距離を置くことが必要だったのでしょう。それにしても、高収入の医師からのプロポーズを断るとは……創作活動への献身的な姿勢に感動を覚えます。
気の会う仲間からも距離を置き、孤高の存在となっていくヒルマ。45歳のとき、ヒルマは自分が「5人」のリーダーにふさわしいと高次元の霊に言われたと主張しますが、他の4人に拒否されて、グループは解散することに。実はそんなに人望がなかったのか、それとも一人だけ才能が突出していて自然と飛び出す流れになったのでしょうか。ちょっと古い例えですが、SUPER MONKEY'Sの安室ちゃんのように……。
「10の最大物、グループIV」の「成人期」(右)と、「老年期」(左)。この色合いのような平和な老後を送りたいです。
今回の見どころでもある「10の最大物、グループIV」(1907年)は、高さ約3.2メートル、幅約2.4メートルの巨大な絵画で、圧倒的な存在感です。人生の4つの段階がテーマで「幼年期」「青年期」「成人期」「老年期」にわかれています。祝福されて誕生し、楽しい青春時代を経て、円熟していく人間の営みが描かれています。なんとわずか2ヶ月のうちに10点を仕上げたそうで、高次元霊の手厚いサポートがあったのでしょう。
母親の世話などもあり一時的に制作は中断されますが、1912年に再開。この間、高次元霊の難易度の高いミッションに対応するため、瞑想などをして精神を鍛錬していたそうです。
「10の最大物、グループIV」の「幼年期」は、青い色に包まれて安心感が。ヒルマにとって青は女性、黄色は男性を象徴する色でした。
「白鳥、SUWシリーズ、グループIX: パート1」は、白と黒の二項対立の構図から始まり、分離から融合へ……。
1914年に描かれた「白鳥、SUWシリーズ、グループIX: パート1」は鳥類がモチーフになった全24点から構成される作品。黒と白に二分された黒鳥と白鳥が、分割されて、原子のように小さくなり、再雌雄的には陰陽のシンボルのように黒と白が混じり合う様子は、二元論を越えて霊的に進化していく段階を表しているのでしょうか。精神的に達観していたことが伺い知れます。「私と世界は不可分の存在。それが原子」と語っていたヒルマ。「この世の全ては1つである」という「ワンネス」の思想に至っていたのかもしれません。
「白鳥、SUWシリーズ、グループIX: パート1」は、二元性と統合が繰り返しながら進化していくモチーフが描かれています。
「祭壇画、グループX」(1915年)は、ヒルマが構想していた螺旋状の神殿に飾るために描かれました。ただ、ヒルマは、尊敬していたシュタイナーに「神殿を建てたい。一緒に建てましょう」と提案したら断られたそうです。とはいえ絵画は素晴らしく、美しい色調の階段が太陽に向かっていく構図を眺めていると、魂が引き上げられる感覚が。まさにアセンションアートです。スピ系の友だちにこの絵を教えたら、かなり気に入っていました。
「祭壇画、グループX」は、神智学的な思想が感じられるとともに、美しい色合いに癒されます。
「祭壇画、グループX」の三枚の作品が展示された空間。しばらく佇むと浄化される感覚が。
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ゲーテの色彩論やシュタイナー周辺で行なわれた水彩技法を取り入れた作品。背景のにじみ方も美しいです
1917年頃から、ヒルマはさらに霊的世界への探求を深めて、自然の背後にあるアストラル界の概念を研究します。ヒルマの植物メモも紹介されていましたが、「チューリップ/体力は必要な財産」「キランソウ/ 花はエーテルの力を届け、アストラルの力を受け取る」「ライラック/ゾロアスターの力が宿っている」など、独自の見解が記されていました。植物とチャネリングもできたのでしょう。
「地図: グレートブリテン」は1932年の作品。老年期の作品は幻想的でまた違った魅力があります。
他にも予言的な絵画を残すなど、スピリチュアル系アートの礎を築いたヒルマですが、生前は作品をほとんど世に出さず、謙虚につつましく暮らしていたようです。「私の作品が世に理解されるようになるまでは20年ほどかかるだろう。20年間は作品を封印し、世に出してはならない」という遺言が。エゴも成功欲も名声欲もないからこそ、高次元の存在に選ばれ、愛されたのでしょう。カンディンスキーやモンドリアンよりも早く抽象絵画を描いていたのに、自らの功績を主張することもありませんでした。死後封印され、長い時を経て世に公開された、ヒルマ・アフ・クリントの高次元のアート。現代人がそれを受け入れられる霊格の持ち主なのかは微妙ですが、彼女の素晴らしいアートによって癒されているのは間違いなさそうです。
ヒルマ・アフ・クリント展
期間:~2025年6月15日(日)
時間:10:00~17:00 金・土20:00まで(入館は30分前まで)
休:月(祝休日は開館し翌平日休館)
会場:東京国立近代美術館
千代田区北の丸公園3-1
https://miro2025.exhibit.jp/