柚木麻子・特別書き下ろし小説『ステファニー』Part4

着る人にロマンティックな夢を見せるシルクのスモックドレス。レモネードやミントの色の小花柄が、さわやかな初夏の薫りを運ぶ。裾に幾重にもティアードされた繊細なフリルや、きゃしゃなリボンが、センチメンタルな気持ちを呼び覚ます。ロブスターのイヤリングでひとさじの毒を加えて。

ドレス¥372,000/ステラ マッカートニー カスタマーサービス(ステラ マッカートニー) イヤリング¥21,250/スワロフスキー・ジャパン(スワロフスキー・ジュエリー) リング¥7,800/ニューテリトリー

 

「早く帰ってこないかな」
 そうつぶやいたら、寂しさがこみ上げてきた。9歳からこのかた、毎晩彼女と語り合ってきたのだ。彼女は私がいなくたって別にいいのだろうけど……。その時、スマホが鳴った。非通知着信にもしやと思ったら、やっぱりステファニーだった。
「今、どこにいるの? 早く帰ってきてよ」
「ごめんね、あとちょっとで私、ようやく自分というものを見つけられそうなんだよ」
 生まれて初めて聞くその声は、ハスキーだけど愛嬌があった。彼女が自分を見失っていたなんて、これまで考えたこともなかった。
「そんなことより、私の服、裕子に似合ってるでしょ?」
「自分じゃよくわからないの。どうして、みんな笑わないのかな?」
「私よりも素敵だよ。それはね、裕子。裕子が本当は自分が一番着たい服を、私に作ってくれていたからなんだよ」
 私はどきっとして、ふわふわと肌にまとわりつくミント色のドレスを見下ろした。ファッション誌を見て、素敵だな、とインスピレーションを得て、生地を探し、一週間かけて縫ったものだ。そうだ、私はステファニーのことなんて考えていなくて、単に自分が本当に着たい服を作り続けていたのだった。
「ただ好きだから、似合うなんてことあるのかな? ステファニーみたいに完璧じゃないのに」
「裕子が惹かれた色や素材や手触りは、裕子の心の一部でもあるんだよ。着たいものを着るのが、その人を一番素敵に見せるんだよ。本当だよ」
「ひょっとして……ステファニーは……。私の願望に付き合うのに疲れて、自分探しの旅に出ちゃったってこと……?」
 自分がエゴイストに思えてきた。あの小さな部屋で私の好みを押し付けられながらステファニーはどんな気持ちで生きていたのだろう。
「ううん、そんなことないよ。でもね、世界中旅しているうちにわかってきたことがあるんだ。本当になりたい自分。じゃあね」
 翌日、ステファニーの姿はベトナムで目撃された。続いて、中国、韓国。台湾の夜市でりんご飴を舐めるステファニーの画像を見て、私は確信した。彼女は日本に近づいているって。
 この部屋に彼女が帰ってきたら、どんな顔をして出迎えよう。ありがとう、かな、ごめん、かな。ドレスは消えて、無印良品で揃えた元の部屋に戻ってしまうのだろうか。でも、服や雑貨をいちから集めていくのも、今なら楽しめそうだ。
その日、出社すると会社が騒がしい。なんと外資と合併するのだという。所属長がこう言った。
「みなさんの新しいボスを紹介します。ロサンゼルス本社から配属されたゼネラルマネージャー、ステファニーさんです」
 オフィスに姿を現したのは、ステファニーその人だった。彼女はすました顔で私たちを見回し、こう言った。
「皆様、初めまして。私の昔からの憧れは、ある日本人女性の会社員です。毎日ドールハウスみたいに小さな部屋でお弁当を作って、上品な服を着ていそいそしているのがまぶしかった。彼女のようにささやかなことから確実にこなすよう努力しますので、どうぞよろしくお願いします」
 地味なコットンのドット柄スーツを着た彼女が手にしているのはどうやら、中身がおかずの巨大なおむすびのようである。

 

(右)30年代のマニッシュな女性作家アンマリ―・シュワルツェンバッハに着想を得た今シーズン。フロントの片側に配されたプリーツは、女性のエネルギッシュな側面を象徴する。
ドレス¥1,111,000(参考価格)/ジバンシィ表参道店(ジバンシィ) バングル(大)¥26,000・バングル(小)¥17,000/エスケーパーズ(リジー フォルトゥナート)
(左)オリーブ色のコットン素材にドット柄をのせたボクシーなフォルムのセットアップ。パンツは八分丈で軽やかな印象に。インにはイエローのレーストップスを差し、ダンディな装いにセンシュアリティを加える。
ジャケット¥169,000・パンツ¥62,000/マックスマーラ ジャパン(マックスマーラ) レーストップス¥14,000/ルシェルブルー カスタマーサービス(ルシェルブルー) 片耳ピアス 各¥23,000/ライラトウキョウ(ピート ダラート)

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