6人が向き合った、「戦争」ーー戦後75年の今、あの時代を知らない私たちが考えるべきこと vol.2

いつのまにか私たちは、戦争を「目を背けたい恐ろしい過去」「自分たちとは関係のないこと」「やむを得ないこと」という安易な認識で捉えてしまってはいないだろうか? 戦争体験者だからこそ、あるいは戦後生まれであっても、その本質に真摯に対峙して作品を創り出している作家、アーティストの姿勢とその作品から、かけがえのない平和を守るために思考し、行動する力をもらおう。

※この記事はSPUR本誌2015年9月号にて掲載された同名特集を転載しています。

 

PROFILE
ちばてつや
●1939年東京都生まれ。2 歳のとき、旧満州・奉天に渡る。’56年、17歳のとき、貸本向け単行本で漫画家デビュー。代表作に『あしたのジョー』(原作:高森朝雄)、『おれは鉄兵』『のたり松太郎』など。2012年より日本漫画家協会理事長。

 

食べものを争って人が死ぬこともある。戦争は人を餓鬼に変えると思いました

漫画家 ちばてつやさん

 不良少年ジョーが世界的ボクサーに成長していくサマを描いた『あしたのジョー』。日本漫画史に名を残す、この傑作をちばさんが描いていたときのこと。
「ジョーの対戦相手で金竜飛という韓国人がいます。朝鮮戦争のとき、子どもだった彼は、飢えから、ある男を殺してしまう。でもよく見るとそれは自分に食べものを持ってきた父親だったという悲劇を背負っています。これを描いているとき、ふと思いました。『これは満州の引き揚げのときのことを描いているんだな』と」
 第二次世界大戦当時、中国北東部を植民地とし、満州国を建国した大日本帝国。終戦当時、6歳だったちばさんは、父親の仕事の関係でこの地で暮らしていた。
「終戦が近づくにつれて、中国人の態度が変わっていったのを覚えています。以前は日本人に道を譲っていたのが譲らないようになり、しまいにはすれ違いざまにペッとツバを吐いたりする。そういう光景を見ていたので、時代が不穏な空気に包まれていくのは感じていました」
 ついに終戦を迎えると、日本人と中国人の立場は逆転。「日本人が暮らす社宅に中国人がなだれ込んできました。ドアや窓ガラスを押し破って家財道具や金目のものを持っていくんですね。うちの母親は机やタンスをドアの前に置いて必死で守っていた。幸いうちは無事でしたが、ほかの家からはガラスを割る音や悲鳴が聞こえてきて、それは恐ろしかったです」
 終戦の大混乱の中、放り出された日本人。ちばさんも両親と弟3人とともにあてもなく逃げ惑うことになった。
「日本人だとわかると殺されるかもしれません。昼間は工場の倉庫や学校に隠れ、夜陰に乗じて移動しました。つらかったのは冬の寒さです。私がいた奉天は零下20℃くらいになるんですが、着るものと食べものを交換してしまうから夏のような薄着で過ごすしかない。食べものをめぐって争う人たちの姿もよく目にしました。戦争は人を餓鬼に変えてしまう。その記憶が『あしたのジョー』でふと甦りました」
 そんな中、救いの手を差し延べてくれる人もいた。父の同僚だった中国人の徐さん。危険を承知で一家をかくまってくれた。「本当にありがたかった。今の自分があるのは徐さんのおかげです」と振り返る。結局、逃亡生活は一年にも及んだ。
「大日本帝国は壊滅しちゃってるから、私たちのことを助けてくれる人なんて誰もいない。まさに棄民ですよ。僕は子どもだったから旅行気分だったけれど、親は大変だったでしょう。寒いし、不衛生だし、病気で亡くなる人も多かった。希望を失って自殺する人も少なくありませんでした。それでもうちはなんとか家族全員が無事に日本に帰ることができた。もうあれは奇跡だと思っています」

 

戦記漫画に子どもが憧れたら大変だと思った

 『紫電改のタカ』は、漫画家になったちばさんが、24歳のときに描いた作品。大戦末期、戦闘機のパイロットとなり、はかなく散っていった若者たちを描いた名作だ。
「当時、戦記漫画がブームだったんですが、子ども向けの話なのでカッコいいのが人気なんですね。ゼロ戦で敵機を何機やっつけたとか、敵艦を爆撃して沈めたとか。でも何か違うと思った。これを読んで、子どもたちがカッコいいと思い、戦争に憧れたら大変だと。戦争のリアルな部分を描かなければと思いました」
 その熱意は、作品に色濃く反映され、作品はほかの戦記漫画とは一線を画すものになった。男らしさ、勇ましさの裏に隠された「本当は死にたくなんかない」という若者たちの切なる願い。
「特攻隊員が家族に宛てた手紙などを読むと『お国のために散っていきます』と書いてある。『死にたくない』とは書けない。そう思っていても言えないんですよ。それが戦争なんです。指揮官に『誰か志願するものはいるか?』と言われて、『はい』とひとりが一歩前に出れば自分も前に出ざるを得ない。人間ってそういうものなんです。そのときの彼らの気持ちを考えると本当に心が痛い。彼らの死を無駄にしないためにも、二度と同じ過ちを繰り返してはいけないと思っています」

 

戦闘機・紫電改のパイロット、滝城太郎を主人公に、第二次世界大戦末期を勇敢に生きた若者たちの苦悩を描いた作品、『紫電改のタカ』より。被害者としてだけでなく加害者としての側面も描かれている。50年前の作品だが、何度も文庫やリニューアル版が出されている名作。

SOURCE:SPUR 2015年9月号「6人が向き合った、『戦争』」
photographs:Kikuko Usuyama interview & text:Hiromi Sato

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