20周年を迎えたシャネル・ネクサス・ホールで開催する『Borrowed Landscapes フェイイ ウェン | パン カー 二人展』 90年代の中国を見つめた二人が現代アートに込めたものとは?

現代アーティストたちは、社会の中でいま起きている問題や、普段見過ごしてしまいがちなこと、目ではとらえられないことを作品によって可視化しようとする。そう考えると、「現代アートは難しくてわかりづらい」とよく言われるのが、当然のことのようにも思えてくる。私たちの生きる世界はこんなにも多様で曖昧なのだから。そのようにして世界のアートシーンでは、これまで見過ごされてきた女性作家や黒人作家を再考し、移民や少数民族、LGBTQ+といったマイノリティに目を向け、紛争に戦争……と、扱うテーマはますます多様化する潮流がある。

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『Borrowed Landscapes フェイイ ウェン | パン カー 二人展』の展示風景より。シャネルのグローバルアドバイザリーで北京のUCCA 現代アートセンターのディレクター、フィリップ ティナリがキュレーターを務める。©CHANEL

シャネル・ネクサス・ホールで開催されている『Borrowed Landscapes フェイイ ウェン | パン カー 二人展』は、中国出身の女性アーティストに焦点を当てた展覧会だ。フェイイ・ウェンとパン・カーは、1990年代、急速に経済成長を遂げようとする中国の都市部で生まれ育った。それぞれイギリスとアメリカでアートを学び、現在は中国と行き来しながら活動。そして、写真をベースに、様々な素材や技法を試みながら表現の幅を広げていることは、ニ人の共通点とも言えるだろう。

同展では、展示室をぐるりと囲む壁面にフェイイ・ウェンの最新シリーズの写真作品が、そしてパン・カーのステンドグラスを使った作品が部屋に点在するように置かれている。

ニ人に、そして展示空間の構成を手がけ、KOMPASを主宰している建築家、小室舞に話を聞いた。

フェイイ・ウェンが見つめる自然風景

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フェイイ・ウェンが手がける《Seeing a pine tree from your bedroom window》シリーズより。用紙には、カミヤツデや麻などを原料としたライスペーパーが使われている。 ©CHANEL 

フェイイ・ウェンの作品に写るのは、山、滝、花、果樹、蝶など、古くから東洋・西洋を問わず絵画のモチーフになってきた自然の風景だ。極めて普遍的なテーマを扱っているとも言えるが、光と影が反転しているようなものや、まるで曇りガラス越しに眺めているような作品もある。水墨画を彷彿させると同時に、ヨーロッパの蚤の市で見かけた古写真を思わせもするのが不思議。写っているのは、中国? イギリス? それとも日本?――彼女はこう話してくれた。

「どこで撮った写真なのかとよく聞かれるのですが、それは、人にとって“場所”を認識するために“どこであるか”ということが大切なのかもしれないし、単に、どこかで見たことのあるような景色だからなのかもしれない。写真は、どこかで撮ることからスタートするので、もちろんロケーションが存在します。でも、私にとっては撮影した場所が重要なのではなく、むしろ具体的にどこであるかを示す要素は取り払い、見る人が想像できる余白を写真の中に生み出したいと思っているんです」

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自然風景をモチーフにしたフェイイ・ウェンの作品は、すべてイギリスで撮影されたという。©CHANEL

ウェンの制作においては撮影後のプロセスに大きな面白さがある。シルバーゼラチンやリソグラフなどの伝統的なプリント技法と、スキャンを繰り返したりコラージュしたり……と、実験的に新たな方法を織り交ぜていく。時には1枚の制作に数カ月を費やすこともあるという。そのようにして、元のイメージの場所性は曖昧になり、誰もが記憶の中に持っている“自分の風景”となるのだろう。

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フェイイ・ウェンの背後にある窓をモチーフにした四角い穴からは、展示室から離れた場所に作品が展示されているのが見える。©CHANEL

パン・カーの作品とともに展示された空間を見て、「独特な色彩による表現を持つパンの作品に対して、私の作品はどちらかといえば柔らかい印象を持つと思います。一見まったく異なる作品に思えるけれど、そのコントラストが面白く、お互いが呼応するような空間になっていることを楽しんでいただきたいです」

パン・カーがアッサンブラージュを制作する理由

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右に写るのがパン・カーによるアッサンブラージュ《Begin Again》。ステンドグラスに油絵具やアクリル絵具などを組み合わせている。©CHANEL

この数年、中国で職人と協働して制作したステンドグラスを絵画や木などと組み合わせ、アッサンブラージュにする作品に取り組むパン・カー。今回の展示ではそれをパネルにはめ込み自立する作品が展示されている。ステンドグラスの図柄になっている海や植物などのモチーフは、彼女が撮影した写真をもとにしているのだという。

「私はアトリエに籠ってつくり続けるという制作スタイルではありません。いつもどこかに出向いて、その場所から影響を受けながらアイデアを得ています。アッサンブラージュという手法を用いるのは、私が育った深圳をはじめ中国の都市で急速に近代化が進む一方で、都市の中に取り残された労働者が住む“城中村”が存在することや、中国とアメリカを行き来する中で感じたこと、そのような複雑な歴史や文化が自分の中で入り混じっていることの象徴なのかもしれません。だから、作品は私自身であるとも言えますが、同時に、すべての人が持っている様々な背景や感情のアッサンブラージュでもあると思うんです」

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パン・カー、展示会場にて。©CHANEL

作品のパネルの2本脚にはそれぞれ、ビンテージの布が巻き付けられている。そのレトロな模様は、どこかで見た食卓のテーブルクロスや居間のカーテンを思わせ、懐かしい気分に。無数のレイヤーが凝縮された複雑な都市の風景は、現れては消えていく“個”が抱く思いの上に立脚していることを、ふと思わせた。

“風景”を生む空間構成を手がけた建築家・小室舞の視点

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対照的な色合いを持つニ人の作品が調和するように、床にはグレー色のカーペットが敷かれている。©CHANEL

さて同展では、会場に足を踏み入れるとまず目に飛び込むのが、壁に開けられた窓をモチーフにした四角い穴。そこから展示室の中の作品がちらりと見える仕掛けになっている。そこから路地を通り抜けるようにして進むと、展示室の開けた空間へと足を踏み入れることになる。このデザインを手掛けたのが、建築家の小室舞だ。

「ニ人展ということもあり、フェイイ・ウェンとパン・カーの作品に共通する要素は何か?と考えた時に、“窓”というキーワードが起点になりました。また、会場に入ってすぐ全部の作品が見えてしまうのではなく、“体験”ができるシークエンスをつくりたいと思ったんですよね。そこで、あえて展示室を回り込んで入ってくる通路を設けることに」

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壁から床にかけてつくられた曲線によって、パン・カーの作品が複雑な影を生み出しているのも面白い。©CHANEL

さらに、シャネル・ネクサス・ホールに備わる窓や、もともと空間が持つ個性を活かしたいと、展示室には作品を展示するためにいくつも壁を立てるのではなく、開放的な空間にすることにもこだわった。壁から床面にかけて滑らかな曲線を描くようデザインされていることにも気づく。

「作家ニ人ともランドスケープをテーマにしているので、“ここは展示室です”という無機質な雰囲気ではない空間にしたい、と。会場に曲線をつくったのは、地面が隆起しているような地形のように、壁と床とベンチを連続させて風景の一部として取り込みたいと思ったからなんです」

展覧会タイトルにある「Borrowed Landscapes(借景)」の通り、ニ人の作品と空間が窓となり、ここではないどこかの風景を、そして新しい世界を、見せてくれるだろう。

Borrowed Landscapes フェイイ ウェン|パン カー 二人展
期間:~7月15日(月・祝) 無休
時間:10:00~19:00※入場は閉館の30分前まで
料金:無料 予約不要
場所:シャネル・ネクサス・ホール
東京都中央区銀座3-5-3 シャネル銀座ビルディング4F
問合せ:03-6386-3071
https://nexushall.chanel.com/program/2024/fwpk

フェイイ・ウェン Feiyi Wenプロフィール画像
フェイイ・ウェン Feiyi Wen

2020年にスレード美術学校で博士号を取得。ロンドン在住、大英図書館でデジタイザーとして書籍をデジタル化する仕事とアーティスト活動をともに続けている。

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パン・カー Peng Ke

2015年にロードアイランド・スクール・オブ・デザインを卒業後、カリフォルニアに住み、現在は中国とLAの2拠点生活。

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小室舞 Mai Komuro

Herzog & de Meuron(バーゼル/香港)で10年近く勤務。2018年に香港と東京に建築デザインスタジオKOMPASを設立。多分野において、建築および空間に関するデザインに従事。一級建築士。https://kompas-arch.com/     photo:yuko*fukuba