Topic_2 アナ・スイはレトロの伝道師

"レトロ"という言葉を想起させるデザイナーといえば、アナ・スイ。最新コレクションと影響を受けてきた過去、そして今の「回帰」な風潮を彼女はどう捉えているのか?

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1 撮影が行われた5月初め。「マスクの毎日だったから口紅をつけたのは久しぶり」とうれしそうなアナ。「これからはドレスアップしてレストランやショッピングに行くのが楽しみ。店舗に足を運んで新しいものを見たり、触れたり。オンラインの通販では体験できないことよね」

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2 秋冬コレクションでお気に入りのルック。(右)好きな素材であるエコムートンのカウハイド風コートは、羽織り感覚で。ラメ入りニットのトップスとパンツを組み合わせてモダンに。(左)ソフトな茶色のブルゾンジャケットが主役。裾におとぎ話をテーマにしたテープをあしらったパンツは、イチ押しの自信作
3 『ワンダーウォール』(’68)のポスター。主演はジェーン・バーキン

 

レトロなものから得た"気づき"を進化させる
interview with Anna Sui(ファッションデザイナー)

デザイナーの着想源はさまざまだが、過去のファッションやカルチャーからヒントを得るのは定石だ。中でもアナ・スイは映画、音楽、グラフィックデザイン、美術史などから強い影響を受けている。デビューコレクション(4・5)以来通底するのは、60年代から70年代のカウンターカルチャー的なモッズスタイルやパンク、ヒッピー、ロックスターといったアイコンの存在。2021年秋冬コレクションの着想も1968年の映画『ワンダーウォール』から。退屈な日常生活を送る科学者が、自身の部屋の壁から隣に住むモデルの刺激的な私生活をのぞき見するようになり、サイケデリックで幻想的な世界にハマっていく……というストーリーの作品だ。

「映画を観ていて感じたのは、モノクロームの世界から色にあふれたきらびやかな世界へ移っていくムード。それがちょうど、コロナ禍の私たちのように思えたんです。きっと夏にはロックダウンから解放されて、皆ドレスアップして街に繰り出すと信じたい。だからこのシーズンは60年代のファッションそのものではなく、炸裂するようなカラーを使って映画のムードを表現しようと考えました」

色とパターンが駆使されたルックは、オプティミスティックな気分がたっぷり。そもそもアナは、母親が購読していた『VOGUE』誌やハリウッドの映画スターが載った雑誌を見るのが大好きで、幼い頃からデザイナーになることを夢見ていた。そんな中、彼女のベビーシッターがいつも見ていた若者向けファッション誌の『セブンティーン』に出合い、60年代のファッションにも目覚めた。とりわけ、ビバのページに衝撃を受けたという。フェミニンなラファエル前派風のルックから、ヤングなスピリットに満ちたモッズスタイル、フューチャリスティックなムードと、求めるすべてがビバには詰まっていた。

「私はビバ・ガール! ロマンティックなビバが私をデザイナーへと導いたんです。紫やくすんだピンクから色鮮やかなパレットまで、私好みのカラーが揃った化粧品も大好きでした。ニューヨークのバーグドルフ・グッドマンの中にあったビバのブティックも、ヴィクトリア調のインテリアがとても素敵で。訪れるのが何よりの楽しみでした。型紙を買って自分でドレスを縫ったこともありましたね」

ほかにも影響されたのは、60年代から70年代に一世を風靡したデザイナーたち。はちきれるような若いスピリットを服で表現するベッツィ・ジョンソンやケンゾー(8)。今では当たり前になったカットソーものやパフィなダウンなどを手がけた先駆者、ノーマ・カマリ(9)、服からエネルギーがほとばしる山本寛斎、ニットの女王と称されたソニア・リキエル(10)。そこに好きな40年代のムードをミックスすることもある。花柄やチェックのハウスドレス、肩パッドを入れたジャケットやプラットフォームの靴。前髪にボリュームをつけたポンパドールのヘアに真っ赤な口紅のメイクアップは、今でも変わらず好きなものだ。そんな彼女にとって"レトロ"は、どんな存在なのか。すると一言、「discovery(気づき)」だと即答した。
「振り返り、その価値に気づくことで新しいものが生まれる。過去は常に面白くて、刺激的なんです」

さらにデザイナーとしては、ノスタルジーに浸るだけではなく「今、自分が生きる現実の社会を意識しながら過去を見て気づくこと」が最も大切だと釘をさす。でなければ、過去から得たインスピレーションをもとにでき上がった服が、単なる亜流になる可能性を内包しているからだ。

アナ スイではアイデンティティともいえる、昔懐かしいハンドメイドニットや刺しゅう、レース編みなど、手作業を活かしたアイテム。それらも今、再び若者からの人気を博している。
「人は、自分が生まれていても社会の一員としてまだ体験していない時代に興味がある。ちょうど私たちの世代が60年代に興味を持ったり憧れたりするように、今の若者たちにとっては80年代や90年代がとても新鮮に映るんですね。それに人々は今、昔のようなハンドワークにも価値を見いだしている。手仕事によるファッションこそ、世代を超えて残っていくものだと思います」

近年、彼女が90年代に発表した服がヴィンテージサイトに載り、あっという間に完売したことがあった。マーク・ジェイコブスも90年代のグランジコレクションを復活させたり、ラルフ・ローレンの80年代のアイテムが飛ぶように売れるなど、過去のデザイナーズアイテムの価値が再発見される流れもある。アナのもとには、セレクトショップやデパートからも当時のコレクションの復刻版を作ってほしいというリクエストも届いている。常に新しさと向き合っているように見えるデザイナーにとって、その要望はどう感じるのだろうか。
「まったく嫌だとは思わない。むしろうれしいわ! だってファッションの面白いところは"新しい"ということだけではないし、新しいものが常にトレンドとはなりえないのですから。デザインとは、まったく新しいものを創り出すことだけではなく、いかに進化させていくか。それが大切なのです」

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4 ファーストコレクションのための直筆のデッサン
5 1991年のデビューランウェイに登場した、スーパーモデルのリンダ
6 ビバのショップでオーナーを務めていたデザイナーのバーバラ・フラニッキ。友人を介して紹介されて以来、長い交友関係がある
7 こちらも70年代、ビバのブティックにて撮影されたカット

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アナがニューヨークの大学でデザインを学んでいた頃に刺激を受けたデザイナーたちの共通点は、自由な発想と若々しいスピリットにあふれていること

8 ケンゾーのユニークでエスニックをベースにしたデザインにも惹かれた。写真は1980年代のパリでのコレクション
9 ノーマ・カマリのポートレート。「最も先見の明がある」とアナが一目置くデザイナー。「70年代のカマリが表現した、40年代のヘアとメイクアップが素敵でした」
10 ニットのイメージを刷新したソニア・リキエルの、1976秋冬コレクション。「ファンタジーあふれる色のディテールと、フォークロアとクラシックが融合した世界観が美しい」

Profile
アナ・スイ●ミシガン州で生まれ育ち、パーソンズ・スクール・オブ・デザインを経て1991年にニューヨーク・コレクション・デビュー。ロマンティシズムとファンタジーあふれるデザインで人気。自他ともに認める知識欲旺盛なリサーチ狂で、ファッション界一の博識家。

photography: Akira Yamada(1, 2), Getty Images make-up: AYAKO(1) text: Teruyo Mori

FEATURE