恩田 陸『蜜蜂と遠雷』インタビュー 「読者の頭の中に、文字で音楽を鳴らしたいんです」

「ピアノコンクールだけで完結する小説をがっつり書きたかったんです。主人公のトラウマとかの伏線もなしに。構想を始めて12年。ようやく納得のいくものが完成しました」

恩田陸さんがそんな自信とともに発表した『蜜蜂と遠雷』は、名高い国際ピアノコンクールが舞台。正規の音楽教育を受けないのに聴く者を魅了する風間塵、かつて天才少女と呼ばれた亜夜、名門ジュリアードの貴公子マサル・カルロスといった才能ある若者たちが集い、2週間に及ぶ予選と本選を戦いぬく音楽小説だ。

「まず天賦の才を持つ風変わりな少年が頭に浮かび、彼と切磋琢磨するのは誰?と、ほかの人物を造形していきました。妻子ある最年長の明石も含め、みんな天才。でも宇宙人みたく理解不能ではなく共感できる天才です。どの子にも愛着がありますね」

最も苦労したのは、演奏者が弾く曲のプログラム構成だったそう。普段からピアノを愛する恩田さんも、自身の趣味の範囲を超えてさまざまな音源を聴きこんだ。その成果か、小説からは、各人の個性にあったピアノの音がたしかに流れてくる。

「読者の頭の中に音楽を鳴らしながら、同時に演奏者の心情も書けるのは小説だけの特権です。演奏シーンが増えるにつれ、それをどう描くかは毎回本当に悩みましたが、結果的に音楽と小説の親和性は高いと思いました。架空の課題曲『春と修羅』も、読者の耳に聴こえたらいいな」

リストのピアノソナタロ短調が、マサルの感性によって、長編小説になぞらえて描写されるくだりも、本作の山場のひとつ。「あれは最初で最後の禁じ手を使いました」と恩田さんはほほえむが、主要人物たちが入れ替わりながら語り手を担うので、読者は彼らの優れた耳を借りて音楽を解釈することができる。長編を飽きさせない工夫がいっぱいだ。

ライバルながらリスペクトもしあう演奏者たちが、音楽への純粋な愛を爆発させる姿には、胸を打たれる。

「音楽でも小説でも技術を超えたところに感動が生まれます。それが芸術。そこに向かって自分を追いこめる一途さこそ才能かもしれません」

最後に、ジャンル横断的に多くの作品を生みだす恩田さんの執筆のモチベーションは、と訊ねると「意地ですね」と即答。「書かなくなった、面白くなくなったと言われたくない。意地があるうちは書き続けますよ!」

Profile

おんだ りく●1964年生まれ。’92年『六番目の小夜子』でデビュー。ファンタジー、SF、ミステリと手がけるジャンルは幅広い。『夜のピクニック』で本屋大賞、『中庭の出来事』で山本周五郎賞を受賞。ほかに『錆びた太陽』など多数。

『蜜蜂と遠雷』
恩田 陸著(幻冬舎/1,800円)

16歳の無垢な少年、復活をかける元天才少女、気品と華で魅了する天性のスター青年……。音楽の神に最終的に愛されるのは誰か。ピアノコンクールの予選から本選までを緊張感ある筆致で描き、広く読者に支持された著者渾身の長編。第156回直木三十五賞、2017年本屋大賞受賞作。

SOURCE:SPUR 2017年5月号「SPUR finds…/INTERVIEW」
interview & text:Amiko Enami photography:Takashi Ehara

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