編集部のデスクには一輪だけでも花を飾るようにしています。別段、花の種類に詳しいわけでもなく、正直いうと花が好きなのかどうか自分でも疑問なくらいですが、毎日水を替えて、花瓶を洗い、必要なら切り戻したりの一連の動きをルーティンにしてから、なぜかしら気持ちが穏やかになってきました。デスクにいる日中は仕事に追われて大慌てなわけで、以前は自分から誰かに電話をかけておきながら、プルルッと呼出音が鳴っている数秒の間に「はて、いま俺はどこに電話をかけたんだっけ?」と相手を忘れてしまうような末期的症状でしたが、それもすこし改善されたように思います。
青い花瓶は倉敷ガラスの小谷真三さんの作。岡山県出身なので倉敷ガラスに勝手な親近感を覚えて使っているのですが、深く濃いのに不思議と澄みきったブルーの色にも、心を沈静化する効果があるに違いありません。写真の花は花瓶と合わせたブルーのデルフィニウム。ちょっと枯れはじめている時期でなんとも申し訳ないのですが。
デルフィニウムといえば十月初旬にパリで行われたディオールのショー。チュイルリー公園に設営された会場は巨大なエントランスの壁面がデルフィニウムで埋め尽くされ、ランウェイの周囲も同様にこの青い花が咲き乱れているという設え。会場に入った瞬間、美しさに息を呑みました。たった十数分のショーのためだけにそれほど多くの花を集めること自体が感動的ですが、自分はデルフィニウムをバックに歩いてくるモデルたちを見て陶然としつつも、アーティスティックディレクターに就任したばかりのラフ・シモンズに密着した映画『ディオールと私』をぼんやりと思い出していました。
ラフの手によるディオール最初のクチュール・コレクションは、会場の壁全面が色とりどりの生花で隙間なく飾られ、その様はまさしくブランド究極のエレガンスを体現した夢の世界でした。はからずもラフ・シモンズによる最後のコレクションとなってしまった今回の2016春夏のショーも、始まりと同じく美しい花々に彩られていたのは偶然でしょうか。