6人が向き合った、「戦争」ーー戦後75年の今、あの時代を知らない私たちが考えるべきこと vol.6

いつのまにか私たちは、戦争を「目を背けたい恐ろしい過去」「自分たちとは関係のないこと」「やむを得ないこと」という安易な認識で捉えてしまってはいないだろうか? 戦争体験者だからこそ、あるいは戦後生まれであっても、その本質に真摯に対峙して作品を創り出している作家、アーティストの姿勢とその作品から、かけがえのない平和を守るために思考し、行動する力をもらおう。

※この記事はSPUR本誌2015年9月号にて掲載された同名特集を転載しています。

 

PROFILE
きょう まちこ
●漫画家。東京都生まれ。東京藝術大学卒業。代表作『cocoon』は2013年に劇団「マームとジプシー」により舞台化され、複数回再演されている。2015年、第44回日本漫画家協会賞・カーツーン部門大賞に『いちご戦争』が選ばれた。http://juicyfruit.exblog.jp

人間の弱さを認めながら、自分の思考を作品として残していきたい

漫画家 今日マチ子さん

 今日さんが戦争をモチーフに漫画を描き始めたのは、2009年「エレガンスイブ」にて発表された、『cocoon』から。
 「2008年に編集者から『沖縄戦とひめゆり学徒隊の話をモチーフに描かないか』という提案を受けたのがきっかけです。最初は断ろうと思ったのですが、担当編集者と沖縄の戦跡を巡って、その生々しさを目にしたら断れなくなった。ひめゆり平和記念資料館で、犠牲になった方々の写真の展示を見たのですが、顔写真にはそれぞれの方の印象や簡単なエピソードが添えられていました。それを見た瞬間に、自分の身に置き換えて考えることができたんです。同級生がここで亡くなっていたら……という感覚になりました。これをなかったことにはできない、何かを描かなくてはいけないな、と」
 『cocoon』は、史実に基づいてはいるが同時に現代に通用するファンタジーであるように意識して描かれている。
 「従来の戦争漫画とは違うものを描きたい、と思って始めたので。けれど予想以上に反響があって、自分以外の人の感じ方はいっぱいあるということもわかりました。そのなかで“戦争もの”としてフィルターがかかることでひたすら少女がかわいそう……、戦争はよくない、という方向にだけ受け取られている気もして。それが第一の主題ではなく、戦時下の少女たちの日常や弱さ、ずるさもちゃんと伝えられるように描ききりたい。そう思っているうちに次の作品へと続いていったところがあるんです」

 

戦争と少女のコントラストから見えてくるもの

「戦争下に置かれた少女を描いていくうちに、少女と戦争は日本人と戦争の距離感に似ているんじゃないかと思うようになりました。自分には責任がないし、被害者になることはあっても、まさか加害者になるとは思っていない。自分は絶対に無垢であると信じている。私が女子高生時代に感じた、少女たちの無自覚さからくる“ずるさ”のようにも思えました」
 そんな思考を続けながら、2012年には第二次世界大戦中にナチス・ドイツが行なった大虐殺、“ホロコースト”を主題にした『アノネ、』、2015年は長崎への原爆投下を取り上げた『ぱらいそ』と、戦争と少女を軸に創作は紡がれる。
 「『アノネ、』は、私たちが知っている『アンネの日記』が、現代ではおとぎ話のように捉えられているのでは、という私の中の違和感が出発点。彼女は“良い子”で、明るさを忘れず戦争に向き合っていたように語られていますが、本当は普通の女の子で嫌な部分やダメなところもあったのでは、と。そんな彼女が屋根裏部屋での生活のあと、収容所ではどうだったのかという部分を想像しました。そして『ぱらいそ』ではより踏み込んで、主人公の少女に盗癖があることを明らかにしてから描き始めています」
 その創作のカギとなっているのは、鍛えられた想像力と、共感する力だ。
 「時間をさかのぼって過去を想像できれば、そのぶんだけ未来のことを考えられるという私なりの信条があって。たとえば旅先で、その場所で起こった過去の出来事に想いを向ける。当時の人に共感してみると、その人たちが特別だったわけではないと思いあたるはず。戦争にあてはめてみると、なぜ少女たちが軍国少女になったのか? それっておかしいんじゃないか?と思うことも、実はそうではないと気がつく。その時代に自分がいることを想像すれば、意外と普通にそうなっていたかもしれない」
 「体験したことのない戦争だけれど」と前置きをしながら、「思考することは放棄したくない」と今日さんは語る。
「どんなときも自分は『戦争反対!』と声を上げ続ける、という人もいるんですが、実際そんな状況になったらほとんどの人は世相に流されていくかもしれないし、その状態が戦争であるということにすら気づかないかもしれない。私は人間はそういった弱さをもっていると思うんです。その弱さを認めながら、自分がどう考えたのかをきちんと作品に残しておくことが、表現者としては大切だと思っています」

©今日マチ子(エレガンスイブ)

『cocoon』(秋田書店/950円)

『アノネ、』
(上巻、下巻 秋田書店/各950円)

『ぱらいそ』
(秋田書店/1,000円)

2009年の『cocoon』から続く、戦争をモチーフに描いた作品群。みずみずしい少女たちの姿や詩的なテンポが印象的。読み進めていくうちに、自分自身が少女の姿に重なり、もし自分が戦争中に生きていたらという想像が、リアリティを帯びて身に迫る。

SOURCE:SPUR 2015年9月号「6人が向き合った、『戦争』」
interview & text:Michino Ogura

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