【ステファン・ランビエール独占インタビュー】スケーターとして、人として「愛を育てる」

コーチや振付師としての手腕もさることながら、毎年オフシーズンには自身の演技をアイスショーで披露しているステファン・ランビエール。5年ぶりに実現したファッションシュートとともに、愛弟子の近況や最新プロジェクトなど、愛あふれる日々を語り尽くした!

ディオールは大好きなメゾン。信じられないくらい素敵な素材だね

SPUR9月号 ステファン・ランビエール
トップス¥250,000・スカート¥460,000(参考価格)・パンツ¥180,000・リング¥77,000/クリスチャン ディオール(ディオール)

ウルトラシックなバージンウールのスタンドカラートップスは極上の肌ざわり。クチュール的な仕立てにステファンも着心地を確かめながら、驚いていた。背面のくるみボタンやプリーツを配した袖口など、すみずみまで精巧に作られたマチュアなデザインは彼の鍛え抜かれたしなやかな体にもぴたりとフィット。

衣装を決めるときは素材にこだわる。とろみのあるブラウスは素晴らしい

SPUR9月号 ステファン・ランビエール
コート¥451, 000・ブラウス¥187,000・パンツ¥231,000/ヴァレンティノ インフォメーションデスク(ヴァレンティノ)

アイスショーの群舞では華やかな衣装を着こなす一方で、自身のプログラムでは装飾を削ぎ落としたスタイルをと、幅広い服を着こなすステファン。一枚で着てもサマになるタイのついたシルクブラウスに「ブルーのコートを差し込むとより素敵だね」と自ら提案。ハイブランドを愛する彼ならではのアイデアはさすが。ルックに合わせたサイドゴアブーツをチェックしながら、次のシーズンのショッピング計画も練っていたようだ。

ギヨーム・シゼロンとふたりで演じる特別なプログラムを考案中

SPUR9月号 ステファン・ランビエール
シャツ¥209,000/ヴァレンティノ インフォメーションデスク(ヴァレンティノ)

今年はバカンスを返上して、合宿とショーのため来日。撮影が行われたのはアイスショー「ファンタジー・オン・アイス」のオフ日。「明日はギヨームたち(同ショーに出演した仏アイスダンス選手で北京五輪の金メダリストのガブリエラ・パパダキス、ギヨーム・シゼロン組)と代官山にショッピングに行くんだよ」とオフ日をエンジョイ。仲のいいギヨームとは、今後ふたりで作る演目を企画中。フィギュアスケート史に残るであろうプロジェクトはぜひ実現してほしい!

ハイモードを着るのはとてもスペシャルな経験でよい刺激をもらえますね

SPUR9月号 ステファン・ランビエール
コート¥1,265,000・ニット¥291,500・シャツ¥136,400・パンツ¥176,000(すべて予定価格)/プラダ クライアントサービス(プラダ)

愛弟子のリンクサイドに立つステファンといえば、素敵なコート姿を思い浮かべるファンも多いはず。SPURは知的で、マチュアな人にこそ着こなせるプラダのルックを独断と偏見でセレクト。開襟シャツにグレーのニットというスタンダードな着こなしを仕上げるキャメル色の上質なレザーコートが最適解。世界の熱戦を見守るコーチにぴったり。

ステファン・ランビエール、独占インタビュー「 愛について 」

なめらかなスケーティングと、バレエを思わせる氷上の優雅なムーブメントで美しい音楽の世界に誘うステファン。愛と情熱を傾ける、スケート人生のすべてについて話した

コーチとして躍進したシーズンを振り返って

SPUR9月号 ステファン・ランビエール
©YUTAKA/アフロスポーツ

「最近買った洋服は?」と尋ねると「サンローランでシルクのブラウスを買ったんだよ」と即答。今年3月に埼玉で行われた世界選手権のために来日した際に時間を見つけて店舗に立ち寄ったのだそう。写真の「ファンタジー・オン・アイス」で披露した「シンプルソング」の衣装がそのブラウス。筋金入りのモードマニアの一面も

国内最高峰のアイスショー「ファンタジー・オン・アイス」に出演するためにステファン・ランビエールが来日した。フィギュアスケートの2022‒’23 シーズンは、コーチを務めている日本の宇野昌磨選手が世界選手権で2連覇を果たし、島田高志郎選手は全日本選手権で銀メダルを獲得。ラトビアのデニス・ヴァシリエフス選手もグランプリシリーズで頭角を現すなど、コーチ業は順風満帆とも言える。

「昌磨や高志郎、デニスだけではなく、若い才能たちも次々と芽吹いています。僕はスイス・シャンペリーで学ぶすべての生徒たちに成長してほしいと思っている。僕が教えることによって、彼らのキャリアの面でも、人生においてもよい影響があればうれしい。それが僕にとって、現在の一番の目標でもあるんです」

コロナ禍を経て、国際的なスポーツの現場も徐々に本来の姿を取り戻している。今年、ステファンは新たな取り組みのひとつとして、日本の木下アカデミー(以下、木下)とシャンペリーの生徒たちとの合同合宿を京都で開催した。

「生徒たちが自分の慣れ親しんだメソッドとは違うやり方を体験するよい機会。今回は氷上だけではなく、ヨガやダンスのレッスンなど、スケートとは異なる身体パフォーマンスを学ぶ時間も作りました。そこで新しい体の使い方を覚えることで、スケートにフィードバックでき、芸術性も向上する。お互いのモチベーションを高め合えたので、練習をシェアすることにメリットを感じましたね」

いま、木下にはフィギュアスケートの将来を担うエリート選手たちが集っている。

「すべての生徒に驚きました。非常に綿密に練習をしながら、集中力を持続させることもできる。個人的に注目している選手を挙げるとすると、ジュニアの島田麻央選手や中村俊介選手。何か特別なものを感じるんです。吉田陽菜選手は自分の体をよく知っていて、うまく使う能力がありますね」

新しいシーズンに向けて取り組む課題とは

右からステファン・ランビエール、デニス・ヴァシリエフス選手、島田高志郎選手、宇野昌磨選手

右からデニス・ヴァシリエフス選手、島田高志郎選手、宇野昌磨選手とともに。切磋琢磨しあうリンクメイトの影響でどの選手もトップで活躍している。彼らの新境地を切り開くプログラムの発表が待ち遠しい

合宿期間中、ステファンによる新しいプログラムの振り付けも行われた。宇野選手をはじめ、島田選手、ヴァシリエフス選手についても手ごたえのある機会となったと語る。

「高志郎に関しては、ショートプログラム(SP)〝シング・シング・シング〟は継続です。フリースケーティング(FS)は〝死の舞踏〟のピアノバージョンで僕の振り付け。

デニスは『ファンタジー・オン・アイス』で新しいSP〝ハレルヤ〟を披露しました。彼にとって初めてとなる振付師シェイ=リーン・ボーンとの取り組み。とても画期的な演目で、彼女が目指すものを理解するのに少し時間がかかったみたい。そこからかなり練習を積んで、自分のものにしましたね。FSは僕が振り付けますが、こちらも今までの雰囲気とは違うので、楽しみにしていてください。

昌磨はSP用に二つのプログラムがあって、どちらを競技会に使用するかを考えているところだと思います。ひとつはシェイ=リーンで、もうひとつは僕が作ったもの。夏のアイスショーで、その両方を滑ってみてから決めると思う。僕が作ったSPはかなり挑戦的な内容になる予定。いくつかのパートに分かれているんだけど、短いイントロで物語の大筋を提示し、その後ロマンティックでリリカルなパートに、最後は一転してダイナミックに変化します。その展開がかなり極端で、激しい演技になると思う。僕もショーで観るのを楽しみにしているんだよね。FSは僕からいくつか曲の提案をしていて、振り付けは宮本賢二さんが手がけます」

宇野選手のコーチとして就任し、3シーズン目を迎える今季。より表現面の向上に挑戦したいと表明している宇野選手のさらなる飛躍を全力でサポートしたいとステファンは語る。

「昌磨には二つの素晴らしいところがある。ひとつは目力や体全体の動きの豊かな表現力。もうひとつは、自分ですべてをコントロールしたいという情熱です。新しいことを学ぶときに、練習して絶対に自分のものにするという意欲の高さは誰にも負けない。この二つの美点によって、彼はすでに唯一無二のスケーターの域に到達しています。

その上でさらに彼が何かを求めているのだとすると……僕からは音楽性の面で力になれると思っています。彼はもちろん音楽的なセンスを持っていますが、もっと深めていけると思うんです。彼の感性の部分を磨いていくことで、日本語で言うと〝うまみ〟というのかな、彼にしか出せないテイストをさらに演技に加えることができると思う。観客も彼の演技から特別なものを感じ取るようになると思いますよ」

ソウルメイトへの愛を氷上の舞いに込めて

京都府宇治市にある木下スケートアカデミー京都アイスアリーナにて、合同合宿の際の集合写真
©日刊スポーツ/アフロ

京都府宇治市にある木下スケートアカデミー京都アイスアリーナにて、合同合宿の際の集合写真。2023年世界ジュニア選手権で日本最年少で金メダルに輝いた島田麻央選手や同年四大陸選手権銅メダルの千葉百音選手なども参加し、スイスの練習拠点からやってきたランビエール門下生たちとともにレッスンに励んだ。木下では、ゲストコーチを務めるステファン・ランビエールのほかに、ジャンプを指導するジスラン・ブリアンなど、国内外から強力なコーチ陣が集い彼らの日々の練習をサポートしている

現役を退いて13年が経ち、プロフィギュアスケーターとしても円熟期を迎えているステファン。今年のアイスショーで披露された二つの演目は、まさに音楽性を極めた、観る者の感情を揺さぶるような作品だった。

「『ファンタジー・オン・アイス』で披露したひとつ目の演目はグスタフ・マーラーの交響曲第5番の第4楽章〝アダージェット〟です。友人の音楽家、ベアトリス・ベリュがピアノ演奏とアレンジメントを手がけてくれたもの。

ふたつ目は映画『グランドフィナーレ』(’15)のサントラから〝シンプルソング〟を選びました。〝アダージェット〟はサロメ・ブルーナーの振り付け。実は今回お見せした演目は全体の一部なんです。シャンペリーには『Rencontres Musicales de Champéry/音楽との出会い』という音楽祭があって、来年〝アダージェット〟をベアトリスの生演奏とともに滑る予定です」

70年代には映画『ベニスに死す』(’71 )で、最近は映画『TAR』(’22 )の中でキーとなる曲として知られるマーラーの〝アダージェット〟。甘美でドラマティックな曲想とパーソナルな物語がリンクしている。

「〝アダージェット〟はマーラーが愛をテーマに掲げて作った曲。この曲を通して、僕が経験した恋愛のいろいろな段階を表現してみようと思いました。二人の出会いから始まり、二人が一体となるような燃え上がる愛の時期、その後、関係に齟齬が生じる時期。それらを乗り越えてお互いに一緒にいて心地よさを感じたり、そして同じ人なのに新たに出会ったような再発見があったり。最初の出会いと、最後の出会いとでは意味合いが異なっていて、二人の愛は進化するんです。この曲で滑っているときに僕は頭の中で、いま共に生きている人〝ソウルメイト〟との関係がとても豊かであるという感覚を思い描いています。

この演目には実は繊細な工夫がしてあるんですよ。サロメと考えたんですが、最初と最後で同じムーブメントがあり、それを逆回しにしているんです。その動きで、二人の関係の進化と、そこに生まれる距離感を表現しました」

シャンペリーの同僚とともに振り付けを考案した〝シンプルソング〟は映画の挿入歌で、韓国のオペラ歌手スミ・ジョーが切々と歌い上げる曲。

「実は、映画を観る前に僕はこの曲を偶然耳にしていて、いい曲だなと思っていたんです。映画を観て再発見したこともあり、選びました。この作品の個人的なテーマは歳を重ねるということ。自分自身のキャリアを考えると、身体能力の限界に少しずつ近づいてきていて、今後もずっと長く滑ることができるとは思っていません。それでも、僕の中では永遠に滑っていたいという気持ちもある。なので、この曲で滑っているときは自分自身のパフォーマンスとして最大限のものを表現し、それが永遠であるように、という願いを込めています。

〝アダージェット〟も〝シンプルソング〟もどちらもかなり身体的に忍耐を必要とするムーブメントを取り入れていて、スケート靴のエッジの1点を使って長時間キープしなければいけないんです。コントロールを強いられつつも、ノーブルな動作を目指している。自分としてはそれをコントロールできている快感を覚えつつ、観客の前で脆さや危うさを感じる時間もある。とても愛おしい瞬間ですね」

今年の「ファンタジー・オン・アイス」では同世代であるジョニー・ウィアーがプロスケーターを引退した。

「毎年初夏に集まるショーで、演技者たちが家族のような関係性なんです。ジョニーともその話をしましたね。アイスショーを引退することは悲しくもあるけれど、僕は前向きなことでもあると思っています。彼の言葉を代弁することはできないけれど、彼の人生の中でまた別のプロジェクトをやりたいと思い描いていると思うんです。きっとまたどこかで一緒に時間を過ごそうねという約束はしてあるよ。プライベートなバカンスとかね! ときどき、僕自身も自分の最後の公演について考えることもあります。まだ決心はついていないですけどね」

さまざまな活動に携わりながら、なおもスケートへの情熱は尽きない。そのモチベーションの源は何なのか?

「自分が成熟してきたことも関係があるのか、最高の演技を目指すときに、一番自然な形で表現したいと思っています。僕の性格は叙情的でロマンティックなところがあるので、そういう映画を観たり、舞台の音楽からインスピレーションを得ることが多いですね。音楽の深いところから感情を揺さぶられて、自分の中の生命力が突き動かされるんです。曲の力を借りてリンクを滑ることができる。すると、自分が感じるままに、一体感を持ってよりよいパフォーマンスができるということなんじゃないかな」

ステファン・ランビエールプロフィール画像
コーチ、振付師、プロフィギュアスケーターステファン・ランビエール

1985年、スイス生まれ。コーチ、振付師、プロフィギュアスケーター。2006年のトリノ冬季五輪で銀メダル、2005年、2006年に世界フィギュアスケート選手権で金メダルに輝く。2008年に競技生活に区切りをつけるが、2010年にバンクーバー冬季五輪を目指し復帰。五輪後に現役引退を表明する。2014年にシャンペリーにスイス・スケート学校を創設。さまざまな国の生徒を受け入れている。インスタグラムは@slambiel

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