2019.05.10

柚木麻子・特別書き下ろし小説『ステファニー』Part3

（右）ナードな薫り漂うオックスフォードシャツに、ローゲージのボーダーニットを掛け合わせ、柄・オン・柄の着こなしを楽しむ。
シャツ￥80,000・ベスト￥90,000・パンツ￥100,000／グッチジャパン（グッチ）　メガネ￥47,000／SOLAKZADE

（左）ダッドな雰囲気漂うオーバーサイズの七分袖チェックシャツには、ストロベリープリントのスキニーパンツを合わせて甘酸っぱい乙女心を表現。繊細なパールオーナメントがあしらわれたハンドバッグでノスタルジックにまとめて。
シャツ￥110,000・パンツ￥165,000／グッチジャパン（グッチ）　バッグ￥147,500／ドーバーストリートマーケットギンザ（シモーンロシャ）

なんだかぼんやりしていたし、あの部屋に帰るのに気が引けたせいもある。普段なら断る、橋本さんの誘いに乗って、合コンに参加してしまった。コンサバからほど遠いいでたちをしていたにもかかわらず、私は注目のまとだった。普段は人の話に相槌を打ってばかりなのに、その日はなぜかみんなが私の話を聞きたがった。趣味は何かと聞かれてしぶしぶ、人形の服作りと白状したら、一人の男性と親しくなった。彼、多部くんは、大の鉄道好きで、模型を作るのが趣味だという。お互い、チマチマした作業が得意なので話が合い、食玩の展示イベントに週末、行くことになった。恋愛に直結しない関係なんて無駄だと思っていたけれど、久しぶりに友達ができて、ワクワクした。
　ステファニーの服を着るようになってから、周囲の反応が変わり始めたのは魔法なのだろうか。
　こんなことを言ったら、笑われるかな、と思うようなことも、勇気を出して口にできるようになった。分不相応ないでたちを考えたら、恥ずかしいことなんて何もない。職場でも意見が求められるようになり、密かに温めていたプランを口にしたら、希望部署に異動することになった。橋本さんや多部くんに誘われ、色々な場所に出かけるようになった。山登り、鉄道フェア、話題のレストラン、早朝ボランティア、個人ブランドの展示会、たこ焼きパーティ。友達が増えた。
　朝、鏡を見ても、そこにいるのはステファニーと似ても似つかない平凡な自分だ。でも彼女ほどではないにしろ、毎日忙しく飛び回っている。スマホを見るとステファニーはイギリスを去り、パリにたどり着いたらしい。飛び込みでランウェイを歩き、ビストロでカタツムリを調理し、ソルボンヌの教授とカルチェ・ラタンをデート、セーヌ川で釣りをしているところが目撃されている。彼女の噂で今日も世界は持ちきり。