東京とアメリカの東海岸をつないで、オンラインインタビューが行われました。インタビュアーは、映像ジャーナリストの伊藤詩織さん。世界の中で弱い立場に置かれがちな人たちの可能性や力に光を当て、映像を通じて問題提起をしています。
今回は彼女がテーマの一つとしている「性暴力」についてのインタビュー。相手は「性的同意」を楽しく紹介して世界的に大ヒットしている動画「Tea Consent(お茶と同意:セックスの同意はお茶を飲むくらい簡単)」の映像作者であるレイチェル・ブライアンさんです。動画や絵本を通じて「みんなが気持ちよく生きるために大切なアイデアを紹介する」ことをモットーとするレイチェルさんに、まさに今話題の「同意」「性的同意」の意識のアップデートについてお話をうかがいました。日本で今、実現されるかどうかが検討されている「同意」を反映した刑法改正にも触れ、密度の濃い対話に。ぜひ本文と動画でご覧ください!
「暴力や性行為を描かずに性的同意を説明できる動画」を作りたかった
伊藤 レイチェルさんの作られた「Tea Consent」の動画、本当にわかりやすく「性的同意」を紹介されていて素晴らしいと思っています。動画を作ったきっかけを教えてください。
レイチェル もともと高校などで教えていて(生物学、数学)、のちに動画作りを始めました。その時まず、「性的同意」のことを動画にしたい、と思いました。関係を持つときには必須だし、広く知られるべきなのにまだちゃんと語られていなかったからです。ただ、性暴力を動画で描くのは嫌だなあ、と思って行き詰まってしまって。ちょうどそんなときにフェイスブックで、アニメの元になったエメリン・メイ(イギリス在住の人気ブロガー)のエッセイを読んだんです。「わー、これ最高! 暴力も描かなくていいからアニメ向き。これで動画を作りたい!」と思って彼女にメールしたんです。そこから話が盛り上がり、一気に動画を作って公開しました。最初のうちは、「わ、1000回再生だって!イェーイ!」と大喜びしていましたね。でもそれからどんどん広まり世界中にも広まって別次元に。今では1億5000万回以上再生されています。
「あなたが『お茶をのむ?』と声をかけたときに、『ワー、飲むよ! すごくお茶飲みたいんだ』と言ったら、お茶をいれればいい。でも『うーん、そうねえ。どうかなあ』と言ったら? お茶をいれてはいけません。」と始まるこの動画。ここで「お茶をのむ?」と例えられているのは「セックスする」のこと。その後の展開も面白くて「そーそー!」と笑いながら「そうか!」と気づかされる、クールな啓発動画として世界中で大ヒット! © 2015 Emmeline May and Blue Seat Studios
アメリカの大学では「性的同意」を教えることは法的な義務。でも大人の意識はどう変える?
伊藤 みんながこの動画を必要としていたんだと思います。この動画が広まったことで、どんな影響がありましたか?
レイチェル 口コミで広く伝わって、しかも多くの大学では入学後のオリエンテーションでこのビデオを見せるようになりました。アメリカでは法的に大学で「性的同意」を教えるように決められているんです。中学や高校でもこの動画を見せるところが増えているようです。面白くて簡単で、笑っているうちに「同意」ってどんなものかわかる。ここ数年、ミレニアルズの若者に会うと、「動画見ましたよ!」って言ってくれる人が多いんです。それは嬉しいですね。
伊藤 大切なことをわかりやすく広めてくれて、動画を作ってくれて、本当にありがとう、と思っています。これで学生が学ぶのはとてもいいことだと思います。ただ、大人はどうでしょう? 社会を動かして法律を考えたり決めたりする大人たちが「同意」を理解していないと、世の中が変わりませんよね。
レイチェル それは難しいですよね。ただ、世の中は変化しています。
例えばアメリカでも、2012年の大統領選挙(当時2期目に出馬したオバマ氏が初めて「同性婚を支持する」と表明)まではほぼ誰も公に「同性婚」への支持を表していませんでした。アメリカでも、今は多くの人が同性婚できているし、異性でも同性でも「愛し合うことは同じ」と思うようになりました。
それと同じくらいの大きな「地殻変動」が起きないと、古い世代の考え方は変わらないと思うんです。
伊藤 なるほど、そうですね。
#MeTooの声が出てきて初めて「何が起こっているか」が社会に知られるようになった
レイチェル ただこれまでも、草の根の市民活動のおかげで、世の中は大きく変わってきています。私たちの周りでもジェンダー意識がすごく変わったし、それってすごいことです。
少なくとも私が育った時代は、性暴力について公に話題にするということはまずありませんでした。話題にしても「知らない人がやってきて襲われるから女性は気をつけて」みたいな抽象的な話ばかり。被害にあっても自分の経験を話す人や訴える人も少なかったと思います。
そんな状態だったから、女性や弱い立場の人が被害に遭っている一方、被害を経験したことのない人たちは、現実に何が起こっているのか全然理解できていなかったと思います。
でも、#MeToo運動のおかげで被害が語られるようになって「私も経験した」「私も」「私も」と、次々に声が上がり、現実に被害者がたくさんいることがわかったんです。実際には“暗闇に潜む見知らぬモンスター”ではなく、身近な知り合いが加害者だったりすることもわかってきた。
どんな被害が起きているかを知らないせいで「そんなことは実際にはないだろう」と思っていましたが、もう明らかになった今は、被害が起きていることをみんなが理解するようになりましたよね。わかったなら、なかったことにしないこと。社会を安全で良い場所にしたいなら、「何も起きていない」ことにしていてはいけないんです。
警察の捜査などにも理解が浸透してほしい。力関係の差で被害が起こりやすいことにも……
伊藤 本当ですね。それでもまだ、警察に届け出る人は実際に被害にあった人の6%(※出典1)しかいないと言われています。
レイチェル 届け出る人が少ないのは、ひどい扱いを受けるだけでいいことがなかったからですね。被害者は捜査の中でさらに被害に遭う。どうしてそこにいたとか、なぜだとか、被害者を責めるような言動(セカンドレイプ)がある。捜査の中でも法的に必要ないのに、その人の過去の言動や性的経験などを聞かれることがあります。
でも、たとえこれまでに1000人の人とセックスしてきたとしても、今誰かに同意のないセックスをされたら、それはレイプでしょ? 過去の行動は関係ありません。
交通事故に遭った人に「過去に車に乗ったことがありますか?」「この道をなぜ歩いたのですか?」なんて聞かないし、それは捜査に関係ない。性暴力の捜査も同じでいいはずです。
ただ、そんなひどい状況でも勇気を出して声を上げてくれる人がいることで、こういう指摘もしやすくなったり、被害について考えたり、シェアすることが始まり、広く問題が知られるようになりました。被害を恥じる必要はないことも共有されるようになっています。とはいえPTSDもあるし、いろんな辛いこともある。性的な被害はとても深刻な問題だということも同時に理解されるべきです。
伊藤 その通りですね。
レイチェル また、「性暴力は力関係の差があるところに起こる」と認識することも大切ですね。子どもにとっては相手が大人の場合や、大人同士でも親や上司、仕事の取引先、上級生、名士、お金持ち、人気のある人、などなど。パワーがある相手に対して人は「ノー」と言いにくくなります。被害を受けても、相手が強者だと訴えにくいし、相手の方が社会的に「信頼されやすい人」だと、被害を訴えても認めてもらえないかもしれない。それをわかっていて加害に及ぶ人もいるので、注意が必要です。
伊藤 日本では「性交同意年齢(現在は13歳)」が低すぎるという問題や、力関係を利用して性交に及んだ場合(地位や関係性を利用した性交)は「同意」と言えない、ということを新たに刑法に反映しようとする議論もあります。とても大事な視点ですね。
「同意のない性的行為は違法」という法律は、 性暴力をなくすためのスタート地点
伊藤 今、日本では性的暴力、中でも「強制性交」を裁く刑法(強制性交等罪など)の改正が議論されています。今の法律では、「ひどい暴力や脅しがあったこと(暴行、脅迫)」や「拒絶できない状態だったこと(抗拒不能)」を証明しないと「強制的な性交(レイプ)」と判断されません。でも、実際にはそれがなくても、怖くて動けなかったり、立場や状況から「NO」と言えないように追い込まれて被害は起こっています。すべての基本は「同意」があるかないか、だと思うのですが……。
レイチェル えーと、日本では「同意がない性交」は違法、という法律はないんですか?
伊藤 ありません。
レイチェル「えっ……!!!! (ムンクの絵「叫び」のように両手を頬にあてて目を見開き、「なんと!」という表情)
(笑)うーん、そうなんですね。でも、じゃあ、まずそこからスタートするのが良さそうですね。
伊藤 みなさん聞いてくださ〜い!
レイチェル そもそも「自分のからだのことを自分で決める権利がすべての人にある」、ということを理解していないと、そこから先に話が進みませんよね。
それは、「自分は自分のもの」であることを示す、何よりも核心の部分でしょう? その権利がひとりひとりにあることを知らないと、この問題が理解できないと思います。
伊藤 ……そうなんですよね。
レイチェル 実はアメリカでも「同意のない性交はレイプ」と法律に明記している州はまだ多くないんです。ただ、全国の大学に対する法律はハラスメント・暴行・レイプの定義はすべて同意を基準にしていますし、FBIの統一犯罪報告書でも、レイプは「被害者の同意なしに」行われた性的な行為、と定義されているなど、「性的同意」の必要性は広く共有されつつあります。
暴力を受けなくても、恐怖でからだはフリーズし、記憶もシャットダウンされるのは科学的事実なのに……
レイチェル 性的被害を訴えるのに、暴力や脅迫の証明が必要、というのは、スペインもそうでした。(2020年に「同意のない性交は強制性交」とする刑法改正案を閣議決定)
でもね、生物学的に、ストレスを受けると動物は「フリーズ」するんです。
私自身、キックボクシングが大好きでよくジムに行っていますが、何年か前にバーにいたら、知らない男が酔っ払って突然腕をつかんできたんです。そしたら、毎日シュッシュッ!とキックボクシングしている私が、ガチーンと固まって、人形のようになってしまった。「男友達が来る」とか言ってなんとか逃れたけど、本当に「フリーズする」ことが身をもってわかりました。1時間後には「パンチしてキックしてやればよかった!」とプンプン怒ったんですけどね。でもその時はできなかった。
被害者の中には「何も抵抗できなかった」と、自分を責める人がいますが、その必要は全くありません。脳のシステムから、人はショックを受けると体が固まり、記憶もシャットダウンすることは、今の科学で証明されています。記憶が消えるのはトラウマになるのを避けるためです。だから、被害にあったときに順序立てて説明できなくても、ショックを受けたせいだと理解されるべきなんです。「被害者なら起きたことの順序を間違えない、抵抗した傷もないなんてありえない」などと、「被害者はこうあるべきだ」と決めつけるのは誤り。捜査や法は、現代科学を取り入れるべきです。
男は途中でやめられない? そう言うのはたいてい「相手を尊重していない人」
伊藤 日本では「性行為には『同意』が必要」と言うと、「どうやって証明するんだ? 契約書でも作るのか」「冤罪が起こる」などという反応があります。
レイチェル アメリカでも同じですよ。よく「同意」を法律にすると「冤罪」が起こると言われる。でも、性的暴力の虚偽告訴の割合は高くはありません。 (※出典2)
夫婦、同僚、部下、友だち、恋人、相手が誰であれ、セックスに同意が必要なのは当たり前です。自分はどうしたいか、毎時、毎秒、自分の気持ちで決める。相手の同意も確認する必要がある。「契約書が必要だ」と言うなら、毎秒書き換えるのでないと。
そんなものは必要ありません。あなたのからだのことはあなたが決めればいいし、あなたの嫌なところに立ち入られる必要はない。途中でも嫌だと思ったら嫌だと言ってやめていい。それはその人の権利だからです。
伊藤 相手に嫌だ、と言われたらその場でやめればいいだけですよね。そう言うと「やめたいと言われても男はやめられないんだよ」、などと言われます。そういう人にはどう返しますか?
レイチェル 面白いですよね(笑)。「これが男ってものだ、男は途中でやめられないんだ!」というのは、相手に対してリスペクトのある人からはまず聞かない言葉なんですよね。
だって、誰でもやめられますよ、いつでもやめられます。お母さんが部屋に入ってきたらやめるでしょ?
「わー、母さん、入ってこないでよ‼」ってね(笑)。
全ての人に「自身の体をどうするかを決める権利がある」。だから相手の意思をちゃんと聞こう
レイチェル「一度始めたらやめられない」などと言う人に聞きたいのは、そもそも 「あなたは、『相手にも、人としての権利がある』ってことを理解できていますか?」ってこと。
よくあるのは、どんな形であれ相手からいったんイエスと聞いたら(あるいはふたりきりになったら、お酒を飲んだら……etc.)「“好きなようにセックスする権限”を獲得した」と思ってしまっていること。でもそんな権限なんて、ありえません。
「最初であっても途中であっても、相手の人が “イエス”と思っていないのに性行為をしたら、相手の意思に反している(=相手をひどく傷つけている)」ことを理解してほしいです。
体であれ、時間であれ、なんであれ「自分は相手を自由にできる」なんて思ってしまうのがおかしいのであって、そんなことはしてはいけないんです。
相手に「やめたい」と言われてもやめない理由はただ一つ。「相手の権利を無視しているから」ですね。相手を「人」として扱っていないということ。
「自分の体をどうするかを、決める権利」はそもそもすべての人にあり、他人がその意に反することをしてはいけない。それは「同意」「性的同意」すべての基本となるとても大切な認識です。
伊藤 こうした反論をする人って、ちゃんと会話をして相手の同意を確かめていないからですよね。会話をして相手の気持ちを確認していれば心配する必要もないのですが。いつも双方が「相手には決める権利があり、いつでも断ってやめることができる」という意識を持ち、確認しあっていれば、虚偽告訴による「冤罪」などは起こりえません。
そもそも「虚偽告訴」は犯罪であり、しかも重い罪ですからね。
レイチェル その通りです。
小さい頃から広い意味での「同意」がわかれば生涯役に立つ、と思って「同意」の絵本を作った
伊藤 ビデオとは別に絵本(『子どもを守る言葉「同意」って何?』)を作っていますね。子どもむけに絵本を作ったのはどうしてでしょう?
レイチェル 「Tea Consent」の動画を作ってからさまざまな性暴力防止の団体などと知り合って、いろんなことを学んできました。そして「同意」の基本は、性的なこと以前に「自分のからだは自分のもの」と知ることであり「自分でバウンダリーを決めて自覚すること」だと思いました。そして「自分がされていいこと、されたくないことがある」「イヤなことはイヤ、と言っていい」ということを学んでおいた方がいいと思いました。それは早ければ早いほどいいですし、きちんと基本から紹介したかったので、子ども向けの本にしました。動画よりだいぶ詳しく描かれています。
子どもの本なので性的なことは一切書いていません。むしろ「同意の基本」は「関係の基本」。子どもの日常全体においてとても大切なことですし、それを知っていれば、大人になっても役立ちます。性的な場面でも自然に「イヤなことはイヤ」と言えるし、自分のバウンダリーを意識することだけでなく、相手のバウンダリーを尊重することも書いていますので、子どもを性暴力の被害者にしないだけでなく、加害者にもしないために、役に立つと思っています。
伊藤 「バウンダリー」という、人と人の間の「境界線」があることも書いてあって、人間関係の基本がとてもわかりやすいと思いました。 このバウンダリーという言葉は日本ではほとんど聞き慣れない言葉ですが、とても大切なことですね。
レイチェル そうなんです。例えば誰とでもハグしたい人もいれば、誰ともハグはしたくない人もいます。ハグしたいと言われても「この人とはハグしたくない」と思うこともあります。その、自分が守りたい範囲を相手との間で分ける線が、「境界線(バウンダリー)」。それは、ひとりひとり違うもの。相手によっても、時によっても違う。だからその度に、それを尊重し合うことが大切なんです。
それと、よく子どもへの性教育で「プライベート・パーツ」と言う言葉がよく使われますが、個人のバウンダリーを考えると、プライベート・パーツ以外にも「触られたくない」ところは個々にあるはずです。なので、私は「触られたくない場所」を限定しなくていいと思っています。プライベート・パーツに限らず、自分が触られたらイヤだと思うところはどこでも「触らないで」と言っていい、と思っています。
伊藤 そうですね。本当に素晴らしいです。私も子どもの頃にこの本に出合えていたら、私の親も読んでくれていたら良かったのに、と思っています。こうして「同意」を交わすことが普通になるといいですね。
レイチェル メディアも変わってきています。かつての人気映画でも今見ると「ストーカー行為」を恋愛みたいに描いていたし、たまたま少女時代に目にしたロマンス小説も「好きな人に無理やりセックスされてしまう、でもその人と結婚してハッピーエンド」みたいな話ばかりでした。今見たらありえない!という内容ですよね(笑)。
そんな暴力的なセックスより同意のあるセックスの方がずーっと楽しいし、エキサイティング。男にも女にもノンバイナリーの人にも誰にとっても「同意のあるセックスはもっと楽しくて、もっともっとハッピーだよ!」って知らせたいですね。
伊藤 そうそう! ほんとうに! 素晴らしいお話をありがとう。とても力になりました。
レイチェル こちらこそありがとう。私にとっても大事な対話でした。みんながためらいや恐れを乗り越えて声を上げてくれるようになったことで、対話が進んでいますし、声を上げてくれているあなたの勇敢さを素晴らしいと思います。みんなが力をもらっていると思います。
伊藤 今日はありがとうございました。
レイチェル ありがとう! では、また!
レイチェル・ブライアン
動画・絵本クリエーター。米・ブラウン大で、生物学を学び、同大学院で教育心理学を学んで教職につく。生来のアーティスト心が高まって、自らのスタジオを設立し、教育関係の動画を作成。「同意」にまつわる数々の動画で人気となる。2女、1男の3人の子どもと犬と、米国東海岸に暮らす。
伊藤詩織
映像ジャーナリスト。NYの大学でジャーナリズムと写真を学ぶ。孤独死を扱った監督作「Undercover Asia: Lonely Deaths」が国連共催のコンテストで高く評価された。著書にノンフィクション『Black Box』(文藝春秋)
出典
1.内閣府男女共同参画局,男女間における暴力に関する調査 報告書<概要版>
「V-5無理やりに性交された被害の相談先」より。警察に連絡・相談した 5.6%
https://www.moj.go.jp/content/001347785.pdf
2.NAVRC “False Reporting Overview” 2012
『子どもを守る言葉「同意」って何?』
レイチェル・ブライアン作、中井はるの訳(集英社)