INTERVIEW 私たちのパブリックスペースを考える

再開発によって、新たなパブリックスペースが増える一方で、人々が自由に集う場所が減り、都市から多様性が失われているといわれる現在。これからの「パブリックスペース」はどこへ向かい、どう変わっていくべきなのか。一般社団法人「ソトノバ」代表の泉山塁威と、「フェスティバル/トーキョー」ディレクターの河合千佳が、答えを模索する。

パブリックスペースは都市に何をもたらすのか

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泉山 この20年で、都市の中のパブリックスペース(公共空間)がかなり活用されるようになりました。特に東京では六本木ヒルズや丸ビルなど、商業ビルの建設によって「公開空地」と呼ばれるオープンスペースが設けられることが多く、2000年代前半から公共空間でのイベントが増えています。さらに、この10年では道路や公園の使用に関する規制が緩和され、これまで使えなかった場所も民間団体が使えるようになっているんです。法的な定義から見れば日本に「広場」はないのですが、宮下公園をはじめ、広場的に使われるところが徐々に増えていますし、市民も行政も企業も、ただ空間をつくるだけではなく、使うことに価値を見いだすようになっている気がします。
河合 私が共同ディレクターを務めているフェスティバル/トーキョー(以下、F/T)でも、劇場から街へ出ていくことを心がけて活動しています。舞台芸術を使うことで、さまざまな人が集える場所をつくれたらな、と。空間が本当に公共のものであるためには、職種や年齢を問わず、多様な人々が出入りできなければいけません。しかし、現状そのような場所は決して多くはないですよね。ただ、行政の方々の考え方も変わってきました。街をより多くの人々へ開かれた空間へ変えようとしている人も増えていますよね。泉山さんがおっしゃるとおり、市民や企業の活動だけでなく法改正も重要です。
泉山 これまではどんなところでイベントを実施されてきたんですか?
河合 F/Tは主に豊島区を拠点としていて、2019年の「移動祝祭商店街」というプログラムではJR大塚駅前の広場・トランパル大塚でパフォーマンスを行なっています。これまではその時、その場所で集まるための公演を行なっていたのですが、この企画では商店街の方々と一緒につくることで積み上げたものを発表する場としてアプローチできたのが印象的でしたね。
泉山 ひとくちに「公共空間を使う」といっても、目的が変わってきていますよね。昔は主に経済効果や集客数を指標としていましたが、近年はただ人が集まるだけではダメ。滞在時間も重要な指標のひとつになっています。商業施設を考えても買い物だけならもはやオンラインで完結するわけで、多くの人々は「モノ」ではなく「時間」を消費するために動いている。実際にアメリカやオーストラリアではまず広場があることを前提としたうえで、そこから街づくりが考えられているんです。
河合 一方で、ヨーロッパはまた異なる広場の文化を持っていますよね。たとえば日本だと劇場は娯楽のための空間というイメージが強いですが、ヨーロッパでは市民が発言できる社会的な場所とされています。だから劇場の前にある広場も、社会的な空間として認められているように思います。同時に、無料で観られる大きな音楽祭が広場で開かれることも少なくありません。お金がある人も、ない人も芸術に触れられるための場として公共空間が位置づけられているように思います。
泉山 公共空間と芸術という観点だと、僕が注目しているメルボルンは広場や道路が芸術に開かれています。特に活用されているのは路地裏です。すべてがガイドラインやルールに則ったうえで、さまざまなアーティストたちによる「ミューラル」と呼ばれる壁画が至るところに描かれていて。メルボルンはひとつの街区が非常に大きく、歩行者にとっては不便な街なので、建物の隙間や道路をオープンカフェや壁画に使うことで街を活性化させているんです。この活用法を考えたデンマークの建築家、ヤン・ゲールは東京の神楽坂の街並みを見てインスピレーションを得たそうですよ。

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(左)F/Tの会場として使われたこともある南池袋公園の運営には、「サードプレイス」の理念が組み込まれている
(右)2020年の夏にアップデートされたMIYASHITA PARK。ホテルと商業ビルと公園の複合施設であり、屋上の公園には多くの若者が集まっている

 

多様な人々が共存できる場をつくる

河合 公共空間の活用が魅力的なのは事実ですが、簡単に使えるわけではないですよね。私たちも初めての場所を使うときは地域の方々への挨拶も欠かせませんし、何度も説明に伺います。話し合いながら、そこで暮らしている方々に「出ていっていただけませんか」と相談するのではなく「そのままいてくださっていいんです」と伝えることが重要で。広場的な空間は地域の方々にとっても重要な場所なので、私たちはあくまでも間借りするような立場で関わらなければいけない。劇場のように作品をコントロールできる場所から出ると、作品も不可避的に変化しますから、アーティストの方々に変化を受け入れていただく必要もあります。あるいは、単に私たちが公共空間を使うだけではなく、人を集めることで、地域にもメリットが生まれるような人の流れをつくっていきたいと思っています。多くの方と共存する方法を考えていくのが重要です。
泉山 共存の実現は難しいですよね。宮下公園の再開発も批判的に論じられることがありますが、都市は常に変わっていくものなので、変わったことで改善した部分と、これまでのほうがよかった部分のギャップを考えることが重要。宮下公園は歴史もあるし思い入れのある方も多いですが、一方では公園を変えなければいけない行政側の事情もあるでしょう。特に渋谷区の場合は渋谷を訪れる人々の多くが区外に住んでおり、税収が増えないので、渋谷が街づくりを頑張っても、あまり還元されないジレンマもあると思います。ただ、だからといって現状に問題がないわけではない。市民が宮下公園に求めているものをその場所だけで実現できないとすれば、ニーズをほかの場所で代替しなければいけないはず。
河合 公園単体ではなく地域全体で見る必要があるんですね。
泉山 一カ所ですべてのニーズを賄うのではなく、「渋谷全体」で補完できるといいですよね。本来は行政が積極的に動けるのが好ましいですが、近年は公共事業も多様化していて、カバーしきれなくなっているのも事実です。アメリカでは行政だけでなくNPO団体などが行政をサポートすることが多いんです。日本でもそういった団体が増えていくと難しい課題に取り組みやすくなるかもしれません。また、街の小さな公園も、宮下公園のように大きな公園も一律で「公園」と定義されていますが、都心の公園は市民から求められる機能が異なっているので、特にイメージにギャップが生まれやすい。もしかしたら両者を区別して位置づけられるような仕組みがあってもいいのかもしれません。

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(左)F/T19のオープニングプログラム「移動祝祭商店街」の様子。JR大塚駅前の広場を使ったパフォーマンスが行われた
(右)メルボルンの「ミューラル(壁画)」は観光コンテンツのひとつとなっており、多くの人々が集まっているという

 

パッチワーク状に公共空間は進化する

泉山 日本における公共空間の未来を考えると、これからはもっと自由な広場が増えていくべきだと感じています。たとえば兵庫県姫路市では姫路駅前広場を活用しています。駅前がバスやタクシーのロータリーだけではなく、市民や歩行者のための広場として開かれている。駅前なので本当にさまざまな人がいますし、行政のプロジェクトなので、かなり安い金額でイベントも開けます。公園や商業施設などから排除されてしまった人が最後に行き着くのが、駅や駅前広場でもある。外国人観光客でも、お金がない人でも集まることができる自由な広場を多くの都市が持っていかなければいけないなと。特に都心は企業の経済活動によって動いているので民間企業がつくったオープンスペースが充実していますが、一方でお金がないと滞在しにくい場所になってしまっていることも少なくない。いまの宮下公園はお金がなくても若い人が特に目的もなくいられる場所になっていますが、商業施設の上につくられていることや24時間開かれていないことはやはり問題視されます。ニューヨークのタイムズスクエアを周辺の地権者がお金を出し合って、管理しているように、広場を支えていくような、さまざまな協力態勢が求められているのかもしれません。
河合 最近はきれいで整備された公園が増えていますが、公園があればいいわけでもありませんよね。日本は特に内と外の仕切りがはっきりしているので、「自分たちの公共空間」だと思えるかどうかが重要。独自のウェブサイトで公園内のショップが紹介されていたりフリーペーパーを刊行していたり、行政がつくったとは思えないほど活動が充実している公園もある。しかし、決まった時間しか入れなければ、そこを自分たちの場所として捉えることは難しいかもしれない。たとえば商店街は地域の人々にとって自分たちのものだと思われているからこそ賑わうわけですし、よく知っている道路で何かが行われるからこそ市民の参加が促される。個のスペースを公共空間まで拡張していけるといいのかなと。たとえば昨年のF/Tでは、街中に点在する中小規模公園にトラックで出かけてプログラムを披露していたのですが、中小規模の公園って、何かが起きたときに人が集まれるようになっていて、「私たち」の広場をつくるきっかけになる気がしています。

泉山 そこで舞台芸術が果たせる役割もありそうです。
河合 舞台芸術の多くは、非日常的な体験を生み出します。何か面白がってもらえる体験を生み出せると、自分がいていい場所だと思ってもらえる気がするんです。舞台芸術が街に開かれていけば、近くに住んでいたけど知り合えなかった人と出会えるかもしれない。いつもとは少し異なる人々が集まることで、コミュニティも活性化していくように思います。
泉山 また、新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、今後は広場のあり方も変わっていきそうですよね。たとえばニューヨークでは店内飲食が禁止されたことで道路の活用が進んでいるのですが、冬は寒いので路上に小屋やエアドームをつくらないといけない。日本も、屋外で気持ちよく過ごせる期間は実は年間3カ月程度。これまでオープンスペースへの投資が進んでいませんでしたが、コロナ禍においては換気が求められるので、一年中屋外を使えるようにするための投資が進んでいくかもしれません。公共空間をつくる側は工夫することで屋外でも過ごしやすい環境をつくっていくべきだと思いますし、その取り組みが新たな価値につながっていくと思います。
河合 「集いつつ、集わず」ができるような工夫が必要ですよね。昨年のF/Tでも広場を使いながら鑑賞者が一人ひとりVRでダンスを観るようなプログラムを行いました。集まることに精神的な負荷を感じる方もいますし、配信などテクノロジーを使いながらさまざまな人に届けることも同時に重要になっていくでしょう。これからはただ人を集めてパフォーマンスを観られる環境をつくるだけでなく、人を外に連れ出しながら、能動的に動いてもらえるような仕組みをつくることで、広場のあり方も変わっていくはずです。
泉山 そもそも日本の公園は明治時代に生まれたもので、市民が親しむ場所として既存の名所が公園へと拡張され、上野公園や芝公園が指定されました。さらに戦後はアメリカの影響を受けて、今の公園の整備が日本中で進んでいった。このように、公共空間は変化しながらパッチワークのように新たな要素が加わっていくもの。機能も制度もアップデートされる部分とされない部分が生まれざるをえない。そのギャップを埋めていくことが、これからの広場を考えていくことにもつながっていくはずです。

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周辺企業が共同で管理する、ニューヨークのタイムズスクエアは、都市型の広場の持つ可能性を示している

泉山塁威さん
一般社団法人「ソトノバ」共同代表理事。日本大学理工学部建築学科助教。東京大学工学部都市工学科非常勤講師。専門はエリアマネジメントや都市経営など。パブリックスペースやタクティカル・アーバニズム、プレイスメイキングなどの制度の研究、情報発信に携わる。

河合千佳さん
人と都市と始まる舞台芸術祭「フェスティバル/トーキョー」の共同ディレクター。これまでに日本を含むアジアの若手アーティストを対象とした公募プログラムの開催や、海外共同製作作品を担当。東京芸術祭プランニングチーム。日本大学芸術学部演劇学科非常勤講師。

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